第1章 第4話 魂に宿った権能
殺伐とした戦いは嫌いだ。
陰惨な出来事も避けたい。
しかし、そのとき必要に応じては、非情な手段を取らなければならない。
それは生命を守るのに重要だから。
防衛本能を働かせなければ最悪、死に繋がるから、と。
普通なら、そう考えるだろう。
だが、僕の持論は違う。
確かに、戦闘は好きではない。
怪我をしたら痛いし、血が流れる光景も見たいとは思わない。
惨いことも無い方が好ましい。
それが、一般的な考え。
僕も、それには同意する。
けれども、唯一反論する箇所があるのなら、そこに利己的な思惑が生じているか、である。
嫌いや避けたいといった願望も、それを主張する本人の意思とは無関係に、しかしながら最終的には自己の利益や安寧を求める為の、利己的な行動に過ぎない。
だからこそ、僕は生じているか否かといった言い方をした。
願望、他者に願ったり或いは望みを叶えたり、そう思うのは個人の自由である。
しかしながら、必ずしもそれが最適解とは限らない。
誰にも願わない。
何も望まない。
そう、無感情に無益を追求する事が正解である場合もあると考える。
どういった状況でも何も思わなければ、他者に影響を与えはしない。
利己は発生しない。
それが真に正しい選択だ。
『詭弁だな。無益を追求している時点で、お前は欲求がある事に他ならない。直接的とは限らずとも、それが間接的に他者に影響を与える可能性は否定出来ないだろ』
僕が語った持論を、しかしメノア様が頭から否定する。
それに反論の余地はない。
正論だ。
『――そもそも、お前は利己など考えて行動していないだろう。興味関心すら無い筈だが……? いま言っていた〈聖女〉の聖典よりつまらん持論も、全て本音ではないだろうが』
メノア様が吐き捨てるように言い鼻で笑った。
どうやら、女神様にはお見通しのようである。
適当に並び立てた僕の持論に匹敵するほどの〈聖女〉様の聖典とやらには、少しばかり興味があるのだが。
どういった内容なのだろう。
気になる。
『阿呆のように厚化粧をした若作り婆が綴った、気色の悪いポエム集だよ。あんな呪物を読みたいとは、なかなかの心意気だなノワール。件の転生した勇者より、お前の方が勇気があるよ』
はははっ、と心底馬鹿にするように嗤う。
見え透いた世辞。
〈聖女〉様の聖典とやらは、女神様にはかなり不評らしい。
呪物とまで批判される始末。
余計、興味が湧いたのだが――。
『さっさと《魔力障壁》を張れ。お前如きの骨は拾ってもやらんぞ』
無駄な事を考えている暇はない。
と、メノア様が《魔法》の展開を促す。
――《魔力障壁》。
それは魔力を身体に、或いは周囲に張り巡らせ、薄い膜のようなものを展開する《防御魔法》。
何故だろう。
《魔法》が、いや魔力が自然と身体に馴染む。
産まれた瞬間から――。
最初から当たり前だったように。
全身に魔力が巡回し活性化する。
身体の情報が手に取るように分かる。
脳に信号が円滑に伝わる。
何が行使可能なのか、無意識のうちに理解。
それはわざわざ詠唱せずとも、頭で創造をすれば自然と体現化した。
《魔力障壁》を念じると、身体に魔力の膜が張られる。
これもまた〈邪神族〉の、いやそれに転生をさせた女神様による作用なのか。
『……どうだろうな。確かに私は、お前を〈邪神族〉に転生させた。〈魔王〉や〈勇者〉にも劣らない力を授けたのは事実だが……その根本的な力の源は、その個体の魂に依存する。どれだけ私が改造を施そうと、その者の限界値を無理矢理底上げするは至難だ』
絶対に不可能ではないがな、とメノア様は最後に付け足した。
やろうと思えば可能だが、それは色々とリスクが高いとのこと。
何より利益が少ないらしい。
『意思も自我も失った、ただ命令だけを忠実に守る奴隷も同然の廃人にしたところで、何の面白みもないだろうが』
それは傀儡に等しい。
玩具のような人形。
電池が切れれば、それで生命活動が停止。
女神様の求める作品とは異なった。
『何より、面倒臭い』
メノア様jが欠伸をする。
それが本音のように聞こえた。
人間を廃人にするのも、何かと手間がかかる作業なのだろう。
僕を〈邪神族〉に転生させるのは、面倒ではなかったんですか。
そっちの方が大変そうだが。
なにせ、人間を神に昇格させるのだから。
生命体として根幹から異なった存在に改造するのは、並大抵の力技ではない。
『私を誰だと思っている。お前程度の愚鈍な羽虫を〈邪神族〉に転生させる事など、鼻をほじりながらでも出来るわ』
いや、流石に集中してやってもらいたい。
こちらは人生の大きな転換期になったのだから。
だが、とメノア様は再度口を開いて言った。
『〈邪神族〉には転生させたが、逆に言えばそれ以外の種族に転生させるのは難しかった。無論、廃人にするのもな』
それは嘘には聞こえなかった。
真実を話している。
『お前は、あまりにも自我が強い……それも、お淑やかで謙虚な私とは、比較にならないほどにな』
どこがだろう。
謙虚な要素など皆無に見える。
傲慢、尊大、横暴。
当て嵌まるのは、そんなところだろう。
『……ふざけるな。私ほど話の通じる女神も、そうそういない。私は性根が腐っているうえに破滅的な思想を持ってはいるが……それでもある程度の意思疎通は、はかれる』
性格が最悪だという自覚はあるようだ。
その時点で女神ではないだろう。
と、そう思いながら僕は眼前を見据える。
零花の初動《其の灯火は他が為の祝福》は《魔力障壁》で防いだが、それだけは終わらない。
「女神様の慈悲を軽視するとは、女神様に対する不遜。許しがたい万死に値する所業です」
零花が黄泉灯アルスタラを、からからと揺らす。
《其の灯火は他が為の祝福》を防がれたことに憤怒していた。
「女神って、どの女神?」
生憎と慈悲深い女神には、心当たりがまるでない。
そんな存在知らない。
『私しかいないだろう』
何か雑音が聞こえた。
空耳だ。
「無論、女神ベルザ様ですよ。そんな当然の事も分からないとは……やはり、貴方には神の裁きが必要なようですね」
と、零花が黄泉灯アルスタラを此方に向ける。
そこから黄泉の炎が漏れた。
メノア様の事ではなかったのか。
『私ではなかったのか』
心なしか、少しがっかりしている。
いや、分かっていたことでしょうに。
貴方が慈悲深い女神ではないのは。
『見る目のない女だ。私を認めない奴は、この世に生きている価値がない。お前にこそ、女神の裁きを下してやろう』
メノア様が怒りをあらわにする。
だが、それは演技だろう。
そう魅せている。
本心では何とも思っていない。
それに――。
「実際に戦うのは僕ですよ、メノア様」
僕は魔力を漲らせる。
術式の構築を始めた。
裁きを下すと言ったが、異界にいる女神様に取れる方法など限られる。
そもそも、宣言に感情が乗っていない。
殺る気が感じられなかった。
「《理を変転させる幻惑の坩堝》」
僕は術式を――。
〈邪神族〉ノワールの魂に宿った《権能》を発動させる。
『……ほう? 転生直後に、それが使えるとは正直驚いた』
メノア様が意外そうな反応をする。
《理を変転させる幻惑の坩堝》の対象を、零花に決定。
それが行使される。
創造が破壊になるように。
新生が死滅になるように。
真実が虚偽になるように。
零花が発動した術式《其の灯火は他が為の祝福》は、しかし僕の《理を変転させる幻惑の坩堝》により、無かった事象になる。
これが《理を変転させる幻惑の坩堝》。
《其の灯火は他が為の祝福》が発動した現実を、僕が幻夢に塗り替えたわけだ。
裏返った術式という絵札は、二度と真実に戻らない。
構築の過程が歪み、発動といった結果が改変された。
「……ありえない。何故、貴方がそれを使える……」
《其の灯火は他が為の祝福》の術式が破綻した事実に、しかし零花は取り乱さなかった。
それより僕の《権能》に――。
《理を変転させる幻惑の坩堝》に注視する。
その驚きは演技にも見えなかった。
素の反応だ。
「星力の流入……その行使……どちらも貴方の魂に宿っているのはおかしい」
めりす?
何のことだ。
そんなもの、使った覚えがありませんが。
『星力は魔力とはまた違った力。それは、文字通り星の力。この星に流れる自然の力だ。地震や津波などの自然災害と似たような事象だと思え』
なるほど。
だけど、そんな力身に覚えがない。
『たったいま、お前が使っただろうが』
もしかして――。
《理を変転させる幻惑の坩堝》のことか。
『そうだ。その《権能》に星力を感じたのだろう。思っていたより、なかなかに目敏い女だな』
と、メノア様は独りでに感心をする。
僕は無意識に星力を使っていたようだ。
「それでなんだけど……降参してもらえると助かるよ」
馬鹿なのか、とメノア様の声が聞こえた。
零花が新たに術式を構築するような予兆はない。
何かを考えているのか、動きを止め中空を見据えている。
「敵対的な行動に出たのは謝るよ、ごめんね……だけど、君にも非はあると思うんだ」
僕は言った。
攻撃をする意思はないことを示すように穏やかに。
ゆるり、と零花に近寄った。
「信仰をする女神様は違うかもしれない……だけどきっと、話し合えば分かり合える筈だよ。そうだろう?」
何故、零花に敵対されたのか。
それは不明だが、しかし。
可能性として挙げられるのは、宗派の違い。
或いは――。
「もし僕が世界の異物だと言うのなら、それで構わない。聖職者の君が言うんだから、そうなんだろう」
零花の言い分を否定はしない。
理解者だと相手に示す。
「良ければ、その理由を教えてはもらえないかな。うん、実に興味があるよ」
零花を変に刺激しないように。
柔和な笑みを貼り付け、両腕を広げ友好的な態度を演出する。
『饒舌に説得しているところを悪いが、その女との会話は無駄だ』
というと?
こうして、意思疎通ははかれていますよ。
『そういう意味ではない。その会話自体が、女神ベルザに組み込まれたプログラムだということだ。その女、零花は事前にインプットされた命令しか実行しない。想定にない会話は、行えないんだよ』
つまらん傀儡だ、とメノア様は嘲る。
急に零花が沈黙をしたのは、そういうことか。
僕との不必要な会話はしない。
いや、行えない。
そういうシステムの元、零花は此処にいる。
「……なら、この状況は想定外ってことなのかな」
零花は《其の灯火は他が為の祝福》で、僕を滅ぼすつもりでいた。
しかし、それが失敗に終わった。
『どうだろうな……あの性悪女神が、この程度のことを予測していないとも思えんが』
それを貴方が言いますか。
見事な棚上げですね。
『私を褒めても何も得はないが……ベルザのことだ、案外お前の実力を見定める為に、刺客を送ったのかもな』
だとしたら、女神様も利用されたことになりますよ。
それで、良いんですか。
『つまらん戯言だな。お前には冗談を言う才能は皆無なようだ。この私が利用されるわけがないだろうが』
メノア様が笑い飛ばす。
それから尊大に泰然と言い放った。
『お前の言葉を借りるなら……愉しんでいるんだよ』
女神ベルザの真意は、思惑は分からない。
だが、それでいい。
最初から何もかも判明していては面白みに欠ける。
他者に踊らされる位が、良い匙加減の暇潰しなる。
と、そう娯楽に飢えているメノア様は思っていた。
『なんにせよ、ベルザの奴がどういった謀略を企てようと、私には些事でしかない。吹けば飛ぶ埃同然だ』
メノア様は感情のこもらない声音で言う。
仮にも女神を相手に物怖じをしない態度。
そこには、揺るがない自信があった。
お前も、そうだろう? とこちらに問いかける。
「流石の僕も、女神とは敵対したいとは思いませんよ。恐怖で寿命が縮みそうです」
僕は怖気を感じ寒さに震えるような仕草をする。
それにメノア様は、気持ち悪い汚物を見たような反応を返した。
『お前は不老だろうが。寿命もクソもない。下手な演技をするのはやめろ、吐き気がする』
そういえば、僕は〈邪神族〉だった。
すっかり、忘れていましたよ。
いや、本当に。
相変わらず、僕の演技は不評だった。
まあ、でも――。
女神様を不快にさせられたなら良かった。
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