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33/35

33/願わくば

 炎の先、毒の海には男が立っている。


 昂る銀炎。立ち昇る熱量。

 劫火の勢いは止まることなく、散った火の粉は大気を燃やす。


 堕ちる毒液。崩れていく輪郭。

 触れれば終わりの致死毒は、自身をも苦しめながら世界を侵す。


 銀と紅。

 銀と紫。


 此方は剣と王冠を背負って歩き。

 彼方は大剣と槍を携え、振り払うように走り出し――――、


「銀騎士ィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!!!」


「メイカァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!」


 ――――爆音、


 眼前にてぶつかり合う人殺しの武器が、鈍い金属音を響かせる。

 炎と毒が波状になって空に舞う。

 剣の衝撃が腕、肉、骨を伝って脳まで届き、熱さに拍車を掛けていく。


 鉄の味がする。


「シィ――――ッ!」


 槍が空を裂き、襲い掛かってくる。

 後退して躱すが、本命はその後。

 槍の動きに追従するようにして足元の毒沼が持ち上がると、それは毒鞭の形を取る。新たに追加される十本の魔手。それらはしなり、先より毒を滴らせて、こちらを追いかけてくる。


「――――『継承(インストール)』」


 求めたものは防具。

 毒を喰らっても朽ちることのない、丈夫な毛皮をこの身に。


 そして炎が僕の思考に応え――――銀の外套(マント)を生み出すに至る。

 これは僕のものではない、誰かの魔力・技能・経験によって構築された武装。

 借り物の力にて、敵の攻撃を防御する。


「――――っ!」


 毒が効かないことを悟ったのか、銀騎士の眼が僅かな驚きを露わにする。

 その隙を突くべく、続けて紡ぐ。


「――――『継承(インストール)』」


 求めたモノは武器。

 何物をも貫き、喉元へと届き得る爪牙をこの手に。


 右手に握る直剣が火を噴き、大きな爪の形を取る。

 割れることなく、全てを穿つ、鋭利で硬い丈夫な武器にて――――泥にまみれた騎士を刈る。


「ハァァァァアアアアアアアア!!!!」


「ぎ、――――っ!」


 一閃は大剣をもって受けられ、しかし、爪は大剣の上から銀騎士を圧す。

 銀の唸りを背後へと吹き散らし、荒れる炎が推進力を生み――――大剣の向こう側にまで攻撃を振り切らせる。


 ……いくらかのダメージが、大剣の向こう側へと通った感覚。

 銀騎士が攻撃を受けきれずに背後へと飛び、体勢を整え直すのが確認できる。


 ――――戦えている。


 手に握る剣を構えながら、立ち位置を調整する。その足が、毒の沼を踏み――――けれど痛みは訪れず、毒がこの身を侵すことはない。


 銀炎と紫毒が食い合っている。


 身体から溢れてくる炎が、銀騎士の毒を無効化していた。

 完全な相殺だ。炎は毒を燃やすが、毒も炎を侵す。

 その速度は一進一退で、質の面において同等の格を持つだろう。


 故に、戦える。

 先ほどまでの防戦一方などではなく――――今ここに、戦闘と呼べるものが成り立っていることを知る。


「その色、その武装――――貴様、喰ったものを使えるのか」


 怒りに満ちた声が、陽炎の向こう側より騰がる。


 紫毒が炎を鎮火する。

 幽鬼のようにして立ち上がる姿は、尚も濁々と毒を吐き出し、地を紫に満たしていく。


「どんな精神をしているんだ、お前たちは。理由があれば共食いにまで手を出すのか。死骸すら血肉として役立てることを認めるのか」


 唾棄するように銀騎士は吐き捨てる。


「お前は獣だ。復讐のために手段を選ばない、ただの野獣に過ぎない。そのような下賤の分際で平和を語ろうなどと――――虫唾が走る」


 猛りをあげ、銀騎士が襲い掛かってくる。


 地を這うその姿はもはや人とは思えない。

 四足獣にも似た獰猛な攻撃は、もはや狂戦士と呼ぶにふさわしい。

 毅然とした口調とは裏腹な暴力性は、理性を削りながら勢いを増していく。


「ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!」


「――――――――――――ッ」


 ――――出来の良い鏡を見ている。


 何をするにも上位互換。

 理性を捨て、怒りに身を任せようと、僕より何倍も強い生命体。

 勝っているところは何一つなく、比べるのも烏滸がましいほどの力量差。


 しかし、それでも。

 僕らはとてもよく似ている。



 ――――ズキズキと、神経を突き刺す痛みがする。


 先ほどから頭痛が止まらない。

 何をしたって消えないその痛みは、体を侵す毒よりもやけに鮮明に脳を焦がし、意識の何割かをガリガリと削ってくる。


 それに何より、イライラする。

 ずっと消えないこの痛みに加え、俺の精神を乱す者。


 その姿を見ているだけで心がささくれ立っている。


「ォオァアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」


 慟哭をあげて武器を振るう。

 激情に身を委ねた斬撃を、動作を憶えている身体が補助していた。だが、そんなものどうだっていい。技なんてなくとも、この毒だけで全てを壊せる。


 うっとおしい炎に邪魔されているが、問題はない。

 質で互角ならば、物量で推せばいい。ソレは俺の土俵だ。


 苦しみを垂れ流す。痛みを放出する。

 倒懸惨痛。すべてを飲み込んで、毒はその量を増していく。


 炎の壁を通り抜けて、奴の肌へと毒が滴る。

 炎があろうが外套を纏おうが関係ない。見境なく容赦なく、毒はありとあらゆるもの全てを飲み下す。


 苦しまずに此処で息をする者を、俺は絶対に許さない――――!


 ――――けれど。


「……なぜ、立っていられ、るんだ」


 その男は、立ち上がる。


 こちらの槍の攻撃を躱し、大剣の攻撃を避け。

 銀粉を撒きながら、反撃に転じてくる。


 有り得ない。

 毒は確かに効いている。奴の身体をゆっくりと紫黒の斑点が侵食していく。

 アレの痛みは身を以って知っている。故に、理解が追いつかない。


 滂沱の紫毒は視界を埋め尽くした。

 天井からは毒が滴り、足元は全て毒で満ちている。

 宙には幾重にも別れた毒の鞭が鎌首をもたげ、俺の意思に沿うようにして敵を包囲する。


 見渡す限りの毒の海。

 天も地も全て堕ちている。

 今ここに俺の渇望は叶い、故に優勢は揺るがず、結果が出ているはず。


 それなのに、どうしてこの男は立っている。

 どうやって平気で戦うことが出来ている――――!?


「約束したんだ」


 まるで、少年は自身に言い聞かせるように、毒の中で告解する。


「夢を叶えると、誓ったんだ」


 小さな炎は毒に埋もれ、けれど決して絶えることはない。


「僕は今までずっと、何もなかった。平凡でありきたりで、無力で無能で。前の世界でもこの世界でも、誰かに助けられてばかりの生き物だった」


 瞳は苦境にあっても前を向き。


「やっと、僕にも出来ることができたんだ」


 死者の魂を剣に乗せ、その王は静かに宣誓する。


「お前は絶対に僕が――――止める。こんなところで死んでなんてやらない。皆の分も僕には生きる義務がある」


「――――あ、ぐ――――づぁ」


 痛い。

 痛い痛い痛い、痛い。


 原因不明の激痛が視界を灼く。

 体は誤審を訴える。理性は既に捨てたはず。なのにどうしてこんなに痛いんだ。


 少年の声を聞くたび、その姿を見るたび、原因不明の苦痛に襲われる。


 ――――出来の悪い鏡を見せられている。


 何をやらせても下位互換。

 身の丈に余るほどの渇望を抱こうが、俺より数段劣る化外。

 こちらが負ける理由など一つもなく、対比するのが馬鹿らしいほどの実力の開き。


 だがその姿は、誰かに似ていて。


 俺の毒など意に介さず、痛覚を押し通して向かってくる。

 意味不明かつ理解不能。人間の尺をとうに超えている。


 そしてそのバケモノは、限度を超えた言葉を口にした。


「あんたが復讐するのは、間違ってる」




 ――――その言葉は、禁忌である。




 復讐が、間違っている――――?


 放たれた言葉に、視界が白く染まる。

 血が沸騰する錯覚。こいつは今、踏み越えてはならない一線を越えた。


「お前がッ! それをッ! 言う権利はないっ!」


 より一層の怒りを吸って、槍はその体積を肥大させ、


「無惨に殺され! 後悔する暇もなく! 抗う猶予すら与えられず! 一夜の内に呆気なく生を終える意味を分かっているのか!?」


 より一層の憎しみが、紫毒を更に黒く染めていく。


「無念だ。抱えた大望、臨んだ栄光、弱きを助けるために強くなろうとした俺たちには全てがあった! それを奪われた俺たちは――――お前たちを決して許しはしない!」


 思考のピントが合う。

 目の前にいる獣への怒りへと焦点が絞られる。


「一般的な綺麗事なんてうんざりだ! 死者は喋らないと方便を騙るか!? 復讐は何も生まないとでも説くか!? 何も戻らないとでも憐れむか!? 暴力の正当化に復讐を用いているとでも思っていたか!?」


 適当で見栄えの良い、そんなありふれた論で俺を止められると思っているのであれば、くびり殺してやりたくなる。

 そのような思想は所詮、本気で復讐を誓った者ではない。

 甘い甘い甘い甘い――――平和の中で揺蕩うだけの大馬鹿者共の御託に過ぎない。


 だとしたら――――死ね。

 そんな低い次元で物事を語るならば死んでしまえ。

 自分に酔った論議を交わしたいなら地獄でやっていろと、槍を握りなおし。


「……だから、違うだろそれ」


「な、にが違、うと――――」


 ――――しかし少年は、そのどれとも違う瞳で俺を射抜く。


 その眼に復讐の色は無く。

 仲間を殺された怒りも、見当違いの憐れみも、正義を振りかざす妄信すらもない。

 ただただその眼は、何か強い光を称えていて。


 ――――頭ガ割レルヨウニ痛イ。


「ぐ、ィアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!」


 痛みを糧に、膨れ上がる。

 コレは、許してはいけないものだ。

 俺はコレをどんな手を使ってでも殺さなければいけない――――!


 ――――左手を振りかぶる。


 その手には槍。

 長さは俺の認識を超えた。毒液にまみれ、更に巻き上げて肥大化し続ける致命の槍。

 触れれば終わりの紫毒をありったけ含んで――――投擲の瞬間を待つ。


「――――『継承(インストール)』」


 視界の先、小さな少年。

 溢れる炎が一点に収束し、ソレは小さな太陽と成る。

 今まで抑えていたのはこの為か。炎は色を変え、橙の火熱を湛えだす。


「毒に――――堕ちろ――――ッ!」


 最後の一撃。


 全身全霊、嘘偽りなき渾身の一投。

 紫の閃光は過去最大の唸りを揚げて、俺の苦しみを体現し、


 そして視界は、炎の息吹によって迎え撃たれ――――。



 幼い頃からずっと、苦しかった。


 親がいないこと、家がないこと。

 寒い冬を藁を手繰り寄せて過ごし、熱い夏を飲み水求めて彷徨った。



 生きるということは、絶え間ない苦しみの連続だ。苦しくて苦しくて――――どうして俺以外の奴はこんなにも幸せなんだと、狂おしい飢餓感の中でぼんやりと考えていた。


 庭園家には世話になった。


 才能があると認められ、孤児だった俺は人並みの生活を送らせてもらった。

 努力した。苦しいのはもう嫌だった。

 そしてあわよくば、俺を苦しめたものにもこの苦しみを返したいと。

 そんな、標的のいない漠然とした感情を抱えて厳しい毎日を過ごした。


 妹が出来たのは、一年目の春だった。


 世話係を任され、全ての面倒を見た。

 窮屈を感じた。一人部屋を二人で割ることにも不満はあったし、何をするにも時間がかかるようになった。

 俺に比べれば物覚えは悪いし、何より言葉が達者ではない。意思疎通一つにしても手間だった。足手まといで、鈍くさくて、おねしょまでするのだから溜まったものではない。


 ……けれど、幸せだった。


 彼女が次第に育っていくにつれ、俺は幸せを感じた。

 彼女は何よりも真っ直ぐだった。捻くれて汚れた俺なんかとは違う。心の奥に昏いものなんて抱えずに、あらゆるものを楽しんで、あらゆるものに涙を流せる人間だった。


 美しかったのだ。その中身が。

 俺と同じ孤児育ちで、男ではなく女なのに。

 俺よりずっと辛い目に合って、力なく涙しただろうに。

 それでも俺より綺麗な彼女が眩しすぎて――――その傍にいられることを、嬉しく思ったのだ。


 そんな人間の人生の一部になれたことを心から喜び。

 同時に、俺がどれだけ醜い性根を持っているのかを痛感した。


 だから俺は変わった。

 妹に相応しい兄でいられるように、言葉遣いを変え、性格を変え、表情を変えた。辛いと思うことをこそ望み。苦しいと思うことをこそ貴び。

 まるで物語の王子様のように振舞って、ほんの少しでも彼女にとっての理想の兄になれるように努力した。


 あれほど感じていた苦しみは消えた。

 胸に詰め込まれていた泥のような感情は次第に薄れ、代わりに綺麗な何かで満たされるように感じていた。


 全部、彼女のおかげだ。

 こんな俺を兄と慕ってくれる妹が、俺をまともにしてくれた。


 俺が生きる理由。

 騎士を望んだ理由。

 栄光を求めた理由。


 それは、妹に相応しい自分でいるためで。

 平和だとか復讐だとか、夢だとか理想だとか、そんな大それたものはなく。

 ただ、彼女と俺の周りに、幸せが満ち溢れるようにと。



「――――あぁ、間違えたのか」


 ――――視界に色が戻る。


 苦しみに溢れていた世界は今、元の感覚を取り戻していた。


 毒の海は全て灼け、炎が世界を埋め尽くしている。


 ふと見れば、左半身が燃えていた。

 役目を果たしたのだろう。毒は大人しく炎に喰われている。

 もう苦しめる意味もなくなってしまったのだから、仕方のないことだ。


 ――――俺は間違えた。


 俺がするべきことは、復讐ではなかった。


 復讐を否定はしない。

 ただ、俺たちは誰一人として、復讐なんてものを望んでいなかった。


 騎士は復讐を強制しない。

 死は騎士たる俺たちにとって常に隣りあわせだった。

 一々理不尽に対して復讐していては、本来の仕事がこなせない。


 俺は結局、弱かったのだ。

 あまりの理不尽に心が折れて、簡単な動機にしがみ付いた。

 生き永らえるのに――――苦しみに耐えるのに原動力が必要で、だから何かに対する憎しみでそれを保つことにしたのだ。


 苦しみこそが俺だった。

 今際の際。新しく出来た大切な人たちを失い死にかけて、そして発露した俺の渇望(才能)


 耐え難い苦しみを受け入れることで、生き永らえ。

 耐え難い苦しみを押し付けることで、生き続けた。

 苦しんだのは、己への呵責。

 苦しめようとしたのは、責任からの逃避。


 本当は、違うのだ。

 全てを放り出して故郷へと戻ってきた理由。

 それはただ、妹に会いたかったからに他ならない。


 仲間の仇よりも優先した。

 そのためならば、あらゆる苦痛も受け入れた。

 死んだ仲間たちに後ろめたくて、みっともなくて、それでも必死に生きたかった。

 妹に会いたいその一心で、俺はこの形を望んだのに。


 矛盾だらけだった。

 妹と仲間のためにと生きていたのに、願いを誤認した。

 俺は皆のためと言って、倒錯した目標の為に動いていたのだ。


「……もうとっくに、願いを叶えていたんだな」


 妹に会えれば、それでよかった。

 残っていた命の使い道は、彼女のために。

 ただ普通に、彼女と最後の時間を過ごすだけで良かったのだ。


 彼女の言う通り、パンケーキを食べるだけで良かった。

 買い物に行くのも良いだろう。お金ならたくさんあるのだから。

 夜は一緒のベッドで眠ろう。彼女の頭を撫でて、子守歌を――――。


「間違えたなぁ……」


 益体のない仮定が胸を打つ。

 しかし時間は戻らない。俺が過去に戻る術はない。


 苦しみを取り戻したが故に、俺は幾許かの生を得て。

 苦しみを手放した今、あるべき姿へと戻ろうとしている。


 ――――だからせめて、あと少しの命の使い道だけは、間違えないようにと。


 迷惑をかけた目の前の少年へと、言葉を尽くす。


「八つ当たりして、悪いな。助かった」


「はっ――――はっ――――」


 俺に勝ったというのに、俺よりも酷い様子の少年。

 妹と同じ、綺麗な心の持ち主へと頭を下げる。


 彼はあの臨界者とは違う。

 暖かく毒を喰らうこの炎は優しい。痛みを感じない。


 どうにもこの男に拘ってしまっていたのは、結局のところ――――羨ましかったからに他ならない。


 綺麗だった。綺麗すぎた。

 苦痛の中でも前を向き、仲間を殺されても憎しみを刃に乗せなかった。

 毒に耐えて前へと向かうその姿は、本物の物語の主人公のようで。


 だから何としてでも否定し(苦しんでもらわ)ないと、自分のことが信じられそうになかった。

 俺の渇望の対極にあるその姿を、俺は許すことが出来なかった。


 ……可笑しな話だ。

 信じるべきモノなど忘れていたのに。


 俺が彼から奪ったものは、もう二度と戻らない。

 謝罪は俺のためでしかない。許されないことを俺はした。


 だから彼に、与えられるものを出来るだけ。


「……西の連合国に行くといい。多分、お前の仲間がいる」


「分かった」


「赤髪のメイカーに気を付けろ。アレは全てを喰う渇望を持ってる」


「……分かった」


「後は……アネモネを、許してやってくれ。俺が言えた、義理じゃないけどな」


 肩で息をする少年へと、勝手な言葉を投げかける。


 望むのであれば、この死にかけの身体を好き勝手に嬲ってくれて構わないが――――あぁ、重そうだ。これ以上、彼に業を重ねさせるのは良くないと判断を下す。


 俺はお前みたいにはなれなかった。

 この弱い少年は、俺が強かったらという仮定の姿だ。

 尊敬を胸に抱き――――その道の果てしなさに、少し同情する。


「――――応援してるよ」


 ……体が崩壊し始めた。


 誠に勝手なことながら、俺はどうも終わりらしい。

 亡者があるべき姿に戻るだけ。痛みは既になく、悩みはもう晴れた。

 未練はない。後悔も申し訳なさも感じているが、どうか許してほしい。


 友たちにも、許しを乞う。

 すまない。お前たちの死を俺は愚弄した。

 この男のように、救ってやることはできない。

 自身の欲求ばかりを押し通した。そのことだけは、あの世で謝らなければならない。


 あれほど身体を蝕んでいた苦痛は全て消え。

 炎が俺の身体をゆっくりと覆いつくしていく。


 ――――その炎の向こう側。

 どこか見覚えのあるシルエットが見えた気がする。


 死に際の妄想に手を伸ばす。

 最後の最後まで兄でいられなくて、すまないと。

 懺悔の言葉を口にしながら、弔いの火に灼けていく。




 願わくば、俺が想像できる限りの幸せがあらんことを。

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