32/『継承』
「ヅ、ぃぃっぃぃぃあああああああああああああああああああああ!!!!!」
この身を蝕む苦痛の中。
ただ一人、友の背を追って視界を開く。
痛い。
この世のありとあらゆる苦痛を濃縮したかのような毒。
その浸食に終わりはない。
呑まれれば最後、死ぬまで宿主を犯し続ける。
痛い、痛い、痛い、痛い。
叫びが止まらない。
骨が折れた時、どうしようもなく喘いでしまうように。
今も口からは気を紛らわせるための絶叫を、止まらず垂れ流し続けている。
――――でも、この程度の痛み。
――――彼に比べれば、なんてことはない。
僕を守るために宙を駆ける友。
既にその身に力はなく、
そこらの野犬にも劣る存在になって、それでも何度も飛び掛かっていく。
ボロボロになり、穴だらけにされ、毒まみれになり、それでもただ一つの誇りのために。
――――その背を少しでも近くで見届るために、汚濁した毒を踏む。
僕らが見た夢。
決して叶うはずがないと、諦めかけた夢。
誰もが幸せに笑いあえる理想郷への一歩を守るために。
限界は近い。
あぁ、分かっている。
僕らの戦いはもうすぐ終わる。終わってしまう。
別れの時は秒の刻みに入っている――――。
■
『草十郎。俺は一つ、嘘をついた』
剣を磨く自分へと、狼が言葉を漏らす。
何のことかと尋ねると、彼は恥ずかしそうに望みを零した。
『……俺たちは皆、名前が欲しかった』
「――――」
『分かっている。怖かったのだろう』
あぁそうだ。
名前を付けるということは、そこに名付けの責任が生まれる。
最初、僕は怖かった。
僕に従う獣たち。
彼らの姿や強さを恐れたのではない。そんな彼らに名前を付けてしまって、失った時のことを考えた時、それが何より怖いと知った。
愛着が湧けば、戦わせることができない。
執着を生めば、その死が怖くてたまらない。
置いていかないでくれと蹲る子供のように。
名を付けた者たちが危険に身を晒すことを、僕は嫌ったのだ。
ずっと彼らを名で呼ばないことを、意識的に選択していた。
おそらく気付かれていたのだとしても、それでも、怖かったから。
『お前は既に背負っている。だからこれ以上、重荷にはなりたくない』
けれど――――、
『それでも、俺が万が一あの敵に負け、足を止めそうになった時には――――名前を呼んでくれ』
その言葉だけで、立ち上がれるのだと。
たった一度呼ばれるだけで、死へと抗う活力が貰えるのだと。
狼は、最期の望みを口にする。
――――お前の言葉は、俺に効く。
大丈夫。
元より名付けるつもりはあったんだ。
ただ、口に出す勇気が足りなかっただけ。
死んでいった仲間の名も用意してある。
たくさんの本を読んで、とびきりのやつを考えたんだ。
きっと気に入ってくれるだろう。
■
目が遇って、
だから歩を進める。
痛みを無視して、遅々とした歩みで駆け寄る。
彼もまたこちらへと向かって、倒れ込むように近付いてくる。
その脚は既に毒に染まり、
それでも彼は必死に僕の方へと向かってくる。
痛ましい友の姿に、かける言葉は心配ではなく激励。
精一杯の笑顔を作り、迎えてやる。
「ありがとう、アダマス」
『――――――――良い名だ、気に入った』
笑顔が最後の一歩を踏む。
互いに毒に侵された身。
苦痛の長けは同じほど。
あぁ、お前はこんなところまで、僕に付いてきてくれて。
――――そしてこれからも、ずっと一緒だ。
倒れ込む銀狼を、この手に迎え入れ、
その胸へと剣を突き刺す。
『託すぞ』
「任せろ」
耳元より声を聴く。
頑張ってくれてありがとう。
お疲れ様と頭を撫で、毒に侵されたその頬へと最後の挨拶をする。
別れの言葉はなしにしよう。
散々語り合った仲だ。訣別の儀はとうに済ませてある。
毒がその身体を犯し尽くす前に、脈動を断ち、
そして僕の才能が、新たな炎の芽吹きを告げる――――。
【祝え、王の誕生を】
この身に流れ込むは膨大な魔力。
溢れるほどの輝きが――――炎が、この身を包み込む。
これは命の輝きだ。
今まで死んでいった者たちの魂を燃やし、その熱を以って炎と変えているに過ぎない。
故に、彼の、彼らの創る炎に限りなどなく、轟々と世界を紅に染めていく。
アダマス。
何物にも支配されない、誇り高き銀狼よ。
お前の命と共に、皆を連れていくとここに誓おう。
素はダイヤモンドすら凌ぐ硬き意志。
祖は孤高の狼の王。
其は――――掛け替えのない、僕の仲間。
仲間殺しの異名は今、この時を以って炎に消え、
死者を弔い、その力を借り受ける小さな王へと容を変える。
「理想――――『弔火葬送の王』」
――――その王に民はなく。
――――されど四十五の魂を、そこへと届ける責務を負う。
――――夢と理想を背負ってただ一人。
――――弔いの火を織り続ける。
輝く炎の中より一つ、小さな炎冠を受け取った。
その冠は十字架に等しく。
小さな王で在り続けるという、誓いの証に他ならない。
全てを受け継ぎ、紡ぎ、背負って、連れていく。
それが僕の理想だ。
此は孤にして群。
幽世より見守る同胞よ。
今少しだけ、その力を貸せ。
「――――『継承』」
死した友より、銀の輝きを継承する。
弔いの焔を織こせ。
この身に燻る感情を発露しろ。
僕はこんなところで終わる命ではない。
背負う想いは一つではなく、故に焔は昂りを叫ぶ。
お前たちの願いは受け取った。
ここからは、僕の戦いだ。
「いくぞ――――銀騎士ッ!」
■
死に体が二人寄り添って。
そして行われるその行為に、吐き気がする。
仲間を喰らって先へと進む。
味方に手をかけることを是とするその在り方が、どうしようもなく醜悪で、許しがたく、愚かな行為に見え――――。
だが、どうしてだろう。
その光景から目が離せなくなってしまうのは。
なぜなんだろう。
幸せに満ち溢れて、天へと昇った幻獣を、羨ましく思うのは。
こんな毒沼に侵され、その身は苦痛で満たされていたはずなのに。
あんなにも、充足した死を迎えられたのか。
味方の手に討たれたというのに。
それこそが誉れとでも、言わんばかりの笑顔が、何かを――――。
――――俺は、何かを、忘れているような。
「い、ぎ――――ァアァアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
頭を痛みが襲う。
黙れ、黙れ黙れ黙れ――――!
綺麗事は切り伏せろ。
叶わぬ夢を否定しろ。
栄光を夢見た結果が自分だ。
優しさが、甘さが、愚かさが――――敵を敵と断定できないその間違いこそが、この苦しみを生み出した!
憎め。
この苦しみをお前も味わえ。
毒を渇え。苦痛を望め。
ありとあらゆる世界の膿は、俺と一緒に堕ちていけ。
俺はもう、間違えたりなんかしない。
「来いよメイカァアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」




