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27/それは理不尽な

 剣は血で濡れていた。


 軽く振って、剣を汚す老廃物を振り払う。

 落ちた切れ味が、少しでも戻るように。


「シャブルラララッ!」


 それを戦場の隙と見たのか、長い舌を巻きながら、トカゲの見た目をした剣士――――リザードマンが意気揚々と襲い掛かってきた。

 弱者を甚振る味を知る魔物。実際、お前の評価はあながち間違いでもない。


 でも多分、僕の方が速いな。


 漠然と頭のどこかがその答えを出す。

 判断基準は分からない。ただ、見てくれだけ立派なモンスターよりも、この矮小な身の方が、幾らか強いのだという厳然たる事実がするりと頭に入ってきただけのこと。


 一閃。

 臓腑を切り裂く致命の一撃を見舞う。剣がまた汚れるが仕方がない。また横に振って、血を払い、次の敵を探すことにする。


 ビチャビチャと、腹より何かを零しながら、外敵が横で倒れた。

 邪魔だった。足元がまた血でぬかるんで、大きな肉の塊が障害物として加わる。どかす時間さえもどかしい。足を取られないようにと意識を少し裂きながら、辺りを見渡し――――どうも、自分の相手はもういないということが分かる。


 周りはどこも戦闘を終えているか、善戦中だった。

 加勢をしようかと考えるが、やめた。彼らは僕より遥かに強い。手伝う必要も意味もないだろう。大人しく剣を下ろし、部屋の端の方へと移動する。


「一段落ついたかな?」


『そのようだな。床が汚れすぎた。早急に掃除をさせよう』


 近くへ降り立ったウルフが、何かの肉片を咀嚼しながら伝えてくる。戦闘中に食事できるのはちょっと羨ましい。

 僕は置いてあった水筒を手に取って、水分補給をする。疲れた体へと、喉を通して液体が流れ込む。無味だというのに、やけにおいしく感じるのはどうしてなんだろう。


 ダンジョンメイカー30日目。

 順調に、僕たちは戦闘を続けている。


 昨日、アネモネがいなくなってからも、僕らのやることは変わらない。毎日毎日ダンジョン防衛だ。たまには休日ぐらい用意してほしいが、敵は都合を合わせてくれない。


 もちろん訓練は欠かしていない。

 彼女がいなくなってどこか一抹の寂しさを感じるのは事実だが、帰ってきた時に幻滅されては適わない。一人になってしまっても、黙々と日々を熟していく。


 だがしかし、やはり相手がいないのは単純に張り合いがない。


 特に――――、 


「最近、敵が弱くなってない?」


『う、む――――なぜだろうな。質もそうだが量も減った。オークも出てこないし、リザードマンも雑兵を十匹ほどしか送ってこない。後は狩り飽きた有象無象ばかりだ』


 外敵があまりにも弱すぎる。

 僕が強くなったというわけではない。明らかに難易度が下がっていた。オークの上位種もリザードマンの上位種も訪れない。リザードマンだって、その数があまりにも少なかった。


 戦闘に張り合いがない。


「……なんでだろうね。水晶もおかしいって言ってるし」


『大方、あの小娘が抜けたからではないか? 外敵はダンジョンの強さによって決まるらしいではないか』


「アネモネは強かったからなぁ」


 まぁ、どうでもいいことだ。

 敵が強いにしろ弱いにしろ、僕らがやることは変わらない。戦い続けるだけである。


 敵が途切れたので、オークたちに見張りを任せてしばしの休憩だ。


 目の前では、スライムやレイスといった解除スキルを持つモンスターたちが床を掃除していた。

 掃除といっても血は地面に染み付いしまってるし、とこどころこに何やら汚い肉片もどきがこびりついているが、まぁ仕方ない。どうせ今日の終わりにはDPを使って更地にするのだ。最低限使えるようになればいい。


 掃除を頑張っているスライムを見る。

 確かあれはメディスンスライムだ。大型犬ぐらいの大きさにまで育ったそれはぬらりとした緑色をしており、毒と治療系のスキルを持っているモンスターである。


 ちなみに、割とグロい。

 ゆっくりとした動きで移動しているのだが、通った位置にあるものを片っ端から飲み込んでいく。骨だの肉だのが濁った緑色の体内でグルグルしている様は、あまり見ていたいものではない。ちなみに選り分けもしているらしい。まずい肉は彼らがそのまま食べ、おいしい肉は吸収せずにズリズリと巨体をもって引き摺っている。


 ダンジョンもそこそこ様変わりしたものだ。


 皆進化を終えているし、二段回目の進化をした者も出てきている。

 今はウルフの三段階目の進化を考えるようにもなってきた。今度も候補がそこそこ多いのだ。また辞書や図鑑で名前の由来を調べなければならない。


 そんなことを考えながら、水筒を地面に置く。

 休憩はできた。おそらくそろそろ、次の敵が来てもおかしくないだろう。


 そう思って立ち上がったところで、光の槍がオークの体に突き刺さる光景を見た。


「――――は?」


 貫かれた胴体。

 汚く飛び散る血液。

 目の前を、なにか、異常なものが通り過ぎていく。


 豪速の槍は獲物を突き刺したまま、勢いよく部屋の奥まで飛んでいき。

 やがて壁に赤い血の華を咲かせた。


 ――――そして、槍の主が姿を現す。


 長身で安定感のある体躯の銀の騎士。

 頭から脚までを鋼鉄で覆った正体不明のイリーガル。

 バスターソードと呼ばれる武具を右手に携え、それは静かに侵略を開始する。


 なんだ、これは。


 止まった思考がさっきから警鐘を鳴らし続けている。

 心臓の音がやけに煩い。血管が血を運び続けている。

 心拍音が頭の中へと入ってきて、割れんばかりの悲鳴を揚げる。


 ただ一つの感情で、この身は満たされていた。


 逃げろ。

 こいつはバケモノだ。


『草十郎ッ!!!!』


 ウルフの声が、弾かれたように現実へと引っ張ってくれる。


「あ」


 気付けば、視界が変わっていた。


 銀騎士は視界の内に捉えていた。

 しかしその位置が変わっている。確かコイツは入口からそのまま真っ直ぐ歩いてきていたはずなのに、いつの間にか僕が今いた位置にいる。……ということは、今僕は一体どこに――――?


「ご、ふ――――」


 口の中を血が満たす。

 腹よりたまらず崩れ落ちる。

 

 信じられない面持ちで、自分の腹を注視する。なんだ、これ。

 ザックリと裂けた割れ目からは血が波々と溢れ出していて、どうにも腹筋に力が入らない。

 熱い液体が喉から込みあがってきて、血の塊を吐き出した。臓腑を傷つけられたということに、ここでようやく理解する。


 銀騎士が、僕の腹を裂いたのだ。


 横一文字に振るわれたバスターソードは、僕の胴を真っ二つにしかけていた。

 背骨があることはなんとなくわかる。だが、下腹部より下に力が入らない。何か大事な筋肉かスジを、スッパリとやられている、ら、しい――――。


 二度目の嘔吐感に従って、真っ赤な吐瀉物を吐き出す。


 すぐに腰のベルトからポーションをひったくり、容器ごと喉奥へと押し込んだ。競り上がってくる血と、緑色の液体とがせめぎ合うが、食道でも気道でもどちらでもいい。無理やりにでも飲んでくれと、嘔吐感に抗いながら必死に回復活動に努める。


 やばい。

 やばいやばいやばいやばいやばい。


 立て、どんなことをしてもいい、立て。

 敵だ。それも目で追えないほどの速さを持つ敵。


 必死に足に力を入れる。ポーションの効きは良い。腹の傷がみるみる塞がっていき、最後に残っていた血を吐き出して、剣を構える。


『死んでも通すな!』


 切羽詰まったウルフの声が、脳へと突き刺さる。

 さっきまで失っていた視覚と聴覚が、恐ろしいバケモノをようやく観察する。


 バケモノが荒れ狂っていた。

 右手にバスターソードを、左手より何らかの魔法を行使しながら、モンスターの群れに囲まれつつこちらへと進んでいる。その姿はまさしく台風に等しい。周り全てをなぎ倒すだけの暴力を持った、目的地へと一直線に進行する暴君。


 バケモノは歩んでくる。追いすがる狼を蹴散らし、襲い来る虎を投げ、魔法の槍を射手へと撃ち返しながら、腹に打ち付けられたこん棒を叩き折り、脚に絡みつく触手を千切り。


 肉壁に押さえつけられながらも、それだけを最優先に歩み続ける。


 ――――バイザーの奥、暗闇の底よりその眼が告げる。

 お前だけは殺す、と。


『草十郎下がって!! 前と同じです、最終ラインまで下げます!』


「――――ダメだ」


『草十郎!?』


 鉄の味がする。


 水晶の静止の声を、冷静に却下する。

 前に言っただろう。ここで負ければ後がないんだ。今戦うか、後で戦うのかの違いでしかない。だから、迎え撃つのが正解だ。


 勝機はある。

 なぜ最初の一撃で死ななかったのか。どうして見切れない腹部への一太刀で死んでいないのか。簡単なことだ。躱したからだ。

 脳は反応は出来なかったが、体が反射で後ろへ飛んだ。だから必殺の一撃は、致命の一撃へと格下げされたのだ。


 反射できている。

 ならば、僕は戦えるということだろう。 


「アァアアアアアアアアアアアアア!!!」


 ぶつけられた殺意の塊を振り払うべく、絶叫して斬りかかる。


 仲間は文字通り、身を削って壁になってくれている。例えこの銀騎士がどれほどの格上であろうとも、物量で動きを封じ込まれている以上、身動きは出来ない。


「――――ッ!?」


 バスターソードを握る手から、何かしらの動揺を感じる。


 僕を殺し損ねたのがそんなに不可解か。

 窮鼠猫を噛むという、言葉の意味を思い知れ。



 それを攻防と呼ぶにはお粗末であると、最初の段階で気付いた。


 此方は四十六の群であるのに対し、彼方は一の個。

 右手の大剣、左手の魔法槍では手数が足りなくなるのは明白だ。

 剣を振る動作すら噛みつき、殴られ、阻害される。

 魔法も発動の前に大量の邪魔をされるため、魔力は形をとることなく霧散する。


 だがそれでも、圧倒的に有利なのは銀騎士だった。


 こちらの攻撃を躱し、防ぎ、耐え、合間を縫って一撃を返してくる。

 魔法は形を様々に変え、威力が低くとも効果のあるものを選んでくる。


 地力において此方の総量を上回っている。


 そして何より最悪なことに、攻撃が通らない。

 硬い、硬すぎる。生半可な攻撃では騎士の鎧すら貫けない。

 剣も、牙も、爪も、矢も魔術も毒も暴力も何もかもが、鎧の壁を抜ききることが出来ていない。加えて、本命の攻撃は察知しているのか、何を圧してでも防ぎに来られる。


 自然災害と同位の存在だ。

 その暴虐に停滞などない。強引も強引、力で押し通すような無茶苦茶な方法で暴れ狂っている。硬い鎧を盾に、殺戮の限りを押し付けてくる。


 銀騎士の動きからは、理性を感じない。

 所々に魔術を選択する利口さや剣技の冴えを感じるのだが、それらを台無しにしたような暴力を見せつけてくる。荒れ狂う嵐のごとく、ただただ吹き荒れるだけだ。


 まるで己の身がどうなったとしても、こいつだけは殺すという剥き出しの殺意を、僕にぶつけてくる。


 ――――あぁ、でも、こっちも大して変わりないか。


 折れた左足を治すためのポーションを呑みながら、自嘲する。

 

 一撃を貰うとは、下がってポーションで回復する。

 それが終わるとまた前に出て斬りかかる。


 僕は、荒れ狂う嵐を相手にそんなコンティニューを繰り返すことで戦っていた。

 仲間たちも同じだ。戦えなくなった者から後ろに下がり、ポーションを使って戻ってくる。


 持久戦だ。

 正体不明のバケモノとはいえ、生き物には違いない。こちらのあるだけの回復道具を活用して、無理やりにでも体力の底へと落としてやる。

 


 けれど。


 どういうわけか、僕を守る壁が――――仲間のモンスターたちが、段々と減っていった。


 互いにやっていることは同じだ。

 ただ相手の息の根を止めんがためだけに全身全霊をもって戦っている。


 しかし、攻撃の質が違う。最適解にも近い剣に対して、僕は鎧すら貫けない。

 けれど、防御の格が違う。金城鉄壁で傷すら負わない敵に対し、こちらは常に血まみれだ。


 被弾は増え、腕が千切れ足がもげ、やがてポーションを飲んでも何も回復しないようになってきていた。


 視界が血で滲む。

 喉がイガイガしていた。

 何度取り換えたか分からない剣は、また根元の方から折れてしまっていた。


 まずい。新しい剣を貰わないと。

 近くを見るが、誰もいない。皆戦っていて忙しいのだろう。

 取り合えず、近くに転がっているこん棒を使おうと手を伸ばしたところで、手首から先を切り落とされる。


「――――あ」


 見ると、銀騎士がこちらを見ていた。


 立たなければ。だが、足に力が入らない。

 痛い、痛い、痛い。無視する。残った方の手を床について、支えにしようと、


「コアはどこだ、言え」


 ――――喉元に刃が突き付けられた。


 冷たい銀の刃が少し食い込み、細い血の筋を流す。


「……やっと喋ったと思ったら、それかよ」


 左の視界が黒い。駄目みたいだ。

 残った右目で、掠れ掠れの敵を見る。


 バイザーの奥は何も見えない。

 ただ、さっきと一緒だ。

 死ねと。一切の交渉の余地なく、目の前の敵は僕を憎んでいる。


 おかしいだろ。


「なんで、襲うんだ」


「言え」


「僕たちは誰も、悪いことなんて、してないだろうがッ――――!」


 お前、人間だろ?


 バケモノみたいに強くて、バケモノみたいな戦い方だけど、中身は人間に間違いない。

 言葉も伝わっている。顔は見えないが確かに分かる。呼吸をしているし、思考も出来ている。僕と同じ人間なのだろう。


 なのに、なんで分かってくれないんだ。

 なんで殺されなきゃいけないんだ。


 譲歩したぞ。歩み寄ったぞ。協調を目指し、互いに理解し合えるようにと、今の今までずっとずっとずっとずっと! 僕は! お前たちと仲良くしようとしていた!


「話を、聞いてくれ」


「もう一度だけ言う。コアの場所を言え」


 対話にすらならないのか、この世界の人間は。


 ただ平和に暮らしたかったのに。

 何も奪っていないのに。

 誰も傷付けず、生を全うする権利すら最初から与えられないのか僕らは。


 理不尽だ。


「死ね」  


 斬首の刃が振り上げられる。


 あぁ、嫌だ。

 こんな理不尽に押しつぶされたくはない。

 僕はこんなところで死ぬべき命じゃない。

 こんな奴に殺されていい生き物ではない。


 激情と無念と後悔と、様々な感情で首を刈る剣の色を見る。

 だが、願うだけでは叶わない。体は限界で、手足すら動かない。打開する術などどこにもない。


 数秒の後、この嶽野草十郎は死ぬ。

 避けられない運命を理解し、死を覚悟して、視界を静かに閉じた。



「――――なんでよ」


 覚悟していた痛みは訪れなかった。

 代わりに聞こえたのは、希望を託したはずの見知った音。


「これ、本当に殺す時用の剣じゃない……なんでよ!? どうして!?」


「……抜けてきたのか」


「質問に答えてお兄様!!!!!」


 目を開ける。

 眼前には、また別の銀色があった。


 兄よりも小柄な銀甲冑の主。

 アネモネが、斬首の刃を防いでいた。



「どくんだアネモネ」


「剣を下ろして、お兄様」


 アネモネの背に隠れ、持っていたポーションに手を伸ばす。

 効き目は薄いが飲むべきだ。

 這いずりながら、血と一緒に嚥下する。


 銀騎士は先までの無言が嘘のように、アネモネと会話をしていた。

 彼は剣を地面に突き刺し、妹に向けての無害をアピールする。


 ただ、それは妹に対してだけだ。

 こちらへは微塵も変わらぬ殺意を、毎秒のごとく垂れ流している。


「……分からないかもしれないけれど、そいつは危険なんだ。君が守るほどの者じゃない」


「何を言っているの……? 草十郎はお兄様と同じ人間よ? お兄様は今、人を殺そうとしているのよ!?」


「それはガワだけの話だ。見た目に騙されてる」


「ごめん、お兄様。私には貴方の言っていることが何一つ理解できない――――ねぇ、本当に私のお兄様なの?」


「本物さ」


 言って、銀騎士はその兜を脱いだ。


 出てきたのは金髪碧眼の若い優男。

 その普通の見た目に驚いた。あの戦いぶりからはおよそ程遠い、まるで物語の主人公然とした顔だったからだ。


 そして彼はどうしてか、正体を示すための兜の他の――――籠手、鎧の留め具を次々に外していく。


「何を、して――――」


 そして、上半身の裸体を晒そうかとした彼を止めようとするアネモネの声が、止まる。

 下着の下より現れたのは、見るも無残な肉体だったからだ。


 ローリエの身体はひび割れていた。

 左半身を大きく縦断する、裂傷が刻まれている。そしてその傷口より、ひびのような痕が体全体に散っていた。


 どのような理屈でそうなったのかは分からない。

 ただ、傷口には黒い膿のようなものが満たされていて、刻一刻とその体を蝕んでいるだろうことが分かる。


「アネモネ、僕は君の兄だよ」


 そのあまりに酷い光景に、声に鳴らない悲鳴があがった。


 妹の表情を見たのだろうか。

 彼は哀しそうに笑って言う。


「一年前、君一人を故郷に残し栄光を夢見て――――そして夢破れた男だ」



「……ありきたりな話なんだ」


 彼は短く、過去を語る。


「一ヶ月前、王都でのことだ。俺たちは王都近郊に突如現れたダンジョンを調査する任務を請けた。内容としてはなんてことのない、遺跡調査や視察のような他愛ないものさ」


 一ヶ月前。

 それは確か、アネモネが、兄からの手紙が来なくなった日付と一致する。


「俺はその探索中に、ダンジョン内でメイカーとコアに出会ったよ。赤毛の女の子と、紫色をしたコアだ……アネモネと丁度、同じぐらいの年齢の子だったかな。特に危険を感じず、会話も出来た。一晩を共に過ごし、一緒に食事もしたよ」


 ……この世界には、僕の他にもダンジョンメイカーがいるのか。


 一切顔色を変えず、ただ淡々と、その美しい男は思い出を語る。

 喜びも何もなく、事実を簡潔に語っていく。

 

「そして、目が覚めた時には全て終わっていた」


「……あ?」


「起きた時にはもう、俺の左半身と、隊の他の仲間全員が喰われていた。その後は特に付け足すこともない。俺は必死で戦ったし、騎士団に事後報告にも行ったり、医者にも掛かったが、それだけだ。メイカーに会って、俺は全てを失った」


 ……ふざけているのかと、呆気にとられる。

 復讐という動機についてではない、男の様子が、あまりにも軽いもののように見えたからだ。


 なにか、こいつは今、重大なことを話していたはずだ。

 左半身? 仲間を失った? そんな大切な話だというのに、どうしてこの男はそこまで冷静に告げられる? 

 目の前のアネモネを慮っているだとか、僕に情報を隠しているとかそういう次元じゃない。まるで他人事かのように、事実と結果だけを男は述べて、理由の説明を終えた。


 一切の感情を、感じられない。

 しかし僕に対する殺意だけは微塵も揺るがない。

 そのことが猶更、この男に対する理解を不可能なものにしていく。


 男は宣言する。


「俺はもう間違えない」


「……何が、あったのよ」


「長々説明している時間はないんだ。すぐにそいつを殺さないと」


「全然共感できないの……理由を教えて! どうして草十郎を殺すの!? 王都で何があったかは知らないけど、草十郎とその女の子は別人でしょ!? そいつが悪かっただけじゃない!」


「……話して分かるような類の話じゃないんだよ、アネモネ。ダンジョンメイカーは殺すべきなんだ。殺さないと、いつか絶対に不幸になる」


 男は何かの確信をもって、断言した。

 その言葉は、どこかで聞いたことが、あるような――――。


「どいてくれ、アネモネ」


「分かんない……分かんないよ……」


「……どうしてだ。相手はモンスターじゃないか。人間なんてそこの一人だけだ。人を襲う害獣をどうしてそこまでして庇うんだ……? お前は騎士に憧れていたはずだろう!?」


「この子達は違うよ! 人を襲わない! 私たちと同じように、ただ平和に生きていたいだけの仲間だよ!」


「……蚊を潰すことに躊躇いを憶えるのか? なぜ蚊ならよくて、魔物はなぜダメなんだ? そこにあるのは会話ができるだけの違いで、存在するだけで危険な生き物なのは違いないだろう。アネモネ、君は感情を交えすぎている」


「人にも危険な奴はいるでしょ!? 話し合ってよ!」


「……その行為自体が、間違いだ。そもそもの話、どれだけモンスターが善性の生き物であろうと――――メイカーと、それに付き従うコアやモンスターは、殺さなければならない」


 要領を得ない説明を前に、アネモネは混乱している。


 だが、それでも。

 彼女は僕の前に立ち、ローリエの剣を阻む盾であり続ける。


「お兄様は、狂ってる」


「……はは、そうだな……アネモネに言われるなんてな。そうかもしれない」


「冷静な判断が出来ていないわ。剣を収めて、話をしましょう。私たちは分かり合える。まだやり直せる」


「不可能だ。僕はそいつを殺す。誰かが殺さなきゃいけない。そうしなければならない」


「正気を失っているわ」


「埒があかないな――――」




『ダンジョン封鎖まで、後五分です』




 声に殺意が、即座に反応する。


 光の槍が空を舞った。

 都合十二の即死の槍がローリエの左手から放たれ、あらゆる致死の軌道を辿って嶽野草十郎へと襲い掛かってくる。


 銀剣が紅を纏い、槍を払う。

 衝撃、そして爆音。魔力の塊が、魔力の塊で相殺される。アネモネは恐ろしい集中力をもって、全ての槍を残さず打ち壊す。


 苦々しい顔をしながら、ローリエが吐き捨てる。


「時間か」


『草十郎、あと五分なんとしても生き残ってください――――ッ!』


「……お前たちは本当に忌々しいな。傀儡遊びは楽しいか?」


『……私はアレほど悪趣味ではないですよ』


 ……生き残れと言われるが、どうしようもない。

 回復が遅い。失っていた手首と右足は治っているが、起き上がる事すら出来ない。気力も底を突きかけていて、全身全霊を振り絞っても身動き一つ取れない。僕を守ってくれているアネモネ頼りだ。


 彼女は見たところ、ローリエと対等に戦えている。

 ローリエも彼女を殺す気はないらしく、魔法槍は僕だけを標的にしていた。


「――――ッ!!!」


 男の顔に、初めて焦りが浮かぶ。

 槍の魔法は僕に届かず、剣で近付こうにもアネモネが完全に邪魔になっている。


 アネモネを傷つけずに、僕を殺すことは不可能だ。

 そのことに気付いたのか、ローリエは槍の使用をやめ、バスターソードを構える。


「アネモネ、今すぐダンジョンを出るんだ」


「お兄様が先に出て」


「……仕方ない」


 ――――詰将棋に近い、一瞬だった。


 十を超える剣戟の応酬。

 自分より遥かに格上の剣士の勝負は、とても綺麗で――――ただ綺麗なだけの、一方的な蹂躙だった。


 両手剣は片手剣より重く扱い辛い。そんな当たり前の常識が塗り替えられた。

 ローリエの剣戟はアネモネより速く、アネモネより強い。一撃で余裕が消え、二撃で必死にさせられる。

 一撃一撃が選択肢を確実に削ってくる、剛剣とでも呼ぶべき力業の暴力。


 あのアネモネより、数段強い。

 気付けばアネモネの剣は弾き飛ばされ、アネモネの首元にローリエの主刀が刺さっていた。


「……っ」


「ごめんな」


 当て身とでも言うべきか。

 恐ろしい勢いで叩きつけられた手刀は、しかし意識を刈り取るための高等技術だ。


 アネモネは一声苦しそうに呻くと、全身を脱力させ――――呆気なく無力化された。


「俺はもう間違えない」


 ローリエはアネモネを肩に担ぐと、そのままダンジョンの入口へと飛んだ。


 そして僕の目の前に、一本の短剣を投げてよこす。


「そこのメイカー。お前が本当にモンスターと人間の共存なんてものを目指すのなら――――自害しろ」


「……」


「お仲間に期待しても無駄だ。そいつらは既に()()()()()()()


『午後六時を確認しました。ダンジョンの穴が封鎖されます』


「明日、また来る。俺はお前を逃がさない」


 地獄の底より響く死神の宣言。

 それだけを言って、銀騎士は姿を消した。

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