28/第一の試練
這う這うの体で、顔を上げる。
押し付けられるような圧迫感が消え、幾分か気が楽になる。
そして、今まで気に留めることもできなかった周囲の状況を、確認した。
――――燦々たる有様だ。
血と肉で満たされていた。
赤い、赤い、赤い。何が起きたらこうなるのか、爆心地を中心に四方八方へと血が飛び散って、世界を赤に染め上げている。
むせ返るような強烈な匂い。金属的に軋んだ、甘ったるい匂いがする。
呻き声が聞こえる。終わることのない痛みに耐えてる亡者のような苦しみの声。
……あぁ、可哀想だ。
身を挺して戦ってくれた仲間の苦痛に喘ぐ様子は、憐憫の情を誘うものだった。
だが、少し安心する。
声が聞こえるということは生きているということだ。
生きているなら、まだ助かるということだろう。
「ウルフ……聞こえる?」
『あぁ……』
一番近くにいた狼の元へと、這う。
僕の状態も酷いが、彼も酷い。体のパーツは欠けていて、片足は光の槍で貫かれていた。あの男の魔法は効果時間が長いのか、消えることなく輝き続け、今も彼の肉体を内側から灼き続けている。
まずは、これを抜いてやらないと。
『草十郎、待ってください。その槍は――――!』
「ぐ、ゥ――――ッ!!!」
両手で掴み、引き摺りだそうとする。
光は全て膨大な魔力の塊で出来ている。対象を破壊するための必殺の術式。溢れんばかりのその輝きは貫いた者を――――そして触れるものを許さない。
「い、ってえぇ……」
手の平が灼ける。
ナニカが焼ける音がした。無視をする。激痛が走り、続いて融解が行われる。手の平が魔法の槍に張り付き、やがて神経と肉までもを容赦なく蝕んでくる。
あぁ、これ、離せないな。
完全に肉が持っていかれることを確認し、力を込めた。関係ない。どうせ傷はすぐ治る。離れなくなったのならば、この槍を抜いてやればいい。
「づ、ああぁあああああああああああああああああ!!!!」
骨に力を込め、全力で抜こうとする。
だが、槍は動かなかった。
まるで元からそうなっていたかのような固定具合。
ウルフの脚と地面とを縫い付けて、光槍はうっとおしい光を放ち続けている。
『草十郎、もういい。斬り落とせば済む』
「……ごめん」
言われ、手を剥がした。
何かが千切れる嫌な音が響く。
指を数本渡すことで、腕だけは焼かずに済ませる。
……足元に落ちていた剣で、彼の脚を断つ。
ポーションを手に取って、飲ませてやる。あぁ、これで大丈夫だ。僕より効きが悪いだろうが、やがて足も再生するだろう。
「……他の皆も、治してあげないと」
槍が抜けないことは理解した。
だから、斬ってあげないと。仲間の身体を傷つける行為に抵抗がないわけではないが、仕方がない。皆もきっと理解してくれる。
ポーションは有り余っている。全員に使ったとしても余裕があるだろう。早く、手遅れになる前に助けてあげないと。
『草十郎、止まってください』
「急いでるんだ、後にしてくれ」
『……ウルフを見てください。彼の脚は再生しません』
水晶が訳の分からないことを言う。
ポーションは万能だ。致命傷を負っていても回復できる。そりゃ時間はかかるかもしれないけれど、いつかは五体満足になるだろう。
ほら、今だって。
ウルフの身体は回復しかけていた。脚は治っていないが、斬られた耳も、失った手足や尾も、傷付いた胴体も、目に見えるようにして再生していく。
だが、回復している本人が、首を振った。
『草十郎、俺の脚はおそらくもう二度と治らん』
『魔法です。槍の突き刺さった部分は毒に侵され、二度と治ることがありません。それが彼の渇望――――死ぬまで対象を蝕み続ける必殺の状態異常です』
「なんだよそれ……!? 僕は治ってるぞ!?」
『それは貴方が彼と同じ臨界者だからです……草十郎だけなんですよ、この毒から回復できるのは』
水晶の言葉を疑おうとするが、目を合わせたウルフが本当のことだと告げる。
治らない……?
いや、それでもいい。戦えなくたっていいんだ。死ななければ。今ある傷を治すことさえすれば、彼らを助ける方法はあるはずだ。
――――だがその行動すら、否定される。
『……槍の直撃を避けられたのは、そこのウルフだけです。他は皆、胸か臓器をやられています』
「そん、な……」
『もう、治せません。助かりません』
有り得ない。
嘘吐きの二人を無視して、一番近くにいる要救護者を探す。今ならまだ間に合うはずだ。
「バーラン……」
苦しみに喘ぐ、仲間がいた。
そう言えば、この名前は、どこのどいつが、付けたのだっけ――――。
『マスター、我はもう……』
あぁ、酷い。
身体が半分ほど壊死している。何らかの魔術を受けたのだろう。醜い火傷の痕が、彼の綺麗な茶と黒の縞模様を汚してしまっている。
腕も折れまがり、立派な牙が何本も砕かれていた。口から血を流し、力なく倒れ伏している。
そして、槍が彼の胸を貫いている
場所からしておそらく心臓だ。それを失くしても尚生きていられるのは、獣たる由縁か。
……槍を抜こうとしたが、抜けなかった。
血まみれになった手でポーションを手に取って、彼に飲ませてやる。
『マスター』
「喋るな」
――――胸に抱く命が溢れ落ちていく。
更にポーションを叩き割り、飲ませる。
駄目だ。
血が止まらない。
駄目だ。
駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ!
『マスター』
「喋るな」
『……勿体、ない。やめてくれ』
「喋るな、喋るな喋るな喋るな……!」
『頼む』
「……ッ」
傷が、治らない。
槍は刻一刻と彼の身体から力を奪い、消えることなく輝き続ける。
ここに来て、理解させられる。
もう、彼は、助からない。
……僅かな命の残量を削りながら。
その虎は、主へと最後の言葉を紡ぐ。
『……マスター、介錯を頼まれてくれないか』
「――――」
『さっきから、ずっと苦しいんだ。こんなモノで死にたくない。せめて死ぬならマスターの――――草十郎の手で、逝かせてくれ。救ってくれ』
「あぁ……分かった」
頬を伝う涙を、拭う。
最期に僕がしてやれるのはそれだけなのだと、理解する。
剣を握る。
せめてひと思いに。苦しまずに、安らかに終われるように。
彼はどこか済まなさそうな色を目に称え、今際の言葉を選ぶ。
長くは保たない。ただ一言、何を伝えるべきなのかを彼は考えて、
「――――楽しかった」
笑顔を浮かべた。
……今度はこんな意味のない生にならないようにと。
嫌悪感と罪悪感を押しつけて、断頭する。
「あぁぁぁぁああああああああああ……」
ゴロリと、雄々しく気高い獣の首が転がる。
つい先ほどまで、元気に走り回っていた仲間の命を、絶った。
他に方法がなく、救うためであった。
だが、殺したのだ。僕が。
……駄目だ。立ち上がれ。
これで終わりではない。他の皆は今も苦しみ続けている。
五体満足で生きている僕が、心折れるわけにはいかないのだ。
嘔吐感と倦怠感。無視しろ。
剣を携え、次の仲間を探す。
『草十郎』
「……」
『第一の、試練です』
水晶の声なんて、聞いていられなかった。
幽鬼のように歩きながら、次は――――オークだ。壁際でずっと苦しみ続けている、オークの元へと歩き出す。
その僕の横を、炎の閃光が走り抜けた。
「――――は?」
鮮やかな、一筋の眩しい光の線。
すれ違うようにして通り過ぎていったソレは、僕の背後――――虎の死骸の元へと一直線に辿り着くと、それを包み込んだ。
おい。
何をしているんだ、お前。
その炎の塊は、いつもとは姿形を変えていた。
手で包める程の小さな体は、巨大な虎の死骸を包み込めるほどに膨張し。
何も燃やすことのできない不可解な炎は、今まさに彼の皮を、肉を、そして骨までもを灼いていく。
――――何を、しているんだ。
『――――条件を達成しました。情報を開示します。』
『ユニークスキル:■■■■。
・訓練・戦闘で得られる経験値補正:小
・対象の殺害時、経験値補正:中
・味方の殺害時、価値に比例して経験値補正:極大』
『第一の従者:■■■■■。
・〈従者〉属性を持つ。
・攻撃できない。
・死なない。
・仲間の死体を食べることで成長する。
・死体の価値に応じた武器を生成する。』
そして、今まで隠されていたモノが表示される。
『条件を、お伝えします……仲間殺しです。草十郎は、味方を殺すことで強くなれるユニークスキルを有しています』
「黙れ……」
『このユニークスキルとサーバントを――――才能と渇望を使って、あの臨界者を殺してください』
「黙れぇえええええええええええええええええええええ!!!」
文字の羅列を読み、理解する。
体の傷が急速に治る。その事象で今までの比じゃない量の経験値が流れ込んできていることを知り、理解させられる。
仲間を殺して、強くなる能力。
そんなクソみたいなものが自分に与えられているということに、吐き気がした。
そして何よりも。
僕はこれから、自分のために、仲間を殺して回らなきゃいけないのか――――?
苦しみから救ってあげるという大義名分は消え。
残るのは、自分のための仲間殺しというおよそ人の道を外れた悍ましい、
「お、げ――――」
堪らず吐く。
声にならない絶叫が、身を襲う。
もう、僕には、そんなことできない。
◆
事ここに至り、狼は理解した。
自分が命を拾った意味。
自分が産み落とされた理由。
この命を、何のために使うべきなのかを、彼は冷静に自覚する。
そして、己がどのような道を辿るのかを知り、静かに笑った。




