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22/安定した日々

 それからの日々を、僕はアネモネと過ごした。


 枷を外した彼女は依然と何ら変わることなく、僕たちに力を貸してくれた。

 訓練相手として、防衛仲間として、彼女はこのダンジョンを守ってくれている。


 モンスターたちとも仲良くしてくれているようだ。

 会話はできないけれど、人語を話せるオーガとはたまに長いこと喋っているし、他のみんなも彼女と異物ではなく味方として認識しだした。近付かれても警戒することはないし、ダンジョンの一員として普通に接している。


 毎日のルーティンは変わっていない。

 朝は座学、昼から防衛をして、夜は訓練を行う。

 ただそこに、アネモネという一人の少女が加わっただけだ。


 それだけのことなのに、毎日が楽しくなった。


 無論、前の日々も楽しくなかったわけではない。

 水晶は優しいし、ウルフたちとの会話も面白い。この世界に来るまででは考えられないほど毎日が忙しくて、自分が成長できているという実感は張り合いをもたらしていた。


 ただ、それでもどこかで求めていたのだろう。


 同じ形をした存在を。

 人という生き物を。

 僕とは違う人間に、心のどこかで会いたがっていたのだろう。


 彼女は新しい風だった。


「アネモネって、花の名前なんだね」


 座学の時間、隣り合って本を捲りながら話しかける。


 朝は二人で一緒に本を読んでいる。もちろん読んでいる本は別物だし、アネモネは好きなものを読み漁っているだけなので趣旨も違うが、息抜きとなる話し相手がいるというのは気持ちが楽だった。


 彼女の方も集中が途切れてきていたのだろう。

 問いかけると、すぐに本から顔を上げて返事をする。


「そうよ。赤くて綺麗な、素敵な花。どうしたの急に?」


「植物辞典を読んでいたんだ。毒のある花らしいね」


「あるらしいわねー。素手で触ると爛れるらしいわよ」


 言って、彼女はえいっと僕の顔を指でつついてくる。

 その指に毒がないのは分かってる。されるがまま、彼女のおふざけに付き合う。


 ただ、若干名前の由来が気になった。

 彼女の名前は、どうやって付けられたのだろう?


「アネモネの親が、アネモネに毒のある花の名前をつけたのは……綺麗な花だったから?」


「あぁ、名付けは親じゃないわよ。私ってば孤児だから」


「……ごめん」


「気にしてないわ。物心ついた時にはもういなかったし。多分、どこかで魔物にでも襲われて死んだんじゃないかしら」


 あっけらかんと自身の生い立ちを話すアネモネ。

 ディープな話題を出したかと反省するが、しかしどうでもいいことのように語る彼女の顔には、僕が想像するような悲壮さはなかった。


「前も話したけど、私は四大庭園家に保護された子供なの。そういった子たちは皆『花の子』って呼ばれてて、拾われた時に花の名前が付けられるわ」


 四大庭園家。

 それは、この世界での貴族に位置する魔導の名門だ。


 庭園家は四つその全てが魔導を極めることを目的としており、代替わりも全て実力主義。血統や家名ではなく、実力のある魔術師が代々当主を襲名することで知られる異例の貴族だ。


 魔導で優れている者ならば犯罪者であろうと指名手配犯であろうと迎え入れる節操のなさは、少し恐ろしいものを感じる。

 しかしそれでも生き永らえている。血は違うかもしれないが、有史より今に至るまで一度も絶えたことのないその歴史の長さは、貴族と呼ぶにふさわしい在り方だ。


 彼女はその内の一つが運営している教会で、幼い時から育てられてきたらしい。

 実力主義の名門なため、才ある子供であれば衣食住の全てが支援される。そして子供たちは恩義を返すために魔導を志し、やがては庭園家の一員になることを目的とする。


 言うなれば相互補助。

 魔法というただ一点にのみ特化した四大庭園家は、その有り余る財を子供に投資することで、更に魔導を極めようとしている。


「ま、花の子って言っても色々いるけどね。貴族の肩書を手に入れられる抜け道みたいなものだし。だから、親元から送り出されてきた子とか、才能がからっきしなのに金積んでやってくる子とかが一番多くて、私みたいに純粋な花の子は少ないわ」


「ってことは、アネモネには才能があったの?」


「あったわね……ただ、私は四大庭園家には入れないわ」


「……どうして?」


「机に齧りついて本を読むより、剣の方が好きだからよ」


 やはりというか、魔導とやらには並々ならぬ勉強が必要なようだ。


 彼女は本が嫌いだと言っていた。

 物語の魔法使いよろしく本を捲るのが本業ならば、確かに彼女には向いていないだろう。


「こればっかりは向き不向きよ。恩は感じてるけれど、やりたくないことをやる義務までないもの。そもそもやりたくないことでのし上がれるほど庭園家は甘くないし……ただ、それでも恩は返すけどね」


 彼女は騎士になりたいそうだ。

 魔導では恩を返せないから、庭園家お抱えの護衛騎士になって、恩を返したいのだと言う。


「護衛騎士って凄いの?」


「騎士にも色々あるけれど、その中でも選りすぐりね」


 元々庭園家とやらは実力主義だ。だから生半可な者では護衛対象より弱くなってしまう。

 庭園家はその特異な性質から色々とやっかみも買いやすく、戦争になれば真っ先に矢面に立つから危険も多い。


 だが、それ故に憧れる者は多い。


「凄い目標だね」


「ま、ずっと先の話だけどね。こんなダンジョンも一人で攻略できない私じゃ、とてもじゃないけど騎士にはなれないわ」


「こんなダンジョンで悪かったよ……そう言えば、どうしてダンジョンに来たの? 偶然迷い込んだとかじゃないよね?」


「……功を焦ったのよ」


 アネモネには兄がいるらしい。

 血は繋がっていないが、幼い頃からずっと一緒に過ごしてきた純正の花の子だという。


 一年ほど前に、アネモネの兄は村を経ったらしい。

 彼女はすぐにでも兄の後を追いかけたかったが、庭園家の運営する教会は独り立ちに年齢制限をかけている。当時八歳の彼女は村の外に出ることも許されなかったため、黙って見送る他なかった。


「だけど、今年に入ったぐらいから、毎月欠かさず送られてきていた兄からの手紙が途絶えたわ。だから私は何としても、年齢制限を破って会いに行きたかった。けれど教会のルールを破っては、庭園家の門を二度と叩けなくなる」


「……だから、ダンジョンを攻略しようとしたのか」


「そうよ。成果を示して特例を認めてもらうしか、私が兄に会う方法はなかったの。本当は何でも良かったんだけどね。オークをたくさん狩ったり、ちょっとした採集をこなしたり……要は独り立ちするだけの力量があるってシスターに認めてもらえれば良かったんだから」


 ちょっとそれ貸して、と言われたので、手元の植物図鑑を渡す。


 彼女はペラリペラリとそれをまくって、とあるページを指で指した。


「兄さんの花はこれよ」


「ローリエ……月桂樹か」


「優しい花よ。私のアネモネと違って、薬にもなるし香りもいいわ」


 それから、アネモネは誇らしげに兄のことを語りだした。

 その表情から、彼女が兄のことを好きなのだということが分かる。


 花の子は孤児だ。

 アネモネは気にしていないようだが、それでも僕などよりは辛いことを経験しているはず。孤児であるというただそれだけで、この年齢で戦えているという事実を裏付けるだけの背景に成り得る。


 そんな中、ずっと面倒を見てくれた庭園家と兄という存在。

 彼女はその恩を返すために頑張っているのだろう。


 好きな人のことを語る彼女の笑顔は、年相応の女の子のもので。

 普段の彼女より、よっぽど魅力的だと思った。


「ちょっと……何よ、気味の悪い笑顔をして」


「ごめん、気にしないで続けて」


「いいわ、話し過ぎたもの。私の話ばかりじゃつまらないから、草十郎のことも教えなさいよ」


「うーん……例えば何?」


「例えば……そうね、ずっと部屋の隅にいるあの炎の塊って何?」


 部屋の片隅。

 そこではいつものように、僕のサーバントがちょこんと座っている。目を離せば消えてしまいそうなぐらい弱々しい炎だが、ふと目をやればそこにいる。本当によく分からない生き物だ。


「あー……ダンジョンメイカーは、サーバントっていう強力なモンスターを持てるんだ。あれはその内の一体らしい」


「へー、強いんだ」


「……ただ、僕のはちょっと変わってるらしくて、戦えない」


「……」


 アネモネに変な顔をされた。笑うべきか憐れむべきか迷ってる顔だなこれ。

 

「他のモンスターがたまに木の枝放りこんでるし、てっきり暖を取るための特別なインテリアだと思ってたわ……」


「間違ってない。あいつは今、暖房器具としてこのダンジョンに置いてある」


「ダンジョンにはボスがいるって聞いたことがあるけど、まさかアレがその立ち位置なわけ……?」


「聞かないでほしい。僕も水晶もあいつについては一切分かってないんだ」


「……なんていうか、貴方も大変ね」


 いるだけで害をもたらすわけではないが、外れクジ感が酷い生き物なのだ。

 あれから結構レベルを上げているつもりだが、ユニークスキルにもサーバントの表示にも一切変化はない。そもそもどういったものなのかも分かっていないのだが、水晶の様子から察するにかなりのイレギュラーであることは間違いないだろう。


 試しに餌をやったらどうかと、薪を幾つかアネモネに渡す。

 彼女はサーバントにそーっと近付いて、炎の中に放り込んだ。


「わっ……食べたわ。口があるのねこの子」


「ちなみに何も食べなくても三日間普通に生きてた」


「……あげなくてもいいんじゃない。何するモンスターなの?」


「何もしない。暖かい」


「おかしなモンスターもいるのね」


 この世界は不思議がいっぱいだ。


「あ、また食べた。……バーランとは違う可愛さがあるわね、こいつ」


 アネモネは餌やりが少し気に入ったらしい。

 薪は幾らでもあるのだ。飽きるまで思う存分腹を肥やしてあげると良いと思う。



 その日のダンジョン防衛も順調に終わった。


 あれからオークの上位種は一度も現れていない。水晶が言うにはいつ来てもおかしくないらしいが、そもそもオーク自体が侵入してこなくなった。敵となるモンスターは、今ではリザードマンに変わっている。こちらもダンジョンにいるリザードマンたちとは違いかなり狂暴だ。外と中とでは何か違うのだろうか。


 ただ、敵は変わったと言っても難易度は変化していない。

 僕のモンスターたちも強くなっているし、何よりアネモネがいる。彼女のおかげで、最近では僕が怪我をすることも少なくなった気がする。




 毎日が安定していた。

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