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23/幸福な時間

 空を満たす底抜けの蒼。

 見渡す限りの草原。

 小さな森となだらかな丘。

 爽やかな風が芝を撫で、程よい日光が地を照らす。


 眼前に広がる景色を見て、声にならない感情を持つ。

 とても綺麗だ。こんなに美しくて理想の世界があるなんて、思いもしなかった。


「……凄いわね」


 隣に立つアネモネが喜んで走り出す。


 青空の下、両手を羽のように広げて、彼女は草の上を駆けていく。

 それを見てか、僕の後ろを付いてきていたモンスターたちも各々好きなように散らばっていく。


 ここは『草原階層』。

 ダンジョンの機能の一つを利用して創り出した、列記としたダンジョンの一部だ。


 具体的に言うと、あの岩の洞窟の広間に作った大扉から続いている。

 扉を開ければ屋外かのような広大な空間が広がっているというのは、もはや空間法則を完全に無視した現象だが今さら気にしていない。


『草十郎も遊ばないんですか?』


「……そうだね、遊ぼうか」


『たまには羽を伸ばすのもいいでしょう。私はここで日向ぼっこを楽しんでいますから、気にせずくつろいできてください』


「老人みたいな楽しみ方だなぁ」


『は? 誰がババくさいですって?』


「そこまで言ってないだろ……」


 水晶には手足がないので日向ぼっこしか出来ない。可哀想な話である。


 しかし、遊べと言われて少し困った。もう小学生は脱した身だ。元気に走り回るだけでは能がない。

 遊び道具でも用意しようか。クリケットのバットを買う時がついに来たかな。


 などと考えていたら、背中を叩かれた。

 振り向くと、そこには意地悪い笑みを浮かべたアネモネの顔。


「タッチ! 草十郎、鬼だからね。範囲は森の中だから!」


「……」


「みんなー! 逃げろー!」


 彼女の声に合わせて、わらわらと数体のモンスターが森の方へと走って逃げていく。


 ……鬼ごっこか。

 どうも僕が最初の鬼にされたらしい。理不尽である。


 まぁ良いだろう。森へと逃げた面子を確認しながら、その後ろを追いかけることにした。



 鬼ごっこが始まってから十分ぐらい経った。

 鬼はまだ僕のままだ。


「ガチの鬼ごっこじゃないか……!」


 現状を言うと、誰一人として姿すら見つけられていない。これではかくれんぼである。


 しかも相手が悪い。遊んでいるのは全員モンスターだ。

 走力で勝てないのは分かっていたのだが、まさか姿まで隠すとは思ってみなかった。森から出たらダメというルールがあるので追い詰めればいいかと思っていたのだが、隠れる技能が高すぎる。


 ついでに言うと、皆近くにいる。

 音がするし、足跡も見つかる。だがどういう訳か姿が見えない。

 目を凝らしたり、色々と工夫をしているのだが、全くダメだ。完全に格上である。僕が今こうして休んでいる姿も、彼ら全員に見られているのだろう。遊びにガチにならないでくれ。一生鬼が変わらないぞこれ。


 ため息をついて、両手を挙げる。


「降参」


『草十郎……』


「うるさい。お前らが強いのが悪い」


 白旗を挙げた途端、どこにいたのかモンスターたちが姿を見せた。

 目の前の木陰から出てきた者もいる。どうやって隠れてたんだ君ら。全然気付かなかったぞ。


 憐れみの目線でウルフが僕を見てくる。

 いやいや僕が普通なんだってば。君らが悪い。


『あちらではスコーピオンが、草十郎のために頑張って穴を掘っていたんだぞ。もう少し見つける努力をしてやれ』


「そんなに頑張って逃げるのが悪いだろ……」


 僕のためにってなんだ。穴掘って隠れられたらどうしようもないじゃないか。


「僕はリタイアだ。常人にはこの遊びは難易度が高い。水晶に許可出しとくから、遊具でも何でも買って自由にしてくれ」


「えー、つまんないつまんない」


 ガササッ、と音がしてアネモネが真上から飛び降りてきた。

 木の上にいたのか。そんなところ気付くわけないし、気付いても追いかけられないじゃないか。


 駄々をこねるアネモネを無視して、ここにいたモンスターたちに幾つか遊戯を教えておく。サッカーぐらいなら種族に関わらず遊べるだろう。これを機に更に親交を深めておいてくれ。


 めちゃくちゃ残念そうな顔をしてモンスターたちが散っていく。そんなに僕と遊びたがってくれていたのだろうか。付いていくだけでやっとなんだ、ごめんな……。


「あ、バーランは残りなさいよね」


『……我もサッカーとやらがやりたかったのだが』


 皆と一緒に遊びに行こうとするタイガーが、アネモネに首根っこを掴まれる。

 タイガーは強いモンスターだが、魔法の使えるアネモネの方が腕力で勝る。捕まえられたら抵抗できないのだ。大人しく彼は引き摺られていく。


 彼女はそのまま、大きな虎を下敷きにして近くに会った樹木へと背中を預ける。

 タイガーが不服そうな目で僕を見てきた。無言の苦情はやめてくれ。彼女に君の声が聞こえないのが悪い。


「……アネモネは遊びに行かないの?」


「私も草十郎と一緒に休憩よ。ずっと枝にぶら下がってたから腕が疲れちゃった」


「なるほど……ウルフは?」


『俺は寝ている方が好きだ』


 彼は僕の横に来ると、くるりと大きな体を丸めだした。

 僕の相棒も大概お爺ちゃんみたいな趣味をしているものだ。後でボールでも投げてやろうか。


 息を整えながら、隣で腕をさするアネモネへと気になっていたことを告げる。


「アネモネ、タイガーに名前つけたの?」


「ええそうよ。ウルフは草十郎のだから、私はこっちを貰うことにしたの」


『聞いてないぞ』


「……タイガーが、不満そうにしてるんだけど」


「だいたい草十郎ってば、この子たちのことを種族名でしか呼ばないじゃない。味気ないわ。仲間にしたんだから、ちゃんと名前を付けてあげないと」


 タイガーの意向は無視されるらしい。ご愁傷様だ。


 しかし、名前について言われるのは痛い。

 彼女は孤児だったために、身請け先から名を貰った身だ。そのアネモネという花の名前を彼女はいたく気に入っていた。

 貰い物の名前であろうと、それは生きていく上で自己を認めてくれる確かな証となる。それがないということは、他の存在と自分とを明確に区別する枠組みを持たないということに等しい。


『……俺は別に名前などいらんぞ。もう一匹のウルフと一緒の名であろうが、どちらが呼ばれているかぐらい分かるしな』


『我も流石にこんな小娘の命名は嫌だ。マスターよ、改名してくれ』


「……タイガーが、今の名前嫌いだって」


「タイガーじゃないわ。バーランよ」


 どうやらアネモネの意志は固いらしい。

 タイガーよ、今日からお前はバーランだ。


 アネモネはバーランの背を撫でながら、うっとりした顔でゆっくりと話しだす。


「いいわよね、レッサータイガー。毛並みもいいし、力も強いし、足も速いし、村にも一匹持って帰りたいわ……あんたたちってなんで人食べるの? 食べなきゃ仲良くなれるのに」


『我らは人を食べるのではない。人も魔物も動物も食べる。食わねば育てないし、子も産めない。成長も進化もできない』


「なら私たちがもっと沢山畜産をして、羊や牛を生贄に出せば解決するわけ?」


『それはお前たちの管理下に入れということであろうが。無理やりそうされた結果、牙を失くした成れの果てが猫畜生だ。到底受け入れられん』


 タイガーの言葉をアネモネへと、ややマイルドにして翻訳していく。


 難しい話だ。

 ちなみにだが、この話はうちのダンジョンには関係がない。なぜならうちのモンスターたちに飢えは来ない。水晶が作れる膨大な食材と、日々倒さねばならないモンスターたちの処理で食糧事情が解決しているからだ。


 だが、外のモンスターはアネモネが言ったとおり、人にとって危険な生物だ。

 モンスターは人を食う。そして戦う度に成長をする。故に、手に負えなくなる前に間引かなければならない。


 他の動植物と違ってモンスターは攻撃性に特化した者も非常に多い。スライムやフェアリーなんかは言わば食物連鎖の一部のように、死骸の分解や環境の保全などに一役買っているのだが、ここにいるウルフやタイガーなんかはただ他者を食らって生きるだけの存在である。そのため、基本的にモンスターは悪即斬される。


「……貴方たちが人間みたいに、自給自足が出来るならそれでもいいわ。でも違うじゃない。だから人が協力して、共に過ごしやすいルールを決めるべきだと思うのよ、私は」


『……言わんとしていることは分かるし、草十郎の仲間であるからお前のことも信用はしている。だが、無理な話だ。どうしても問題が生じる。知能の差、体格の差、寿命も生態系も違う。我とお前の内で約束を取り交わすだけならそれでいいが、そこに他者が混ざったり、世代の違う者が増えてくるにつれて、更に話はややこしくなる』


「でも、誰だって平和に暮らしたいでしょ?」


『あぁそうだ。誰だって平和に暮らしたい。だが、誰もが同じ平和を思い描いているとは限らない』


 どこか悲しそうにバーランは言った。


 バーランたちダンジョンモンスターには、過去がない。

 彼らはある程度成熟した状態で、種としての本能と大まかな知識のみを有してこの世に生まれている。今のところダンジョンの中だけが彼らの世界の全てだ。彼らは縄張り争いをしたこともなければ、親や子を人に殺された経験もない。


 だがそれでも、本能と僅かな知識に深く、深く刻まれている。

 人とモンスターは分かり合えない。


 そこには数々の歴史があって、理由があって、原因があったことを彼らは知っている。こと生存という話題において、彼らモンスターは人より遥かに年長者だ。更に知識を持ってしまったがため、そこを言語化する能力にも長けている。


 あぁ、難しい話だ。

 生ぬるい世界で生きてきた僕では、その話を芯の部分で理解することはきっと出来ないのだろう。


 アネモネは少し拗ねた顔で、バーランの尻尾を掴んだ。


「……お前、猫の癖に生意気よ」


『なぜここまで(さと)してやったのに尾を引っ張られねばならんのだ! 我は何も悪いことをしてないであろうが!』


 ビーン、ビーンと家電のコードのようにしなるバーランの尻尾。

 可哀想なことだ。引っこ抜けないことを祈ろう。


 ……アネモネはきっと、僕らのことを考えてくれているのだろう。

 彼女なりに、このダンジョンのことを想って色々と悩んでいる最中なのだ。だからこそこんな質問をするし、モンスターに名前を付けるなんて執着も生んだ。


 それはとても、嬉しいことだった。

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