19/異変
ダンジョンメイカー19日目。
ギプスを外し、包帯を取り、添え木を外し終える。
あぁ、気分が良い。肌を覆っていたものが全て取れ、久しぶりに自由の身になった感覚がある。
『良かったですね。次はないようにしてください』
戦いの傷が完治した。
ようやくだ。ようやく、体を思う存分動かせる。
「体が動かせるって、いいな……」
『激しい運動は出来れば控えてほしいのですが、ダンジョン防衛……どうされます?』
「出るに決まってるじゃないか」
『はぁ……大怪我にだけは気を付けてくださいね。何度も言っていますが、死んだら終わりですよ』
「分かってる」
体を曲げ伸ばししながら、水晶の言葉にしっかりと頷く。
無理だけはしない。前回の行動はあまり反省していないが、それでも多少の無茶を通した自覚はある。あそこまで大怪我を負うようなことはもうやらない。
ただ、限界ギリギリを攻めなければ成長はない。
命を賭けるのはごめんだが、体は別だ。ポーションは大量に備蓄があることだし、ある程度痛みにも慣れてきたところ。誰よりも走り回って、実戦経験を積んでいきたいところだ。
「あれ、包帯取ったんだ」
意気込んでいると、鎧を着たアネモネが部屋に入ってきた。
彼女はこちらをジロジロと見ながら、へぇと感嘆の声を漏らす。
「思ったより幼い顔立ちしてるのね」
「人の気にしてることを言うな。アネモネだって幼いだろうが」
「私より二歳も年上なのに、年下みたいよ」
彼女はにやにやと、人の顔つきを弄ってくる。
結構気にしているのだ。確かにまだ僕は背も低いし、声変わりもしていないけれど、中学生なのである。そろそろ何か身体的な成長が来てもおかしくないと思うのだが。
今に見てろよ。男の子の第二次性徴期に震えるといい。
ひとしきり僕の顔を笑った後に、彼女はさらりと変なことを言った。
「あ、そうだ。私も今日から参加するから」
「……何に?」
「ダンジョン防衛」
唖然とする。
嘘だろ。や、そりゃやってもらえたら嬉しいし、万が一人間が来た時に話し合いをしやすくなる。もう少し仲良くなったらこちらから頼もうと思っていたことでもあるし。
ただ、絶対にやらないと思っていた。
彼女は線引きをしている。ウルフたちとも仲良くしているし、訓練でも手を抜かずこちらのためになるアドバイスをしてくれている。だが、そこはそれだ。約束だからやっているという意味合いの方が強い。
ダンジョン防衛は、明らかにこちら側の仕事だった。
モンスターに直接的に加担するようなことはしないと思っていた。それが、まさか自分から参加してくれるとは。
「水晶からは許可を貰っているわ。あぁ、貴方とは距離を置くし、モンスターたちよりも前に出るから、後ろから襲うつもりなんてないわよ」
「いや、そういうことじゃなくてさ」
「なら私の心配? 危なくなったら勝手に下がるし、休憩も自由にさせてもらうわよ。元々想定してなかった戦力でしょうし、それぐらいは――――ちょっと、何笑ってるのよ」
自然、笑顔が抑えきれない。
どういう心理かは分からないが、彼女が僕たちに協力してくれるというのだ。
これが嬉しくないなんて、そんなの嘘だろう。
「別に貴方のためにやるんじゃないから。私の訓練の一環として、モンスター退治ができるならそれで良いかなって思ってやるだけなんだから」
「うん、そうだね」
「……何よその顔。本当に、自分のためなんだから」
少し恥ずかしそうに赤くなる彼女の顔を見てしまう。
……ありがたい。
彼女は僕らのことを、少しは信用してくれたみたいだ。
◆
ダンジョン防衛は順調だった。
今しがたやってきたベアーの大群を難なく処理し、一息をつく。
やっぱりアネモネは強い。
部屋の隅、周りに誰もいない場所が彼女の担当範囲だ。事前に言っていた通り、こちらを害するつもりはないのだろう。自由に彼女は剣を振るって、分断されてきたモンスターを討伐している。
彼女は封魔具をつけたまま、武具もこちらで用意したものだ。全力には程遠い装備だが、しかしそれでも、磨かれた剣技と体術は機能している。
一刀にて敵を両断せしめる膂力と技術。
攻撃を躱し、間合いを管理するだけの瞬発力と戦闘センス。
複数の敵を相手にもしっかりと立ち回り、常に最善手を打ち続ける彼女の戦い方は、剣士として明らかに僕より上だ。
魔法を使えない僕にとっては、アレが目標になる。
戦闘の間、暇さえあれば視線がそちらに移ってしまう。後で直接指導してもらう時が楽しみだ。ようやく完治したのだから、今日はたくさん教えてもらわなければ。
『草十郎、次が来たぞ』
「うん」
ウルフの声に反応して、視線を前に戻す。
それになんだか、今日は調子が良い。
三日も体を動かさなかったのだ。確かに剣の腕は鈍っていたが、けれどやけに体が動く。
将軍オークとの戦闘で、僕も少しは成長したのだろうか。
あの時はハイになっていただけだと言われたが、違ったようだ。確かにあの時、あの瞬間から、なんだか頭をスッキリとさせて戦えている気がする。
まぁ、理由はなんでもいい。
やってきたオークの武器を受け、出来た隙へと剣を刺し込む。
まだ僕では一撃でオークを倒せない。数合斬り合ってようやく倒せるぐらいの力量だ。
元が低いのだ。少し成長できたぐらいで調子に乗れるほど、この男は優秀ではない。まだアネモネの足元にも及ばない。
数を積み上げろ。
凡人が高みを目指すなら、そこには血と汗が必要不可欠だ。
「ウルフ、次の敵は僕だけに任せてくれない?」
『……危険だったら助太刀に入るぞ』
「その時はお願い」
『隣の戦闘に混ざっておく。頑張れよ』
――――その後も、襲い来る敵を次々と相手していく。
復帰直後のダンジョン防衛は、無事に終わった。
◆
『今日はタンだ。タンだけを大量に食らいたいぞ』
『我は鳥のむね肉が食いたい。ベアー共の肉は食い飽きた』
『俺には野菜をくれ』
皆で窓を覗き込みながら、夕食の時間をとる。
ウルフとタイガーにはいつも通り大量の肉を出してやり、野菜を求めてきたリザードマンにはサラダを選ばせてみる。
彼はありがとうと一言言って、違う輪のところへと帰って行った。
リザードマンは言葉数が少ない種族だ。
だがしかししっかりと意志疎通はできる。剣の指導もしてもらっているし。
彼らは最近僕の食べている野菜が気になったのか、夕食の時に話しかけてくれるようになった。まぁ栄養目的というよりかは、シャキシャキした触感を楽しんでいるらしいが。
モンスターはやはりというか肉食が多い。リザードマンを皮切りに、もう少し野菜を食べる面子が増えてほしいものである。そうじゃないと彼らの健康が不安だ。
『またジェネラルが来てくれんかな。モンスターの肉はどれも食い飽きたわ』
『あれは旨かったなぁ……草十郎も次は食べてみたらどうだ?』
「人型モンスターの肉は生理的にまだきつい」
『それを言うなら我らは四足歩行を食べておるではないか』
「メンタルの問題だよ。食に困るまでは絶対に食べないからね」
ベアーの肉は食べたことがある。僕は別に舌が高性能ではないが、柔らかくて食べやすかった。ただ、オークは多分一生食べない。あんな顔しといても人型なのだ。構造も人間と似たような感じだったし、解体するところも正直見ていられない。
いつか食べる日は来るんだろうか。
食に困る日は多分来ないので、機会はなさそうだ。
楽しそうに肉をガツガツ食っていたタイガーが、話題を変える。
『そういえば、あの人間の少女が今日は戦っていたな』
「アネモネだね。うん、今日から一緒に戦ってくれるみたい」
『う、む……仲間になったのか?』
「それは微妙なところ。でも、悪い子じゃないよ」
二匹揃えて首を傾げられる。確かに、仲間じゃないのに一緒に戦うのってどういうことか分かり辛い。
ただ、アネモネにも色々あるのだ。それこそ僕以上に複雑な感情を持って、彼女はダンジョンで過ごしている。僕はしばらく、アネモネに任せることにしていた。
『あの小娘、何とかならんのか。見かけるとは無造作に体を撫でまわしてくる。この前なんて耳を引っ張られたぞ』
『我もだ。ウルフより我を気に入ったのか上に乗ってくる。しかも昨夜は寝床に潜り込んできたぞ。気付かずうっかり殺してしまったら、マスターに怒られるのは我の方なのだ……』
「君らは柔らかいからね……」
多分、感覚としては犬猫と遊んでいるつもりなのだろう。
しかも人を襲わないモンスターである。アネモネからしてみれば珍しいことこの上ないし、好き勝手楽しめるのだから遊ばない手はない。
ただ、襲わないだけだ。殺せないわけではない。
寝ている時に潜り込んでいるのは問題だった。寝ぼけたタイガーの爪や牙でパクリの可能性がある。そこのところ少し勘違いをしているようなので、それだけは伝えておこう。
「後で言っておくよ」
『あぁ……草十郎は今日から訓練再開だったか。俺たちともやるか?』
「今日はアネモネとだけかな。色々聞きたいことがあるから」
『了解した。ならば俺たちは俺たちで過ごすとしよう』
『我は相方が少し怪我したからな。コアに少し報告があるのだ』
食事は終わっていた。
ウルフたちと別れ、アネモネを探しに行こうとすると、彼女を部屋の隅に見つける。
一人で食事をとっていたようだ。
珍しい。いつもは僕やウルフたちと一緒にいるのに。
「アネモネ、どうしたの? どこか怪我した?」
「……いいえ、元気よ。ちょっと考え事をしていたの」
どこか少し上の空で、アネモネはスプーンを咥えている。
食事がまだのようだ。食後すぐにというわけにもいかないので、少し体を動かしておく。
「これから訓練?」
「うん、食後は皆そうしてるし、僕も今日から再開だ。だから、前からアネモネに言ってた僕の指導を、お願いしようかと思ってるんだけど」
「私は良いけれど……貴方、体は大丈夫なの? 怪我は?」
「朝に完治したって言ったじゃないか。今日のダンジョン防衛でも大きな怪我はしてないし、いつでも始められるよ。あ、勿論ゆっくり食べてもらって構わないけど」
「……」
アネモネはじっと僕を見つめながら、食事を口に運んでいく。
僕はそれを尻目に見つつ、邪魔しては悪いと思って少し席を外した。
なんだろう、アネモネの様子がおかしい。
昼間のことがそんなに気になるのだろうか。
ダンジョン防衛をしてみて、何か感じるところがあったのかもしれない。
彼女が仲間になってくれるのなら、それがいいのだけれど。
その後の訓練も、彼女は数回僕と打ち合っただけで調子が悪いと休んでしまった。




