18/加入
――――ダンジョンの一員に、アネモネが加わった。
あれから彼女は当初の約束通り、僕たちの訓練相手になってくれていた。
最初は怪我したりしないか心配でハラハラしながら見守っていたのだが、杞憂だった。オーガ相手にも平気で立ち回る彼女の姿は戦士のソレであり、僕が口を挟む余地など何一つない。
右へ左へ動き回りながら、鋭く振るわれる銀の直剣。
魔法は使えず、剣や鎧もあの時とは違う。それでも、確かにあの僕たちを翻弄した甲冑の中にいたのは彼女だったのだと分かる。それぐらいには彼女の動きは綺麗だった。
ウルフたちも一体じゃ彼女の相手にならない。
訓練なので様々な形を取ってはいるが、今ではもっぱら二匹で相手をするのが当たり前になってしまっている。それでも普通に戦えているのだから凄いと言う他ないだろう。
人型で戦える人間であるというのも大きい。
対人戦闘の良い訓練になるし、ダンジョンのトラップの確認、冒険者のセオリーなどが学べる。総じてこのダンジョンに足りなかった要素だ。特に、冒険者についての情報が増えるのは凄くありがたいことだった。
「次、どうする?」
オークたちとの模擬戦を終え、アネモネが振り返る。
長い金髪は後頭部のトップで束ねられ、ポニーテルの姿をしていた。
汗を流しながら、彼女は次の対戦相手を求める。
『レイスとスコーピオンを呼んでくれ。奴らの状態異常スキルがどれだけ強いか、試してみたい』
『あ、いいですね。アネモネ? 次は実験台になってもらえます?』
「なによ実験台って……言っとくけど、攻撃をただ受けるカカシにはなりたくないわよ?」
『却下です。鎧を幾つか持ってくるので、避けながらある程度受けてみてもらえます? どれくらいの防具越しなら人間相手に効果があるか、実験です』
「うへぇ……と言っても、拒否権ないのよね。仕方ないわ、さっさと終わらせましょ」
水晶が人体実験をやらせるらしい。や、ホント申し訳ない。
が、僕がアネモネの訓練内容に口を出すのは水晶に禁止されていた。情が移っては困るらしい。多分、もうダメだと思うけど。
死んだり後遺症を負うようなものなら止めるつもりだが、今のところそんな状態異常を持つモンスターはうちのダンジョンにはいない。
アネモネにも皆と同じように医療道具を使ってもらっている。アフターケアはばっちりだ。本人が許容できる範囲であるならば、協力してもらおう。
……待っている間、アネモネが軽く素振りをする。
芯の通った綺麗な動き。
慣れを感じるその基本動作は、彼女が今まで培ってきた努力の成果の一つだ。
美しいのだ、彼女の剣は。
手本もなく型もなく、ただ言われた通りに何となく振っている僕の剣とは種類が違う。
おそらく、彼女には師がいる。
基本に忠実で、合理性のある剣の動き。それはつまり今までその剣技を育ててきた歴史の重みを含んでいるということを意味する。
率直に言って羨ましい。僕の剣にはない強さだ。
我流などと呼ぶのもおこがましいものなのだ、僕の剣術というのは。ただ武器が必要だったから手にしているだけで、子供のちゃんばらや遊戯と何も違わない。
僕も男の子だ。
ちゃんとした剣を扱えるというのであれば、憧れる気持ちがある。
あぁ、早く動けるようになりたい。
松葉杖を握り、彼女たちが訓練する姿を見るだけは、結構きつい。
早く剣を取り、アネモネに教えてもらいたいという欲求に体がうずうずする。
……あれ、おかしいな。
僕はこんな、好戦的じゃない人間だったはずだけれど。
「隣、邪魔するわよ」
アネモネに話しかけられ、意識がここに戻ってくる。
考え事をしていたせいか近付いてこられていることに気付きもしなかった。彼女は僕のすぐ隣にいて、座り込んで楽な体勢をしていた。
「ふぅ……」
「――――ッ」
鎧の首元に風を送り入れながら、給水をするアネモネ。
無防備なその姿を直視してしまい、少しドキリとする。
鎖骨のあたりが広げられ、そこを汗が伝って落ちていくのが見える。
彼女の喉を液体が通るたびに、小さくぴくりと揺れ動く。
そんな当たり前のことが、どうしてか特別な行為のように思えてきて――――
「準備あるから、少し休めってさ」
「あ、あぁ……そうなんだ」
明るい調子で喋り出すアネモネは、こちらを見ていない。
彼女の視線は今しがた訓練相手になっていたオークたちに向けられていた。
……危ない危ない。
何か、よくないことをしていたぞ、僕。
彼女はむむ、とオークたちを睨むようにして話し始めた。
「あいつら、強いよね。それも進化していくんでしょ?」
「そうだね……。今までのペースで行くと、今日か明日にはオークウォリアーかな」
「ウォリアーねぇ。リザードマンはもう進化してるんだっけ? あれより強いの?」
「リザードナイトだね。うーん……多分、同じぐらいかな?」
「はは……あれがもう一体かぁ。そうなったら、二匹は無理かなぁ」
モンスターたちは、順調に成長を続けていた。
アネモネが訓練サイクルに入るようになってからは、心なしかレベルアップが早い。途中にオークジェネラルを挟んでいたとはいえ、進化レベルに到達する速度が上がっている。
二回目の購入の際に購入したモンスターはだいたい進化した。後はオークたちと、必要経験値が多かったオーガぐらいだ。
もう一体のウルフを筆頭に、二段回目の進化を控えているモンスターも多い。ユニットの質は文句ないぐらいに整いつつあった。
僕はアネモネの言葉に少し気になった点があったので、質問してみる。
「そう言えばさ。アネモネって、外の世界で言うとどれくらい強いの?」
「……前から思ってたけど、貴方たちって私のことを過大評価してない? まだ冒険者にもなっていない、ただの九歳の子供よ?」
「……もしかして、外ってアネモネみたいな子供がゴロゴロしてたりするの?」
そうだとしたら恐ろしい。
どれだけダンジョンが強くなっても、それだとどうしようもなくなってしまう。
「うーん……私は村の外に出たことがないから分からないけれど……多分こんな子供そういないわ」
「良かった……」
「私はとびきり強い方よ。同年代なら、って付くけどね」
「大人は、もっと強い?」
「大人と言うよりは、冒険者は強いって感じね。大人でも普通に生活する人は多いし、魔力が高くても戦いを怖がる人は多いから」
「……魔法が使えても、戦えないの?」
「あのね、魔法は確かに優秀な攻撃手段だけれど、能力があるからって戦いたくない人はいるわ。冒険者になりたいと思う気持ちは、成長していくにつれて削れていくものよ。命の使い道は人それぞれなの」
「……勿体ないな、それ。才能があるのに活かさないなんて」
だが、理解はできる。
魔法はこの世界においては一般的なものだ。誰でも使えるし、誰でも伸ばすことのできる技能である。僕は他の世界から来たから素晴らしいツールのように感じているが、彼らにとってはあって当たり前。生まれた時から常識としてそこにある。
前いた世界でも、魔法のようなものは多く存在する。
才能というやつだ。誰だって何かしらの才能を持っている。持っているからこそ、当たり前すぎて伸ばさないことを選んでしまえる。
足が速くともプロスポーツ選手にはならないし、頭が良くても自ら勉学の道を選ばない人間もいる。ありふれた話だ。
つまりはそういうこと。
当たり前すぎて、魔法技能を伸ばす伸ばさないなど大した話ではないのだ。
まぁ、魔力を活かすか殺すかなんてこと、他人の僕には関係ないことである。
この世界の誰もが大魔術師でないことを今は素直に喜ぼう。
「話を戻すわね。……大人の中でも戦う技能を持つ人の数はそこまで多くないわ。王族の護衛隊、国家直属の騎士団、商人が援助してる傭兵団に、冒険者……後はフリーランスの人間とか、よく分かんない団体とか」
「いっぱいあるんだね」
「どこかに所属している人間は例外なく誰もが強いわ。その分、冒険者はかなり実力に幅があるけど、それでも大人になるまでずっと生き残ってきた生き物よ。中には王族の護衛より強いのもいるって噂」
「……参考までに、アネモネだとどのくらいの位置になるの?」
「世界規模で言うなら下の……中かしら。そこらのモンスター程度に負ける気はしないし……村の冒険者もどきにも勝ったし……うん、多分下の中で間違いないはずよ」
「……無茶苦茶じゃないか」
うちのダンジョンを壊滅に追い込んだ人間が、下の中。
もちろんダンジョンだってまだ成長する。トラップを有効活用できていないし、戦術を学んでしっかり組み上げた構造もしていない。伸び白はあるのだろう。
だが今、アネモネと同じような敵が来たらどうなるかは分からない。あれから強くなりはしたものの、被害は必ず出るだろう。
……ましてや、冒険者はパーティーで活動すると聞いた。
複数人くれば、タダでは済まない。
「ね? 果てしないでしょ?」
「頭が痛くなってきた……」
「あはは……ホント、理不尽な話よ。先が見えなくて嫌になるわ」
あーあ、とため息をつきながら、彼女は話題を切り替えた。
「ねぇ、水晶から聞いたんだけど、貴方ダンジョンメイカーなのよね」
「うん」
「モンスター増やすのやめたってどういうこと?」
「……」
アネモネはじっと、こちらを見ていた。
二回目の購入から、僕はモンスターを増やしていない。
総勢45体。これが僕のダンジョンのメンバーの全てであり、この先変わることのない数字でもある。
これは人を殺さないと決めた時に、一緒に決めたことだ。
今いる皆は維持する。最低限の戦力は必要だ。なければモンスター程度にダンジョンが攻め落とされてしまう。
だが、最低限でいい。
ダンジョンが危険視される理由は簡単だ。存在しているだけで人の手に負えなくなるブラックボックスだから、潰される。何が起こるか分からないから、取り合えずで敵に分類されてしまうのだ。
なら、人の手でどうにかなる範囲であればいい。
モンスターは減らせない。今いる皆は、僕なんかのために命を賭けてくれた良い奴らだ。とてもじゃないけれど、口減らしなんてことはできない。
けれど、この範囲で止まればどうだろう? 幸いにも、僕のダンジョンはオーガ以外どれも下位モンスターで構成されている。進化してもそう大きく危険度が変わるわけではないだろうし、成長してきたのでレベルアップの速度もかなり遅くなってきた。
だから増やさない。
増やせば管理しきれなくなる。今の状態でも皆の様子を逐一確認できていないのだ。45体だけでもギリギリである。
これ以上増やせば、僕は僕のダンジョンの危険度を正しく測れなくなる。
それは、外との共生を望む僕にとっては致命傷に等しい。
僕の最終目標は話し合いによる和解だ。
僕らがこのダンジョンに閉じこもって暮らすことを、街や国に認めてもらうのがゴールになる。
強くはなりたい。けれど、強すぎる武力は話し合いの土俵を潰してしまう。
なまじ僕らはモンスターだ。進化を重ねれば姿形が凶悪になっていくし、異形の数が多ければそれだけで危機感を煽る。
だから、これでいいのだ。
今いる皆を最大限強くしながら、でもこれ以上の軍拡は行わない。
「増やさないよ」
「……話、聞いてた? 外の人間は強いのよ? もっと強いモンスターを出せるなら、そうした方が良くない?」
「強い人たちなら、このぐらいのダンジョンなら見逃してくれるかもしれないだろ?」
「……」
「……言いたいことは分かる。でも、駄目なんだ。相手に合わせて僕らも強くなっていこうとすれば、いつか外の世界で一番強い敵が来て、やがて潰される。それは絶対に避けなきゃいけない負のループなんだ」
少し弱いぐらいでいいんだ。
話し合いの舞台に上がれて、でも御し切れるぐらいの脅威が丁度いい。
「僕たちは絶対に人間を殺さない。なら、仲良くなるしか道はないんだよ」
「……そ」
小さく呟いて、アネモネは話を切り上げた。
……彼女は現実主義者だ。
彼女と今まで話した感じからして、彼女はこの世界でもかなりイレギュラーな存在である。まだ九歳なのにモンスターと戦える実力、たった一人で未知のダンジョンへと訪れる異質さ。
しっかりした知能と実力は、現実を見て育ってきた者でしか得られない。
僕が無知だったように。恵まれ、満たされ、裕福な環境にいたのではこうは育てない。
そんな彼女は、僕の話を聞いてどう思うのだろうか。
出来ることならば、彼女には味方になってほしい。今は有耶無耶になっているが、いずれ外に出ていく存在だ。その時に、僕たちを嫌わないでいてほしいと切に願う。
『アネモネ、休憩を切り上げてください。準備ができましたよ』
水晶の声で振り返ると、ゴブリンが大量の鎧を持ってこちらへと歩いてくるところだった。
材質から大きさから様々なものを山と抱えている。もしかしてあれ、全部試すのだろうか。
「……多すぎよ。自分たちじゃ出来ないの?」
『モンスターは状態異常に耐性を持つ者が多くて、試せなかったんですよ。草十郎だと毒でも下手すれば死にますし』
「私なら死んでいいって魂胆が見え見えよ……手加減してよね」
『ではまず、革の鎧からお願いしますね』
アネモネはげんなりした顔をしながら、それでも立ち上がって訓練に戻っていった。
ご愁傷様だ。死ぬことも傷付くこともないと分かっているので、ただ大変そうだなぁとだけ思って手を合わせておく。
さ、僕も僕のやるべきことをしないとだ。
手元の本を捲り、今日も知識を詰め込んでいく。




