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16/条件

『おはようございます、草十郎』


「……今日も、五時起きか」


『生活習慣は継続が大切ですからね。それとも、もう少し寝ます?』


「いや、起きるよ……起きる」


 ダンジョンメイカー16日目。


 いつもと同じ時間に起こされて、布団から身を剥がす。

 怪我をしていようが関係ない。自分のルールに従うのだ。


『……草十郎、夢、見ましたか?』


「昨日話してたやつ? 多分、見てないな。覚えてない」


『本当ですか?』


「うん……どうかした?」


『……いえ、なんでもないですよ。良かったですね、悪夢じゃなくて』


 幸か不幸か、悪夢なんてものは見なかった。

 ウルフの言った通り、覚悟が出来ていたのだろうか。そうだと嬉しいのだが。


 いつものように支度をして、水晶の光を浴び、一日のスタートを切る。

 皆まだおやすみ中だ。真っ暗闇の中、カンテラだけを頼りに散歩をする。

 

 広間で寝転がっているのはオーガとオークたち。いびきがうるさい。

 夜遅くまで食べていたのか、ちょっと匂う。肉は食い散らかしているし、酒樽が無造作に転がっている。後でDPを使って綺麗にしておこう。


 部屋の隅、丸まって寝ているのはウルフとタイガーたちだ。

 四匹の大きな獣が寝ている姿は胸にクるものがある。あの中にダイブして寝ころんだら、きっと気持ちが良いだろう。ちょっと身動きされるだけで僕は死ぬけど。


 他にも色々なモンスターが休んでいる姿を覗き見していく。


 この時間が僕は、結構気に入っている。

 彼らの知らない一面を見られるようで気分が良い。早起きの特権とも言えよう。


 そして何より、最近増えた楽しみがある。

 目的地の牢屋までくると、カンテラでベッドの上を少し照らす。


 アネモネが寝ている。

 相変わらず綺麗な顔だ。透き通る白肌は柔らかそうで、金の髪は無造作に流れている。

 涎が少し垂れていたが、どうしてか、そんな姿まで絵になっていた。

 美人は得だ。どんなことをしても美しいんだから。


 ホント、黙っていれば文句ないんだけどな。

 元気な彼女も良いと思うが、こちらの彼女も捨てがたい。

 きっと彼女の暮らす世界では、中心に咲き誇る向日葵のような存在なのだろう。


 人の寝顔をじろじろ見るのは、あまり褒められたことではない。

 腰を下ろし、松葉杖を置き、持ってきていた本を開く。


 さ、勉強勉強。



「……何してるの?」


「――――あ、起きたのか。おはよう」


 顔を上げると、チベットスナギツネみたいな目をしたアネモネと目があった。

 とりあえず朝の挨拶をしておく。


「……おはよう」


「本を読んでいるんだ」


「見れば分かるわよ。そうじゃなくて、なんで起きたらいつもいるのかって聞いてるんだけど」


 ……なるほど、確かに言われてみれば。

 起きた時、見知らぬ男が近くに居たらビックリするのは当然か。


「悪い、女性に対する配慮が足りなかった。もうやめるよ」


「ちょっ……そういうことじゃ、ないんだけど」


 子供だと思っていたから、一人は寂しいだろうと考えてやり始めたことだ。

 だが、彼女は一人前のレディーである。そこには当然、マナーがあって(しか)るべしだろう。デリカシーというやつだ。プライバシーの欠片もないダンジョンなのだから、せめてそれぐらい身につけなければならない。


 そう考えると、寝顔を見るのなんて犯罪だ。

 日々の楽しみが減ってしまうが仕方ない。彼女のために、僕は少し距離を置くことを決める。


「……ねぇ、今日は何するの?」


「昨日も言ったけど、戦闘できる状態じゃないからなぁ。本の虫になるよ」


「……そう」


「あぁそうか。寝起きだもんな、ごめん。それじゃ、どこか別の場所で読んでるから……」


 言って、場所を移そうとする。


 しかし、アネモネは牢を軽く叩いて、僕を呼び止めた。


「ここで読みなさいよ」


「嫌じゃない?」


「い、嫌じゃないけど!?」


「嫌なら嫌って言っていいよ。別に、どうこうするつもりなんてないから」


「だからっ、ここで読みなさいって言ってるの!」


 譲ろうとすると、大声で止められてしまった。


 ……気を遣われていないか怪しいところだが、お言葉に甘えておこう。

 僕個人としては、彼女と話すのは楽しかった。ダンジョン防衛で皆はどこかに行ってしまうので、会話相手は是非とも欲しい。


「ここなら、貴方に本のことだって聞けるし? 貴方も、私に聞きたいことがあったら、お、教えてあげたって良いけど!?」


「……どうしたの?」


「……私、変ね。どうかしてるわ」


「うん」


「…………」


 はぁ、とため息をついて、アネモネが体を起こす。

 彼女はそのまま、こちらに顔を向けて言った。


「魔法、教えてあげるわ」


「え!? 本当!?」


「本当よ。身体強化も、一般的な攻撃魔法も教えてあげる」


 その代わり、と。

 彼女は真顔で条件を出した。


「拘束を解いて、牢屋から出してほしいわ」



『駄目です』


「……やっぱり?」


 一大事だったので少し牢屋から離れ、水晶と相談する。

 が、結果は想像通りノーであった。


『何の条件もなしに解放できるわけないじゃないですか。魔法を使われたら〈スコール〉でも追いつけるか分からないんですよ?』


「……だよね」


『……そんな悲しそうな顔をしないでください。魔法が使いたいのは分かりますが、いつか人に魔法を教えられるモンスターだって出てくるかもしれないじゃないですか』


 それでも、悲しいものは悲しいのだ。

 だが仕方ない。忘れそうになるが、あの魔法少女は怪物だ。今の僕らですら制御し切れるか分からないのだから、牢屋で閉じ込めておくしかない危険人物である。

 僕個人の欲求のために、皆を危険に晒すわけにはいかなかった。


「伝えてくるね」


『はい。もう少し緩い条件であれば、呑んだんですけどね』


 重い足取りで、牢屋の前へと舞い戻る。


 アネモネは、先と同じ顔でそこにいた。


「えぇと……アネモネ。申し訳ないんだけど、流石に野放しには出来ないって」


「じゃあ封魔の拘束は受け入れるわ。あと、ダンジョンの外にも絶対に出ない。これでどう?」


「……」


『……』


 新しい条件が即座に出された。


 ……これはどうなんだろう? 魔法が使えないなら脅威ではないし、外に出ないなら問題ないのでは? 仮に逃げられたとしても、魔法なしのアネモネであればウルフが追いかけて捕まえられるだろうし……。


「水晶、この条件なら良いんじゃない?」


『……おバカ。おバカ草十郎』


「え?」


「ね、いいでしょ草十郎? 私、貴方たちのこともっと知りたいわ」


 アネモネは先ほどまでとは違い、笑顔を浮かべてこちらへ尋ねてくる。


 極上の笑顔だ。

 きっと彼女も、僕らの思いに共感してくれたのかもしれない。


『……バカ、バカバカバーカ。草十郎のバーカ』


「……どうしたんだよ水晶。良いじゃないか。ちゃんとした条件なんだから、これぐらいは飲まないと」


『ポンコツには何を言っても無駄ですね。はぁ……ま、いいでしょう。どうせいつかは解放しなければならないのですから』


 水晶はそのまま、会話を聞いていたアネモネへと話し相手を変える。


『アネモネ、その賢さに免じて条件を飲みましょう』


「やたっ!」


『ただし、約束は守ること。草十郎を使い物になるようにしてくださいね。それと、条件を破れば草十郎の許可なく処罰します。いいですね?』


「はーい!」


 数分待つと、鍵とナイフを持ったゴブリンリーダーがこちらへと走ってきた。

 彼は牢屋を解放し、ナイフでアネモネの縄を断ち切ると、手足に嵌まっている枷の鎖部分だけを綺麗に切り落とす。


 んーっ、とアネモネが背伸びをした。


「あーやっと自由になれた。窮屈だったのよねーこれ」


「良かったよアネモネ。じゃあ早速だけど、魔法について――――」


「その前に~」


 頼み事をしようとすると、たたっとアネモネは隣の部屋へと走り出す。

 食事中のウルフたちを発見。彼女は勢いそのままに、彼らの中へと飛び込んでいく。


「久しぶりワンちゃーん、元気してたー?」


『……草十郎、こいつは一体?』


「あれ、お前は人語話せないのね。それ、うりうりうりうりー」


『…………』


 わしゃわしゃわしゃーっと頭を撫でながら、アネモネはウルフの背中に跨った。

 怖いもの知らずである。


「あれ、おっきな猫ちゃんもいるじゃない。もしかして前倒した〈タイガー〉? 成長……まさか進化してる!?」


「う、うん……」


「嘘! 凄いじゃない! お前もうりうりうりー……」


『……マスター、なぜこの女がここに?』


 アネモネはこちらの話を聞いていない。

 心行くまで彼らの体を撫でながら、好き勝手に遊んでいる。


 四匹の大型野獣ズから抗議の声と視線を受けるが、曖昧に濁しておく。

 お客様扱いをしろとだけ言っておいた。後で事情を説明しておこう。


 ……やっと解放されたのだ、体を動かしたくなるのは当然か。

 僕はしばらく、アネモネには自由にさせてあげようと思った。


『草十郎。後でもう一度、前に渡した話術の本を読んでください』


 彼女の遊ぶ姿を眺めていると、水晶が暗い調子で話しかけてきた。


「『交渉の心得』ってやつ? あれなら、僕には向いてなかったからアネモネに渡したんだよね」


『…………』


 なんだろう。

 水晶からも無言の抗議を受けている気がする。


『もう一冊買って渡します。今すぐ読んでください』


「え? いや、僕には向いてないって」


『今すぐ読んでくださいね?』


「……はい」


 有無を言わさない口調だったので、頷いておく。

 どうしたのだろう。何か大切なことでも書いてあったのだろうか。

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