15/十五日目-4
「打撲、骨折、切り傷、脱臼……。素晴らしいですね、ケガの見本市ですよ草十郎」
「……仕方なかったんだ」
広間にて、ゴブリンの手当てを受けながら、水晶の小言を受け流す。
包帯でグルグル巻きにされて、松葉杖をついている。
動きにくいことこの上ないが、仕方ないと言えるだろう。
身に余る大敵を倒したのだ。代償が必要なのは当然のこと。
むしろケガ程度で済んだのは幸運だ。
そんな僕を見て、ため息をつきながら水晶が忠告する。
『反省しろと言っているのです。ポーションや医療具は潤沢にありますが、限界はあります。まさか寝て起きればギャグ漫画みたいにポンと治るとか思ってませんよね? 』
「分かった、分かったって……」
『はぁ……三日間、絶対に安静にしてください』
「はい」
『絶対、ぜーったいですよ?』
「はい」
くるみ割り人形のようにはいはい返事をする。
勿論、折れた腕を振り回すような元気少年ではない。後遺症などが残っても困るし、素直に従うつもりだ。
戦闘は無事に終わった。
怪我人はいるが死者はいない。
僕を除いて全員が、一日もあれば全快するだろう。
今は夕飯の時間だった。
オークジェネラルの肉は美味しいらしくて、肉食系のモンスターが円になって集まっているのが見える。和気藹々とした光景だが、あの円の中にはぐちゃぐちゃに解体された将軍の死体があり、皆は口を血でべとべとに汚している。
軽くスプラッタなのであった。遠目で見てないと失神しちゃいそう。
『まぁ、よく頑張りましたね。総括して非常に良い出来でした』
先ほどまでずっと怪我についてくどくど言っていた水晶が、声色を変える。
そうだ。僕は成し遂げたのだ。オークジェネラルなんて強敵を、協力があったとはいえ倒したのだ。
僕は興奮しながら、話したくてたまらなかったとばかりに口を回す。
「やっぱり? 僕でもまだ驚いてるんだよね。なんだかいつもより凄く視界がクリアになってさ。特に最後の壁ジャンプなんて、自分でも信じられないくら」
『……ちなみに、私が草十郎に期待していたのは話術ですからね?』
「……え?」
『最近剣を練習していたので、攻撃を避けたり逸らしたりできるとは思っていました。だからウルフと二人で敵のスタミナを奪って、疲れたところで何か会話をして、適当言って時間を稼いでもらえば良かったのです。やがてこちらのオーガやオーク、リザードマンが戦闘に参加できましたから』
そうするのが一番可能性が高く、成果が出ていたのだと。
水晶はどこか不貞腐れながら言った。
なんと。
確かに、リザードマンは他種族と話すことが出来ない。あの場で敵と会話できるのは僕だけだ。
多分、騙せば良かったのだろう。降参するとでも言っておけば、信じられはしないだろうが、少しは時間を稼げたはず。
あの自分主義な将軍オークのことだ。挑発したりすれば、怒りで味方のオークを殺してくれた可能性だってある。
……そう考えれば、なるほどと思う。
僕は最後に、これまでやったことのない動きをした。壁を蹴って飛び上がるなんて自分でも出来るなんて思っていなかったのだ。あそこまで激しい動きなど経験がない。実際に、飛んだ角度は悪かったし、力が逃げたせいで一息で首を両断することは出来ていない。
分の悪い賭けだったのだという実感が湧いてくる。
そうか。
僕がこんな大怪我しなくたって、倒せたのか……。
「……僕はそんなこと、考えもしなかった」
『少しは倒せるとも思っていましたよ? 流石に何か道具を使うかと思っていましたけどね。だから、剣と少しの機転だけであの強敵を倒せたのには驚きました』
よくやりましたね、と優しい声で褒められる。
なんだろう、やけにストレートな賞賛だ。
いや、確かに自分でもかなり頑張ったと思っているし、褒めてほしいとは思っていたが、ここまでストレートに持ち上げられると、その……むず痒い。
だが、悪くない。
嬉しい気持ちに変わりはないのだ。素直に僕も喜ぼう。
「そうか……頑張ったのか、僕」
『そうです! カッコよかったですよ草十郎! こう、スッと飛んでスパンと首へ斬り込む姿! 力は足りませんでしたが、訓練していけばもっと華麗に立ち回れるようになれますって!』
「才能あった?」
『ありましたありました! ヒョロガリもやしだった草十郎が、一週間訓練した程度であの動き! これはまさに天才と呼ばざるを得ませんよ!』
「そうか……僕は戦闘の天才だったんだな……」
『それで、人間の首はいつ切りますか?』
「話題転換がいきなりすぎる」
せっかく良いところだったのに、この野郎。
なるほど。何の躊躇もなくオーク将軍の首を切り落としたことを喜んだのか、この悪魔は。
確かに、オーク将軍は人間に見た目が似ていた。八頭身だし、二足歩行するし、知能もあったし。豚頭とはいえ、普通のオークも最初に殺すときはかなり抵抗があったのは今でも覚えている。
ただ、人とオークは別物だ。
そもそも外敵のオークは野蛮で好戦的である。こちらを見るや否やすぐ襲い掛かってくるし、オーク将軍も悪辣非道の主であった。平気で殺せるとは言わないが、感覚としては害獣を殺すのと同じ感じ。
人を殺すなんて、考えるだけで嫌になる。
「そんなにせがまれても、人は殺せないからね」
『そこをなんとか』
「八百屋の値引きじゃないんだから……」
『ちょっとだけ、ちょっとだけでいいので』
「首のちょっとは致命傷だ」
ケチ、と悪態を付かれるが無視をする。
たまに褒めてくれたと思えばこれである。
普通でいいから慰めが欲しい……。
『何をやっとるんだお前たちは』
と、そこへ大きな体を揺らしながら、ウルフが現れた。
彼は〈スコール〉へと進化した。
全長3mの大狼だ。前より少し大きくなり、体は滑らかな流線形を描いている。
色は薄い黒だ。光を当てると宝石のように色合いが変わり、目と同じコバルトブルーの体表となる。
窓の説明には〈太陽を追う狼〉という注釈がついた。〈ダイアウルフ〉の時にはなかったものだから、やはり強さの段階が明確に上がっているのだろう。
ウルフは今回の戦闘の立役者だ。
将軍オークの他にも、多くの敵を狩っている。
元々最古参のモンスターでもある。今回の戦闘でlv20になるのは必然だった。
『あら、スコールにしたんですか。ガルムかスケルトンウルフにしてしまえばよかったのに』
『どちらも知能が落ちる進化ではないか阿呆』
『あら、ガルムは後々ケルベロスに進化できますよ。足りない頭が三つに増えるんですから、丁度いいと思うのですが』
『ケルベロスか……アレも悪くないが、やはり俺は王になりたい。番犬では収まりたくないぞ』
『自信過剰ですねぇ……どこからその無根拠な自意識が生まれてるんでしょう。草十郎と足して二で割れば、丁度いいんですけど』
実は今回のウルフの進化先なのだが、選択肢が十個以上あった。
ビックリである。窓で詳細を調べたり、DPで買える本で名前の由来を調べたりなどかなり予習したのだが、それでも意味の分からないものが複数あった。
〈コヨーテ〉なんていうイヌ族イヌ科への進化とか意味不明だ。進化じゃなくて退化じゃないのかそれ。
ちなみに水晶の言っている〈スケルトンウルフ〉は、骨だ。思考能力が無くなる代わりに、決して死なない体になるとのこと。見方によっては強いのだが、おふざけで進化させていい類のものじゃないのは分かった。
そんな中、ウルフ自身が〈スコール〉が良いと言った。
数ある選択肢の中で、この進化だけが彼の言う王への道らしい。
僕は本人の希望通りに、その選択肢を選ぶことにした。
『草十郎よ、今日のお前は良かったぞ。ようやく戦いの何たるかを掴んだ顔をしていた』
ウルフはまるで父親のような喜びを声に滲ませ、僕へとその顔をこすりつけてくる。
その頭を撫でながら、大きくなってしまった体へと手を滑らせ、わしゃわしゃと揉みしだく。
種族が変わり、姿が変わろうと、ウルフはウルフのままだ。
体毛を触らせてくれるし、ご飯だってたくさん食べる。
一緒にあの激闘を乗り越えた、心強い仲間だ。
「うん、ようやくまともになれた気がする」
『そうさなぁ……人の身でありながら、本番でその嗅覚を開花させるのは素晴らしいことだ。先ほど水晶は茶化していたが、お前には戦闘の才能があるのかもしれんな』
「え、ホント!?」
『あぁ、共に戦った身だ。あの時のお前は心強かったぞ』
一緒に戦ってくれたウルフにそう言われるのは、流石に嬉しい。
強者に認められるのは誇らしいことだ。それが仲間なら特に良い。
が、水晶が有頂天にはさせてくれなかった。
『贔屓です。お世辞です。草十郎、真に受けないでくださいね』
『何を言うか。たったの数日剣を振るっただけであの落ち着きようだぞ。将来、デカい剣士になる器を、俺は草十郎に見た』
『まぐれですまぐれ。臨死を経て一時的にハイになっていただけです。あんな幸運を頼りにしていては、やがて外れを引いて呆気なく死にますよ』
「……臨死?」
『気付いてなかったのですか? 最初にオーク将軍の攻撃を受けて飛ばされた時、少しですけど心臓が止まっていましたよ?』
「…………」
『あぁ、自覚がなかったんですね……。いいですか? 魔法も使えない人間の身で、獣と戦うなんて無謀なんです。確かにいざという時に最低限自分の身ぐらい守ってほしいですし、臆病な性根を叩き直すために剣を持つのは認めます。けれど、死んだら終わりなんですからね? もう少し、自分の心配をしてください』
水晶に言われ、ゾッとする。
いや、意識は途切れていなかった。ゴブリンからポーションを貰って飲んだのも覚えている。それなのに、心臓が止まっていたなんて。
自分の左胸に手を当てる。
そこには確かに鼓動を続ける肉の塊。
コレが数秒死んでいたなどと、想像するだけで恐ろしくなってしまう。
『まぁ、説教はしないでおきましょうか。命の重さについては個人差がありますし、今はアドレナリンが出ているでしょう。夜にでもなれば、嫌でも現実を見ることになりますから』
『あぁ……戦士によくあることだな』
「……何の、こと?」
『偉業を成し遂げると、その夜、悪夢を見る者がたまにいる。己のしでかしたことを、冷静に省みるからな。中には命惜しさに泣き出して、二度と戦場へと戻ってこない者も出てくるのだ』
「……」
『大丈夫だ草十郎。結局のところ、心が強ければ問題はない。お前はもう男だ。覚悟を一度決めた者には、そんな夜は訪れない』
『だと良いですけどね』
二人に脅され、少し不安になる。
悪夢か。僕はそれを見ることになるのだろうか。
確かにどこかテンションがおかしい。
今もまだ頭の中で、自分の戦闘シーンが繰り返し再生されている。
あの、どこか心地の良い最高の戦いを、いつまでも楽しんでいる自分がいるのだ。
『それで、食後はどうする草十郎。俺と模擬戦をしてみんか?』
『話聞いてたんでしょう? 草十郎は三日間、絶対安静なんです』
『む……少しぐらいいいだろうに』
『体格差ちゃんと分かってます? 今の貴方だと、じゃれつくだけで草十郎の墓を建てることになりますよ?』
『ううむ……進化した弊害が出るとは……』
『ダイアウルフの時もかなり怪しかったですよ……。最低でも、草十郎が回復するまでは絶対にじゃれつかないでください。遊ぶのもダメですからね』
『……一緒に寝るのもダメか?』
『駄目に決まっているでしょうバカ! 寝返り一つで粘土みたいにぺたんこになりますよ!? 脳みそがないなら今すぐケルベロスになってください!!!!』
『ぐうう……』
そうか、もうウルフを枕にして寝るのは出来ないな。
ちょっと引っ掻かれただけで致命傷負いそう。
新しい枕を選んでおかなければ。
◆
今日の訓練は中止になった。
代わりに、座学がぎっちり詰まることになった。腕いっぱいの本を抱えて、牢屋の前へと向かう。
アネモネは本を読んでいた。
暇つぶしにと午前中に渡しておいたものだ。九歳の女の子が何を読むかなんて分からなかったため、童話から小説から参考書まで片っ端から渡しておいたが、今はシンデレラを読んでいるらしい。
そう言えば、この世界にシンデレラはあるのだろうか。
少し気になるところではある。
「こんばんは、アネモネ」
「あれ、もう終わったの? ……って、どうしたのよそれ」
「名誉の戦傷だよ」
「マミーみたいね」
マミーとは、全身包帯のミイラ型モンスターのことだ。
確かにその通り。僕は今、折れた骨の固定と切り傷の治療のため、全身包帯男である。
腕すら動かすのが苦しい。ミイラの気分を味わっている。
アネモネは痛ましい僕の姿を見て、恐る恐る聞いてくる。
「大怪我じゃないの……。ねぇ、どんな魔物と戦っているの?」
「今日はオークジェネラルが来たよ」
「……嘘」
「ホントホント。そうじゃなきゃ、こんな酷い状態にはならないって」
僕は彼女の疑念を解くために、防衛の時の話をする。
将軍オークの見た目や、言葉を使っていたことを話すと、渋々ながら信じてくれたようだ。
「強かったよ。剣で最初受け止めたんだけど、吹っ飛ばされてさ。危うく死ぬところだった」
「……魔法、使えないんだっけ」
「あ、そうそう。魔法が使えない人間だと、モンスターと戦っちゃいけないらしいんだ。水晶に、二度とあんな真似するなって言われたよ」
「そんなの常識よ。私だって、魔法抜きでオークジェネラルなんかと戦いたくないわ」
「僕も、もう一度やれって言われたら嫌だぞ。絶対に嫌だ」
そんなわけで、と話を進める。
「どうだろう、魔法を教えてくないかな」
「……」
「お礼はする。や、こっちも命がけなんだ。魔法が使えるなら、僕はもうちょっとマシになるかもしれない」
「……悪いけど、貴方たちのことをまだ信じていないの」
「うーん……そっか。なら仕方ない」
「え?」
交渉決裂だ。
予想していたが、まぁ仕方がない。
敵同士だし。余計な力を付けられては困るのも同感である。
本の山をバラして、一冊の本を放り投げた。
タイトルは『交渉の心得』だ。ちなみに一ページ目の最初の文は「拷問をする時、貴方は何を考えていますか?」から始まっている。どういう神経してんだ作者。
飴と鞭とか、威圧と懐柔とか色々書かれてあったが、およそ真っ当な本ではない。
僕に腹芸は向いてない。
オークジェネラルと戦った時も、多分これを活かせということだったのだろうが、てんで役に立っていない。アネモネと話すのも、なんだか騙しているようで申し訳なくて、この本に書かれているようなことは活かせない。
不出来な生徒だが仕方ない。次は水晶にもう少しマイルドなものを頼もう。子供との接し方、みたいなやつないかな。
「ちょ、ちょっと! 魔法教えて欲しくないの!?」
「いや、無理なら無理でいい。そもそもゴブリンメイジに聞いたけど、僕ってばそっちの才能はからっきしらしいし。使えないなら、今あるもので何とかするよ」
「……欲がないのね」
「あるよ、強欲まみれだ。でも、子供に無理やり強制してまで覚えたいものでもないかなって」
「こ、子供……」
げ、地雷踏んだか。
確かに子供扱いは良くないことだ。僕だってあまりされたくはない。
それが九歳ともなれば、気にしていてもおかしくない年頃である。
「せ、誠実でありたいんだ! 言っただろう? 人間とは良好な関係を築きたいって! 僕は君と仲良くしたいんだ!」
「……」
「だから無理強いはしない! ……気が変わったら言ってくれ」
……アネモネは、黙ったままだ。
機嫌を損ねてしまったかもしれない。全く、人の心の機微は難しい。それが年下で、しかも異性ともなれば猶更だ。おまけに異世界人とくればお手上げである。
まぁ、まだ出会って数日の間柄だ。
ゆっくり仲良くなっていこう。
「それはそうと、本はどうだった? シンデレラを読んでいたみたいだけど」
「……仲良くなりたいからって、会話してるの?」
「あー……まぁそれもあるけど、ただの世間話だよ。人間の話し相手がいないんだ。嫌なら、その、答えなくても良いけど……」
「……別に嫌じゃないわ」
彼女は不満があったのか、シンデレラの本を指差して、
「久しぶりに読んだけど、なんでシンデレラ? 私、子供じゃないって言ったわよね?」
「あー……何が読めるか分からなかったんだ。女の子だから、シンデレラとか好きかなって」
「子供じゃない!!!」
「分かった、分かった! もう言わないから、本を振り回さないでくれ! 骨がまた折れる!」
牢屋の隙間から本の角で殴られる。
なまじ力が籠っているので体に響く。暴力反対だ。
彼女は本を少し開いて、ため息をつく。
「……女だからって、シンデレラが好きなわけじゃないわ」
「アネモネは、シンデレラは嫌い?」
「嫌いよ。女々しいったらありゃしないわ」
シンデレラは、貧しい女が幸せになる物語だ。
家族に冷遇され、一度でいいから華やかなパーティーに出たい一心で毎日を生きるシンデレラ。
ある日そんな彼女の元に、願いを叶える魔女が現れる。
求めたのは一日だけの幸せの魔法。
夜の鐘が鳴るまで、彼女は灰かぶり女からお姫様へと生まれ変わる。
彼女はそこで夢のようなひと時を過ごし、憧れの王子様との出会いを果たす。
……幸せには制限時間はなかった。
魔法がとけた後も、王子様は一目ぼれしたシンデレラを探し、やがて二人は出会いを果たす。
どんなに辛い世界でも、誠実であればいつか幸せになれるというハッピーエンドの童話。
そんな夢のような話を、吐き捨てる様にして彼女はシンデレラを罵倒する。
「虐められているのにやり返しもしない。魔女になんか頼って、やるのはパーティに出ることだけ。王子様も腑抜けね、好きな相手の姿すら覚えていやしない。おまけに彼女は、見つけてもらうのをただ待ったわ。自分の家で大人しく、王子様が靴に合う女性を探しにくるまでね」
「……まぁ、そういう見方もあるね」
「私なら、嫌いな家族は全員ぶん殴るわ。今までの分をたっぷりお返ししてあげるの。ただパーティーだけしてる王子様なんて論外よ。外の世界に出て、もっと楽しいことを見つけにいく方が百倍素敵じゃない?」
「過激だなぁ」
アネモネには、どうも女の子成分が足りていないらしい。
現実的というか、直情的というか。多分、この子は童話のヒロインにはなれなさそうだ。
意気揚々とシンデレラのダメな点をあげつらうアネモネ。
けれど、彼女はふっと声の調子を下げる。
「……でもなんでか、協会の子たちは皆シンデレラが好きよ」
「……この世界には、シンデレラもあるのか」
「大人気よ。男も女も皆読んでる。……バカよね、魔女なんているわけないっていうのに」
いじけたように呟く彼女の顔には、悲しみが浮かんでいた。
……彼女は現実的なのだ。
現実には、願いを叶えてくれる魔女なんて存在しないことを知っている。
だから、彼女は強いのだ。
一人でモンスターと渡り合えるほどに強い。
まだ九歳で、女の子とは思えないぐらいに、戦う術を知っている。
……なんだ、偉いじゃないか。
子供かと思えばよくできた大人だ。僕なんかよりずっとリアリストしてる。
それならば、
「童話はやめるよ。次は何が読みたい?」
「……貴方は何を読むの? またお勉強?」
「お勉強だなぁ……君も読む?」
「興味はあるわ。次は貴方と同じものと、もう少し難しい物語をお願い」
難しい物語か。適当な小説とか、童話の原型でも渡してみようか。
なんだか推薦図書みたいで恥ずかしい。僕がそこまで本に詳しくないので、自然とジャンルが偏ってしまいそう。バレないといいけれど。
取り合えず本の山から適当に数冊抜き取って、アネモネに渡す。
僕も腰を下ろして、一緒に読書を始めた。
「……なにこれ、数字ばっかりなんだけど。算術?」
「僕の世界の義務教育だよ。皆ゲロ吐きながら習ってる」
「異邦人なの、貴方?」
「あれ、僕みたいな人間って他にもいるの?」
「貴方と同じかは知らないけれど、遠い国から来た人のことを、私たちはそう呼ぶわ」
知りたいことが知れるかと思ったら、どうやら違うことのようだ。
まぁ当たらずとも遠からずだろう。特に否定もせず、異邦人として彼女と会話する。
「どんなところだったの?」
「平和だよ。モンスターも魔法もなくて、毎日運動して友達と遊んでた」
「……良いわね。とても幸せそう」
「そうだね。僕も恋しくてたまらないぐらい、幸せな世界だった」
「帰らないの?」
「帰れないんだ。帰れないから、こんなところでモンスターと戦ってる」
「私と一緒ね」
「手厳しいな」
確かに、彼女を監禁しているのは僕の方だ。
申し訳ない。申し訳ないが、仕方がない。
「……明日も戦うの?」
「僕は見ての通り大怪我で、しばらく休養。こうしてお勉強するしかない」
「ふぅん……」
ぺらり、ぺらりとページを捲る音だけが部屋に残る。
少なくとも、そんなに悪い居心地はしなかった。




