14/十五日目-3
右手の力を、入れなおす。
血が滲み、痺れ、痛みを感じる。無視だ。そんなことに思考を割いている余裕などない。
痛覚を遮断し、剣を強く握り込む。
『草十郎! まだ戦えるか!?』
「あぁ――――やらせてくれ」
仲間の声に返事をし、目に入る血を拭い。
僕は、一度壊れた体を持ち上げる。
――――現在ダンジョン防衛中。
戦況は、分からない。
◆
訓練を終わらせ昼食を取って、いつものようにダンジョン防衛が始まった。
キングが来ると伝えていたために、皆もしっかりと心構えをしており。
いつもよりも順調に日課は進み、今日はもう終わろうかという時間にまでなった。
その時だ。
普段と違う敵が訪れたのは。
「ここが……ダンジョンとやらか」
――――人語を介するモンスターの出現。
人間でないことに安堵することなどできなかった。
オークジェネラルだ。
オークと同じ豚の顔に、オークより細く鍛えられた人の体を持つ怪物。
見かけはボロいがしっかりした武具と防具に、目立つ兜をつけていて、明らかにこれまでの敵よりも格上であると感じさせる風格を纏っている。
そして何より、知能がある。
悍ましく攻撃性に溢れたその顔の裏には、残虐性にはついて回る悪辣な知能が備わっている。当然だ。猪突猛進のオークを束ねるのであれば、武勇と知恵の両方を必要とするのは道理。
更に、兵となるオークが十以上。
群れの長に付き従うようにして、ダンジョンの中へと入ってくる。
ゆったりと、余裕をもって現れた将軍は、柄の長い武器――――残馬刀を一振りして、周りを見渡す。
「小さい、小さいな……。オーガや獣人族の集落でもあるかと思えば、雑種の群れではないか。肝心のオーガも一体しかおらんようだし、人間のガキなんぞが先頭におる……。おい、お前らは本当に、こんな奴らに負けておったのか?」
「グルルル……」
「口答えをするなゴミが」
言って、そいつは味方のオークの首を切った。
何のためらいもなく振るわれた刃は血の孤を描き、少し遅れて、オークの子分の首が落ちる。
「――――ッ!」
「ハハァ……今日の俺も絶好調だな」
愉悦の表情。
快楽の哄笑。
下卑た声で笑う将軍オークの顔は、醜悪さを煮詰めたように悍ましい。
理解する。
こいつは外道だ。
今まで倒してきたオークとは一線を画する、悪意ある外敵に他ならない。
「お前、味方を殺して何とも思わないのか?」
「あ? 使えない部下を間引くのは俺の仕事だろうが」
「仲間じゃないのかよ」
「弱い仲間がいては俺の隊が弱くなるだろう。その程度も分からんのかガキ」
「――――よく分かったよ」
剣を抜いて、将軍オークの前に立つ。
こいつは、ここで倒さねばならない。
生きていちゃいけない類の命。
未来永劫変わることがないであろうその思考を、ここで断ってやる。
「死ぬ時は食糧庫と金庫の場所を言え。そうすれば嬲らず殺してやる。……おいお前ら、ゴミ掃除程度で俺の手を煩わせるな。さっさと片付けて女を犯しに帰るぞ」
「グルゥ」
「グルルァ」
仲間が殺されたというのに、周りのオークは気にもしていないようだ。
その姿にどこか憐れみを感じつつ、僕は剣を構えて――――
ガツン、と。
横殴りの衝撃を受け、吹き飛ばされる。
「が――――ッ!?」
「なんだ……大層な口を利くから期待してしまったではないか……。次だ……次はどいつだァアアアアアアアアアアアア!」
雄たけびを挙げ、将軍が駆ける。
視界の先、オーガがその突進を阻む姿が見えた。
斬馬刀の一撃を、剣で受けた結果、圧倒的な膂力の差で押し切られたのだ。
それを理解した時にはもう遅い。地面へと叩きつけられ、たまらず血を吐き、そして体中の骨が叩き折られていることを知覚する。
「ハ――――」
「マスター、ポーション、飲んで」
ゴブリンが駆け寄ってきて液体を飲ませてくれるが、効きは悪い。
元が酷かったのだ。たった一回、それも剣で受けたはずなのにこの有様。
全身が悲鳴を上げ、剣を持つ腕は反動でロクに動かない。治らなかった余剰の傷として、こめかみから血が垂れている始末。
だが、負けてられない。
こんな、仲間の首を平気で落とす敵になど、負けてやるものか。
再び剣を取り、奴と闘わなければ。
◆
鉄の味がする。
「はは、オーガ! お前はやるな! 中々強い!」
「……」
「どうだ、酒を酌み交わそう! お前がいれば俺は更に強くなれる! 次の族長だって夢じゃない! あぁ夢じゃないとも! 盃を交わし、盟友となり、共に暴虐の限りを尽くそうではないか!」
「……断る」
「なら仕方ねぇなァアアアアアアアアアアアア!」
暴風となって襲い来る斬馬刀を、鉄の塊が受け止めている。
オーガは将軍オークと戦えている。だが、防戦一方だ。
将軍オークの一撃は、重く、鋭い。
認めなければならないだろう。
口だけじゃないんだ、この害獣は。やっていること、考えていることは畜生のソレだが、今までそうやって生きてきただけの理由がある。
これだけ激しい戦いをしていても、他に目を配っている。飛んでくる弓矢や脚を狙った遊撃なども防ぎながらも、あのオーガを御している。悔しいことに、武として成立しているのが現実だ。
ならばどうする。
考えろ。戦場に偶然は存在しない。
分断はある程度機能していて、まだ何も絶望的な状況ではない。
敵は多い。手持ちのものでやるしかない。今ここで、あいつを倒さなければならない。
思考を辞めるな草十郎。
お前はこの時のために努力してきたのだろう――――!
『手を貸すぞ』
ふと傍を見るとウルフがいた。
戦闘から抜けてきたのだろう。見れば一匹のオークが倒れ伏し、地面を揺らす姿が見て取れる。
『今、使いを出した。リザードマンもこの部屋に呼び寄せている。ここで倒すのだろう? 頭数が必要だ』
「……なんで、僕の考えていることが分かって」
『言っただろうに。共に戦えば、考えていることなど分かる。まぁ……草十郎なら、あの敵を倒したいだろうと、予想したのもあるが』
水晶の声が聞こえる。
『草十郎、聞こえますね? 今から話すことを聞き逃さないでください』
「あ、あぁ……」
『草十郎とダイアウルフ、二人で将軍を倒してください。貴方たち二人なら勝てます。そしてそれが、一番効率がいい。オーガたちを雑魚共の処理に回せます』
「でも、僕は一度将軍にやられて」
『いいですか? 貴方たち二人なら勝てます。やらなければ、必ず被害が出ます』
「――――」
被害が出る。
濁されたその言葉は、つまり仲間の死を意味していた。
やらなければ、誰かが死ぬ。
ならば、やるしかないだろう。
それに、
『草十郎、男の子でしょう?』
「――――あぁ、その通りだ」
あの水晶が言ったのだ。
僕らなら勝てると。
なら、信じる。
自分は信じられないけれど、水晶ならば信じられる。
『他のモンスターにも指示を出します。後は任せますよ草十郎』
「頼んだ」
前髪を上げ、後ろへ撫でつけ、気持ちを切り替える。
こめかみの血は止まった。腕の麻痺もとれている。もう僕が戦えない理由など一つもない。
戦え。
男ならば、ここが根性の見せ所だ。
「アァアアアアアアアアアアアア!!!」
「!?」
絶叫しながら、将軍オークの横腹へと切りかかる。
斬馬刀の一閃による防御。敵は少し体勢を崩すが、余裕をもって防いでくる。
「力の差が分からんガキが、戦いの邪魔をするんじゃねえぞ……」
「オーガ! ここはもういいから、他を!」
「……分かった」
オーガは、他の戦闘に必要だ。
彼はオークを単独で撃破できる大駒。こんなところで遊ばせていては勿体ない。
「俺様が――――喋っているところだろうが!!!!!」
「お前は、小駒二つで充分だ」
怒りの籠った上からの一撃を、剣で止める。
重い。手も足も砕け散りそうだ。
しっかりと防いでいるはずなのに、圧倒的な筋力の差がそこにはあった。
ギリ、ギリリと眼前に迫る刃。受け止められようと、斬馬刀が僕を両断しようとする。
しかし、僕には味方がいる。
将軍オークが身をよろめかせた。ウルフだ。彼が奴の脚を削ったのが見える。
「クソ……ちょこまかと、小賢しい!」
『草十郎! たて直せ!』
またもや痺れた腕を、剣の柄で殴りつける。
熱くなれ、熱くなれ。体の熱を腕に打ち込み、一刻も早く機能する状態へと戻す。
考えろ。
僕だけでは勝てないことは明白だ。頭を働かせろ。
ウルフと一緒なら勝てると言った、水晶の言葉の意味を探れ。
僕は力で押し負ける。速さも足りない。剣を扱えるが、それなら上級者のリザードマンの方が適役だ。なぜ僕に任せたのか。
ウルフは速さであいつに勝る。攻撃も通っている。だが、疲れてくればいつかは捉えられ、一撃を貰えば退場するだろう。逆に言えば、短時間なら速さにおいて圧倒できる駒。
短期決戦しかない。
だが、攻撃力が足りない。
僕が戦う意味を考えろ。
『草十郎、まだか!?』
「ハハァ、何を考えているか知らんが、諦めろ犬っころ! あのガキはもうダメだ。戦意を喪失し、戦場だというのに立ち止まっているじゃないか。力の差に今頃気付いたゴミだ!」
リザードマンが僕の上位互換だ。彼は剣技で僕を上回り、盾を使った防御が出来る。戦闘の駒として、あれ以上のものはない。
なら、彼に出来なくて、僕に出来ることを探せ。おそらくそれが水晶が僕に任せた理由だ。
考えろ、考えろ、考えろ、考えろ―――――――。
『草十郎!』
「――――分かった」
剣を握り、構え直す。
……今からやるのは、難しいことだ。
今までの僕じゃ考えられなかった。
けれど、今の僕ならやれる――――いや、やる。
ウルフと目を合わせる。
喋っている余裕などない。彼は戦闘中で、スタミナを浪費している最中だ。敵と戦っているのだから、目を合わせられるのは一瞬のみ。
だがその一瞬で事足りる。
教えてもらったことだ。連携に言葉は必要ない。
今この男には、恐れも迷いもない。兵士の最低条件を満たした以上、そこには合理が生まれ出でる。
ならば、合理を突き詰めろ。
ウルフならきっと分かる。
「アァ?」
また敵の横合いより、剣を刺し入れる。
当然防がれ、カウンターがくる。
迫りくる斬馬刀を剣で受け、逸らし、体の外側へと流す。
『円盾は受けるためではなく逸らすための装備です』
水晶の言葉を、ようやく理解する。
そう。全ての装備には目的があり、合致しなければ性能は発揮し切れない。
剣は敵を切るために作られている。そんなものでまともに防ごうとしているからダメなのだ。
逸らせ。
そして、そこを起点に攻めに出ろ――――!
「ヌ――――!?」
「ハァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
力を込め、精一杯振り切る。
防具と、硬い肉の感触。浅い。鉄など斬れるわけないため、剣は将軍オークの体表を横滑りしていく。軽く血を流すことはできても、致命の一撃など望めないお粗末な剣技だ。
だが、斬ったぞ。
攻撃を受け、肉に刃を通すことは出来る――――!
「クハ、痒いなァ……。多少はマシな動きをするようになったが、薄皮しか切れとらんではないか」
挑発しながらも、将軍オークは武器を振るう。
横薙ぎの一閃から続けて、二連続の突き。
なんとかして受けて流すが、やはり筋力に差がありすぎる。
弾かれるままに立ち上がり、次の攻撃へと移る。
――――不思議だ。
頭が妙に冴えている。
今もほら、斬馬刀が眼前に迫っているというのに、視界端のウルフの動きが見えている。
次の動きが分かる。と言っても、分かるのは漠然とした動作だし、分かる頻度も全くの出鱈目だ。しかし、確かに動きがかみ合う瞬間が発生するのを感じる。
ウルフが攻めに出るタイミングで、僕も前へと進み。
ウルフが下がるタイミングで、僕も合わせて距離を取る。
彼が敵の肉を抉りにいく時は、こちらが攻めて意識を引き。
彼が狙われている時は、僕は渾身の一撃の準備をする。
「ォオオオオオオ! うっとおしいんだよ雑魚共がァ!」
焦れた将軍オークが振りかぶり、大ぶりの一撃を叩きこんで来ようとする。
これは、捨て身の渾身の一撃だ。
攻めに出ず二人で下がり、必死で防御に意識を割く。
まだ拙くて、ボロボロで、間違ってしまうことも多いけれど。
これが、連携というやつか。
「アァアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
「うおぉぉぉおおおおおおおおおおおおおお!!!」
――――ゴールより逆算する。
どこを狙えば勝利となる――――首だ。
なら、首を落とすためには――――条件を揃えろ。
高さと斬撃、そして何より大きな隙。これらがなければ、この強敵は倒せない。
故に、ここまで誘導した。
「速さしか能のないコバエが、手間取らせてんじゃァねえぞオォオオオオオオ!」
更に大振りの一撃を回避し、走る。
最大限の助走を持って床を踏みつけて、跳躍。
すぐ傍まで来ていた壁を踏み、更に高く――――オークの眼前へと飛び上がる。
僕に出来て、リザードマンには出来ないこと。
それはウルフとの連携、壁を使うという発想。
そして何より、無謀な攻撃だ。
脚をボロボロにし、怒り狂って目線が下がり、大振りをかました後の隙。
上空へと飛び上がったまま、持てる力を全て出し切り、その首へと剣を振り下ろす。
「くた、ばれぇえええええええええええええええええええええ!!!」
「アァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
気付いた敵が武器を振り上げるがもう遅い。
剣はもう、お前の首へと迫っている。
交差する斬撃は一瞬。
僕は着地なんて出来ずに地面へとぶつかって、情けなく倒れ伏す。
視界の先、将軍オークの首。
そこには、剣が首の三割ほどまで斬った状態で突き刺さっていた。
「ハ、惜しかったなァ! 人間ごときの力じゃあ、俺の首の肉すら斬れ」
「僕じゃなくても、いい」
「――――ア?」
そして、刃が回転する。
僕よりも上手く壁を蹴ったウルフが首へと飛び乗る。
そして渾身の力で、刺さった剣をぶん回す。
僕で三割、ウルフが七割。
十割切れば後は簡単。
離れた首が、自重で地面へと滑り落ちてくる。
ゴトン、と。
喜んだ表情の間抜けな顔が落ちてきたのを見て、ようやく息を吸う。
あぁ、鉄の味がする。
『良かったぞ、後は任せて休んでおけ』
初の首級にしては充分だろう。
不格好で、不細工で、不出来な戦闘だったが――――確かに僕は、やったのだ。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
僕は確かに、成長しているのだ。




