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13/十五日目-2

『草十郎、ちょっといいですか?』


 アネモネと別れ部屋に入ると、そこにいた水晶が僕を呼んだ。


 朝食を食べながら話をする。


『ここ数日、前より更にオークの数が増えているのは知っていますね?』


「昨日は三十体だったっけ。その分弱い魔物は来なくなったけど、明らかに入ってくる敵の傾向が変わってきたよね」


 ダンジョンが強くなるほどに、敵も強くなる。

 前に水晶に教えてもらったことだ。


『気を付けてください。これだけオークを狩ったのですから、そろそろキングが先遣隊を送ってきてもおかしくないはずです。今日あたり、大規模な戦闘になりますよ』


「……気を付けておくよ」


 オークはもう、このダンジョンにとって敵ではなくなっていた。

 五体ぐらいが群れになってきたとしても、今の方式で簡単に撃退できる。流石に僕一人じゃ一体を相手するのも難しいが、それでもケガをしないぐらいでいることぐらいは出来る敵だ。


 オークに怯えていた時期が過ぎれば、今度はそのキングが最難関になる。


 前までは途方もないいたちごっこだと思っていたが、今はあまり怖くない。

 むしろ歓迎だ。もっと強い敵と戦うことは、僕の経験になる。


『草十郎、腹が減ったぞ』


『マスター、我もだ』


 朝食を食べていると、二匹の獣が寄ってくる。


 片方はウルフ、そしてもう片方は、タイガーと呼ばれる大型の虎のモンスターだ。


 ウルフとほぼ同じ人間大の体長に、立派に尖った二本の牙。

 黒に近いウルフとは違い、明るい琥珀色と黒の縞模様。

 何より尻尾が特徴的だ。短い毛のついた長くしなやかなものが、たしーんたしーんと地面を打っている。


 二度目の購入時に増やした仲間も、続々とlv10に到達していた。


 進化させたり、リーダーとなる者も当然増えたが、ウルフのようにまともな会話が出来たのは、オーク、リザードマン、そしてこのタイガーの三種類だけだった。

 まぁラフレシアとか話すわけないよな、と思っていたけれど、実はあの花喋る。ただし、かなり言語野が幼いようで、簡単な言葉しか喋れないし理解できないのだが。


 タイガーは〈サーベルタイガー〉へと進化させた。

 ウルフと同じように〈ワイルドタイガー〉なる派生もあったのだが、イヌ科とネコ科で差別するのは良くないと思ってワイルド派生はやめにした。まぁそれは冗談で、単純に大器晩成型を選んだのだが。


『俺は肉だ。牛のロインがいいな、骨付きのやつだぞ』


『我は豚のヒレ肉だ。いっぱいだぞ、いっぱい』


「はいはい」


 僕の窓を覗き込みながら、アレコレ希望を出す二匹。

 窓の肉にはご丁寧に部位の名前まで付いているので、それを彼らの気が済むまで購入していく。サーロインであろうとスジ肉であろうと脂身であろうと1ptなのにはちょっと納得がいかないが。


 彼らは主食としてモンスターの肉を食べてくれる。

 日々大量に出る敵の死骸だが、スライムたちが罠から剥がして小部屋に移し、肉や骨を食べたいものが食事して、その残骸をスライムたちが分解・処理として食事するという形を取っている。

 そのため、オークという肉付きの良い餌が毎日タダで手に入っている現状を、彼らは最初喜んでいた。


 が、飽きたらしい。


 豚男の脂肪は胃が持たれるとかなんとか言って、最近は見向きもしない。

 膨大な死肉を頑張って溶かしたりしてくれている処理班から苦情が出ているが、食べ物に飽きる気持ちは分かる。よく分かる。マジで。だから、彼らには普通に窓で食事を購入してあげていた。


 モンスター用とはいえ、肉は肉。

 真っ赤で血の滴る最上級の肉へとおいしそうにかぶりつく二匹を見て、僕は自分の食べているものを考えないようにする。


 今度からこの二匹と食事の場所変えよ。

 精神衛生上良くない。非常に良くない。


『なんだ、マスターは今日もささみとやらか?』


「……君らって人の気にすることばかり指摘するよね」


『? なんのことだ?』


 口を真っ赤に汚したタイガーが無垢な顔で首を傾げる。

 おいしそうで何より。こっちは今日もささみだぞ。


 ウルフも骨をしゃぶるのをやめて、忠告してくる。


『草十郎。たまにぐらい好きなものを食べた方が良いぞ。メンタルは大事だと習っただろう?』


『我もそう思う。自制は美徳だが、過ぎればストレスにしかならん。見よ我々を。好きな肉を食べて強くなっておろうが』


 君らの食事はそもそも栄養バランスなんてものすらないだろう。

 僕は肉食主義者(カーニヴォア)ではない。肉ばっか食べて成長する生き物と一緒にされては困る。


「君らも野菜食べなよ」


『俺たちの食べ物の食べ物だぞ? なぜ格下の餌を食べねばならん』


『草木は大地に恵みをもたらす。それを食べるなんて酷い行いだ』


 ガッツガッツと肉を食らう彼らは、明らかに面白がって言っていた。


 クソみたいな理屈捏ねやがって。

 過激な採食主義者(ヴィーガン)でももう少しマシな脳みそしてる。


『草十郎に変なこと教えないでください。ひ弱な草十郎は生肉食べたら死んじゃうんですからね。貴方たちみたいな雑な体の造りはしてないんですから』


『軟弱よなァ』


『慣れればいけるかもしれぬぞ?』


「慣れる前に死んじゃうよ」


 大量の肉の山はみるみる内に消化されていった。二匹は明らかに自分の体積以上の食事をしている。どこに消えているんだろう。

 窓がなければ彼らの食費で家計が崩壊していたのは間違いない。食べ盛りである。


 食後のおやつと言わんばかりに骨をバキバキと砕きながら、ウルフが楽しそうに話す。


『しかし、オークの肉にも飽いてきたところだ。キングが来るなら願ったりではないか』


『左様だな。進化して戦闘も物足りなくなってきたところだ。腹も満たせるなら重畳と言えよう』


『……ところで、知っているか虎? 前まで俺は一切の戦闘が許されなかったんだぞ? やるのは偵察と遊撃のみだ。退屈で仕方なかった……』


『本当か狼? マスターよ、我らの牙と爪を活かさないとは持ち腐れにも程があるぞ?』


「あの時は仕方なかったんだよ」


 別にあのダンジョンが悪かったとは思わない。

 頑張って考えたものだったし、あれがベストだった。ただ、今は考えが変わったというだけのこと。


 前までの、遠距離中心の戦法は辞めた。

 今では大穴は塞いであり、部屋の横穴だけが残っている。

 今のダンジョンの構造は、何も策を張らないシンプルなものだ。


 ゴーレムや一部の魔物はコアの護衛用に残してあるし、迷路やトラップなどを途中の部屋に置いているが、他の戦える魔物は全て最初の大部屋に集めてある。

 最初から総力戦。オーガやウルフたちも皆集めて、寄ってたかって敵と戦うバトルフィールドへと変化させていた。


 こうしたのには色々理由があるが、大きなものは主に二つ。


 一つ目、この形の方が前より得られる経験値が多いから。

 やはりというか、接近戦を挑んだ方がレベルアップが早かった。

 考えられる要因は幾つかあるが、まぁトラップが与えていたダメージが消えたのが大きいと思っている。その分他の仲間が戦う機会が増えているということだ。


 そして二つ目は、僕が戦いたかったから。

 この形なら僕でも前に出れるし、何かあったら周りの仲間に助けてもらえる。

 小部屋で一人で戦うと万が一の場合が危ないので、大部屋で相手を分断させる方が安全なのだ。


 ちなみに、陣形を組んだりはしていない。

 軽い役割分担は決めているものの、僕があれこれ指示を出したりしているわけじゃあない。そもそも戦闘中に長々喋っている時間などないし、戦況を判断できるほど僕に余裕があるわけでもない。


 そのことに対して、少し不安はある。


「水晶、本当にこのままの形で戦って大丈夫なのかな」


『大部屋型の話ですか?』


「うん……。今は敵が弱いから良いけど、アネモネみたいなのが来たら通じない気がする。それに、最初の部屋に戦力を集めてるから、もし負けちゃったら後がないし……」


『オーガやウルフたちが負けたらどちらにせよ後がないんですよ。レベルアップ効率のこともありますし、強い敵が来た時は一旦下がって様子を見るよう伝えているじゃないですか』


「でも、やるにしても作戦とか配置とかさ。もっと色々細かく決めておいた方がいいんじゃないかな? 誰かが前に出たら、誰かが後ろに下がるみたいな」


『草十郎はもしかして騎馬隊の陣形みたいなものを想像してます? だとしたらあんなもの忘れてください。行動を決めておくなんてのは弱者の発想なんですから。

 規律の厳しい軍がなぜ細部に至るまでマニュアル化するか知っていますか? あれは戦闘を知らない軟弱者や臆病者を、兵として扱うためにあるんです。ガチガチのルールで締め上げることで、どんな人間でも最低限使える駒として育成・管理するためのものなのです』


 ですが彼らは違います、と。


 水晶はモンスターたちのことを指して、続ける。


『彼らは既に戦いを知っています。本能に生き残るための術が刻まれているんです。元々が戦闘種族ですよ。人と一緒にしないでください』


 人と違って、彼らは毎日が生死との隣りあわせだ。


 生き物としての形が違う。なまじ無駄に頭が大きくなった人間は、余計なことを考えてしまう。それを抑制するために作戦などというものは存在する。だが、そもそもが群れで活動するモンスターに、そんなものは必要ない。むしろ足枷となるだろう。


『それに、コンビネーションだの作戦だの言ってる内はまだ青いです。互いに個として強くなってくれば、自ずとそれらは生まれます。浅知恵捻るよりも先に、まずは戦闘経験を積んでください』


「……分かったよ」


『ちなみに、草十郎以外のモンスターは全員ちゃんと連携できてますからね? 貴方だけですよ、他の皆の動きを邪魔してるの』


「…………」


 衝撃の事実!

 嘘だろと思ってウルフとタイガーを見るが、目を逸らされる。

 え、僕だけお荷物だったの!? それで連携とか言ってたってマジ!?


「邪魔なら邪魔と教えてくれ!」 


『別に草十郎ぐらい邪魔でも変わらないから、言わなくて良いと思っていた……』


『我は、いつか自分で気付くかなと……』


「気遣いの方向性が優しすぎる!」


 こういう時だけ日和りやがって。毎夜の模擬戦ではボコボコにしてくるくせに!


 顔から火が出そうだ。

 僕がやっていたことは一体なんだったのだろう。

 誰かのためとか言っておいて、結局自分一人が出来ていないだなんて。


「君ら、昼ごはん抜き」


『なっ……八つ当たりだ!』


『マスターに面と向かって言える訳なかろうが! 弱いなりに頑張っておるのだぞ! しばらく見守るのが我らの役目であろう!』


「弱い弱いと連呼するな、気にしてんだぞ! 猫のくせに御託並べやがって!」


『猫ではない! 百獣の王たる虎だ!』


 ぎゃーすか(わめ)かれるが知ったことじゃない。

 黙っていた罰だ。僕の心の痛みを少しでも味わえ! 


『忘れてるようなので伝えますが、訓練の時間ですよ』


「今日こそ倒してぎゃふんと言わせてやる。水晶、マタタビ出して」


『卑怯だぞマスター! そんなことで我に勝って嬉しいか!?』


「僕の気は晴れる!」


『ぐ……我はマタタビなんかに負けん、負けんぞ……!』


 これは意地の戦いだ。穢された誇りを取り戻し、上下関係を再構築する聖戦である。

 ズルで結構、勝者にこそ正しさは微笑む。


 さぁいざ、尋常に勝負――――!


 ちなみにタイガーはマタタビに負けたし、僕は誰にも勝てなかった。

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