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arcana  作者: 401
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▼

 

 電車を乗り継いで降りたのは、快速が通過する駅だった。

 

 地図アプリで住所を確認しながら歩く。大通りを離れるにつれて、低い塀と植え込みが続くようになる。

 車の往来もまばらで、たまに自転車が横を通り過ぎるくらいだ。

 似たような家並みの中を、表示された道順に沿って角を曲がること数回。たどり着いたのは、オートロックもない、ごく普通のアパートだった。

 

 階段を上がり、部屋番号を確認してインターホンを押す。

 すぐに「はーい」と脱力した返事がして、ドアが開いた。


「上手についたねえ」

 

 全然連絡来ないから、寝坊してんのかなーって。

 ちゃんと来れたね、よかったよかった。えらい。

 とか。

 

 ……子ども扱いして。

 

 むくれる俺をよそに、部屋の主は内鍵を回して中に入っていく。

 寝坊したのはあんたでは?歩き方がふにゃついてるし、片側の髪だけちょっと跳ねてるし。

 無言で寝癖を指すと、みなとくんは、はは……と照れくさそうに笑った。


「机で寝落ちちゃった」


 怪訝な顔をする俺を見て「割といつもそうだから!慣れてる」と慌てて付け足す、けど。

 それ、むしろ墓穴では?

 

 大丈夫か?この人。生活破綻してない?


 適当に座ってて、と通された室内はこざっぱりしていた。

 床に物は出ていないし、ローテーブルの上にもリモコンとペン立てがあるくらいだ。破綻している人のリビングではない。

 ただし、インプットの類はやたら多い。

 棚には本や映像ソフトがぎっしり詰まっていて、上段の隅にはゲームも何本か並んでいる。

 大半は王道タイトル。しかしひとつだけ、どう考えても一般受けしないやつが混じっていた。

 

「これ、絶版の鬱ゲーじゃない」

「あ、わかる?どうしても欲しくて知り合いから買い取った。資料集もあるよ」


 みなとくんが棚の前にしゃがみ込み、ほどなく大判の冊子が俺の前に差し出される。

 

「いくらで買ったの」

「んー?……ん」

「たっっっっ、か」

 

 立てられた指の本数を見て、さすがにたまげた。コレクターでもない限り、そう簡単に手を出せる金額じゃない。

 

「ね。しばらくまともに飯食えなかった」

「なんでそこまでして……」

「えー、そんだけの価値があると思ったし……どうしても欲しかったから」


 なんかねぇ、欲しいもの手に入れないと気が済まないんだよね、僕。

 

 あっけらかんと言い放つ。

 この人は極端なバランス感覚で生きているらしい。生活も、欲求も。

 

 ……やっぱ色々心配なんだけど。

 

 気になりながらも、資料集の続きに目を戻す。

 何枚か捲ったところで、みなとくんがやおら腰を上げた。

 

「シャワー浴びてきていい?」


 断る理由はない。

 別にいいけどね、その非対称な髪型。ちょっと面白いし。

 まあでも、俺がこれ読んでるあいだ、みなとくん暇か。


「うん、読んどく」

 

 みなとくんはそのまま部屋を出ていく、と思いきや。扉の縁に手をかけたまま、ひょこっと顔だけ覗かせた。


「覗いちゃダメだよー」

 

 なんだその、謎の念押し。鶴か?

 

「しませんよ、そんなこと……」


 満足そうな笑顔。

 それだけ残して、みなとくんは廊下に消えていく。

 

—————————

 

 それなりの時間をかけて資料集をさらい終えると、今度は書架へ意識が向いた。

 読み切れそうな薄さの文庫本を一冊抜いて、ぱらぱら繰る。


「うーん」

 

 抽象的な言い回しばかりなうえ、話題は細かく枝分かれしていく。数ページで、もう目が滑るのなんの。これは無理。難しすぎる。

 元の場所に戻して、今度は近くにあった画集へ手を伸ばす。

 

 絵はいいな。全部描いてあるから。

 

 思えば、みなとくんは昔から文豪の作品やら、ややこしい古典やらを好んで読んでいた。

 シェイクスピアだのチェーホフだのも読んでたけど、俺からしたら映像で理解した方がよっぽど楽だ。

 あの人、いつから脚本やりたくなったんだろう。


「その本さぁ、モノクロのページがかっこいいんだよ」


 急に背後から声がして、肩が跳ねる。

 すとん、と隣に座る、のはいいけど、髪の毛ちゃんと拭いてよ!

 雫落ちてシミになったらどーすんの!

 みなとくんは俺にタオルで頭を押さえられながらページをはぐっていく。

 

 これ好き。あとこれと、これも。

 

 次々にシンプルな色彩が姿を現しては消えていく。

 

「みなとくん、好きなものいっぱいあるね」

「そうかも。好きなもの“は”、いっぱいある」

「含みのある言い方だな。なにがいっぱいないの?」

「えー、大好きなもの」

 

 それはそうでは?


 「好き」と「大好き」でわざわざ言葉が分かれてるんだから、後者の方が少ないのは当然だと思う。特別なものがいっぱいあったら、もう特別じゃないし。


 そのまま伝えると、みなとくんはぱち、と目を丸くした。

 けれど、その驚きはほんの一瞬だった。次の瞬間にはもう、ぱっと破顔している。「いぶちゃんだなー!」って。

 どういうこと。


 最後のページに辿り着くと同時に、ケトルのボタンが弾けた。

 「ブラック?」に頷くと、マグカップと数枚のディスクが手渡される。

 

「ありがとう」

「ん」

「おすすめ、どれ?」

「どれだろう。評価が良かったのはこれだけど」

 

 円盤に走り書きされたタイトルは、ネットで見つけたものと一致していた。

「こっちおいで」とソファに誘導されている間に、ディスクがレコーダーに飲み込まれていく。

 

 みなとくんの髪からは、甘さに薬剤が混じったような匂いがする。

閲覧ありがとうございます。

朝活!!!


本日は二話更新です。夜にもう一話アップします。

また日が暮れたら、遊びに来ていただけると嬉しいです!

おまちしております◎

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