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電車を乗り継いで降りたのは、快速が通過する駅だった。
地図アプリで住所を確認しながら歩く。大通りを離れるにつれて、低い塀と植え込みが続くようになる。
車の往来もまばらで、たまに自転車が横を通り過ぎるくらいだ。
似たような家並みの中を、表示された道順に沿って角を曲がること数回。たどり着いたのは、オートロックもない、ごく普通のアパートだった。
階段を上がり、部屋番号を確認してインターホンを押す。
すぐに「はーい」と脱力した返事がして、ドアが開いた。
「上手についたねえ」
全然連絡来ないから、寝坊してんのかなーって。
ちゃんと来れたね、よかったよかった。えらい。
とか。
……子ども扱いして。
むくれる俺をよそに、部屋の主は内鍵を回して中に入っていく。
寝坊したのはあんたでは?歩き方がふにゃついてるし、片側の髪だけちょっと跳ねてるし。
無言で寝癖を指すと、みなとくんは、はは……と照れくさそうに笑った。
「机で寝落ちちゃった」
怪訝な顔をする俺を見て「割といつもそうだから!慣れてる」と慌てて付け足す、けど。
それ、むしろ墓穴では?
大丈夫か?この人。生活破綻してない?
適当に座ってて、と通された室内はこざっぱりしていた。
床に物は出ていないし、ローテーブルの上にもリモコンとペン立てがあるくらいだ。破綻している人のリビングではない。
ただし、インプットの類はやたら多い。
棚には本や映像ソフトがぎっしり詰まっていて、上段の隅にはゲームも何本か並んでいる。
大半は王道タイトル。しかしひとつだけ、どう考えても一般受けしないやつが混じっていた。
「これ、絶版の鬱ゲーじゃない」
「あ、わかる?どうしても欲しくて知り合いから買い取った。資料集もあるよ」
みなとくんが棚の前にしゃがみ込み、ほどなく大判の冊子が俺の前に差し出される。
「いくらで買ったの」
「んー?……ん」
「たっっっっ、か」
立てられた指の本数を見て、さすがにたまげた。コレクターでもない限り、そう簡単に手を出せる金額じゃない。
「ね。しばらくまともに飯食えなかった」
「なんでそこまでして……」
「えー、そんだけの価値があると思ったし……どうしても欲しかったから」
なんかねぇ、欲しいもの手に入れないと気が済まないんだよね、僕。
あっけらかんと言い放つ。
この人は極端なバランス感覚で生きているらしい。生活も、欲求も。
……やっぱ色々心配なんだけど。
気になりながらも、資料集の続きに目を戻す。
何枚か捲ったところで、みなとくんがやおら腰を上げた。
「シャワー浴びてきていい?」
断る理由はない。
別にいいけどね、その非対称な髪型。ちょっと面白いし。
まあでも、俺がこれ読んでるあいだ、みなとくん暇か。
「うん、読んどく」
みなとくんはそのまま部屋を出ていく、と思いきや。扉の縁に手をかけたまま、ひょこっと顔だけ覗かせた。
「覗いちゃダメだよー」
なんだその、謎の念押し。鶴か?
「しませんよ、そんなこと……」
満足そうな笑顔。
それだけ残して、みなとくんは廊下に消えていく。
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それなりの時間をかけて資料集をさらい終えると、今度は書架へ意識が向いた。
読み切れそうな薄さの文庫本を一冊抜いて、ぱらぱら繰る。
「うーん」
抽象的な言い回しばかりなうえ、話題は細かく枝分かれしていく。数ページで、もう目が滑るのなんの。これは無理。難しすぎる。
元の場所に戻して、今度は近くにあった画集へ手を伸ばす。
絵はいいな。全部描いてあるから。
思えば、みなとくんは昔から文豪の作品やら、ややこしい古典やらを好んで読んでいた。
シェイクスピアだのチェーホフだのも読んでたけど、俺からしたら映像で理解した方がよっぽど楽だ。
あの人、いつから脚本やりたくなったんだろう。
「その本さぁ、モノクロのページがかっこいいんだよ」
急に背後から声がして、肩が跳ねる。
すとん、と隣に座る、のはいいけど、髪の毛ちゃんと拭いてよ!
雫落ちてシミになったらどーすんの!
みなとくんは俺にタオルで頭を押さえられながらページをはぐっていく。
これ好き。あとこれと、これも。
次々にシンプルな色彩が姿を現しては消えていく。
「みなとくん、好きなものいっぱいあるね」
「そうかも。好きなもの“は”、いっぱいある」
「含みのある言い方だな。なにがいっぱいないの?」
「えー、大好きなもの」
それはそうでは?
「好き」と「大好き」でわざわざ言葉が分かれてるんだから、後者の方が少ないのは当然だと思う。特別なものがいっぱいあったら、もう特別じゃないし。
そのまま伝えると、みなとくんはぱち、と目を丸くした。
けれど、その驚きはほんの一瞬だった。次の瞬間にはもう、ぱっと破顔している。「いぶちゃんだなー!」って。
どういうこと。
最後のページに辿り着くと同時に、ケトルのボタンが弾けた。
「ブラック?」に頷くと、マグカップと数枚のディスクが手渡される。
「ありがとう」
「ん」
「おすすめ、どれ?」
「どれだろう。評価が良かったのはこれだけど」
円盤に走り書きされたタイトルは、ネットで見つけたものと一致していた。
「こっちおいで」とソファに誘導されている間に、ディスクがレコーダーに飲み込まれていく。
みなとくんの髪からは、甘さに薬剤が混じったような匂いがする。
閲覧ありがとうございます。
朝活!!!
本日は二話更新です。夜にもう一話アップします。
また日が暮れたら、遊びに来ていただけると嬉しいです!
おまちしております◎




