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嫌な三文字だ。少なくとも、今この瞬間は。
名付けた人から呼ばれているのに嫌、なのもなんだかなあ。
とはいえ、俺の精神は長い年月をかけた“躾”により、そのコマンドに応じるようプログラミングされてしまっている。実家暮らしの一人っ子だからね。お金を入れていたって、所属していることには代わりない。簡単に逸脱するわけにもいかない。
掛け布団から目元だけ出して、父親を見る。
脇道ばかり増えていく話を、頭の中で適当に繋ぎ直す。
要するに、俺が夕飯を食べていないのが気に食わないらしい。
それだけなら、数秒で終わる話だ。
「明日食べる。母さんにも言った」
返すが、そんなのは全然、意味ない。
この人にとって夕飯は夜食べるもので、そのルーティンを崩すことそのものがこの家では御法度なのだ。
何を言われたって、今夜食卓に座るつもりはなかった。
えずきながら食べる方が作ってくれた人に失礼だ。
主張を曲げるつもりがない人間が二人。交わる見込みはないので黙るしかない。
夕飯の件では埒が明かないと悟ったらしい。
今度は矛先を生活態度に移して、あれこれとぐちゃぐちゃ言い始めた。
やれ社会参加しろだの、勉強しろだの、バイトしろだの。
“ぐちゃぐちゃ”、のなかには一応、やってるものもあるんだけどな、複数。
でも、何度説明しても返ってくる文言は同じだった。だから、どこかの段階で訂正するのをやめた。
一度だけ、「父さんの言う“年齢相応”って、一般的な尺度じゃなくて、あんたの中だけの基準だよね」と尋ねたことがある。悪意はなかった。確認したかっただけだった、んだけど。はっ倒された。
数日マスク生活を余儀なくされたので、それ以降はもう白旗だ。
沈黙は金。というか、金を生み出す以前の問題だ。大人しくしといた方が安全。
我が身がなければ、作れるものも作れないもの。
それにしても、なんでそんなに元気なんだ。
いらない遺伝子の代わりに、そのエネルギーを分けてほしかったんですが。
余計なものばっかり受け継いじゃったよ、俺。
永遠に続きそうな壁打ち説教を、「あー」とか、「んー」とか、最低限の音節で打ち返しながら起き上がる。
どうせこの人は就寝時間をずらさないのだから、それまで俺がこの家から離れればいい。
コンビニに行って、備え付けられた灰皿の前で時間を潰して、過剰に遠回りをすればお茶を濁せるだろう。
角張った電子機器を机の端から取り上げて、丸めてあったパーカーに袖を通す。
父親をすり抜けて階段に向かうが、一方的な話を断ち切ることについて非難されることはない。代わりに、
「また逃げるのか」
と、背中に投げかけられる。
はい。
俺はまだ健康でいたいので。
言わないけど。
静かに玄関を締めると、夜風が髪を掬った。中途半端な冷たさが身体に纏わりつくけれど、家の空気より余程良い。
人気のない道路の真ん中を歩いていく。
街灯は等間隔に並んでいるものの、月を雲に隠された夜道はどこか心許ない。
別にいい。行先が真っ暗でも、父さんが何を思っていても。俺が操作できることじゃないし。
コンビニでタバコを一箱買う。レジに表示された値段を見て、こんな高かったっけ、と思った。
そういえば、たばこ税がどうこうって話をどこかで見た気がする。
店を出て、デバイスの加熱を待ちながらスマホのロックを解く。
なんとなく気になってブラウザを開くと、PCと同期された履歴に、さっきの検索の名残が残っていた。
……いや、願ってもない申し出ですよ。
でも、このタイミングで転がり込むとかさ、逃走以外の何物でもなくない?
握っていた機器が震える。フィルターを咥えながら、取り留めもないことを考え続ける。
家に帰ればまた同じことの繰り返し。
それでも俺は、不健康な呼吸を終えたら帰路につくのだろう。
行きたくない場所を目指して歩くのってなんなんだろうなー、ほんと。
吐き出した煙は、空気と混ざってすぐに消えてしまう。
漠然とした迷いは、依然として俺の横に留まったままなのに。
閲覧ありがとうございます◎
目に留めてくださる方がいてくださること、本当に嬉しいです。
相次ぐタバコの値上がり、きびちぃ!ですね。
高くなった分、嗜好品として箔がついて良いのかもしれませんが……。
次回は11/5(木)更新予定です。
明日もお待ちしております♡




