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arcana  作者: 401
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 へたったローカットを脱ぎ捨て、足早に階段を上がる。廊下には、出汁と醤油の匂いが薄く漂っていた。

 

 リビングには寄らない。いつものこと。

 

 自室に滑り込み、デスクの前に腰を下ろす。

 頓服薬を引き出しに放り、パソコンの電源を押した。数秒も経たないうちに、白い光が弾けて暗闇に溶けていく。

 デスクトップのアイコンから作業用のフォルダを開き、いつものファイルへカーソルを滑らせたところで、手が止まった。

 

 そうだ、今日の作業、出かける前に片しちゃったんだ。点ける必要なかったな。


 椅子の背にもたれ、スマホを取り出す。充電ケーブルを挿し、母親へ短いメッセージを送る。事務連絡と、簡易な謝罪。

 返信を待つ必要はない。


 伏せかけた画面の上端に、通知がぴょこんと現れた。みなとくんからだ。

 バナーをタップすると、プリセットのスタンプが一個。

 なんで何もかもデフォルトなんだ、あの人。


 ブラウザを起動して、検索窓にカーソルを落とす。

 

 古谷湊。

 脚本、家?

 説明が曖昧だったから、断定はできないけれど。


 明滅する縦線をぼんやり眺める。

 ここに名前を入れたら、あの人の活動歴とか、実績とか、出てくるんだろうか。

 

 ボックスに目当ての文字を入力して、エンターキーを叩く。


「……おー」


 確かに色々やっている。

 雑誌の執筆者一覧や、公演記録、終了したイベントのサイト。

 検索結果には、痕跡だけがばらばらに残っている。サブカル寄りの仕事が多いかなあ。案の定。

 

 ひとつ開いては元のページへ戻り、また別の青いリンクを辿る。こんだけあるなら、ポートフォリオでも作った方が良くないか?

 

 それでもやっぱり、脚本が抜けて多い。

 特に目立つのは、大学時代の受賞歴だ。括弧書きされた所属を見る限り、演劇系の部活かサークルにいたらしい。

 いくつか辿ってみると、みなとくんの横には、相当な頻度であと二人が並んでいる。どうもこの三人で出てくることが多い。組んでやってたのかな。

 

「……やっぱ、すごいな。あの人」

 

 中学生の頃から、みなとくんは世界から拾い上げるものがとにかく多かった。それを言葉にするための語彙も、俺よりずっと豊富だった。

 捉えたものや、自分の中で組み上げた構造をなるべくそのまま再現しようとする俺とは正反対のスタイルだ。恐らく、表現の仕方においても。


 実際、どんなものを作っていたんだろう。

 単純に、今の彼の創作物を体験してみたい。

 演劇なんて観たことがないから、勉強にもなりそうだし。


 “演劇”を追加して探してみるが、さすがに作品そのものまでは出てこなかった。

 そりゃそうか、と思いつつ、未練がましく項目を下まで辿る。

 

 めぼしいものが尽きて、関係のないものばかりになり始めた頃、階段口の方から父親の声がした。帰宅早々、元気に俺の名前を呼んでいる。

 数回聞こえないふりをしてみるが、ダメっぽい。

 スリープモードにして、ベッドの中へ逃げ込む。

 PCと一緒に、俺も休止扱いにならないかな。無理か。


 聞き慣れた重たい足取りは、容赦なく、着実に近づいてくる。

 

 やだ。もう息子は寝てますよ。

 仮にそれが事実だとしても、あの人には関係のないことでしょうけど。


「依吹」


 先輩から呼ばれたものと同じ三文字は、全然気持ちのいい音じゃない。

本日も閲覧ありがとうございます!

嬉しいです。


成人越えてからの実家暮らしってむつかしそうだな〜、と、書き直しながら思うなどしました。

小さなコミュニティで過ごすことも、自活して過ごすことも、すごいこと!ですよね。ちゃんと考えてみると。


次回は11/4(水)更新予定です。

引き続きよろしくお願いいたします◎

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