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髪色と本人の意思はあんまり関係ないみたいだった。
「高校時代の知り合いが美容師やってるから。練習台なの」
その人が専門の時から髪の毛使われてて、惰性でそのまま。
お金浮くからいいけどね。
言いながら、みなとくんは卓上のタッチパネルをしゃっしゃと送っている。そこまでお腹が空いてない人の挙動だ。
何往復かした末、選ばれたのは、だらだらつまめそうなサイドメニュー。“注文”の表示を軽く叩かれて、役割を果たした端末はドックへ戻っていく。
昼の客が引いた店内は、どこか眠たげだ。
制服姿が増え始めるにはまだ早く、並んだボックス席はほとんど空いている。
注文を終えてほどなく、通路の向こうから配膳ロボットがこちらへ曲がってきた。
大皿を受け取ると、電子の瞳が線になる。当然、可愛い。機械に打算などないのだから。
テーブルに置くやいなや、みなとくんは中身をつまんで口に放り込んだ。俺も倣う。
二度揚げされたらしいポテトのジャンク感、好きだ。皿に敷かれた紙がそこそこの油を吸っているのも良い。値段相応の仕事って感じがして。
みなとくんはポテトのカリカリの部分を俺の方に押しやっている。美味しいところをくれているつもりなのか?独善的な優しさ。いじらしいなとか、思ってしまう。
先輩なんだけどね。この人。
「んでもさぁ、髪で言ったらお前も結構雰囲気変わったよね?伸ばしてんだ」
確かに中学時代と比べたら大分違うかも。前髪は厚くしてたっけ。そこは昔と一緒だけど。
「伸ばしてるっていうか、伸びてるっていうか」
「セットしないでこれなの。いー感じのウルフじゃん」
そうなのかな。そうならいいけど。
義務教育後の生活は殊の外制約が緩かった。
校則がなければ、定期的に整えに行く必要もない。最低限の清潔感さえ確保されてれば良し。よって習慣は十代のまま。
ずるずると、限界まで伸ばしては切る、をここ数年繰り返している。
「……これでも切る頻度は増やしてんだけどね。高校の時は肩くらいまであったし」
「マジー?見たすぎる。写真は?」
目、キラッキラだな。みなとくんはロボットじゃないのに。
しかし、期待してるところ申し訳ないが手元にはない。
伝えると、あからさまにがっかりして、しおしおとストローを咥え始めた。
髪のことはよくわかった。けど他の空白は全然埋まってない。
今なにしてんだろ。俺が今年二十一で、二個上だから……二十三歳か。
大抵の人は社会に出ている年齢だ。
じゃあ。
「派手髪でもできる仕事……?」
「そだね。舞台の……脚本がメインって感じ。雑務でもなんでもやるけど」
「フリーランスで、文筆業」
「そうなるかなぁ。お前は?」
「……色々」
「字、書いてたりして」
「まぁ……」
「は、お前もじゃん。フリーランス、文筆業」
何に反応してたんだよ、とテーブルの下で足を軽く蹴られた。脛に当たってる、痛い。
眉根を寄せるもみなとくんはお構いなしで、俺の今の生業について質問し続ける。
俺の返答を聞くたびにリアクションがコロコロ変わるの、ガチャみたいね。排出率バグってるけど。
ジャンルは?とか、どこで出してるの?とか、今書いてるのは?とか表層の部分から推敲の方法、ツールの効率化とかの個人的なところまで絞り尽くされた後、「へぇ〜〜〜〜」と感嘆したような音を出しながら息を吐いた。
「ライトノベルか。いいね。すごいじゃん」
肯定、称賛。
喜ばしくない、わけがない。
ただ、どんな顔をして、なんて返せばいいのかがわからない。こんな、対面でストレートに褒められる機会なんてそうそうないし。
「べつ、に……すごくはない、」
結局、どちらにも振り切れないまま返した声は、嫌になる程頼りないものだった。
んーん、すごいよ。すごいすごい、と連呼する様を直視するのが辛くて俯く。顔が熱い。
「中学時代さあ、文章書いてたの、僕といぶちゃんだけだったもんね。なんかうれしー」
みなとくんは両肘に体重を乗せながら「わかる?」と、俺の顔を覗き込んだ。
視線を上げて、僅かに頷く。そうだね、と思ったから。
「ほんと、おっきくなってなぁ」
丈の長い袖口を巻き込んだまま、片腕が持ち上がった。
俺の横髪を包む掌は完全に同性の形をしている。骨や節が浮き出た手の甲。
薬局でも感じた変化。この人の二次性徴は出会った時には既に終わっていたと思っていた。
そんなことなかったみたい。
されるがまま、乾いた皮膚を受け入れる。
ふと、ペンを握る指先と怜悧な横顔が脳裏をよぎった。
文芸部時代、懐かしいな。部員の人らみんな優しくて嫌いじゃなかった。そん中でも一等優しかったのがみなとくんだったんだよな。
だからこうやって懐いて、そんで——。
……他の人らなにしてんだろ。あんま特定の人とか浮かばないけど。きっと同業ではないんだろうな。
「でも、なんで濁したの?ちゃんとしてんじゃんね、仕事」
「……あんま、思ってない。仕事してるとか、社会でやれてるとか」
俺の顔から手が外され、代わりにみなとくんの首が傾いた。
「なんでさ」
また言い淀んでしまう。切れるカードはいくらでもあるのに、どれを出せばいいのか、選べない。
だからといって、それらを枝分かれさせている根の部分まで明かすわけにもいかない。
酷く私的で、微妙に重たい。個人の事情って、そういうものでしょう。
だからね。折角の時間を面白くない語りで埋めるのは、ちょっと。
俺が作り出した沈黙をみなとくんが気にする様子はなく、ポテトでマヨネーズをかき混ぜている。なにか思索に耽っているような表情で。
「依吹の親御さん、なんていうか、しっかりした人だったよね」
言いながら、みなとくんは、ベッタリついた黄白色を容器の縁で拭った。
ああそうだ、この人は俺の呼称をふたつ持っていた。未だにそうなんだ。それは、本当に、嬉しい。
ただし、親に関しての言及は心地のいいものではない。無遠慮に踏み込まれたから、ではない。この人にならどれほど近づかれたって構わない。問題は俺に対する態度ではなく、彼の嗅覚そのものだ。
良くも悪くも事実だから。
「まぁ、そう」
「……だよねー」
てらてら光るポテトの先端を眺めながら、みなとくんの面持ちが徐々に変わっていった。俺の不全感が映し出されるように、これまでのにこやかな雰囲気が憂いを帯びていく。
それからゆっくりと俺に視線を合わせて、口を開いた。
「家の居心地、悪いんだ」
軽やかさを消した指摘はどうしようもなく的確で、少し痛い。
閲覧ありがとうございます◎
お昼休みの時間に出したかったのに!間に合わなかった( ; ; )
明日は夜に更新できるように頑張ります!!




