9
「ポンさん聞きました? 隣のハ=イリス帝国がリステリア王国に宣戦布告してきたそうですよ」
討伐依頼を報告した際、ツェシカ嬢が教えてくれた。
私の感覚では変な所で区切られる名前のその国は、先日山中で出会った連中の国である。
別に帝国だからと言って無理に膨張政策を執らなくても良さそうなものだが、彼らが無理しているかどうかが謎な以上余計なお世話だろうか。
――結局あの後リステリアより厳重な抗議が行われ、彼らは山中から姿を消した。それにて一件落着かと思っていたのだが逆に開き直ってしまったようだ。手の掛かる事だ。
山から帰った後ヒルダは『王都に用事がある』と定期便の馬車に乗って次の日には旅立ってしまった。良い出自の様であったし実家が心配にでもなったのであろう。
戦争になった際、家族を守れるよう近くに居たいと考えるのは自然な事である。
コルトの方はギルドで良く見かける。
元々仲の良い冒険者仲間が居るようで、日々楽しそうに依頼をこなしている。お陰でまともな知り合いが増えた。
なぜか私の周りには癖の強い者が集まる傾向があるため、彼女の様な普通の人材は非常に貴重なのだ。
私はと言うと相変わらずランクを上げるべく地道に依頼をこなしている。今やっと18件達成したのであと27件で中級冒険者になれるわけだ。
やっと先が見えてきた。
「ふむ。それで先方とこちらの動きはどのような状況なのだ?」
ツェシカ嬢は頭を振る。
「分かりません。この街は王都への街道から外れているから安全ではないか、という意見が多数ですが何の裏付けもありません。希望的観測ですね」
片田舎の街外れにあるギルドではこの程度の情報が関の山か。物見を放つわけでなし、仕方あるまい。
私は受け取った報酬から大銅貨3枚を抜き取り、いつもの通り募金箱に放り込むと残りを腰の袋に収め踵を返した。
――これは一度エイラ達の様子を見る必要がある。
エイラの友人達には国の関係者が多い。
ならば今回の騒動で何らかの動きを強いられる者が居るかも知れない。
そしてエイラはそれを黙って見て居られるはずが無い。必ず力になろうとするはずだ。
その際私はエイラの隣に居る必要がある。その力がどちらの意味であっても、必ず私の出番がやって来るわけだ。
戦争など全く以って好きになれないが、避けられぬならば掛かる火の粉を払わねばならない。
◇ ◇ ◇
学園に戻ると丁度本日の講義が終わった所であった。
教室に居たエイラ達へ近づくと、深刻そうな表情で会話している。講義の最後にでも宣戦布告の件が生徒たちへ伝えられたのだろう。
「それは、お父上にお任せしてはいけないのですか?」
「うーん。そうね……。確かに私が戻る意味は大して無いのかも知れないけれど、小さい頃からそう育てられているの。こればかりは逃げ出すわけにいかないわ」
話が途中からなので良く分からないが、どうやら地方領主の娘であるリーゼロッテが学園を離れ戦地に赴く、と言い出しているらしい。
それをフェリシアが諌め、エイラは青い顔をして何も言えずに居るという構図だ。
――エイラが戻った私に気付いた。
味方が増えたと判断したのだろう、表情を明るくさせて手招きする。私はエイラに説明を促した。
「リーゼの故郷は街道上にあるの。守る御役目なのは分かるけどどうしても行くって聞かないの!」
ううむ。色々と説明不足だが何とか理解した。
リーゼロッテの一族は地方領主であると同時に帝国と王都を結ぶ街道の要衝を押さえ、防衛ラインを築く役割を代々担って来たのだろう。
そのため今回の侵攻に際し、一族に属する者として逃げ出すわけにはいかないと言っているのだ。
だがそれは本当に危険だ。
侵攻の規模にもよるであろうが下手をすれば彼女の一族は滅亡する。そしてそれを厭わない誇りを彼女は同時に持っているのだ。
「……覚悟は出来ているのか?」
主人から視線を動かしリーゼロッテを見つめる。
少女は金髪を揺らし堂々と頷いた。
「ええ。それは幼い頃に済ませたわ」
「違う。死ぬ覚悟ではない……。帰って来ないお前を探すために、エイラ達はいずれ戦場を訪れるだろう。――その際に自身の亡骸をこの子たちに晒す覚悟だ」
リーゼロッテは息を呑んだ。
「死は絶対だ。不可逆であるが故に、死に行く者にとってそれ以降の負担が無い。しかし残された者にとって死とはそこで終わりでは無いのだ。以降長年に渡り悲しみ苦しむ事になる。『あの時止めていれば違う結果になったはずだ』とな……。――リーゼロッテ。お前はエイラ達にその苦しみを背負わせる覚悟があるのか」
リーゼロッテはしばし迷っていたが、数秒目を閉じ見開く。
「ええ。それでも行くわ。大切だからこそ守りに行くの」
なるほど。決意は固いのだな。
私は共感し大きく頷いた。
◇ ◇ ◇
左足下部に衝撃。
どうやらエイラに蹴られたらしい。
「頷いてどうするのよ! 止めなさいよ!」
口調とは裏腹に泣きそうな表情である。
死地に赴かんとする友達を止めようと必死なのだ。
必死なのは分かるが蹴るのは良くない。良くないが私には効果が無いので今は置いておこう。
「止める必要があるだろうか。要はリーゼロッテが死ななければ問題ないのであろう?」
エイラは私の問いに不思議そうな顔をする。
私が何を言いたいか分からないらしい。
「お前は私の主人だ。ーー命令すれば良い」
少女の目に理解の色が広がる。
魔王級の魔物がここに居るのだ。
――『複数の国家の存亡に影響を与え得る』程の強さを持った使い魔が。
「そうだ。『リーゼロッテを守れ』と私に命令すれば解決する程度の問題なのだ」
エイラは理解したようだが、再び不思議そうな顔に戻る。
「えっ。じゃあさっきリーゼに覚悟がどうの、って訊いてたのは何なの? リーゼは危ない目に遭うってこと?」
むう。妙な所で鋭いな……。
「それは違う。ああ言ってみて考えを変えるようなら良し。変えないようなら私が同行するという2段構えであっただけだ」
もちろん場の雰囲気を盛り上げる為にああいった事を話した、などとは言わない。
伊達に100年以上生きてはいない。嘘も上手くなるというものだ。
エイラはへえ、と感嘆する。
「てっきり『何か格好いい事言いたかっただけ』とかだと思ってたわ。ちゃんと考えて言ってたのね。じゃあ良いわ」
むう。妙な所で鋭いな……。
眉根を寄せた私を見て不本意だと受け取ったらしいエイラは、1歩退がると私に右手の人差し指を突き付ける。
「なら改めて命令させてもらうわ。ポン! リーゼを守りなさい。ついでにこの国を帝国の脅威から救うのよ!」
その声に反応し、私の左手の契約印が煌々と輝く。
おお。初めての現象だ。これは何であろうか。
物珍しげに眺める私を見かねたのかフェリシアが教えてくれた。
これは使い魔へ『命令』が発せられた際に起こる発光現象で、命令に沿わない行動を使い魔がとった場合再び輝き激痛を与えるというものらしい。
――私には痛覚が無いのだがその場合はどうなるのであろうか。
試してみたい衝動を抑え、私は主人に頷く。
「その命令。確かに承った。リーゼロッテを守り、帝国の野望を挫くと誓おう」
エイラは満足そうな笑顔を見せた。
◇ ◇ ◇
「話がまとまりましたね。では旅の支度を致しましょう」
そう言って手を合わせたのはフェリシアだ。
にこにこと良い笑顔をしている。
例によって斜め前方の席に座っていたキュリオが機械のようにゆっくりとこちらを見たのが視界の隅に映る。
その表情は普段の無表情からは想像できない程引きつっていた。
――しかし説得はしないようだ。達観した表情に変わると溜め息を吐き、席を立って教室の外へと消えて行った。旅の準備でもしに行ったのであろう。彼も気苦労が絶えない。
「えっ。フェリシアも行くの?」
エイラの問いにフェリシアは少し寂しそうな顔をする。
「私だけ仲間外れは嫌です。私だって何かしら役に立つはずですわ。それにリーゼちゃんの御実家にも行ってみたいですし」
エイラは何やらチラチラと私の方を見始めた。何かを言い出そうかと迷っているらしい。
大方自分も行きたいという類いの事に違いない。と、いう事は自分は残るつもりであったなさては……。
私は主人に助け船を出してやる事にする。
「護衛の対象は1ヶ所に纏まって居てもらえると、護衛する側としては助かるな」
「そ、そうよね! 皆で一緒に行きましょ!」
リーゼロッテは左手を腰に当て、小さく息を吐いた。
「もう! 私抜きで決めないでくれる? ……でも、仕方ないわね。折角だもの、クルーガー家に招待するわ」
遊びではないのだから大したもてなしは出来ないわよ、と続ける彼女の表情はそう言いつつも嬉しそうだ。
やはり強く見せていても不安だったのであろう。独りではないという事が心強いのだ。
笑い合う少女たちを守ってやらねばなるまい。
命令されずとも、それは当たり前の事なのだ。
要は安心して一緒に居られる大義名分が欲しかった、これは儀式だ。
予想通りの展開なのでそれは構わないのだが、実際問題帝国の侵攻を止めるにはどうするのが最も良いのであろうか。
――帝国のトップ、皇帝を暗殺する。
不可能ではないがこれは悪手だ。即座に代変わりして意味が無い上に、こちらが悪者にされかねない。
皇帝一族を末枝に至るまで皆殺しにする覚悟があるのなら検討の余地はあるが、そこまでの怨みは無い。
ううむ。交渉の類いは国の外交担当に任せ、私は撃退に専念するのが良さそうである。
どのような指揮官がどのような軍を率いてやって来るのか、そういえばこの世界の軍隊行動を見たことが無い。見物がてらお相手願うとしよう。
◇ ◇ ◇
うむ。少女たちは浮かれている。
――私達は今学園近くの町に下りて来ている。
カトー氏に学園を離れる旨を伝え、ついでに町への進入許可を打信してみるとあっさり下りたのだ。ギルドの評価が高かったのが大きいらしい。
学園長としては生徒の身を案じ、可能ならば戦地になど行かず学園に残って欲しそうであったが、リーゼロッテの家庭の事情も知っているのであろう。
いつものお道化た素振りの中で目だけが真剣味を帯びていたのが印象的であったが、強く引き留めることは結局なかった。
「ねぇねぇ。何食べる? あたし奢っちゃうわよ!」
エイラはそう言って右手の指先に挟んだ銀貨を高々と掲げた。リーゼロッテとフェリシアは小さく感嘆の声を上げ眩しそうに見つめる。
2人とも良い育ちをしているはずなのだが、どうやらエイラと同じく特に潤沢なお小遣いを貰えているわけではないらしい。
「で、でもエイラちゃん。そのお金はエイラちゃんの大事なお小遣いなんじゃないの? 悪いよ……」
フェリシアは人混みに持ち前の人見知りが発動したようで落ち着かない様子だ。いつもの丁寧な口調が鳴りを潜めている。
それを聞いたエイラはくるりと振り向き悪どい表情でコインを顔の前で振る。残念ながらあまり似合っていない。
「チッチッチッ……安心なさい! このお金はポンがギルドで稼いで来たものよ! つまり主人であるあたしが自由に使って良いお金なの!」
2人は再び小さく賞賛の感嘆を上げた。リーゼロッテなどは指先で拍手をしている。エイラの理屈に疑問を呈する様子は無いようだ。
ちなみにキュリオとアランは馬車の手配に行かされている。
キュリオは当然来るとしてアランまで付いて来たのには少し驚いた。私が思っていた以上に律儀な人物らしい。
「とりあえずあのカフェに入ってから決めれば良くない?」
「そうね! ポン! あなたはここでキュリオたちを待ってなさい。戻ってきたら一緒に待ってて! ヨロシク!」
少女たちはそそくさと軽食屋の中へと消えて行った。
私の左手の契約印が今の『命令』により発光したのが分かる。
まさか上書きされては居るまいな……やれやれ。
どの道馬車が用意できるまでは待ち時間なのだから好きにすれば良いとは思うが、もう少し緊張感を持って欲しいものである。
不安から逃れるために無理に明るく振舞っている。
……と、好意的に受け止めることにしよう。
◇ ◇ ◇
さて、手持ち無沙汰だな……。
私は町を眺める――。
そこまで大きい町ではないが、寂れている感じはなく賑やかで人通りも多い。
歩いている人間も冒険者だけでなく商売をする者、買い物を楽しむ者など様々だ。
風景としては全体的に石造りの家が大半である事と石畳のせいで暗めの色調ではあるのだが、店先に置かれた花や陳列棚など色彩豊かなオブジェクトが町の雰囲気を明るいものにしている。
――なかなか悪くない所だ。
私は町の中央広場を演出している噴水の縁に腰掛け、待つ。今まで入れなかったせいだろうか、何ということもない風景だが感慨深いものがある……。
ふと、1人の女性が目に入った。
野菜の売られている店の前で真剣に商品を選んでいるのだが、ほぼ同じに見える野菜を両手に持ちどちらが大きいかずっと悩んでいるのだ。
……懐かしい。あれと同じ光景を見た事がある。
過去の彼女は大勢の子どもたちを養う聖職者であった。
あの女性が聖職者かどうか服装では良く分からないのだが、きっと同じ理由で悩んでいるのだろう。
もしかするとギルドが募っている寄付の対象かも知れない。私の喜捨した大銅貨が今ああして野菜に変わっているのであろう。
無駄遣いされていないようで何よりだ。
ああ、そういえば私の居ない間は寄付の金額が減ってしまうことになるのだな。私が寄付を始める前の状態に戻るだけの話なので影響は小さいとは思うのだが、確信は無い。
今度それとなく困窮状況を見てみよう。
あの買い物風景を見た限りでは少なくとも余裕がある様には見えない。エイラに無駄遣いされるくらいなら困っている者に与える方が有意義であるはずだ。
――私が町の風景を眺めていると、馬車の音が近付いて来た。視線を向けるとキュリオの操る2頭立ての馬車がゆっくりと近寄って来るのが見えた。
さすがは使用人の息子、馬車の操縦もこなせるらしい。
キュリオは私の前で馬車を停めると手綱を台の中央に引っ掛け、腕を組んで目を閉じる。
己の主人が待ち時間を利用してどこかの店に入る事など予想済みというわけだ。
アランの方は馬車の内装を整えるのに集中している様だ。借りて来た馬車は荷馬車に幌を付けてあるだけの簡素な物であり、貴族が使うような箱馬車ではない。それゆえ座り心地など望むべくもないだろう。
その改善を誰かに言われるでもなく自発的に行うとは見上げた人物である。良く気が回るものだ。
◇ ◇ ◇
――私が座る馬車の最後尾から見える町が、徐々に遠ざかって行く。
戻って来たエイラたちと合流し、一同は出発した。
アランが座りやすく整えた座席は、エイラたちが帰ってきた頃には作業を終えていたため特に評価されることは無かった。そういう仕様だと思われてしまったらしい。手際が良いのも考え物である。
彼は自身の主義に反するのかその手柄を主張することは無かったが、せめて私が彼の功績を覚えておいてやるとしよう。
馬車は町の正門を抜け街道を進む。
町の防壁についてだが、やはりギルドの無い方面にはしっかりと石で組まれたものが設置されていた。
森に入った所で防壁が途切れている辺りを見るに設置基準がよく分からないのだが、もしかすると魔法的な防衛手段が講じられているのかも知れないため批判は控えておく。
街道は馬車3台分ほども道幅のある立派なものだ。
路面は土属性の魔法により平らに均されている。しかしそれは耕運の魔法でもあるのでそれだけでは副作用により土が柔らかくなってしまう。
そのため土の壁を作成する魔法を応用し路面を硬化させるという土木工事が存在している。
それら魔法による土木工事は国のお抱え魔法使い、つまり公務員によって国の予算で行われているそうだ。
エイラたちの説明では学園卒業後は軍部へ所属するものとのことだったが、そういう進路も実はあるらしい。確かに地味だとは思うが争い事も少なそうであるし私は良いと思う。
ちなみにギルドで受けられるような土木工事は街道以外で行われる人の手による工事である。
この周辺では何かを掘ったり埋めたり斜面を補強したり、といった類いだ。
そういう理由により安い馬車でも揺れは少なく快適な旅となっている。
速度は人の歩みの3倍程度だろうか、目的地は例の山系の一部を貫通する街道を南に下った方角に12時間走った位の距離らしいので明日の午後には着けるだろう。
私が単独ならば高速飛行で2時間程度の距離だと目算するが、6人連れで2時間飛ぶのは恐らく子どもたちが耐えられない。
街道沿いは馬車1台分ほどの緩衝地帯が設けられ畑が広がっていたが、畑の向こう側に低い山が景色に混ざり始めてきた。もうしばらくすると山道に入るかも知れない。
こういう場所にも餌を求めて魔獣の類いが出る事がある。
そう簡単には出現しないとは思うが警戒だけはしておこう。
◇ ◇ ◇
特に何事も無く夕方には宿泊予定の街へと到着した。
途中1度だけ魔獣の接近を感知したため威嚇の雷撃を放ったりという事件はあったが、戦闘にまでは至らなかった。
――到着したベイルという名の街は、街道沿いに栄えている活気のある街だった。街道の端にある学園近くの町に比べて面積も人口も建物の数もその高さも格段に上だ。
そういえば学園近くの町の名前は何というのだろうか。
皆が『町』と呼んでいたので知らずとも不便は無かったのだが良く考えれば名前があるはずだ。
カインズ氏の知識を検索すると『コタンタニ』という名前である事が分かったが使う機会は無さそうである。
今夜の予定を皆に尋ねると、予算が無いため馬車を預ける納屋に雑魚寝をするという若々しい意見が有力のようだ。
私はそれに反対する。
睡眠を取らない私だが、心静かに過ごす時間というものはやはり毎日必要なのだ。
別にそれが無くとも体調を崩したりはしないのだが、気持ちの問題である。
結局私負担で安い宿に泊まる事にした。
3人部屋を2つで銀貨2枚。
ランク2の依頼を2回こなすくらいの金額である。
少ない出費ではないが手痛い程でもない。
夕食を取った後、男子たちは気絶するように寝てしまった。交代で馬を操っていたため疲労困憊なのであろう。
明日は私も見張りだけでなく代わってやるとしようか。
隣の女子部屋からは夜遅くまで楽しげな笑い声が聞こえて来ていたが、10時を回る前には静かになった。やはり長時間馬車に揺られているのも疲れるのであろう。
――さて、これに気付けというのは子どもたちには厳しい条件であろうか。
街の上空付近、つまり屋根の上ということになるが。
目的不明の団体が蠢いている様だ。
人数は10名前後。
単独であれば私の感知に掛かる事も無かったろうに、それほどの人数が屋根を走ればさすがに異変を感じる。欲をかいたものだ。
目的は私達ではなさそうである。
そして相手は帝国の連中で間違いなかろう。
私は部屋を抜け出し階下へと向かった。
窓から出れば目撃された際拠点を教えるようなものなのでそんな事はしない。裏口へと向かう。
帝国からリステリアの王都までの道程を考えると、この街は少し外れている。
と、なるとリステリア軍を誘き出すための餌としてこの街に対する破壊工作を行っていると考えるのが自然だ。
折角宿を取ったというのに、静かに過ごす事は出来なさそうだ。
◇ ◇ ◇
(何名やられた?)
(……既に5名との連絡が途絶えています)
惜しいな。今7名片付けた。
確かに『居ない』という事を確認するのは難しい。
だが、正確に掴んでいないということは魔法的な把握の手段を持っていないという意味でもある。
破壊工作員にしては少々準備不足のようだ。
(敵の人数と位置は分かるか?)
(……依然不明です。声も無く消えている事から闇魔法の使い手である可能性が高いかと)
(同類か……厄介だな……)
私の眼下で話し合う2人は小声で尚も情報を垂れ流している。普通の人間には聞こえない声量で話しているのだからそれを迂闊であると非難するのは可哀想かも知れない。
ふむ。2人の内片方は闇魔法の使い手らしい。
もう片方は副官といったところか――。
「――なっ!?」
私は足下に展開した『夜空』ごと真上から急襲を掛ける。
咄嗟に跳び退いた上官らしき男は放置し、硬直してしまっている副官の頭を鷲掴みにする。
男の体内から全ての魔力を吸収。
触れてから作業完了まで1秒弱――副官らしき男は為す術無くその場に昏倒した。
即座に私へ黒い魔法が迫る。闇魔法だ。
ほう。詠唱無しに魔法を発動させるとは大したものだ。
世界の因果律へ干渉するに当たって神の言語を用いないということは、つまり自分の意思だけで世界を改変しているということだ。
私のように『どうやれば良いか分かっている』一部の例外の存在を除けば、それは世界を変えられるほど思い込みが強い人物ということになるわけだ。
色々な意味で只者ではない。
私は両手を伸ばし迫り来る闇を受け止めると、そのまま小さく圧縮して吸収する事で処理する。
これは『暗黒回帰』の魔法か。己の仲間がここに居るというのに遠慮が無いものだ。
続いて飛来する『腐食』『闇堕ち』『影縫い』も同様の末路を辿ったところで一旦攻撃が止んだ。
どの魔法も無詠唱の割に威力が高いものであった。
話せるならばこの者の正体を探っておきたい。
「貴様、何者だ。その力只者ではあるまい!」
おお。先に言われてしまった。これは困った。
だが私は少し悩むと回答する。
別に正直に言わなければ良いだけの話だ。
「――私はリステリア王国を守護する者の1人だ」
「なに!? 『白銀の盾』がなぜこんな街に!」
これは……違うと言い出せない雰囲気だ……。
勘違いするのは勝手だが、何とかして情報を引き出しておきたい。
◇ ◇ ◇
私はカインズ氏の知識から『白銀の盾』に関する情報を引き出す。
『白銀の盾』
リステリア王国を守護する事を活動目的とする女王直属の組織。平時は冒険者として各地に潜伏し、有事の際には斥候と工作と主力の全てを兼任できる実力派集団。女王直属のため構成員の全てが女性――。
『白銀の盾』になりすますのは無理がありそうだ……。
「残念ながら私は男性でな。所属しているわけではない」
そう言って口角を上げてみせる。
本当に所属していないのだが、こう言えば関係性を勝手に想像してもらえるだろう。
わざわざ説明するわけでも無いのだ。名声を利用させて頂くとしよう。
闇魔法の使い手は低く笑い出した。
もしかすると嘘が露見してしまっただろうか。
ううむ。苦手な事はすべきで無いということか……。
「クックックッ――相手にとって不足なし! この闇帝の魔力、とくと味わうが良い!」
なんと……!
この男は帝ランク保持者らしい。
ランク3の私としては少し羨ましい。
それはともかく、嘘は露見していないようだ。
無事相手の正体が分かった以上、露見しても少し恥をかく程度の話ではあるのだが無駄にかく必要もまた無い。
私は内心胸を撫で下ろしつつ正眼に対峙する。
各属性毎に1名ずつ、限られた人数しか居ないはずの帝ランク保持者が帝国に居るとは由々しき事態である――。
私はそこまで考えてはたと気付いた。
もしや帝国とは帝ランク保持者の集合体なのではないか、という嫌な考えが頭を過ぎったのである。
試しに翻訳された『帝国』を逆回転で翻訳してみると『帝の国』という意味になる。
ああ。これは間違いない。私の勘違いだ。
帝国とは帝国主義の国の事ではなく帝ランク保持者の国だ……。
「闇に眠れ! 『葬送』!」
闇帝の振った両手から空間を断ずるほどの黒い魔力が放出される。生命力を喰らい尽くす闇の魔力が壁となり両側から押し寄せる上級魔法だ。当たれば死ぬ。
しかしそもそも私には生命力など無いので特に意味は無い。先刻と同様に掴んで丸めて吸収してしまう。
「耐性持ちか……ならば『黒炎陣』!」
闇帝の広げた手に呼応し私の前後左右上下の6点に黒い炎が現出する。対象を焼き尽くすまで離れない粘着性の炎だ。当たれば死ぬ。
私は財布を守りつつ押し寄せて来た炎を次々掴むと、纏めて丸めて吸収してしまう。危うく財布に穴が開く所である。恐ろしい魔法だ。
◇ ◇ ◇
「クッ……! 化け物め!」
私は魔物なのであながち間違ってはいないのだが酷い言われ様である。闇帝は大きな音を立てて両手を合わせると、一心不乱に詠唱を開始する。
隠密行動中に大きな音を立てるとは一体何を考えているのかと訝しく感じるが、彼としてもそれを気にする程の余裕はもはや無いのであろう。
『闇の門、閉ざし闇の音闇の闇。音立て開け闇の闇音』
――これは。上級を上回る詠唱難易度を持つ魔法だ。
エイラの持っている教科書にはまだ載っていなかったので何級の魔法と呼ぶのか今一つ分からないのだが、似た様な音が何度も繰り返されつつ1つの意味をまた何度も構成する多層展開型の魔法のようだ。
闇帝の合わせた両手が開かれる。
その限定された空間は別の次元へと繋がっているのか、周囲の空気が吸い込まれ始めた。
穴の入口で空気が渦を巻き甲高い笛のような音を立てる。
「禁呪――『特異点』!」
闇帝の表情が禍々しい笑みに歪む。
次元の扉を『全てを呑み込む』という共通定義を鍵として闇の力でこじ開ける乱暴な魔法と見た。当たれば死ぬ。
撃ち出された時空の歪みは周囲の瓦礫を竜巻の様に巻き込みながら私へと突き進む。
しかし私は時空の壁への干渉は比較的得意分野だ。
到達すると同時に両手で挟み特異点を消してしまう。
「なあっ!?」
飛んで来た羽虫を叩くような私の仕草を見て闇帝が呻いた。相手が私でなければ無比の力を振るうであろうが残念ながら相手が悪い。
生命力に対して絶大な干渉力を持つ闇の魔法は、生命力に依存しない存在形態を持つ私にとって意味の無い攻撃方法と言える。
例えるなら道を塞ぐ岩に対し『そこをどけ』と命令するようなものであり、強制力のジャンル、干渉の手段が見当外れなのだ。
それを彼に伝えるのはいささか酷かも知れないが……。
「それで終わりか? ならばこちらの番だな――」
「う、嘘だ!? 耐えた!? 消えた!? 無傷だと!?」
空中を疾走する私へ向けて黒の魔力が乱発される。
その全てを走りながら受け止め右手に集めつつ、伸ばした左手はついに闇帝の頭部を捉えた。
一瞬で魔力を吸い尽くす。
黒装束の男は屋根が造る影に吸い込まれるかのように意識を手放し崩折れた。
……しまった。
彼らが何をしようとしていたのか訊くのを忘れた。
仕方ない――自力で調べるとしよう。夜はまだ長いのだ。
私は腰の後ろからロープを取り出した。
◇ ◇ ◇
捕らえた9名はこの街の軍事機構に引き渡して来た。
どれが闇帝であるかを伝えた所、魔法対策を施した牢に投入しておくそうである。
尤も、魔力切れを起こしているので数日はそもそも反動で再起不能であろう。
特に悪事を行った確証があるわけではないので、扱いとしては捕虜という事になる。有用な交渉材料となるため殺処分されることは無かろう。
ちなみに何者か訊かれたのでクルーガー家の名前を利用させてもらった。後でリーゼロッテに謝っておかねば。
――私は再び街の上空へと戻ってきた。
時刻は深夜2時を回った辺り。草木も眠ると呼ばれる時間帯だけあり静謐な闇が街を覆っている。
空を見るとグァルドールと呼ばれる灰色掛かった月が沈んで行き、バルミナと呼ばれる青み掛かった月が昇って来ていた。
2つの月のお陰で星はあまりよく見えない。
さて、闇帝の手勢達は暗躍して何を為そうとしていたのか。私は空中から街を眺めつつ腕を組んだ。
まず狙いとしてはクルーガー家の戦力を分散させて各個撃破するための布石であろう。そのためにこの街へ破壊工作を仕掛けたと見るのが恐らく正しい。
しかし想定される手段がありすぎて見当が付かない。
闇帝が派遣されて来たのは隠密行動に比較的長けていたからであろう、闇属性が必要となる何かを仕掛けていたとは考えにくい。
――代案への変更が難しくなるからだ。
そういえば帝国が宣戦布告をした理由は何なのだろう。
領土的野心ならば無闇に領民に手を掛ける様な真似はしないはずだ。その後の統治に響く。
しかし怨恨や略奪、賠償金狙いならば話が別だ。
そこの判断ができない以上、思い込みをせずに調べていく必要がある。
私は手始めに街全体へ向けて魔力探知を仕掛ける。
こういうものは得意分野から始めた方が何だかんだで効率が良いのである。
――未変換の魔力が3869個。
これは住民たちの体内魔力であろう。
光属性の魔力が1248個。
この時刻にしては灯りの数が多い。
恐らく街灯の数も含まれるのだろう。
火属性が20、水属性が34。
風呂と炊事に利用しているのだろうか。
遅くまでご苦労な事だ。
そして闇属性の魔力が28個。
……否定した側からコレだ。
位置は街の大きな建物周辺に集中している。
狙いは領主の館か。
失敗を恐れる弱い心を克服しているのか。
失敗を考慮する思考が無いのか。
帝国というものは自信家の集まりのようだな。
◇ ◇ ◇
感知した闇属性の魔力が仕掛けられている場所に到着した。
一際大きな建物を囲むように円を描いて仕掛けられているようだ。人通りが全く無いとは言え大通りにすら堂々と仕掛けを施すとは大胆な手口である。
私はその内の1つに近付いて詳細を調べる。
発動した際の効果が分かれば狙いも見えてくるわけだ。
闇の魔力の受け皿とされた街灯は灯りが点いておらず、周辺を暗がりにしてしまっている。
これは――闇の結界術の一種だ。
守るためではなく閉じ込めるため、軍からは領主を、領主からは領民を人質とする算段だったのか。
破壊ではなく支配が目的なのだろうか……。
「――そこから離れなさい」
背後から抑えられた声が届く。深更だけに良く響いた。
声の高さからして女性、まだ30には届かない辺りの年齢だと推測される。
振り返るとフードを目深に被った長身の人物が少し離れた位置に立っていた。正体を明かすつもりは無さそうだ。
……それにしては白のローブは目立つのではなかろうか。
「ほう。闇帝の次は光帝というわけか」
私の呟きに白ローブはピクリと反応を示した。
顔は見えないが戦意の高まりが伝わってくる。
「大方闇帝との連絡が途絶えたから様子を見に来た、という所であろう?」
私は街灯へと手を伸ばし闇の魔力を吸収する。
そして再び白ローブの人物を見遣り口角を上げた。
「――闇帝は堕ちた。次はお前だ……!」
「くっ……! おのれ!」
白ローブは慌てて跳び退る。私の纏う雰囲気に攻撃の意思を感じ取ったのだろう。戦い慣れしているようだ。
そのまま右手で左腕の中程を掴むと、白に淡く光る細やかな装飾の三叉槍を召喚して構えた。なるほど、召喚する類いの武器というのもあるらしい。使い魔の武器版のようなものだろう。
私が動き出さないのを見て取るや、白ローブは投擲の構えに変えた。まさか投げるのだろうか。
「閃光――!」
叫びながら投擲の動作に移行する。
響きからすると速そうだ。そして近所迷惑である。
皆寝ている時間なのだから気を遣って欲しいものだ。
念の為、白ローブの手から槍が離れる直前に私の前面の空間を掴み位相差障壁を展開する。有効だろうが無効だろうが槍に刺される趣味は持ち合わせていないのである。
驚くべきことに放たれた槍は目視不可能な速度で障壁へと激突する。
なるほど、光帝の名は伊達ではないようだ。
いや、まだ光帝で確定では無かったか。
◇ ◇ ◇
槍が障壁に激突する轟音に少し遅れて爆風が吹き荒れた。
その風も障壁を越える事はできず私の両側を凄まじい勢いで空気の塊として通過し、背後の街灯達を次々と薙ぎ倒していく。
――光速とまでは行かないまでも、音速は遥かに超える速度である事が窺える。食らえば身体が砕け散る。一部欠損で済めば運が良い方だろう。
障壁に激突した槍は、跳ね返らず空中で障壁と拮抗した状態を保っている。『必中』の魔法効果を宿しているらしい。厄介だ。
……厄介なので処分してしまおう。
どうやら障壁を回り込む知恵は無いようなので穂先の部分にだけ障壁を残し手を伸ばす。
「も、戻れ!」
手を伸ばした先で槍が消えてしまった。
白ローブが武器を再召喚したようだ。
なるほど、手元に戻す手段があるからこその投擲か。
丸腰になって何がしたいのかと思ったが考えが古かったらしい。
再び投擲の構えを取ろうとするので、今度はこちらから距離を詰める。
何度投げようと結果は変わらないが街への被害の大きさは見過ごせるものではない。投げる前にそれどころでは無くしてしまえば良いのだ。
抜いた片手剣を右手に持ち替え袈裟に振り下ろす。
白ローブは三叉槍の先端で挟み込むように受ける。
そのまま捻ってこちらの武器を奪う算段か。
予想通り回転を加えながら押し込まれる槍に対し、片手剣を現在の空間座標に固定して対抗する。剣は囮だ。
すかさず左手を伸ばし三叉槍の穂先の付け根を掴む。
そのまま次元の壁に干渉して一瞬でへし折った。
恐らく魔法により作成した特殊な武具だったのであろう。
一瞬槍全体が輝くと光の粒子となって砕け散る。
「そ、そんな! 私のルミネが!?」
――その硬直は命取りだ。
私は頭部に向け左手を伸ばす。
しかし直前で我に返った白ローブに打ち払われ距離を取られてしまう。
むう……。我ながら詰めが甘い。
「あなた――危険だわ。あの子に、いえ……帝国にとって最大の障害となり得る存在――。ここで仕留める! 例えこの光帝の命と引き換えにしてでも!」
何だか酷い言われ様である。
諸悪の根源のように言われると流石に悲しい。
そして光帝で合ってたようだ。良かった。
それはともかく、ここからは魔法戦となるだろう。
光属性の特徴は浄化と熱光線である。
浄化とは微生物を灼き殺す事なので熱光線だけと言っても実は支障無い。照明の魔法も熱光線を弱く放射しているだけの話だったりする。
◇ ◇ ◇
光帝が詠唱を開始した。
『光り輝け煌めく光――』
どうやら光属性のかなり上位の魔法の様である。
似たような単語が連続する時点で難易度が高い事が分かる。
よく舌を噛まないものだ。
「超級魔法――『大聖界』!」
天へ掲げられた光帝の両腕に形造られた空間より、純白の玉が出現し街を白い世界へと呑み込んで行く。
闇魔法、及び闇を糧とするものに対し、反対属性である光属性を激突させる事により広範囲殲滅を図る魔法のようだ。それこそ次元でも渡らない限り回避不能である。
しかし私は魔物ではあるのだが別に闇の者ではないので特に回避せずとも問題ない。
敢えて言うなら少し眩しい。
闇帝達が仕掛けた闇の魔力は消えてしまうはずだが良いのだろうか。代案があるのか知らないが思い切った事である。
ちなみに光属性には聖なる力の様なイメージがある様だが、それは大昔に人間が太陽を崇めていた名残りであるという説が有力だ。
実際は光属性に聖なる力は無い。闇を払う力はあるのだが、それは闇と反対属性というだけである。
光帝がこの様な大技の行使に踏み切った理由は想像がつく。
1つ、闇帝が撃破されたから。
もう1つ、闇の魔力を喰らう私の姿を目撃したから。
この2つを総合して考えれば、私の正体は闇を糧とする生命体だと容易に予想できるのだ。
……実際は闇に限らず魔力全般を糧にしているので不正解と言わざるを得ない。
特に今は訓練により闇や光などの準物理変換程度ならば遅滞無く吸収が可能になったので、そう見えてしまうのも仕方ないのだが。
ともあれ先方が無駄な一手を打った以上、こちらの有利を存分に利用させてもらおう。
私は少量の魔力を放出し体周辺の空気を支配する。
そのまま指示を与え高速で光帝との間合いを詰めた。
魔法の効果が無い事に驚愕の表情を浮かべる光帝の目を隠すように左手で顔面を鷲掴みにする。
一瞬で下級魔法1発分だけ残し魔力を奪い取ると1歩退がり、左足で腹部に回し蹴りを叩き込む。
「ぐう!? があっ……はぁ」
少し体が浮くほどの威力の蹴りに、光帝は為す術なく道の端の塀に左肩をぶつけ膝から崩れ落ちた。
魔法による防御も不可能だったはずだ。
さて、私の予想だけでなく帝国の作戦を今度こそ聞き出さねばなるまい。闇帝から聞き出しておくべきだったのだが彼は今私の不手際により昏睡中である。
私はゆっくりと光帝に近付いた。
◇ ◇ ◇
――目の前が銀色に覆い尽くされる。
違う、これは近すぎるが故に視界が銀色の布だけで埋まってしまっただけだ。
そして私は自ら移動しているわけではないにも関わらず、その銀色の物体から離れた場所へと引き離された。
これは……空間を操る技術だ。
離れた場所から見れば良く分かる。銀のローブを纏い銀のフードを目深に被った人物が、私と光帝の間に突如現れたのだ。転移魔法である。
時属性を表す銀色ということは空間だけでなく時間を操る事も可能に違いない。共に精密な技術を要する人外の業だ。
「――やらせない。光帝は連れて帰らせてもらう」
「帝王……さま……」
光帝が重たそうに頭を上げ、焦点の定まらない目線を銀ローブへと送る。
なるほど、彼が帝級ランク達の頂点に立つ男。
世界最強のランク12を授けられた人物らしい。
さしずめ『時空の帝王』といった所か。
声は高音と低音が同時に発せられたような合成音声にされており正確な性別が掴みづらい。しかし高い身長と細身でありながら筋肉質な肢体、そして広い肩幅が男性である事を伺わせる。
――マズいな。
空間を操る事に関しては恐らく互角だ。
総魔力量に関しては勝つ自信がある。
しかし時を操られた場合が問題だ。
その場合互いに攻撃を無効化し合うことが容易に想像できる。
つまり、逃走される可能性が高いのである。
「――闇帝の安否は分かるか?」
「申し訳……」
「いい、分かった」
謝ろうとする光帝を右手で制し、それ以上の発言を止める。それ以上は必要ないという意思表示だ。
口を開くことすら億劫そうな光帝を見かねたのであろう。
「安心すると良い。闇帝は生きている」
光帝に向けられていた帝王の目線が私へと向けられた。
ゆるやかに揺蕩うような怒気を感じる。
「――大事な部下の居場所、吐いてもらおう」
発言の度に若干呼吸を溜めるのは彼の癖だろうか。
確かに世界最強の人物が軽薄な口調だったら私も嫌だが、会話のテンポが悪い事この上ない。
あと大事な部下なら前線に出さねば良かろうに。
「私に勝てたら居場所など幾らでも教えてやる」
そう。闇帝が大事だと言うならば、それを逆手に取り逃走を防げば良いのだ。
「帝王様……危険です……奴の手に触れられたら最後……力を奪われます……」
光帝が喘ぐように必死で声を絞り出した。
そのまま気を失ってしまう。大した忠誠心である。
◇ ◇ ◇
帝王は右手に武器を召喚した。
独特な雰囲気の真っ白い剣である。
何らかのこだわりをもってそのような造形に鍛えたのだとは思うが、手入れが大変なのではないだろうか。きっと汚れが目立つであろうに。
「――停まれ」
帝王が一言呟いた直後、彼の姿は私の目の前に。
そして白い剣は私の胸の真ん中に深々と埋められていた。
これは――魔力剣だ。私の体内からダメージとしてかなりの量の魔力が失われる。
「――!?」
構わず伸ばした左手の先で再び帝王の姿が消えた。
空間転移に伴う気圧の変化が発生していない所を見るに、恐らく空間ではなく時間を操っているようだ。
「――人外……!」
ふむ。正解である。
光帝といい帝王といい私の正体を探る手段として迷う事なく実力行使して来た。
それは自信が故であろうが不用心過ぎるとも言える。そしてそれはつけ込む隙があるということなのだ。
私は次の攻撃に備え迎撃型魔術を展開する。
魔力剣によるダメージは実は大したことは無いのだが、住民票やギルドカードなど斬られて困るものが色々あるという事情もある。
あまり自由に切り刻まれてやるわけにはいかない。
帝王は左手にもう1振り剣を召喚した。
今度は真っ黒い剣である。
別に闇の魔力剣というわけではなさそうだ。彼の趣味であろう。
次の瞬間――時が停まる。
正確には帝王が自身以外の時を停めたのだ。
その中で彼だけが自由に動ける。
先程の攻撃の正体がこれだ。
しかし、今回は勝手が違う。
時間に対する干渉を感知し自動で割り込む迎撃型魔術が発動した今、私も同じ舞台へと乱入したのだ。
魔力視覚を有する私と違い、帝王は時間の停まった世界で物を視る事が出来ない。光すら動いていないのだ。
それにも関わらず帝王はまるで液体の様な流動をする空気を掻き分け私の元へと正確に剣を振り下ろした。
「――⁉︎」
私はそれを回避する。
帝王の発した驚愕の声は空気を震わせることができず私の元へと伝わらない。空気も停まっているのだ。
即座に解除され動き出した時の中で、帝王は光帝の近くへと舞い戻りこちらを見据えた。深く下ろしたフードの奥から剣呑な視線が突き刺さる気配がする。
残念ながら逆襲は失敗だ。
「――改めて訊く。何者だ」
私はその質問には答えない。
これは撤退されてしまう可能性が高いな。
「クルーガー領に来い。答えはそこで」
帝王は悔しげに歯噛みし、光帝と共に姿を消した。




