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悠久交響曲  作者: 神威 光輝
第一話
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10/10

10

 

 大きく、それ自体が城のように生い茂る広大な2つの森に挟まれた街。

 それがクルーガー領テスカの街だった。


 街道を塞ぐように造られたその街は両側の森と一体化し、完全なる防衛線を築いている。

 テスカの街は街道から見ると菱形をしており、頂点の一角を街道に向けて突き立てているように見える。そこに設けられた城門は少し奥へと引っ込んでいる様だ。


 ――確かに要塞の弱点は矢で狙いづらい角である。

 それを敢えて正面に向ける事で防衛重要地点の明確化が図られているのであろう。


 強力な個人や魔法で一点突破しやすいとも言えるが、そこは恐らく別途対策が取られていると思われる。

 ……単に正面から激突し合うのが好きな一族で、そうなるよう誘導している可能性も無いわけではない。


「やっと見えたわね。あれがテスカよ」


 昼下がりの陽光に目を細めながらリーゼロッテが左手を向ける。到着まであと何時間かという質問に回答するのにも若干疲れていたのであろう、嬉しそうな表情だ。


 彼女を疲れさせていた張本人である私の主人は、2日に渡る長旅に飽きたようで虚ろな目をしていたが、目的地が見えるや否や途端に元気を取り戻した。


「あれがリーゼの故郷? うわぁ! お風呂広い!?」


 感動するのか質問するのかどちらかにして欲しいものである。そして今一番やりたい事は入浴の様だ。

 そういえば先程昼食をとったばかりだな。まだ腹は減らんか。


 喜ぶのは良いが地平線の先に見え始めたばかりなのだから残念ながらあと1時間は掛かるだろう。誰もその事を言い出さない辺り、皆気が回るものだと感心する。


「厳重警戒中だと思いますが、身分証明のようなものは必要でしょうか?」


 フェリシアが少し眉根を寄せる。

 確かに平時ならばリーゼロッテが居れば顔パスで通過できるであろうが、まだ始まっていないとは言え今は戦時下である。何らかの証明を求められる可能性は高い。


「まぁ、私に任せておいて」


 リーゼロッテは回答せず笑顔を向けた。

 一族と証明する何かを持っているのか、それとも何らかの秘策があるのか。それは判断しかねるが心配の必要はなさそうである。


 私は念のため周囲に魔力探知を仕掛けつつ手綱を操り、まだ遠くにしか見えない街へと馬車を走らせた。


 ――同じ方向に行く者は少なく、すれ違う者もまた少ない。

 やはり戦争が流通にも暗い影を落としているのであろう。

 戦争こそ稼ぎ時、と張り切る商人は少数派のようだ。




 ◇ ◇ ◇




 テスカの街へと進入した。

 立派な石造りの城門に対し、木造建築の目立つ街並みである。両側に広がる森林から豊富に得られる木材を利用しているのだろう。


 戦時下であるはずなのだが領民たちの表情は明るく、施政と治安の良さが窺える。リーゼロッテが道行く人々に名を呼びながら手を振り、それに対して返って来るのは笑顔と同じ動作だ。領主と領民の関係も良好なようである。


 ちなみに城門はリーゼロッテの機転により無事通過できた。しかしいくら本人確認の為とはいえ、守備隊の面々の恥ずかしい過去を列挙していったのは些か彼らが不憫であった。お陰で遅滞なく通過はできたのだが。




 ――街の目抜き通りを馬車で走ること数分。

 街路は振動少なく走れるよう整備されているのでそれは良いのだが、城らしき建造物が見当たらない。街に入ってすぐの場所に小さな塔のようなものはあったが他に高い建物が無いのである。


「あ、ここよ。停めてちょうだい」


 目抜き通り兼街道沿いの、1軒の広い屋敷の前にさしかかった所でリーゼロッテより静止が掛かる。木造の塀に囲まれているため中の様子は窺えないが、少なくとも城ではない。


 馬車を停めるような場所は見当たらず、大きな木戸で造られた門の中に進入するのは困難に思える。仕方がないので門の前に停車する。


 見ると敷地に隣接した建物から作業着姿の人物たちが近付いてくるのが見えた。なるほど、彼らが馬車を預かる役目なわけだ。


「リーゼ、ここなの?」


 待ち切れず馬車から華麗な着地を決めたエイラが尋ねる。

 リーゼロッテは馬車の後部の金具を外しフェリシアが降りやすいように板を下げてやりつつ肯定した。


「ええ、そうよ。意外でしょ?」


 エイラは唸る。意外だと同意してしまうと失礼かも知れないと迷っているのだろう。


「うーん。……あたしの実家よりは大きいわ!」


 その答えにリーゼロッテは小さく笑う。

 その手を借りてフェリシアも無事着地した。


「ふふっ。お風呂は大きいから安心して頂戴」


 その言葉にエイラの表情が明るくなる。

 やれやれ。現金なものだ。




 ◇ ◇ ◇




 馬車を管理担当者に引き渡しエイラ達の所へ向かうと、ちょうど屋敷の中から出迎えの者が出て来て荷物を預かろうとしている場面であった。


「――お待ちしておりました。お部屋の準備は整えてございます」


「さすがはシャナクね。男性用にもう1部屋準備してもらえるかしら。女性は私の部屋でいいわ」


 深い藍色のゆったりとした服を着た男性が一礼する。後ろに撫で付けられた髪の下からは切れ長の鋭い眼光が覗いていたが、リーゼロッテを見る視線は細められ優しいものだった。


 いかにも頭が回りそうな人物である。少なくともこの領主の館は彼の指示で回っているに違いない。


「畏まりました。――モラ、3名ずつ。姫様を入れて計6名だ」


 振り返らぬまま背後の女性に指示が飛んだ。

 目線を向けていない私までしっかりカウントしている事に驚く。姫君も大概だがクルーガー家には特殊な技能を持つ者が多いようだ。




 案内されて通された館は、派手さこそ無いものの端々に感性をくすぐる置き物が配置された木造の屋敷であった。


 門から入って最初に目を引くのは庭に敷き詰められた砂利である。

 木や石などは端の方に存在するのみで、砂利による広場が形成されているのだ。これは一種の闘技場のようなものだと思われる。領主であると同時に武家なのだ。


 エントランスの入口にはネコ科かイヌ科か判別しかねる像が両脇に立っている。魔除けの一種かとも思ったが、頭頂部に深い穴が空いているので雨具を差すための家具なのかも知れない。――この感性はよく分からない。


  エントランスに入ると中は狭い石畳になっており、屋内と呼べる床面は1段高くなった場所から始まるようだった。

 この生活様式には見覚えがある。ここで靴を脱ぎ、外の泥を室内まで持ち込ませない工夫だ。木造家屋の文化圏や湿度の高い地方でよく見られる。


 エイラは――恐らく初めて体験したのであろう――やや戸惑いながらもリーゼロッテの真似をして何とか屋敷への進入を果たした。


 靴を靴棚に仕舞うのに注意を向けすぎてリーゼロッテの動きを見逃し、膝を付いた女性から室内履きを差し出された際に動揺しなければ合格点だったのだが残念である……。


 屋敷の間取りは屋内を縁取るように設置された板張りの回廊が特徴的である。領主の屋敷らしく広い土地ではあるのだが、庭が広いため延床面積はそうでもない。使用人は住み込みではないのかも知れないと感じた。




 ◇ ◇ ◇




「男性の皆さまにはこちらの部屋をご用意致しました。後ほど領主様に謁見して頂きますが、ご夕食を兼ねますので18時を予定しております。それまでこちらでお寛ぎ下さいませ。また、浴場は女性陣の身嗜みに使用致しますので入浴は食事の後にお願いします」


 家令と呼んでいいのか、シャナクと呼ばれていた男性が深々と一礼した。到着して早々であるにも関わらず既に男女別で予定が完璧に組まれているらしい。きっとその段取りの為の指示も道すがら出してあるに違いない。


「それと使い魔のポン様。食事を必要とされないとの事でしたので、謁見の時間は少し私にお付き合い頂けますか?」


 む? 名前を把握しているのか。大方馬車の所でリーゼロッテから一通り聞いたのだろう。


 それは良いとして何の用事であろうか。確かに夕食の場に参加しておいて私の前だけ配膳が無いというのも寂しい。それに対する気遣いといった所か。


 領主の人柄に少し興味はあったが、知己を得ておくのは主人だけでも充分であろう。私が必ず参加しなければならない必要性は感じない。


 私は素直に頷きを返す事で回答とする。

 シャナクは満足そうに微笑むと退出して行った。




 ――男性用に用意された部屋は寮の部屋の倍ほどの広さがある。

 木目の歪んでいない美しい柱、イネ科の植物の茎が練り込まれた土で塗られた土壁、頑丈そうな梁と天板、硬い繊維の植物の茎を編み込んで作られた床材、どれも特徴的で面白い。

 森から採れる豊富な木材を利用する事と湿度対策が融合した結果誕生した独自の文化なのであろう。


 男子2名は部屋の端に荷物を置くと、仲良く床材の上に直接寝転がる。呼ばれるまで昼寝を決め込むらしい。

 姫君の帰還直後だけに見物して回ろうにも案内が手配できないであろう。女性陣の身嗜みに要する時間を鑑みるに賢明な判断だと思われる。




 ◇ ◇ ◇




「――不審な2人組?」


 私の問いにシャナク――宰相という地位に居るらしい――は頷きを返した。


 ここは領主の屋敷の一室。エイラたちはリーゼロッテの父親である領主と、謁見を兼ねた夕食の最中である。私だけが別室へと案内された形だ。


 彼は目の前に置かれた湯呑みから茶を一口含んで喉を湿らせると、睫毛の長い目蓋を薄く開き鋭い眼差しと共に口を開いた。


「全身をフードとローブで覆い隠した、男女と思われる2人組が今朝より数度目撃されております」


 ……まず間違いなく光帝と帝王だろう。

 クルーガー領に来い、とは言ったが戦時下に相手国へ先回りしてまで乗り込むとは大した度胸である。もしかすると戦時中という自覚が無いのではないだろうか。


 いや、国の中枢に居るはずの者たちが流石にそれは無いだろうと思い直しつつ私は口を開く。


「――なぜ私に訊く?」


 シャナクは優しげに微笑む。


「姫様がご友人をお連れになりましたので」


 なるほど。

 命の危険がある場所へ友人を連れて来られる理由など1つしか無い。安全が担保できるからだ。


 つまり私の存在が、帝国に対抗して尚安全を担保できる程である事を彼は見抜いている。

 そして彼の笑みは自国の姫君が私の庇護の範囲に入っている事に満足しているせいだろう。


「付け加えますと――学園の方で魔王の召喚に成功したという噂が流れております」


 私は目を瞑り天を仰いだ。

 噂ではそんな話になっているのか……。


「……その噂は正確ではないな。魔王級の魔物が使い魔として召喚された、というのが正確な表現だ」


「それは――どちらでも構いません。肩書きなど取るに足らぬものです」


 宰相の台詞とは思えないが、逆に宰相だからこそ言える台詞なのかも知れない。地位の低い者が言っても説得力に欠けるであろう。


「――その2人組は何かを探すような仕草をしていた、と報告が上がっています。きっと道中何かが有ったのでしょう」


 シャナクは元から薄い目を更に細めた。


「何があったのか、貴方に訊くのが一番早いと判断致しました」


 同日に到着すれば、彼らと私達の因果関係を想像するのは容易いということか。




 ◇ ◇ ◇




「――と、いう流れだ」


 扉の向こうの庭から石と木のぶつかる甲高い音が聞こえて来る。定期的に聞こえてくる事から、意図的に音を発生させているのであろう。風流なので良いと思うが寝るのには適さないかも知れない。


 私はベイルの街であった出来事をシャナクへと伝えた。彼は興味深げに腕を組み、そして右手を顎へ遣ると少し考え込む。


「どうした?」


 問い掛ける私に、シャナクは腕を解くと再び湯呑みを持ち上げる。


「いえ、失礼致しました。例の2人組は貴方の予想通りだと思います。実は私もそう予想しておりました。――そこまでは良いのですが、ベイルの街での彼らの行動に実力者らしからぬ不可解な点が多く感じられましたもので」


 湯呑みから音を立てずに中身を含む。こくりと音を鳴らし飲み込むと、恐らくそれで落ち着いたのだろう。もしかすると考えがまとまったのかも知れない。


「ときにポン様。お願いがございます」


 私は頷き続きを促す。


「実は例の2人組の滞在している宿をこちらで把握しておりまして、ここはぜひ調査の依頼をしたいと考えております」


 なんと。手回しの良いことだ。




 ◇ ◇ ◇




 時刻は夜9時。帝王達が宿泊しているという宿の前にやって来た。

 やや遅めの時間なのは、いざ訪問した際に夕食の最中だったら締まらないと考えての事なのだが気を回し過ぎただろうか。


 これが物語なら主人公がいつ訪ねても腕組みと含み笑いで出迎えてもらえそうなものだが、現実とは儘ならぬものだ。


 さて、到着したは良いがどうしたものか。

 シャナクが言うには彼らが探しているのは私で、まずは話をした方が良いそうだ。

 それならば夜襲を仕掛けるというのは却下。

 きっと宿にとっても迷惑だろう。

 ……かと言って宿の受付に部屋番号を訊いて訪ねていくわけにも行くまい。




 もしかすると帝王には『魔物の気配』のようなものを感知する能力があるかも知れない、と5分ほど待ってみたが変化無し。


 やはりこう、禍々しい気配か何かを纏わなければ厳しいのかも知れない。今後の検討課題とする。

 帝王に魔物を感知する力は無いようだが、魔力なら反応するかも知れない。試してみよう。


 ――私は魔力の探知波を1発宿全体に向けて放つ。


 時属性の魔力の持ち主が3階に居るのを感知。

 ふむ、間違い無く帝王だ。だが不思議な事に時属性だけでなく通常の魔力も持ち合わせている様だ。


 時属性の持ち主自体が珍しいので更にレアケースだが、別に『持ち合わせたら体が爆発する』ということなど無いのでそちらの心配は要らない。

 きっと帝王の位置に上った経緯はその辺りに秘密があるのだろう。


 感知した魔力が突如として部屋から消えるのを察知。私の背後へと瞬間移動したのが伝わる。

 そして次の瞬間、私の左胸から白い剣が生えた。


 ――前回『胸の真ん中』を貫いて効果が無かったので、試しに少し左に寄せてみた。といった所か。

 シャナクに住民票とギルドカードを預けておいて正解であった。確かに普段入れているのは右の胸元ではあるのだが、こんな調子では彼らの命運は風前の灯であったところだ。


 ……そして、さすがにこれは問答無用が過ぎる。

 まずは話を、と言われて来たが先方に話す気が無いのならば無理に話し合いをお膳立てしてやる必要性など無いのだ。


 私は胸の所で少しだけ次元のズレを発生させた。

 胸から生えた白い剣は、刃の部分だけが支えを失い私の足元へと落下し、小さく金属音を響かせ地面へと横たわる。


 ――次の瞬間光の粒子となって砕け散った。




 ◇ ◇ ◇




「――なるほど、敢えて……」


 私が振り向く前に、帝王は私から離れた位置に転移していた。光の粒子となって消えてしまった自身の武器を名残り惜しむように、銀色のフードが作り出す暗がりが左の手のひらをじっと見つめていた。


 ……過大評価をして頂いたのはありがたいのだが、別にわざと刺されたわけではない。しかしわざわざ教えるような事でもないので黙っておこう。


「――やはりこの街に居たか。約束通りお前の正体を教えてもらうぞ」


 帝王をこの街に呼んだのはベイルの街から引き離すためだったのだが、真に受けて本当に来る辺り素直な性格をしているのかも知れない。

 私は穴の空いた左胸に手を当て修復を施すと、帝王へと顔を向ける。


「リステリア国立魔法学園にて、魔王が召喚されたと噂になっているらしいな」


 私は少し口角を上げる。その程度の情報は掴んでいるに違いない。戦争を仕掛けるに当たって、最大の障害がここに居るぞと言っているのだ。


「――なるほど、お前が……」


 帝王はもう1振りの黒い剣を召喚する。

 私は念の為時間停止に対する迎撃型魔術を展開した。


「――僕の目的は、お前だ。場所を変えよう」


 開いている左手を振ると、彼の隣に空間のズレが扉の様に発生した。

 ほう。転移魔法の扉版といったところか。


 場所を変えるということはつまり宣戦布告である。

 相手が個人なので決闘と呼ぶのが正確だろうか。

 その戦いに街を巻き込まないよう配慮するらしい。


 恐らく彼の役割は、リステリアに攻め込むに当たって障害となりうる私を排除することだ。最大戦力には最大戦力をぶつけるのが定石とはいえ思い切ったことをする。


 空間の扉の向こうに帝王が消えた。

 その次の瞬間、宿から1人転び出て来る。


「待って! お願い待って! 私も一緒に!」


 全身真っ白のローブにフード、光帝である。

 ベイルの街での戦闘からまだ丸1日すら経っていない。恐らくあまり回復していないであろうに無茶をする。


 全身を投げ出すように扉へと飛び込んでいく光帝を追い、私も帝王の誘う転移先へと足を進めた。




 ◇ ◇ ◇




「私を置いて行くなんて!」

「――危険だよ。僕に任せて」

「私も一緒に戦う! 盾くらいにならなれる!」

「――大丈夫。僕は必ず帰って来るから」

「ダメ! 奴がどれほど危険か分かってない!」


 ……扉を抜けると、そこには修羅場が展開されていた。

 一応予想通りではあるのだが、内容を聞く限り相変わらず言われ様が酷い。


 通り抜けて来た扉は私が通った後に消滅した。

 私がここに居る事自体は気付いているらしい。


 扉の造りとしては、一度次元の障壁のように固定化させた後、次元の狭間を薄く経由することで2つの地点間を歪ませる事なく繋いでいるようだ。


 次元の狭間は空気の組成的に生物の生存できる環境ではないため、通過する空間としては適さないが一瞬通るくらいなら問題ない。

 また、限りなく薄くすることで次元間の気圧の違いの問題もクリアしているようで、なおかつ扉の部分も枠の部分を障壁並みに硬くすることで安定性を保持させていた。今度私も試してみよう。


 ――私は周囲を見回す。

 夜間だけに暗いので正確な場所は分からないが、月の仰角を見る限り緯度が変わるほど激しく遠くまで運ばれたわけではなさそうである。


 周りは見渡す限り広がっている草原だ。草丈は低く、戦うのに不自由は無いだろう。遠くの方に山が見えるが、知っている山には該当しなかった。






 ……それにしても待ち時間が長い。

 見ると最初は光帝がすがり付く形だったはずなのだが、いつの間にか何故か帝王が謝る形へと移行している。


 はて。確か彼らは上司と部下の関係のはずだが。


 よくよく話を聞いてみると、光帝は帝王の家族の様だ。年齢差は恐らく10歳有るか無いかという所であろうし、姉と見るのが妥当か。優秀な家系だな。


 と、いうよりも。私にこれほど情報を垂れ流して良いのだろうか。これは遠回しに「生きて帰すつもりは無い」と言われているようなものではないか?

 私だから良いようなものの、人によっては恐怖でしかないだろう。




 ――ふむ。やっと終わったようだ。

 結局帝王は光帝の説得に成功し、戦場から離脱させた。それでも街には帰せず目視できる程度の距離への移動に妥協させられたようではある。


「――待たせたね。始めようか」


『長い』と文句を言おうかとも思ったが、ふと彼が主人公の物語であれば必要になってくるくだりだと思い直し、私が普段読んでいる英雄譚に免じて触れないでやるとする。




 ◇ ◇ ◇




「私を滅ぼすつもりならば最初から全力で来い。様子見に使った分の力が後々響いてくるはずだ」


 私は腰の後ろに回していた片手剣を抜き左手に持つ。もちろん滅ぼされるつもりなどは毛頭無いが、この忠告自体は嘘ではない。

 総魔力量では私が確実に優っているのだ、持久戦になれば不利なのは帝王である。


「――何を狙っている?」


 しかし彼には忠告とは映らなかったらしい。私の狙いを問い掛けつつ転移魔法で間合いを詰めて来る。

 この転移魔法が曲者だ。接触により魔力を奪って無力化しようにも、接触が一瞬に過ぎず即座に転移で逃げられてしまえば殆ど意味が無い。


 確か光帝は帝王に『触れられたら力を奪われる』という報告をしていた。

 だが、主人であるエイラの半分にも満たない量しか魔力を持っていなかった光帝は『一瞬で力を奪われた』と感じたはずだ。


 奪うのに時間が掛かるという情報は持っていない公算が高い以上、帝王はこちらの接触を警戒せざるを得ない。そこに勝機がある。


 突き出された黒剣の横腹を片手剣で弾く、そして右手を伸ばすもその先で帝王の姿が消失する。


 ――右だ。

 次元の揺らぎを感知し即座に片手剣を振るうも黒剣で受けられてしまった。


 それどころか片手剣の方が切断されて刃の上半分が飛んで行ってしまう。一体どんな切れ味ならばこんな事になるのか。一応鉄製なのだが。


 好機と見たか帝王が猛攻を仕掛けてくる。

 右突き、左袈裟と躱すも次々と繰り出されてくる様々な剣技。それは洗練された動きであり、まるで舞うようにすら映った。

 本来ならば体術が混ざると思われる動きだが、接触を警戒してか蹴りなどは飛んで来ない。


 私は浅く数箇所斬られるも何とか次の片手剣の生成に成功した。

 急いで作成したので余剰魔力が漏れ、彼からは私の手が光って剣を召喚したように見えただろう。

 この世界では見慣れた光景なのか帝王に動揺は無い。むしろ再び私の武器を破壊すべく無感動に剣を振り下ろしてくる。


「――っ!」


 初めて帝王の全身に動揺が走った。

 もしかすると自身の剣を受け止められる剣に出会った事が無いのかも知れない。


 それもそのはず、先ほど作り出した剣は特別製だ。

 帝王の黒剣と噛み合い激しい火花を散らし続けているこの剣は吸魔の奥義とも言える。

 絶えず刀身に高速で魔力を循環させる事により何でも斬り裂けるほどの切れ味と、無限に近い耐久力を誇るただの鉄剣なのだ。


 ……種明しをすると大した事が無さそうに聞こえてしまうのが難点だが、吸魔の本来の奥義である『超新星』の改良型なのだ。威力は凄まじい。

 むしろ、これと拮抗している帝王の黒剣の方が少しおかしい。




 ◇ ◇ ◇




 少し離れた位置に帝王が転移した。

 一瞬『逃げるのか』とも考えたが、先ほど彼は目的が私だと言っている。決着を付けずに撤退すれば帝国軍に甚大な被害が出る事が分かっていて私を放置する事は恐らく無い。


「――驚いたよ。まさか何でも斬れるはずの剣に斬れないものがあるなんて」


 それは大きな矛盾だ。その説明を行った者にきっと騙されているのだろう。可哀想に。

 一応私が持っているこの剣も『何でも斬れる』力を持っているので、概念的な相殺が発生した可能性はある。


「――本気で行かせてもらうよ」


 最初からそうしろと言っているであろうに。

 変な所で素直ではない。


 まぁ、確かに私がよく読む本でも戦闘場面の冒頭から全力全開で突撃して行く主人公など居ないが、それは場面が一瞬で終わってしまってはそこに至るまでの前振りが効果を失くしてしまうという作者の都合に過ぎない。


 現実ならば戦闘など短ければ短いほど良いに決まっているのだ。


 帝王が左手を振るう。次元の歪みを感知。

 ――これは、空間魔法による攻撃だ。


 体の上下が切り離されそうになるのを空間に干渉して防ぐ。次が左右。再び連続して襲い掛かる攻撃に加え本人すらも突撃してくる。


 これは厄介だ。少しでも気を抜けば物理的にバラバラにされかねない。それ以上に次元に対する干渉の頻度と精度が異常に高い。たちまち防戦一方にさせられてしまう。


「――これを防ぐか!」


 当たり前だ。解体される趣味など無い。

 そう返そうとした時に違和感を覚える。


 今、攻撃が『2箇所同時に』発生しなかっただろうか。

 まさか彼の言う本気とは『空間への干渉を行う事』ではなく『2人掛かり』のことなのだろうか。


 私は攻撃を防ぎつつ光帝の方へと視線を向けた。

 ……違うな。彼女ではない。


 光帝は悲痛な表情を浮かべていそうな雰囲気で樹の陰から覗いているが、こちらへの干渉を行なっている様子は無い。

 そもそも彼女は街に置いて行かれるところだったのだ。光帝が居なければ本気を出せない、という仮説は考慮に値しないだろう。


 ならば段々遠慮が無くなって来ているこの2人目の刺客は一体誰なのか。

 それに対する答えは、他ならない私自身がヒントであると言える。


 つまり――使い魔だ。


 私は空間魔法に全て丁寧に対応しつつ剣を振るう。

 ずっと姿を隠し続けながら攻撃などさせてやるわけにはいかない。同じ舞台に引き摺り出してやろう。


 するりと回転しつつ片手剣を叩き付ける。

 黒剣を立てて受けた帝王をそのまま押し込み、彼の右側にある空間――第2の攻撃の発生源――へと予備動作無しで剣を突き込む。


 手応えはあった。

 だが同時に無いとも言える。

 非常に抽象的ではあるのだが、私の剣が纏う魔力は確かに何らかを削っている。しかし肉体ではない。


 これは――精神生命体の類いだ。


 次の瞬間、空間が裂け光が迸る。

 力の奔流が爆発の様に吹き出し私と帝王の体を押し流した。


 この感覚には覚えがある。

『神界』と呼ばれる空間と繋がった際に空間組成の違いによって、互いの空気が混ざり合うことで起こる発光現象だ。


 それは1つの結論を意味した。

 帝王の使い魔は――神である。




 ◇ ◇ ◇




「痛ったぁーい! もう何なの⁉︎ 超痛かったんですけど⁉︎」


 ……出現した神の口調は軽々しかった。

 もしかすると存在を秘匿したかったのは神ではなく帝王の意思かも知れない。


 世界に宗教は数あるが、多神教に一神教に様々なものがある。そのどれもがある意味で正しい。

 一神教が『神とみなしていないもの』を多神教は『神とみなしている』という教義の違いの話ではない。神の有無の話だ。


 ――神とは、揺らぎだ。

 祈り、信じる力は熱を持つ。即ちエネルギーを持っていると言い換える事が出来る。

 そのエネルギーが蓄積し堆積し、空間に揺らぎとして存在を確定させ、ついには知性を持つに至った精神生命体を神と呼ぶ。


 その神を思う信者が居る限り、その祈りの力は空間をかき鳴らし神に無限の原動力を与え続ける。そして神は信者に見返りを施すのである。

『信じる者は救われる』という言葉はあながち嘘ではないのだ。


 ただし、信者にどの程度の見返りを施すかはその神にどの程度の誠意があるかどうかに依存するので、本当に救われるかどうかは信じる神次第になる。


 今回現世へと降臨した神は、女性の姿をしている。

 金色の髪は腰までの長さがあるが、重力の軛を外れ空中にふんわりと広がっている。白を基調とした服には所々に緑色が使われ目に優しい印象を与えていた。その浮かんでいる肉体すらも仮のもの、恐らく実体など有って無いようなものに違いない。


 彼女は空中で器用に半身で直立すると私を指差す。


「そこな魔王! 壁を壊してくれたのには感謝! でもこの世界神ユーフェちゃんを解放してしまったからには生きて帰れると――ちょ⁉︎ 送還しようとしないでごめんなさい⁉︎」


 帝王は問答無用で神界へと送還しようとした様だ。

 しばらく見えない争いが続き、世界神とやらは両腕を天に掲げ帝王はがっくりと地面に膝をついた。この世界への滞在権を何とか勝ち取ったらしい。

 帝王が消耗している様に見えるのだが良いのだろうか。本末転倒な気がしてならない。


「質問がある」


 私は右手を半ばまで挙げた。


「世界神とは何だ。悪いが初耳だ」

「そこから⁉︎」


 驚かれても困る。知らないものは知らない。

 世界神は腕を組むと顎を上げ、鼻息荒く自己紹介を始めた。


「ふふん! 聞いて驚きなさい! 世界神っていうのはね――」


 世界神は硬直した。そして再び動き出す。


「せ、世界神っていうのは世界の神なの!」


 どうやら自分でも役割が良く分からなかった様だ。

 明確な仕事が無いということは『世界を見守る事』自体が仕事というわけか。さぞ退屈であろう。


「それより! 世界神であるこのユーフェちゃんが来たからには! 魔王だろうが帝王だろうが一捻りでやっつけちゃうんだから! 覚悟なさい!」


 帝王をやっつけたらダメであろうに。

 いや、それほどの力を持つという点では間違ってはおるまい。油断して良い相手ではない。




 ◇ ◇ ◇




「魔王ごときが神に勝てるわけないんだから! とっととヤッちゃうわよ!」


 言って世界神は空を切り裂き矢の様に突撃してきた。私は突き出された拳に片手剣を合わせて受け止めようとする。


 瞬間――空間そのものが爆裂するような感覚。

 片手剣だけでなく私の体まで大きく吹き飛ばされ空中で錐揉みする。


 地面は――こっちだ。

 私は何とか落下までに体勢を立て直すと、両足から接地し長い距離を擦過して止まった。


 凄まじい攻撃力である。戦慄を覚えつつ先方を見遣ると、当の世界神の方も帝王の足元まで吹き飛んで痙攣していた。……ううむ。


 結論としてはこの爆発が彼女の意図したものではないということになる。つまり私の剣が現在纏っている『破壊』の力に相反する力を纏った攻撃だったという解釈になるわけだ。


 世界神……『破壊』の反対となると『創造』だろうか、扱った事が無い力だ。と、いうよりもそれを攻撃に使用する発想が無い。


「びびびビックリした何なの今の⁉︎」


 おもむろに勢いよく起き上がり騒ぎ始めた。

 帝王は迷惑そうに両手でフードの上から耳を押さえている。あの音量では恐らく防ぎ切れていない。

 混乱している今が好機か。


「そこの世界神」

「何よ!」


 私は聞こえるようにはっきりと発音する。


「私の種族名は『吸魔』という」

「……それが何なのよ?」


 帝王は小首を傾げ、神は訝しげな表情をする。


「吸魔とは、魔力を吸収して生きる生命体だ」

「ふむふむ」

「――っ!」


 頷く世界神。帝王は何かに気付いた様だ。


「神とは無限の魔力を持つ存在――」

「えっ。あれ。ってことは……?」




「神とは――吸魔にとっては被捕食者扱いだ」

「エサッ⁉︎」


 もう遅い。時間稼ぎは充分だ。

 世界神の周囲に輝く牢獄のようなものが出現する。

 視覚的に具現化しているが、これは次元からの干渉による『捕食』である。


「ぴゃああああ! 嫌ぁ! 食べられるのは嫌ぁ!」


 蒼白になって牢獄にすがりつくも、ゆっくりと牢獄は狭くなっていく。封印を施しているのだ。


「心配無い。厳密には隔離された空間に封印され、私の動力源となるだけだ。何しろ神は不滅なのでな」

「何のフォローにもなってないわよ⁉︎ っていうか何でコレ壊せないのよ⁉︎」


 捕食者と被捕食者の関係なのだから当然だ。

 それが壊せるわけが無い。




 ◇ ◇ ◇




「――ユーフェ。暴れないで」


 帝王が左手で檻を掴み集中する。

 次の瞬間――封印の牢獄はガラスの割れるような音を伴い砕け散った。

 ……私の干渉を上回るか。厄介な……。


 大人しくしていると思ったら休んでいたらしい。

 集中力が完全に戻っている。使い魔の使い方として正しい見本の様だ。エイラにも見習わせたい。


「ありがどうぅぅぅごわがっだぁぁぁ!」


 今まで捕食されそうになった事が無いのだろう。恐怖体験に泣きべそをかきながら世界神は帝王に飛びついた。


 ――光帝の居る方角から歯車の軋むような音が聞こえた気がする。確かこの草原には機械の類いが無かったので恐らく気のせいだ。

 帝王は自身の使い魔の頭を撫でながら優しく語り掛けた。


「――ユーフェ。僕に力を」

「ダメです帝王様! それを使ってはいけません!」


 ……何だ? 禁忌の雰囲気が漂って来た。

 創造の力を帝王が纏う事で――ああ、なるほど。


 ――神の力は人の身に余る、というわけだ。

 しかし私の防御を突き崩せない以上、更なる力で突破し何としても私に刃を届かせようと言っているのである。


 確かにあの創造の力が私に届けば甚大なダメージが予想される。だがその程度だ。滅ぼされはしない。

 まさか、それ以上の何かを行おうというのか。


 帝王の背中に隠れた世界神が一度消える。

 そして送還先から腕だけ現出して帝王へと力を送り始めるのが見えた。捕食されかけて懲りたらしい。


「――ぐっ! ううっ!」

「帝王様ぁ!」


 神の力に帝王の膝が震える。

 その姿に光帝の悲痛な叫びが響いた。


 ……無茶をする。例えそれで私を倒せたとしても、己が再起不能になっては侵略後の統治に響くであろうに。もう少し後先を考えて欲しいものだ。


 ――帝王の体が徐々に白く発光を始める。

 私は右手を突き出し次元の障壁を3枚同時に展開。

 そして展開したと同時に破壊されてしまう。

 なんという干渉力だ……!


「――天地――」


 不味い。帝王に蓄積されている魔力が臨界を迎えようとしている。これを障壁無しに受け止めるのは私にも不可能だ。


「――開闢《かいびゃく》!」


 視界一杯に広がる白の輝き。

 帝王が力そのものとなって突っ込んで来る。

 障壁を展開しようとするも全てが掻き消される。

 ……いかん!


「――おおおおおぉぉぉ!」


 噛み合う剣と剣。

 拮抗は一瞬だった。


 私の後方へと突き抜けた帝王は、大量の液体を草原へと落下させる音を響かせ、ゆっくりと糸の切れた操り人形のように崩れ落ちる。


 そして私の方は、上半身と下半身が断たれ、平衡が保てず同じく草原へと身を沈めた。


「いやぁ! 帝王様ぁ!」


 光帝の駆け寄る音が聞こえる。

 私の方も凄まじいダメージだ。


 斬られた方は物理的に修復すれば良いだけなのだが、斬られた際に流し込まれた攻撃的な魔力による被害が大きい。

 今使用している体に蓄積していた魔力のほぼ全てがズタズタに引き裂かれ失われてしまっており修復に回す余裕が無い。




 ◇ ◇ ◇




「やって……くれたな……」


 私は現使用端末――つまりこの体への魔力の補充を完了し、断たれた体を修復して立ち上がった。

 こちらに背を向け帝王を抱き上げていた光帝の肩がびくりと跳ね上がった。帝王を抱えたまま肩越しにゆっくりと振り返り、フードの暗がりをこちらに向ける。


「う、嘘よ。そんな。あれで倒せないなんて……」


 ちらりと背後を確認すると、世界神の腕が勢いよく引っ込むのが見えた。

 ……逃げたな。


 光帝は帝王を抱き締め震えている。

 帝王の意識が無い今、転移魔法で逃げ出すことは不可能だ。そして昨夜の戦闘で力を使い果している光帝は、多少回復しているとは言え帝王を守りながら私と戦えるほどではないだろう。


 光帝は帝王を草原に横たえ、フードの暗がり同士を一瞬重ね合わせた。

 むう……そういう事は他人の目が……。

 あ、いや……そういえばこの2人は家族だと言ってなかっただろうか。まさか回復薬の投与か。


 警戒する私を他所に光帝はゆらりと立ち上がり、私の方へと振り向いた。


「私を――殺しなさい」


 つまり帝王を見逃せ、と。


「済まないが断る」


「……殺す価値も無いと? 心配しなくても帝王様は再起不能よ。ここで私を殺しておく事で再起の芽を潰す事になるわ」


 なるほど。救助要員を消す事で復帰の可能性が無くなると主張しているわけか。一見論理的に聞こえるが、2人まとめて消した方が明らかに得である。

 内の1人を見逃す理由になっていない。


「そもそも殺すつもりが無い」


「……えっ?」


 体の前で自身を抱き締めるように組まれていた光帝の腕が下がる。

 私の目的は帝国の侵略を止めること。

 そして最大戦力と目される帝王の無力化だ。

 無力化と殺害は必ずしも一致しない。


「ちょっと待って……」


 光帝が頭に手を遣り考え始める。


「大事な事を訊き忘れていたかも知れないわ……あなたは魔王なのよね?」


 私は首を傾げた。

 もしや帝国は正確な情報を手に入れていないのか?

 ……魔王魔王と連呼していたがまさか……。


「正確には『魔王級の魔物』だ。リステリア国立魔法学園の生徒に使い魔として召喚された」


 それを聞いた光帝は痛そうに頭を抱える。

 これは、互いに確認不足であったりするのか?


「こちらからも質問なのだが、帝王の目的とは『魔王の討伐』であったりするのか?」


 白のフードが縦に揺れる。

 そういえば宣戦布告の内容を確認していない。


『魔王の力に頼るとは! 帝国が成敗する!』といった類いの内容なら成敗の対象が魔王なのか国なのか曖昧だ。噂に尾ひれが付いただけの可能性すらある。


 ……詰まる所、私は正義の味方を返り討ちにしてしまったらしい。

 うむ……確認は大事だと痛感せざるを得ない。

 次からは先入観に囚われないよう気を付けよう。


「……回復を手伝おう」


 光帝は帝王に謎の薬液を飲ませる手を止め、力なく頷いた。




 ◇ ◇ ◇




 帝王に魔力を浸透させ状態を確認する。

 ……これは酷い。無茶をしたものだ。


 隈なく深刻なダメージを受けている全身をゆっくりと治療していく。ついでに光帝と顛末の擦り合わせを行った。


 ――事の発端は、魔王を召喚した噂だったそうだ。

 帝国側はリステリア王国が学園の設備を使い魔王を召喚したと判断。国境に補給拠点の設営を開始した。


 確かにあの山の洞窟には食料や飲料を中心として物資が蓄えられていた。戦争準備にしては、肝心の武具を探し出すのに時間が掛かったのを記憶している。


 しかし、その補給拠点が王国側に異常に早く察知されてしまう。それは帝国側から見れば『帝国を強く警戒しているぞ』という王国からのメッセージの様に感じたのだという。


 実際はベヒーモスの住処を調査したら拠点を偶然発見しただけなのだが、その事を光帝に言うとぽつりと小さく「あの無能が」と呟いた。

 フードで光帝の顔が見えなくて良かったと思う。


 王国の迅速な対応を受け帝王は行動を開始。魔王を擁するであろう王国へ宣戦布告を行ったそうだ。そしてその準備を行っている最中に急報が届く。


 魔王が移動を開始した、という報せである。

 即座に闇帝の部隊と補佐に光帝を付けて派遣、侵攻目標と思われるベイルの街に急行させ避難拠点としての結界作成と市街地の探索と警戒を並行して行わせた。


 ――その結果は闇帝隊の全滅と光帝の敗北。

 闇帝隊に至っては全員が消息不明となってしまう。

 光帝は帝王による救出が間に合ったが、その際帝王の切り札である『時間停止』が効かない存在と遭遇した事で帝国側の警戒レベルは最大限まで跳ね上がったという。


『時間停止』の効かない相手が魔王本人なら最悪。

 魔王の配下に過ぎない存在だったならばそれはもはや絶望的だ。

 指定されたクルーガー領に跳んだ帝王達は魔王の痕跡を探るべく調査。結局何も見つからず宿屋で休んでいる時に魔王本人が訪ねて来るという謎の展開で今に至るらしい。お疲れ様である。


 魔力を全て私に奪われ昏倒中の闇帝は、ベイルの街の兵士詰め所に預けられている旨伝えておいた。

 そして移動方法が馬車なので速度がそこまで速くないと伝えると首を傾げられてしまった。その考えは無かったらしい。

 ……帝国の情報収集能力は一体どうなっているのか。


 ――ここで帝王の治癒が完了した。全身の深刻なダメージによる昏睡なので目覚めるまで時間が掛かるかも知れないが、後遺症無く復帰できるであろう。


「本当にありがとう。帝王様の代わりは居ない――いいえ、私個人としても心から礼を言うわ」


 そう言って光帝は帝王を抱き上げようとするも、重かったのか持ち上がらなかった。女性の腕では厳しいか。


「私がテスカの街まで運ぼう。運搬は任せておけ」


 帝王の周囲の空気を支配し体を浮かび上げる。

 これは勘だが、テスカの領主の館に行けばあの家令が丁重にもてなしてくれそうな気がする。


 彼が「まずは話し合いを」と言っていたのは双方の誤解を察していたからに違いない。

 察していたなら教えて欲しかったが今更言っても遅きに失しているか……。


 私は早速、覚えたての転移門を作成し2人を連れてテスカの街へと帰還することにした。




 ◇ ◇ ◇




 ――テスカの街へと到着。

 と、言っても転移の扉――開閉しない固定式なので転移門と呼称する――を使用したので数歩歩いただけではあるのだが。


 見回すと、思っていた位置とは数軒分離れた路上のようだ。……予想より難しい技術である。練習の必要性を感じる。


「凄い……帝王様しか使えないはずの魔法を」


「先程使うところを見、私も実際に通ったからな」


 ならば私が使えるようになっていても不思議では無いと言える。言外にそう述べる私に光帝は絶句している様子だ。今更ながらに戦いを挑んだ相手がどのような存在か理解したのかも知れない。


 ……本当は少し失敗している事は黙っておこう。光帝が使えないならば露見する事はあるまい。今後帝王の前で使用する機会があるかも知れないので、それまでに精緻に扱えるようになっておけば問題なかろう。




「お帰りなさいませ。ポン様」


 領主の屋敷の門の隣にある小さな木戸を潜ると、予想通り宰相のシャナクが待ち構えていた。

 長時間を予想していたのか脇には折り畳み式のティーテーブルと椅子が設置されており、先程まで羽織っていたのであろうショールが椅子に畳まれていた。話だけで終わらないであろう事すら予想済みだったらしい。


 見ると侍女の1人がエントランスへと消えていく所であった。帝王達を迎える準備――いや、準備を整えて待っている者に合図をしに行っていたとしてももはや不思議ではない。

 クルーガー家恐るべし。


「エイラたちの様子に変わりはないだろうか?」


 家令兼宰相は頷く。耳に下げている小さな細い金属板の集まりが微かな音を立てた。


「姫様方は夕食を食べ過ぎたとの事で、そのままお休みになられております。他の方々も多少の差異はございますが同じく」


 そうか。友人の実家を満喫しているようで何より。

 若干釈然としない気もするが、今回は元々そういう役回りの予定だったのだから良いのだ。


 私は家令に帝王と光帝を紹介し――あまりに自然に紹介されたので光帝のフードが驚きに一瞬激しく揺れた――家令の方はさも当然の様に部屋の用意が整っていると告げてくる。


 この展開を予想していたということは、つまり私は彼に試されていたのだろう。帝王に対抗し得る程の実力があるのか、ひいては彼の敬愛する領主の娘を任せるに足る存在なのかを。


 出自の低い彼の非凡な才を見抜き、宰相の座に就けたのは他ならぬ領主なのだそうだ。そして軍事以外の全てを彼が掌握し動かしている。

 それは才を持ち振るう機会を熱望しながらも野に埋もれていたシャナクという男にとって至上の喜びであったのだ。


 話を聞くに、私には軍事が大好きで内政を面倒に感じた領主が優秀な者に全部丸投げしたようにしか聞こえなかったのだが、本人はそれを分かった上で人生を楽しんでいる様子だったので需要と供給が上手く噛み合っているのだろう。


「お待たせ致しました。お部屋へご案内いたします」


 先程の侍女が戻り案内を始める。

 私は待ってくれていた家令に礼を言うと帝王の運搬を再開した。




 ◇ ◇ ◇




「この度は勘違いとはいえとんだご迷惑をお掛けして申し訳ない」


 翌朝、男子部屋まで帝王がやってきて深々と頭を下げる。この時ばかりは息を溜めるような口調は休暇中らしい。私も見習いたいものだ。


 ちょうど私は書物を借りて読んでいたところなのだが、読みながら話す内容ではないのでさすがに視線を書物から外した。剣士の抱く恋心の行方はひとまず置いておくとしよう。


「互いに誤解していたのだからお互い様だな。私の方は実質的な被害など無いに等しい。ならば気にするだけ損というものだ……。それよりも宣戦布告を行っていたのならば、そちらの後始末の方が大変なのではないか?」


 帝王との激闘により総魔力量へのダメージは当然ある。しかし、奪い取ったり吸収したりとプラス面もあったので総計すると実は大して減っていない。


 むしろこの旅の発生を機に町への進入許可を正式に得ていることを加味すると、下手をすれば利があったとすら言えよう。


 よって私への被害は実質どうでもいいとして、国家間ではそうも行くまい。防衛準備にも費用が掛かることは想像に難くないのだ。


 それを聞いた帝王は慌てたように頭を起こした。少しフードがふわりと浮いたが不思議と顔は見えないままだ。ふむ、残念。


「た、確かに――マズい。マズいな……。リステリアの女王が謝罪程度で許してくれるだろうか――いや、ない。な、何か喜びそうなものがあったか⁉︎」


 冷や汗を出していそうな焦りの口調で、帝王はおもむろに右手を自身の横の空間へと突っ込んだ。


 ――んん? 初めて見る挙動だ。


 何かを探るような肩の動きからして、あの空間には複数の道具が入っているものと見える。空間に対する干渉が鮮やかすぎて簡単そうに見えるが、闇帝が禁呪を用いてやっと成功した事象を無挙動で再現するとは。


 そして次元の壁の向こうはたいがい気圧が違うのだが、空気の流入も流出も感じられないということはあの空間の先は更に区切られた空間になっているということだ。

 人の身でどこまで規格外なのであろうか。


 住民票など失くしたら困るもの置き場にちょうど良さそうなので後で試してみようと感心して見ている私を他所に、帝王は何やら丁度いいものを発見したらしく落ち着きを取り戻していった。


「――よし。いける。では急ぎの用事が出来たのでこれで失礼する。――次は味方として会おう」


 そう言って帝王は颯爽と歩いて行った。昏倒した翌朝の割にはしっかりとした足取りである。光帝を忘れて転移で跳ばないのは流石だが、もしかすると宿屋のチェックアウトを忘れているかも知れない。念のためシャナクに確認しておこうか。


 私は借りた書物へと視線を戻した。

 この生活様式は嫌いではないが椅子が欲しいところである。





――――――――――――――――

第一話『異世界転移と最強と』 完


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