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「あれは何をしているんだ――?」
「ただの洞窟では無さそうですね。出入りしている人達を見る限りは山賊の類いでも無さそうです。勘ですけど……」
ヒルダと軽装の少女が小声で会話している。
ここは件のマアルト山系である。ギルドに報告するとそのままヒルダ共々調査するよう依頼されたのだ。
報酬はヒルダがランク2への昇格。私はランク3への昇格。別途で金銭も当然ある。
なぜこの人選なのか尋ねた回答は、戦力的に問題なさそうであること、飛行が可能で迅速な調査が可能であること、あとヒルダさんはいい加減ランク上がってくれないと困ります、という事だった。
胸を押さえ痛恨の表情をするヒルダを見てしまい、それ以上の言及を避けることにしたわけだ。
軽装の少女はギルド『木漏れ陽の森』に所属する冒険者で、職業盗賊を生業にしている者である。
罠の解析や隠密、偵察を得意とし、盗賊と呼ぶよりは財宝ハンターと呼ぶのが意味合い的に正しいのだが、この世界の言語はどうしても直訳されてしまうため盗賊としておく。
その少女は名をコルトという。
3年間の職業訓練を修了したばかりの15歳だそうだ。
私たちのどこが不安だったのか敢えて聞かなかったが『この子と同行して下さい』との事である。
――と、いう経緯でギルドに帰還してすぐ調査任務に赴く事になった。持ち帰った肉はギルドにて解体中、頭部に関してはヒルダも要らないとの事だったのでギルドに格安で売却した。
ヒルダは『そんな値段で!?』と驚いていたが彼女が持っている情報は市場価格なのだろう。
市場への売却や運搬をギルドに委託するのだから、ギルドへの売価は市場価格より当然安くなる。
その辺りの常識が無い所を見るに彼女は良い育ちをしているようだ。
まずは上空から山々を偵察、コルトが洞窟と人影を発見したため死角まで回り込んで着地。少女の先導で洞窟の近くまで接近した所である。
ここまで迷わず到着した事に加え、接近ルートも歩きやすい道であり、この偵察ポイントも相手から見付かりにくい位置だ。全て上空に居た時点で目を付けていたのだろう。
ギルドが推薦できる程度には優秀なようだ。
さて、これからどうするか。
連中の目的を知ることが今回の仕事なわけだが、普通に行って尋ねても教えてもらえそうに無い。
彼らの纏う剣呑な雰囲気は『洞窟探検に来た調査団』と言うには少々重々し過ぎるようだ。
◇ ◇ ◇
――夜になった。
『とりあえず様子を見ましょう』と言ったコルトに従い、洞窟の入り口を目視できる小高い崖の上から観察を続けている。
ヒルダは激しい戦闘の後だったためか早々に寝落ちしてしまったが、私と少女は辛抱強く見続けていた。
ここまでに有った動きは荷馬車による謎の物資の搬入が2回である。木箱だけでなく樽などもあり、ベヒーモスの巣穴に持ち込んで根城とするには多すぎる量だ。
危険薬物の貯蔵にしては量も種類も多いだろう。
危険な集団の根城にしても、会合にしてもやはり量が多すぎる。あれを1日2回搬入し続ければ生活スペースなど数日で埋まってしまうに違いない。
「コルト。どう考える?」
「――私の予想が正しければ、あの洞窟にはほとんど人が居ません。あの左右に立っている見張りの交代要員が居る程度でしょう。勘ですが……」
同感だ。私は頷く。
あの洞窟は間違いなく貯蔵施設として利用されている。
あとは何が貯蔵されているかだが、その険しい表情を見る限りこの子にはある程度の予想が付いている様子だ。
「夜間はこれ以上搬入が無いとは思うが、どうする? 予想を報告するか、それとも見張りを片付けて中身を確認するか。どちらでも可能だ」
コルトは難しい表情をする。
こちらが決定的な情報を得れば、相手方もそれに気付くことになるのだ。
相手に気付かれるリスクと情報を得るメリットを天秤に掛け、検討しているのだろう。
「――やはり確認しましょう。私の予想が正しかった場合、あまり時間的な猶予はありません。むしろ向こうに気付かれた方が時間を稼げる類いのものかも知れないです。勘ですが……」
私は静かに頷き、手を伸ばしてヒルダを揺り起こす。
一身上の都合により野宿には慣れているのだろう。板金鎧のまま器用に熟睡していたが、起こされるとすぐに小さく体を解し始めた。
「作戦が決まったのか? 私の役割を教えてくれ」
状況を確認したり作戦を考える気は無いらしい。
私は溜め息を吐きつつ提案した。
「まずは私が真上から近付く。見張りを無力化するまで2人は近くで待機。無力化したら暗視が出来る私とコルトで内部を探索、ヒルダは入り口で見張りだ。もし奴らの増援が来るようなら中に向けて叫んだ後離脱してくれ。増援の相手をする必要は無い」
2人は黙って頷いた。特に異論は無いようだ。
◇ ◇ ◇
「――ぐッ!?」
見張りの片方の口を左手で押さえ、首筋に当てた右手から弱めの電撃を流し込む。大概の人間は気絶、免れても麻痺だ。
もう片方に向けては幻影の壁を立てている。一応怪しまれないよう幻影に小さく伸びをさせた。
縛って転がした後、同じ作業をもう片方の見張りにも行って排除が完了する。近くの陰に隠れている2人に対し合図を送った。
ちなみに問答無用で抹殺してしまうと、万が一彼らが一般人だった際非常に困るので無力化するに留めるのだ。
「お見事です」
「妙に手慣れてはいないか? 気のせいか?」
評価が分かれてしまったが気にする程ではない。
目を細めて訝しげな表情の女戦士は入り口近くの暗がりへと身を潜めた。
入り口の真ん中に堂々と立たない辺り、そういう常識はあるらしい。相変わらずアンバランスな人物である。
私はコルトの手を引き、魔力視覚へと切り替えた。
空中に漂う希薄な魔力が洞窟の輪郭を浮かび上がらせる。
魔力親和力の違いを視覚的に読み取ることにより、これで物質の判別や文字の解読も可能である。
ちなみにこれを人間に説明しても大概この感覚を理解してもらえない。
洞窟は少々深いようだ。個人的には『入ってすぐ大広間』くらいの深度で構わなかったのだが、世の中そう上手く行かないものだ……。
手を繋いだまま少し浮く。隠密行動は苦手ではないが、足音を出さない一番良い方法は歩かない事である。
無音のまま水平移動で探索を開始した。
この洞窟は浅くないが幸い別に入り組んでもいないらしい。特に障害も罠も無く最深部へと到達した。
まずは交代要員が居ないか探す。
――居た。
大部屋になっている隅の方で2名が熟睡している。
どうやら2交代制のようだ。あまり恵まれた職場環境ではない。
私はコルトに少し待つよう囁き、単独で近付く。
2名同時に電撃を流して麻痺させ、毛布ごと簀巻きにした。
「これで全員だ。私の感知に引っ掛かる者は居ない」
光球を作成して天井へ撃ち出し明かりにする。
コルトは腕で目を隠し、明順応に必死な様子だ。
夜目が利く分眩しいのだろう。
「では調査を開始しましょう。眩しいですが……」
さすがに悪い気がしたので少し光量を落とした。
出す前に予告すべきだったかも知れない。
次は気を付けよう。
◇ ◇ ◇
「これは……勘が当たってしまったようです」
こじ開けた木箱には大量の槍と盾が入っていた。
別の木箱には食料、樽には飲料、食料以外の木箱をやっと発見したと思ったら武具である。
コルトは盾に描かれた紋章を眺め険しい表情をしていた。
……今毛布で簀巻きにされている男たちの衣服にも同じ紋章があったことは、もしかすると黙っておいた方が良いかも知れない。
一体何の紋章なのか、残念ながら見分けはつかない。
知識を検索するもカインズ氏はあまり紋章に興味が無かったらしくその情報は無かった。
「これは隣国の紋章です。国境線であるこの山に武具と食料を備蓄し始めた理由は想像に難くありません……」
つまり攻め込む準備――戦争の予兆か。
なるほど、確かに放置する時間的余裕はあまり無い。
またこれが露見したと相手が知るところとなれば、それ自体が抑止力となる可能性がある。
「ポンさん。急いでギルドに報告しましょう。ギルドが国に肩入れする事はありませんが、市民への危険を未然に防ぐという観点から報告の義務自体は存在します」
ギルドの冒険者目線ではそういう立ち位置なのか。
私の本業である使い魔目線ではどうなるのだろう。
私は少し思いを巡らす。
――最優先すべきはエイラ。
そしてその平穏な学園生活である。
偉大な魔法使いになることを夢見る少女にとって、学びの期間は非常に貴重なものである。
そういえばあの学園は国立であったな……。
学友たちも国の関係者が多い。
友達が没落する様を見ればさぞ悲しむであろう。
うむ、これは見過ごすわけにはいかない。
少なくともエイラが卒業するまで、あと5年は平和で居て貰わねば困る。そして図書館が戦火に晒されるのも困る。
――走ってくる足音がした。
鉄靴が岩肌に跳ねる音である。数は1つ。
ヒルダだろうか?
私は思索を止め出口を眺めた。コルトは証拠の盾を抱えたまま物陰へと消える。
ヒルダの声は今までしなかった。
つまりそれは悪い報せである。
足音の主がヒルダでないのなら、ヒルダは声を出す間も無く殺されたということ。
足音がヒルダならば既に警告を発する意味が無いほど囲まれているということになる。その状態で大声を出せば矢で狙って下さいと言うようなものだからだ。
恐らく後者だろうと当たりを付ける。
やがて軽快な足取りで予想通りヒルダが現れた。
◇ ◇ ◇
「おーい! 囲まれたぞー!」
なぜか少し楽しそうだ。
しかし受ける印象は戦闘狂という雰囲気ではない。
どちらかと言えば得意分野の話をする時の子供のような無邪気さを感じた。
「――ヒルダ。よく迷わなかったな」
私の素直な感想に、彼女は一本道で迷子になるほど馬鹿ではないと憤慨する。
ギルドで食器を返却しようとして売店の中で返却口が分からず困惑していた者が良く言うものだ。ランプやロープが販売されているエリアに食器返却口があるわけなかろうに。
「それで、人数は分かるか?」
「うむ。左右同時にゾロゾロと現れたのでな。分からん。見た分だけで良いなら30と回答するが後続が全て現れる前に移動を開始したから参考にならん」
なるほど。それは分からん。
だがそこまで完全に包囲されたならば敵の人数の把握は実際問題あまり意味が無い。
少人数に包囲された事を希望していたが残念だ。合流を優先したヒルダの判断は正しい。
脱出可能なプランとしては火力の集中による一点突破しか無いからだ。
3名しか居ない状況で持久戦や消耗戦を視野に入れる者など居るまい。ならば相手取る人数は洞窟の出口から山に入るまでに居る一定数のみとなる。
――実は私がここに居る以上持久戦も消耗戦も可能なのだが、わざわざやる意味は特に無い。一点突破で良いだろう。
そして洞窟内へ早々に攻め入って来ない所を見るに、敵の戦力は分散をためらう程度には少ないと見える。ならば先方の体勢が整わない内に脱出してしまうに限る。
予想が外れた場合は少々厄介だが、蹴散らす人数が若干増える程度の誤差しか無いとも言える。結局やる事は変わらないのだ。
私は2人を呼び突破陣形の割り振りを行う。
「では脱出しよう。私が最後尾から牽制と防御を担当する。ヒルダは先頭にて突破。洞窟の入口から山の中へ一直線に進んでくれ。コルトはヒルダの後を付いて行け。特に何もしなくて構わない。矢は私が防ぐ、意識から外して大丈夫だ」
2人は頷いた。特に異論は無いらしい。
さすがに一直線に進むだけならヒルダでも大丈夫だろう。
あとは先方の封鎖を突破できるかどうかである。
強烈な魔術で吹っ飛ばしても別に困らないのだが、敵兵とはいえ家に帰れば家族も居るのだ。人死には少なくするに越したことはない。
では特にここに留まる理由も無い。
早速行動を開始するとしよう。
◇ ◇ ◇
――洞窟の入口に戻ってきた。
「うむ。柵が置かれているな。どうする?」
ヒルダが流し目を寄越す。その声には不安げな色が混じっておらず、単に手段を訊ねている事が分かる。
尤も、魔力視覚で見ねばならないほどの暗闇では表情の僅かな違いを読み取る事は難しい。
「愚問だな。排除に決まっているであろう」
私は左腕を伸ばし魔力を放出する。
洞窟を封鎖していた柵へと到達したのを見計らい、指示を伝播させた。
重低音を響かせ全ての柵が爆散する。
人には使用を控えるが柵にまで遠慮する理由はない。
ヒルダはそれを見て片手剣を抜いた。
「上出来だ。では行こうか」
そのまま後続を引き離さぬよう小走りで洞窟の外へと走り出す。コルトが少し身を縮めながら続いた。私もそれを追い掛ける。
私は両手にそれぞれ未変換の魔力球を作成しつつ洞窟外の布陣を確認した。
敵の人数は50名程の様だ。非戦闘員が3割4割と仮定すると実質30名ほどの戦力である。先遣隊か別働隊か分からないが、本隊でない事だけは確かな様だ。
なぜ私達の調査が彼等の知る事となったのか。考えても分からないが意外と『たまたまこのタイミングに到着しただけ』だったりするのかも知れない。魔法的な罠では無いように思える。
◇ ◇ ◇
包囲している者達はあまり場慣れしている様子ではなかった。
弓兵は両側に配置され、正面には軽装の歩兵しか置かれていない。柵を置いた事で安心していたのだろうか。
私は両手の魔力球を光属性に変換し、暗闇であるこちらに矢を向けていた弓兵達へ向けて強烈な閃光を放った。
かなり指向性を持たせたため正面の歩兵達への影響はあまり無かったようだが、弓兵達は全員がこちらを凝視していたのだろう。約半数が弓矢を取り落す程の混乱を来たす。
「くあっ……目がッ……!」
「雷属性ではないのか!?」
「魔法使いが複数居るぞ!」
「生きて帰すな! 止めろ!」
続けて殺傷力を抑えた小粒の火球を、先行する2人に当たらぬよう連続で発射しながら追い掛けた。
歩兵達に着弾した火球は火花を派手に散らしながら甲高い音を立てて混乱に拍車をかける。
そこにヒルダが飛び込み歩兵の槍を斬り飛ばしながら方形盾で殴り、道を切り開いて行く。
彼女の言ではないが手慣れた様子だ。
左右の弓兵達は大半が目をやられていて使い物にならないが、たまたま瞬きをしていた者も居たのだろう。
数名がこちらに矢を向けるものの、左右に展開していた事が仇となり互いに当たる事を恐れ矢を放てずにいる。
狙い通り順調である。大した苦労も無く突破できそうだ。
――そう思った瞬間であった。
左方向、弓兵達の向こう側から致死量の魔力が膨れ上がりヒルダ目掛けて放たれるのが感知された。
見ると直径が人1人分ほどの火球が放物線を描いて迫り来る。あれを盾でいなすのは流石に無理だろう。
私は咄嗟に左前方の上空を掴み少し引く。
次元の壁に干渉して位相差を生み出し壁としたのだ。
――火球は位相の壁を突破できず安定を崩し空中で爆発した。
盾を向けていたヒルダは驚きの表情で私を見たが、問いを発している場合ではないと思い出したのであろう。再び突破の作業に戻り、ついに木々の生い茂る山の中へと血路を開き飛び込んで行った。コルトもそれに続く。
「――待て! 貴様ら何者だ! 」
私はその声に足を止めて向き直る。
ここは山と洞窟前広場の境界線。
今の声は指揮官だろうか、ならばもう少し余分に情報を得ておくのも悪くない。
最後尾の仕事として時間稼ぎも必要だろう。
「それはこちらの台詞だ」
向き直ると歩兵達は剣を抜き間合いを詰めて来た。
気持ちは分かるがそれでは矢が使えないだろうに……。
私は頭を振った。
◇ ◇ ◇
私は両手に魔力を収束させると風属性に変換し、それぞれの斜め前方へ向けて放つ。
殺到しかけていた歩兵達とその後ろに居た弓兵達をまとめて暴風で薙ぎ倒した。高い位置に居た指揮官は風に煽られ地面へと転がり落ちたようだ。
焚かれていた篝火が倒れ明度が下がる。
一瞬で訪れた静寂の中、私の声はかなり響いた。
「――お前達が隣国の者だということは分かっている。武具と食料を備蓄していた事もな」
指揮官らしき人物へと体を向け続ける。
「誰の命令だ? 目的は何だ? そしてお前の身分を明かせ」
指揮官は纏う防具が邪魔をして起き上がるのに苦労していたが、従卒の手を借り立ち上がるとこちらを憎々しげに睨みつけた。
「言うわけがないだろう! 何言ってやがる!」
私は腕を組み口の端を上げる。
薙ぎ倒された者達は地面に座ったまま呆けたように口を開けて私を眺めていた。
奇異な行動に映っているらしい。
「――同感だな。よって私の正体を明かすつもりも無い。リステリアに対し領土的な野心を持つならば、それを阻止する理由のある者とだけ教えておこう」
つまり懐柔は効果が無いぞ、と言っているのだ。
指揮官は唸りながら歯噛みをした。
「(……イサーク様、御指示を)」
「名前を呼ぶな馬鹿者ぉ!」
従卒に囁かれ殴り飛ばすイサーク。
その声量なら普通は聞こえないのでその対応は些か理不尽だと思われる。結果論的には対峙しているのが私だった以上、迂闊だったと言わざるを得ない。
なるほどなるほど。
名前が分かれば後は詳しい人に聞けば良かろう。
私は追加の情報収集に満足し山の中へと離脱を開始する。
時間稼ぎとしても良い仕事が出来た。
木々の間を駆け抜けつつヒルダたちの現在地を探る。
――最初に着地した位置に向かっているようだ。
迷わず向かえているという事はコルトも一緒であろう。
さあ、帰還すればランク3である。
後は深夜の帰還をエイラに咎められないかだけが心配の種である。隣国の野望を阻止し、戦乱の芽を摘み取ったと言って信じてもらえるだろうか……。
何故か嫌な予感が離れず纏わり付くのだった。




