7
――ギルド『木漏れ陽の森』の前にやってきた。
名前の通り学園から続く森の端に位置し、図書館前広場と街の入口とで一つの大きな空間を形成している。
ギルドの建物は木造の2階建てで、ここから見える前面はオープンテラスになっているのだが特にテーブルやベンチなどは設置されておらず用途不明である。
私はそのテラスに上がるために設置されている短い階段を上りギルド内へと侵入した。
入口は珍しく内開きの大きな扉で、三角形の備品が解放した状態を保っていた。
確かに外開きだとオープンテラスが使用できなくなるはずだ。一応使うつもりはあるらしい。
エントランスはそのまま大きな空間として施設と一体化しており、受付カウンターと掲示板、食事を提供するカウンターと必需品を買える店舗、そして食事や休憩をするための多数のテーブルや椅子が設置されている。
中に居た冒険者の人数は、昼下がりという事もあり数名程度だった。その者たちも日が暮れるまでにもう一仕事するのであろう。何やら準備に追われており、見慣れない者であるはずの私に対し一瞥は向けるものの話し掛けてくる者は居なかった。
私は受付カウンターへ向かう。
歩み寄る私に気付いた受付の女性は、何かに気付いたかの様に何やら書類を確認した。カトー氏が事前に連絡をしておくと言っていたので恐らくはそれであろう。
「ギルド『木漏れ陽の森』へようこそ!」
良い笑顔である。
顔に比べ少し大きめだと感じる眼鏡が柔和な印象を与えてくれる。
この世界には窓にガラスを嵌めている箇所が無く木の扉だけだと思っていたのだが、眼鏡を見るに別にガラスを加工する技術が無いわけではないらしい。
窓にガラスを使用する発想が未だ無いのか、単に価格の問題なのか。
価格の問題ならばこの眼鏡は非常に高価であろう、受付の仕事は高給なのかも知れない。
「あの……? どうされました?」
ああ、いけない。つい考え込んでしまった。
私の悪い癖である。私は気を取り直し自己紹介をする。
「私の名前はポンという。魔法学園のカトー学園長から紹介状が届いているはずなのだが」
受付の女性は安心したように頷き1枚の書類をカウンターに置いた。
「はい、伺っております。お手数ですがこちらのギルドカード申請用紙に必要事項をご記入下さい」
そう言って右手で、ある位置を指した。
ペンとペン立てが用意されている台が見える。
ふむ、なるほど。
◇ ◇ ◇
私は礼を言って用紙を受け取り、記入台へと向かう。
複数名が同時に記入することができる仕様にはなっているが4名が限界のようだ。確かにそう頻繁に使う場所ではない。
受付から敢えて遠い位置の台に陣取ると、狙い通りあまり使われていない書きやすそうなペンだった。
私はそれを手に取り記入を開始する。
名前はポンで良かろう。フルネームという意味では今まで命名された様々な名前全てがミドルネームとして該当するのであろうが、残念ながらファミリーネームが存在しないため不思議な響きになってしまう。
性別も男性で良かろう。女性の姿にもなれるが必要が無い限り姿を変えるつもりは無い上に、周囲に気を遣うのが苦手な私は女性の姿をとるのもまた苦手である。
種族は吸魔だ。書いても理解されないだろうが仕方ない。
年齢は……はて。年齢を数える習慣が無いため自信が無いのだが、今までの各地の滞在年数を足して行くと131になったので記入する。
住所はリステリア国立魔法学園である。
ここに図書館の住所を書いたら住めたりはしないかという考えが頭を過ぎったが、住所が分からないので断念する。
賞罰は無くもないが元の世界のどこの国を救っただのを書いても嘘にしか思われないだろう。特に無しということにしておく。
魔力量は不明だ。寿命換算で現在3274年分の貯蓄があるのだが、それを書いても伝わらないだろう。この世界がどの位の量の魔力を1として規定しているのか不明な以上書きようがない。仕方ないので未計測と記入。
主な使用属性は雷と氷である。殺さない程度の痛撃を与える事ができるため重宝するのだ。
主な使用武具は片手剣と書いておこう。愛用の剣は元の世界の自宅に置いて来てしまった。図書館へ向かうのに武装するという発想が無かったので仕方ない。
……よく考えると丸腰なので腰の後ろに片手剣を魔力物質化を応用して1振り作成しておいた。上衣の内側なら怪しまれることも無かろう。
さて、こんな所だろうか。
我ながら雑な内容だが何とかなるであろう。
私は懐から住民票を取り出し申請用紙に添えると受付カウンターへと提出した。
受付の女性は笑顔で受け取ると手早く目を通す。
「あっ。住所はリステリア国立魔法学園ではなく番地を記入して頂けますか? 住民票に書いてある内容と一致するようにお願いします」
――私は用紙を受け取り記入台へと引き返した。
◇ ◇ ◇
「これで手続き完了になります。住民票はお返ししますね。作成したこのギルドカードも身分証として使えますが、住民票も無くさないようにする事をお奨めします」
確かに、どちらかを無くした際に再発行が必要になるだろう。
その際もう片方が無ければ困る羽目になるわけだ。
「ギルドカードの再発行には身分証と再発行手数料が掛かります。登録は無料ですが、これは依頼達成時に差し引かれる仲介料に含まれていると考えて下さい。再発行まで無料にしてしまうと身分証を量産される危険性がありますので有料にしています。予めご了承下さい」
受付の女性はそう言って黙礼する。
「――ではランク1からの開始となりますので、あちらの下級掲示板から依頼を選ぶようお願いします」
彼女は左手の平を上に向け、掲示板のある方を指した。
そうは言うものの3種の掲示板がほぼ同じ場所にあるためどれが下級のものかまでは分からない。
まぁ、行けば分かるであろう。
「ちなみに下級から中級への昇格には試験がありません。依頼を達成した数に応じて上がって行きます。中級からはランクを1つ上げる為の試験がありますので頑張って下さいね」
そう言って最後に笑顔を見せる。
私はギルドカードを受け取り礼を言うと、カードを懐に納めつつ掲示板へと向かった。
さて、この時間から開始できるような依頼はあるだろうか。日が暮れるまであと数時間しか無い。
日が暮れたとしても光に依らない視界の確保が可能なのでそこは特に問題無いのだが、ギルドの営業時間が終わってしまう可能性がある。
私は掲示板の前に到着すると早速掲示してある依頼を眺めた。
うむ、やはり見慣れない文字は読みづらい。
一番手前にあった下級掲示板自体も上中下と分かれている。それぞれランクの1から3に対応しているのであろう。ランク1は下段の様だ。
眺める為にしゃがみ込むと腰の片手剣が木の床に激突し大きな音を立てた。音に驚いた職員達がこちらを見たので仕草のみで謝罪する。
片手剣を提げたのがつい先程だったため存在を失念していた。気を付けよう。
改めて掲示板を見る。
出来れば日付指定の無いようなものを選びたい。
報告を明日に回せるならば先程の懸念を考慮せずに済むのである。
それにしてもこれほど真面目に依頼と向き合ったのは初めてである。個人的に依頼された事はあっても公共のものを探した事は無い。
私は少し高揚感を覚えていた。
◇ ◇ ◇
『リステリア瓜の納品』
『臨時土木作業員の募集』
『臨時高所作業員の募集』
期間に指定が特に無いものはこれらの依頼のようだ。
特に後者2つに関しては毎日随時募集しているらしい。
土木作業員は夜間の募集、高所作業員は作業量が少ない代わりに危険、というのも都合が良い。
浮遊できる私にとって高所は危険ではないし、作業量が少ないのならば日暮れまでに終えて土木作業に行けば良い。
瓜は早朝にでも探しに行けば良かろう。
大まかなタイムスケジュールを決め依頼書を掲示板から剥がそうと思ったが思い留まる。
しまった。私は街へ入れない。
と、なると街の外での依頼に限定されてしまう。
誠実に依頼をこなしランクを上げて行けばその内侵入許可も出るであろうが、現状すぐにというのは恐らく厳しい。
「むぅ……リステリア瓜か……」
ランク1の依頼は初心者向けのためかほぼ街中での依頼である。街の外での依頼となると食材の採取が関の山だ。
だがこの際贅沢は言って居られまい。
数をこなさなければランクは上がらないのだ。
他に同様の依頼が無いか見回してみたが今は瓜しか無い様だ。もしかしたら朝一番なら色々とあるのかも知れない。
……そうなって来ると瓜が不人気だった理由も気になるが仕方あるまい。私は件の依頼書を剥ぎ受付へと向かった。
「――ありがとうございます。リステリア瓜の依頼を受けて下さるんですね?」
先程の女性に依頼書を渡すと嬉しそうに微笑んだ。
「ああ、いえ。このリステリア瓜はこの近辺の森に自生する瓜なのですが、樹に巻き付いているため木登りが必要な依頼なんです。なのでそうでない依頼ばかりが優先されてしまって売れ残っていたんですよ。助かります」
感謝された意味が分からず訊ねた私に受付の女性はそう回答した。
良く見ると名札が左胸に付いている。ツェシカという名前らしい。――耳慣れない響きである。
「なるほど。それならば問題無い」
判を捺された依頼書を懐に納め、私は踵を返した。
正直食材の確保にあまり興味は無いがギルドの役に立つというのならば後々評価に響くかも知れない。
私は外に向かいながらリステリア瓜の情報を検索する。
カインズ氏はあまり瓜が好きではないようだが果物の様な姿をしている緑色の瓜である事だけは分かった。
ちなみに樹に巻き付いているのは瓜ではなくツタの部分の様である。固まりかけたイメージを修正しておいた。
◇ ◇ ◇
――なるほど。
ランク1の依頼だけあって確かに難易度として大した事が無い様だ。
私は背負った籠の中に瓜を放り込む。
片手で収穫するとヘタ部分の切り口が雑になってしまうため、必要だと判断して先程籠を作成したのだ。
浮遊可能なので木登りはしていないが、意外と高い位置まで行かないと無事な瓜が残っていない。冒険者だけでなく森の動物たちの食料にもなっているらしい。
繁殖力はそれなりに高いようで見回すと散見される程度には生っている。取り尽くす心配だけは無さそうだ。
発見は容易だが収穫は大変という類いのものだったか。
森の中に入って数分で発見できた為気が抜けてしまった。
私は空中を水平移動し、足場の無い場所に生っているものを選んで収穫していく。鳥が食べづらい場所のものならば突かれている可能性が低いのである。
さて、私が良く読む話などではこういう作業をしていると女性の悲鳴が聞こえ、駆け付けると迷い込んだ上級の魔物に襲われている――などというのが胸の熱くなる展開なのだが、現実は特にそのような事も無く籠が満杯になった。
森の中を独り歩きする女性など確かに現実味が無い。
そしてそのような不幸を望むのは良くない事である。
私は不粋な考えを頭から振り払うと地上へと降りた。
……ふむ。
想定はしていたがまだまだ明るい時間帯である。
まぁ、良かろう。納品して図書館にでも行こう。
明日の朝一番に掲示板を見て、瓜以外に何があるかを確認してから明日以降の作業計画を立てるべきだ。
決して図書館を優先しているわけでは無い。
樹に遮られ薄暗い森の中はあまり下草が生えていない。日光が少ないため森の中はこれが普通だ。
そのため目立っているのだが薄手の板金鎧を纏った人物が俯せに倒れている。
こんなギルドに程近い場所で倒れているというのは尋常ではない。近寄ってみても目立った外傷は見当たらないが、鎧に隠されているのだろうか。
――病気の可能性もあるだろう。
私は籠を下ろすと膝を付いて背中に手を当てる。
そして魔力を浸透させ状態を調べていく。
俯せで分かりづらいが女性のようだ。
外傷は無し。
体温は正常よりやや低め。
内臓機能が低下している。
脱水症状を起こしているようだ。
「うっ……誰か居るのか……み、水を……」
結論としては遭難している様である。
彼女は尋常ではない方向音痴のようだ。
やれやれ、図書館はお預けか。
私は溜息を吐いた。
◇ ◇ ◇
「ヒルダさんまたですか!?」
ツェシカ嬢が板金鎧の女性を諌める。
私は水を持ち合わせていなかったため、ヒルダという名前らしい彼女を抱えギルドへ戻って来たというわけだ。
水属性の魔術で水を作成する事は可能だったが、容器を作成しその容器に合う量の水を作成するのに丁度良い量の魔力を――という手順が面倒だったので数分我慢してもらったのだ。
ヒルダはテーブルに上半身をほぼ預けながら、肩の所で切り揃えられた金髪を揺らし僅かに頭を振った。
今は用意してもらった野菜スープをちびちびと飲んでいる。脱水症状には真水よりもこういう少量の塩分を含むものの方が良いらしい。
それよりも『またですか』ということは彼女は度々このような騒ぎを起こしているという事になる。
「面目無い。私も学習して今回は道に迷っても大丈夫な様に準備を整えたのだが、よもやそれが尽きてもまだ脱出できないとは想定外だった。冒険者とはかくも命懸けな稼業なのだと改めて思い知った次第だ」
「そんな事で死にかけるのはヒルダさんくらいです」
「なん……だと……」
元気が出て来たようで何よりである。
帰り着きさえすれば自前の金があるらしいヒルダは食事を注文し始めたので、私はそれを確認した後掲示板の横――食事を提供するカウンターに併設されている納品カウンターに瓜を納品し依頼書に判をもらって来た。
籠満杯の瓜は小柄な人と同じくらいの重さがあったのだが、大銅貨2枚と銅貨8枚という報酬になった。大銅貨は銅貨の10倍の価値があるので銅貨28枚分という事になる。
1人前の食事が銅貨5枚から高いもので10枚と書いてある所を見るに、さすがはランク1の依頼といった所か。
……木登りの労力を鑑みると人気が無いというのも頷ける。
私は小さな布袋を作成し報酬を入れると腰へ結わえ付ける。少ないとは言え金を持っているというのはやはり落ち着くものだ。
私は確かに買い物などほとんどしないが、公共の交通機関を利用したり宿に泊まったりと金を全く使わないわけでは無い。
魔力生命体である以上、魔力はすなわち自身の寿命である。節約できる所は節約すべきであるし、私は野宿を好まないのだ。
――さて、今日の所はこの辺りで終了とする。
続きは明日の朝で良かろう。
◇ ◇ ◇
ツェシカ嬢に判の捺された依頼書を提出する。
――彼女は判を確認すると隣の棚から薄い木の板を取り出し何やら記入して戻した。恐らくランクを上げる為の記録媒体なのだろう。
見ていると達成した依頼は1つであるにも関わらず2箇所に記録しているようだ。
「今回は最高評価での達成でしたので2回分として記録させて頂きます。優秀な方が早くランクアップできるようにするための措置ですので頑張って下さいね」
ほう。それは助かる。
だが最高評価の瓜採取でランクアップというのも我ながら納得行かないので明日こそはもう少し冒険者らしい依頼を受けたいものだ……。
私は礼を言うと受付を離れヒルダの元へと向かった。
途中で青い石の付いたネックレスを作成し、ゆっくりと食事をしている彼女の前にそれを置く。
「む? 何だ? 押し売りならお断りだが命の恩人の君なら考えてやらなくもないぞ。値段にもよるが」
ヒルダはそう言って目を細める。
なかなかに警戒心が強いようだ。
食事中でも周囲への注意は忘れていないようでそれなりに腕は立つらしい。
しかし冒険者になったのは最近のようであるし食事の速さも速くない。
何と言うかアンバランスな人物である。
引退するような年齢には見えないがどこかの騎士崩れだろうか。
「押し売りではなく贈り物だ。方向音痴が治る御守りを持ち合わせていたのでな。気休めにしかならんとは思うが受け取ってやってくれ」
私は溜息混じりにネックレスを指した。
もちろん方向音痴が治る効果など無い。
ただ、私が探ればヒルダの居る位置が分かる仕掛けをしてあるだけである。
この先彼女の捜索をする機会が無いとはどうしても思えないため先手を打っておくのだ。
これが壮大な英雄譚などならこの先手が後々巨大な陰謀を暴く手掛かりになったりするのであろうが、現実的には単なる迷子札にしかならないだろう。
「なんと! それは有難い。何しろ正に死活問題でな。例え気休めでも非常に助かる!」
胡乱気に寄せられていた眉を弛ませ、ヒルダは笑顔でネックレスを受け取った。
これで一安心である。定期的に救助してやれば良かろう。
私は気にするなと手を振りギルドから立ち去る。
急がねば日が暮れてしまう。
今なら3冊借りる程度なら間に合うはずなのだ。
◇ ◇ ◇
「なるほど。最近妙に瓜食べる回数多いと思ってたらポンのせいなのね……!」
自室のベッドに寝転がったエイラが口を尖らせる。
私は折りたたみ椅子に腰掛けたまま本から目を離さず回答した。
「その通りだ。しかし些か供給過剰になったようで、専ら野草摘みの仕事ばかりだな」
野草と言っても様々である。冒険者は傷薬の原料ばかり採取しているイメージがあったのだが、それは本の読み過ぎであったらしい。
実際は副菜や付け合わせに使われるような植物であったり香草である場合が多い。
そして納品数量も10本単位などではなく1袋幾らの世界だ。――端的に言えば安い。
「そう言えばお金稼いでるのよね。……はっ! ねぇねぇ、お小遣いちょうだい」
勢いよく起き上がり目を輝かせるエイラ。
むう。気付かれたか。冒険者の仕事を始めて3日経ったので確かに金は無駄に増えている。
あまり甘やかすのは良くないのだが、確かに使わない私が貯め込んでいても経済が停滞するだけで良い事は無い。
採取の仕事を増やすには消費もまた増える必要があるのだ。エイラは商人の娘のはずだが別に高額の小遣いを仕送りされているわけではないようだ。
私は少し考え、財布の中から銀貨を1枚取り出すと魔力を這わせ勉強机へと空中移動させる。
銀貨は大銅貨の10倍の価値がある。
つまり銅貨の100枚分となるわけだ。
1人分の小遣いとしてはやや多いであろうが、友人の分まで考えれば妥当な線である。
「今度の休みにでも皆を誘って町へ行くと良い。その際野草を大量に使った料理を食べてきてもらえると助かる」
「……どんなリクエストよソレ。悪いけど容赦なく甘い物に使わせてもらうわ!」
おお。非協力的な主人を持って私は悲しい。
私の内心の嘆きを知ってか知らずか、エイラは満面の笑みで「ありがと!」と言って来た。
それに私は横目で応え、本へと視線を戻す。
たまに小遣いをやるくらいならば良かろう。
習慣化しないように、渡さない言い訳として使えそうな金の使い道を探しておく必要がある。
――ギルドで寄付でも募っていないか明日にでも尋ねてみるとしよう。
◇ ◇ ◇
「はい、ありますよ。ギルドでは常時寄付を募っております。寄せられた寄付金は次世代の冒険者であると期待されます恵まれない子どもたちの育成に使われております」
ツェシカ嬢に寄付の制度があるかどうか尋ねたのだが、実に効率的だと感じさせる回答であった。
そういう名目で善行を行なっているのか、単に将来的な利益を見据えた行為なのか、はたまたそういう名目で集めた金を着服しているのか。
さすがにそこまでは分からない。
ともあれ必要だったのは寄付の制度があるかどうかという点だけだったので、私は礼を言い大銅貨3枚を募金箱へと投入しておいた。
これで野草を買ってもらえると有難いのだが、十中八九穀物であろうな。過度の期待は禁物だ。
「それではポンさん。本日の依頼を達成すれば依頼達成数が規定の15を超え、いよいよランク2へと昇格しますので頑張って下さいね!」
なんと。規定数は15だったのか。
ならば無理に野草を消費してもらわずとも良くなるわけである。
……いや、そうではなく。もう少し冒険者らしい依頼を受けられるはずだ。
そもそも以降の規定数はいくらなのであろうか。
さすがに数日程度で達成できないとは思うが。
「――ランク3への昇格条件は『ランク2の依頼を30』、またランク4への昇格条件は『ランク3の依頼を45』こなす事になります。以降ランク5以上に上がるためには、そのランクの依頼を無理なくこなせる事が必須条件となりますので、都度ギルドの方から今ある依頼の中で妥当なものを昇格試験として指示する形になります。ランク4に上がってしまえば依頼数は関係無くなりますね」
尋ねた私への回答がこれだ。
うむむ。道のりは遠いようである。
冒険者の活躍を描いた物語などでは、こういった下積みの期間は描写されない。もしくは下手をすれば下積みが無くいきなり高ランクになったりするものなのだが、現実は甘くないらしい。
いざ自分が真面目にランク上げをするとなると、大変さが身にしみて感じられるものだ。
後でランク2の依頼を確認してどのようなものがあるか見ておかねばなるまい。
◇ ◇ ◇
――む? おお、これは……。
『スライムの討伐』
『オオコウモリの討伐』
『イノシシの捕獲』
『シカの捕獲』
ランク2の依頼は、町の外で行う危険の少ない依頼が主立ったもののようだ。
討伐と言うよりは駆除と呼ぶべき代物である。
討伐依頼以外にも肉用食材の依頼があるようだ。
どちらにせよランク1の依頼よりは冒険者らしくなってきた。町に入れない私としてはありがたい。
ともあれランク2に上がらないと話が進まないので、今日は野草の採取依頼を受けておこう。
リステリア瓜はしばらく要らないそうだ。
ツェシカ嬢に依頼書を提出しつつ考える。
そういえば前回ヒルダを救助してから数日経っている。
あれから姿を見かけないが大丈夫だろうか。
また遭難しているならばそろそろ力尽きている頃だ。
「ヒルダさんですか? 採取依頼に出たまま帰って来ていませんね」
訊ねるとやはり行方不明のようだ。
捜索したりはしないのか訊いてみたが、依頼はあくまで自己責任なので救助依頼が出ない限りギルドが個人のために能動的に動く事はほぼ無いそうだ。
例外があるとすれば対象が高い身分である事くらいだろう。
……仕方ない。ついでに拾ってくるとしよう。
私は売店で水袋を購入し外へ行くと、井戸で水を汲み袋に満たす。
前回必要になったものを予め準備しておくのは基本だ。
水袋を腰に提げ、森へと向き直る。
さて、先にヒルダの現在地を探っておこう。
私は作成したアクセサリー、つまり私の分身体がどの位置に居るかを探る。
1つは北の近い位置に。これはエイラだ。
もう1つは東の森の中。
いや、距離が妙に遠いので森を抜けているかも知れない。
――いかんな。これは戦闘中だ。
正確には逃走中だろうか、蛇行して移動している。
ヒルダ程の装備があれば手傷を負わせて少しずつ弱らせるなど戦い方が選べるはずだ。そうせず逃げの一手を選ばなくてはならない程の相手だということか。
ふむ……。
町に到達する可能性を考えると、高ランクの魔獣の討伐はギルドに対する心証が良くなるかも知れない。
町に入れないのは不便なので何とかしたいと思っていたのだ。
先に野草の採取をしようと思っていたが、ヒルダの救助を優先するのがここはより良い選択だろう。
距離は飛行すれば15分ほどの距離だ。
ヒルダの持久力が不安要素だが、そこは頑張ってもらうしかない。
私は周囲の空気を支配し高速飛行を開始した。
◇ ◇ ◇
――ヒルダの姿を発見した。
森を抜けて草原地帯に入った辺り、彼女は牛型の魔獣と対峙していた。
直線的な頭突きばかりのためか上手く盾を使っていなしてはいるようだが、反撃の剣は硬い皮膚に阻まれ歯が立たない様である。
何よりそのサイズが異常だ。体高が人間2人分ほどもあり、そのため突進の勢いが凄まじい。
家1軒くらいなら容易に破砕してしまえるだろう。
その突進をいなしているヒルダも大したものだ。
しかし確実にダメージは蓄積しているだろう。動けなくなるのも時間の問題だ。
私は情報の検索を開始する。
魔獣の名前は『ベヒーモス』地属性の中級魔獣だ。
ランク分け的には中級上位、ランク6に分類される。
力では勝てないのでパーティー戦推奨魔獣。
持久力、耐久力共に高いので頭部を魔法で破壊するのが望ましい。
ギルドに提出する討伐証明部位は前足の蹄である。
しかし角は武具の材料として優秀なため、欲しい冒険者は頭部の破壊を避けられたし。
また皮膚は硬いが肉質は柔らかく、程よい脂が乗っているため高値で取引されている。
中でも体内の中央部分に隠されている希少部位は最も柔らかく、それでいて脂が少なくあっさりとした味で御年配の方でも食べやすい。
……だ、そうだ。後半部分は必要無かった。
総合的に考えると首を落とすのが合理的なようだ。
――私はベヒーモスの真上から降下。
方向転換のタイミングを見計らって首の上に着地し、右手で角を掴み左手を首に当てる。
そのまま次元の壁への干渉を応用して首の座標をズラした。
引いた右手には牛の頭部。
頭からの信号が途絶えた体は崩折れ、牛の目からは数秒で光が消える。上手く行ったようだ。
「君は――ポンか? た、助かったのか……?」
早速胴体を空中に浮かべ、逆さ吊りにして血抜きをしていると、ヒルダがふらつきながら近寄ってくるのが見えた。
何度となく突進をいなしたのであろう盾はあちこち変形しており衝撃の凄まじさを物語っている。
もはや腕が上がらないようで、顔も盾の上部が当たったのか数ヵ所痣になっている。危ない所だったようだ。
「戦っているようだったのでな。手を出してしまった詫びに優先して好きな部位を選ばせてやろう」
ヒルダの方を向き牛の胴体を叩く。
「ああ、ではリブロースを……。――いや、そうではない。ありがとう、助かったよ」
彼女はそう言い切るとその場に倒れてしまった。
◇ ◇ ◇
さて、すぐに帰還すべきか。
それとも野草を収穫する余裕はありそうか。
それはヒルダの状態にもよるだろう。
私はヒルダに近寄り、膝をついて左手を当てる。
そのまま魔力を浸透させて状態を調べた。
――打撲傷多数。内出血多数。
左腕骨折、右腕と手指にヒビ。
左側の肋骨にヒビ。
打撲による内臓機能低下。
脱水症状あり。
重度の脳震盪、軽度の脳内出血。
ふむ。あまり良くないな……。
帰還するどころか今すぐ治療を開始した方が良さそうだ。
私は浸透させた魔力をそのまま操作し、頭部から治療を開始していく。
次は鎧と盾だ。変形し過ぎていて骨折が治せない。
続いて骨折している箇所を接いでいく。
おっと、危ない。中断する。
体内の水分量が足りないようだ。
このまま治療を進めるとショック状態になりかねん。
意識の無い患者に水分を補給させる手段があれば良いのだが、内臓機能が低下している状態で胃に大量の水分を突っ込むのは経験上あまり良ろしくない。
かと言って脱水症状の方も深刻なので、水袋の先を口に差し込み少しだけ水を含ませた。
飲み込むのを確認し、1分置きに同様の操作を行う。
10回行った所で治療を再開。内臓のダメージを癒していく。
最後に打撲による筋肉と関節、皮膚と血管のダメージを修復して完了である。内出血は次元の狭間に吸い込んで排出しておいた。
これで完治だ。少々時間を喰ったがその間に牛の血抜きが終わったようだし良しとする。
私は逆さ吊りにしていた牛を下ろしヒルダの横に並べると、水袋を置いて半球状の障壁を展開する。もし戻って来るまでに目が覚めたら勝手に飲むだろう。
では野草の採取に向かうとしよう。
これでランク2になれるというものだ。
今回狙う野草はミズカラシと呼ばれる野草で、水辺に群生しているのだがその分虫が付いている確率が高い。
薬用ならまだしも食用なので選別には気を使うのだ。
齧るとその名の通りピリリと辛く、肉料理の付け合せとして使われる事が多いそうだ。清涼感だけでなく脂の分解を助ける効果があるとのことだが、正直その感覚は分からない。
――そういえば分からない事がもう1つ。
リブロースとはどの部位の事だろうか……。
ヒルダが起きたら自分で切り取らせるのが賢明か。
私は無理はしないと心に決めた。
◇ ◇ ◇
無事目的の野草の採取に成功した。
後で学園の食堂に肉を差し入れする事を考え1袋余分に取っておいた。肉料理に合うとのことであるし悪い判断ではあるまい。
ヒルダの元に帰ると既に目覚めており、障壁を解除し焚き火をしていた。どうやら障壁を解除する魔法的技術や火属性魔法の心得もあるらしい。
「やあ、先に頂いているぞ。治療や水は君の仕業だろう? 重ね重ね済まない」
見るとベヒーモスの背の一部が大きく切り取られ、小分けされて炙られている。きっとあそこがリブロースなのだろう。これは手間が省けた。
「例によって空腹でな。悪いとは思ったが食事を優先させてもらった次第だ。この借りは必ず」
私は頷き、状態を確認する事にした。
「気にするな。利益ならその肉で充分だ。それより体の調子はどうだ? 酷い脱水を起こしていたようだが……」
ヒルダは肉に食いつきながら体のあちこちを点検し、問題ないと笑顔で回答する。口の周りが脂でベトベトになっており折角の美人が台無しである。毎度死にかける時点で今更ではあるが。
「ところでこのベヒーモスはどこから現れたのだ? 生息地域は確か山岳地帯だったはずだが」
私の問いにヒルダは目を閉じ首を振る。
噛んでいた肉を飲み込み口を開いたが、やはりそれは期待したものではなかった。
「――分からん。東のマアルト山系に出現するという話だが、遠いこの地域になぜ出没したのか……。もしや何者かの陰謀が働いているのかも知れない」
そう言って遠い目をする。
ちなみに『東のマアルト山系』はヒルダの背後の遠方に見える山々の事だ。目視できる程度には近い。
彼女の方向音痴は筋金入りのようだ。
それは彼女の名誉の為に触れずにおくとして、生息地域外にベヒーモスが出没した事自体が問題である。
山を追われるような何かが起きているという事なのだ。
そういう意味では彼女の懸念は決して的外れではない。
ヒルダは満足したのか肉の残りを包むと火を消し立ち上がる。そして東を向き表情を引き締めた。
「一刻も早くギルドに報告し対策を練らなくてはならない……。調査の結果によっては国への報告も必要になるだろう。済まないが道案内を頼む」
私は頷き、まず町が逆方向であることを伝えた。




