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悠久交響曲  作者: 神威 光輝
第一話
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6/10

6

 

 ――想像していたよりも遥かに大きい建造物だった。


 学園の正門を出て、波打つ経路の坂道を下った先。

 山頂に建築された学園の裾野に広がる町の入り口に図書館はあった。


 高価では無さそうだが大きく切り出した石を使い、広い敷地を活かしてそれを組み上げている。そのため重厚感のある建造物となっているのは元より、嵐や攻撃にも強く何より火事の心配が無い。


 よく見ると石の隙間より通風孔が顔を出しているのが見てとれた。なるほど、湿度を管理する手段も講じられているらしい。


「あれが図書館よ。――やっと来られたわね」


 エイラが安堵の表情で笑顔を見せた。

 魔力切れで倒れ丸1日起き上がれなかった影響はもう無さそうである。あれは私の不手際なのだが、生まれて初めて魔法を放てた喜びの方が強かったのか結果的に私が責められる事は無かった。


 魔法の練習をしたいと不平を言う主人を宥める仕事が忙しく昨夜は幸い本を必要としなかったのだが、今夜はエイラの睡眠時間帯が夜間のため本が欲しい。


 そう言った私の為に、主人は病み上がりにも関わらず私を図書館へと連れて来てくれたのだ。

 ちなみに後遺症の類いは無いようで元気なものである。




 ◇ ◇ ◇




 見ると図書館の入口は高い位置にある。

 手前の広場が既に階段の一部となっており、緩やかに登って行くと2階に該当する高さから内部に入れる造りになっている様だ。

 河から離れた立地ではあるが、高地でもないため恐らくは水害に対する備えなのであろう。


 両開きの扉を開けた。

 飾り気の少ない木製の扉だが、気密性を図るためか扉同士の接触部分に皮製のクッションが施されている。

 皮の抵抗により少し重く感じる扉を開くと、中は風防室と言うにはやや広いくらいの小部屋になっていた。


 正面には今開けたものと同型の扉が、そして左側面の石壁には覗き窓の様な小さな受付が設置されている。よく見ると受付の上の壁は有事に降ろせるよう可動式になっている様だ。


 どれほど貴重な書物を蔵しているのかは分からないが、やけに念の入った建物である。実は図書館ではなく有事に備えた砦であると言われても私はきっと驚かない。


「学生よ。こっちは使い魔」


 エイラは受付の男性に学生証を手渡す。

 男性は学生証とエイラを見比べ「どうぞ」と短く入館を促した。念入りな防衛手段に反してあっさりしたものである。使い魔を送還しない状態で入館させる事に違和感は無いのだろうか。


 私の疑問を他所に手続きは進み、男性より学生証を返却されたエイラは内部へと繋がる扉に歩み寄った。どうやら入館証のようなものは無いらしい。


 自身で開ける気の無い様子のエイラに追い付き扉の取手に手を掛ける。先程同様に少し重い扉を押し開けると、空気の抜けるような音が一瞬響きインクの香りが鼻腔を刺した。


 ――なんと。これは素晴らしい。


 何階層にも分かれているものだと勝手に思っていた内部は、その全てが一つの階層であった。天井は高く、そこに彫られたレリーフが何であるのか判別できないほど。その天井を支えるのは3列に並んだ12本の巨大な円柱である。


 その12本の柱がそのまま本棚になっているのだ。恐らく柱ごとに本の系統が分かれているのであろう。ここから見た限りでは柱の根元に集まっている人々の密度に差がある様に感じられた。


 それにしても凄まじい蔵書量である。

 叶うならばここに住んでしまいたい程だ。




 ◇ ◇ ◇




 少し高くなっていた入り口扉から数段降りた所は広場になっており、貸し出しカウンターが設置されている。


 受付の司書と目が合ったが特に不審そうに見られる節は感じられなかった。やはり使い魔の入館に制限があるわけでは無さそうである。


「――それで。どのジャンルがお好みかしら?」


 エイラが私を振り返り、少しおどけた仕草でエスコートする。私は頷き柱の1本を指差した。


「せっかく異世界に来たのだ。さぞ見た事の無い物語に出会えることであろう」


「えっ。それ本気で……本気で言ってるわね」


 私が指したのは絵本や小説、詩集など娯楽本を集めている一角であった。

 その方角を見てエイラは冗談だと思ったらしく硬直するが、私が真顔で言っているのを見て思い直したようだ。


 確かに私は教科書を徹夜で閲覧できるような存在だが、それは他に選択肢が無かっただけであり別に学術本にしか興味が無い堅物ではないのである。


 むしろ物語本というものはその土地の特色が非常に出やすい。

 同じ世界ですら所変われば伝承や神話など数多の物語が発生するのだ。世界が変われば尚更である。つまりそこにあるのは全て私の知らない物語なのだ。


 知らない物語に触れる貴重な機会であると同時に、もし知っている物語と同内容のものを発見できたのなら、それはそれで新鮮な体験が出来るに違いない。あそこは宝の山なのだ。


「……よく分かんないけど喜んでるみたいで何よりだわ。あたしはあそこで待っとくから適当に回って来たら」


 エイラは慣れた様子で壁際に設置してあるテーブルの方へと歩いて行った。

 途中で週刊誌のようなものを入手し目的の場所へ辿り着くと椅子に深々と座って閲覧し始める。題名は遠くて見えないが、色彩からして衣服のサンプルを列挙してある類いの本のように見える。


 私はそれを見届けると本棚へと向き直る。

 周囲を観察した限りでは、本をこの特殊な本棚から入手するには3通りの方法があるようだ。


 自ら飛んで探す、飛べる使い魔に探させる、飛べる担当者に探してもらう、の3通りである。


 使い魔の入館に制限が無いのも頷ける。よく見ると羽を持つタイプの使い魔たちが主人の細かい指示に苦心しながら本を探す姿が散見された。


 文字が読める種族の者なら何とかなるのであろうが、鳥型の使い魔には少々荷が重いようで、違うと憤慨する主人の姿もまた散見されるのがここの風物詩なのかも知れない。




 ◇ ◇ ◇




 私は足周りの空気に魔力を流し支配すると、硬質化させた上で上昇の指示を与えた。

 板を踏むような感覚の後ゆっくりと目線が上がって行く。


『七穂戦記 黎明編』

『カールドローンの涙』

『傀儡魔』

『暁さえも黄金に映えて』


 様々なタイトルが私の琴線を様々な方向から刺激する。

 ふむ。やはり聞いた事のないものばかりだ。


 この世に生を享けて早100年以上、胸踊るような新しい物語にこれ以上出会うのは難しいものと半ば諦めていたが、ここに来てこれほど膨大な新しい巡り会いがあるとは。なんと素晴らしいことか……!






「うわぁ。また欲張ったわね」


 戻ってきた私に気付いたエイラは、私の抱える本の数を見て少し目を見開くとそう評した。


 私としては作業効率の都合上よりベターな行動を選択したに過ぎず、決して欲張ったり決断に窮したわけではないと察してもらいたいものだ。


「別にここには何冊持って来ても良いけど貸し出しは3冊までの決まりよ。今日は時間あるからどれにするかゆっくり決めなさい」


 そうか……。そう決まっているなら仕方あるまい。

 ここで1冊読み終えられるとも限らない以上、ここは3冊に絞る必要があるようだ。


 むぅ。1シリーズに絞って3巻まで借りるべきか。

 3シリーズのそれぞれ1巻を借りるべきか。

 これは非常に悩ましい問題だ。


 1シリーズに絞った場合、それが面白くなかったら悲惨である。しかし1巻しか無いのでは続きが気になる物語が3つになってしまい恐らく没頭できない。

 何とかここに住めないものだろうか……。


 私は現実逃避をやめテーブルへ本を置くと、椅子を引き腰掛ける。それならば冒頭部分をそれぞれ読んでいき一番読みたいものを選定するしか無い。冒頭部分しか面白くない物語などそうそう無いものだ。逆に言えば冒頭が面白ければある程度は期待して良いのである。


「そんなに真剣に小説読んでる人見た事無いわ……。って言うか返事する間も惜しいって本当余程よね」


 凄まじい勢いで次々とページを繰る私を見て、エイラはぽつりと零しまた雑誌へと目線を戻した。

 本を元の棚に戻す時間を差し引くと、私に与えられた時間はそこまで多くないのだ。必死にもなろうというものである。


 英雄譚にすべきか、伝承にすべきか、随筆風の自伝などもある。


 これは異世界に来て一番の難題かも知れない。




 ◇ ◇ ◇





 ――選定が終了した。


「どれを借りるか決まったみたいね」


「うむ。これを3巻まで借りることにする」


 私の様子を見て声を掛けて来た主人に表紙を向けた。

『緑の頂』というタイトルの英雄譚である。魔法の苦手だった少年が、風の属性だけを究めてついには風帝という地位へと昇りつめるまでの物語が描かれているらしい。


 良くある激動の描写から始まる手合いではないのだが、静かでありながら細やかに主人公の心理を描写する筆致が私の好みだったのだ。


「では片付けつつ2巻と3巻を取って来る。済まないがもう少し待っていてくれ」


 借りる予定のもの以外を重ね立ち上がる私に、エイラは左手をお辞儀するように振りながら気怠げに声を掛ける。


「あーいいのよわざわざ片付けなくて。棚の根本に居る職員さんに渡せば片付けてくれるわ。彼らはそれが仕事なんだから任せちゃいなさい」


 そういうものだろうか? そうと知っていればもっと控えめに持って来たものを。これから度々訪れるであろうここの職員への心証を悪くしてしまいはしないだろうか。


 しかしエイラに逆らってまで長い時間待たせるのも悪いので、職員の所まで本を持って行く。ちなみに落下事故防止のため閲覧エリアは飛行禁止である。


 本の山を渡すと職員は笑顔で受け取った。申し訳ないがそれは読み終えたわけではないのだ、とは伝えないでおく。次から気を付けることにしようと心の中で詫びるに留めた。


 私は再び足元を支配すると浮かび上がる。目的の本は確か今居る位置の裏側で、中段よりやや下辺りにあったように記憶している。


 途中で本の取り出しに苦労している烏型の使い魔を手伝いつつ目的の棚へと到着した。1巻が抜けているだけにしては心なしか並びの間隔が緩いようだ。嫌な予感がする。


 ――うむ。3巻が無い。

 貸し出し中なのか閲覧中なのか……。


 下で待つエイラを見遣ると、目が合ったせいか呑気に手を振って来た。ああ、いや。別に用事があるわけではない。


 仕方なく手を上げて挨拶を送るも事態は特に好転するはずも無く、2巻を取って戻ることにする。


 私は人知れず溜め息を吐いた。




 ◇ ◇ ◇




 ――なるほど。異世界生活というものも中々悪くない。


 私は今、教職員室と呼ばれる部屋の片隅にある談話スペースの一角を占拠し読書に勤しんでいる。


 ここには座り心地の良い椅子が多数置かれており、安定した体勢で読書をするのに適しているのだ。

 尤も、自発的にここに来たわけではなく教員に連れて来られた形になる。やはり授業中私が教室に居るのは学生たちにとって良くないと判断されたようだ。


 この世界の魔法について学んでみたかったため残念ではあるが、学ぶ方法も時間も私にはいくらでもある。無理に授業を受ける必要など無いのだ。


 初めて図書館を訪れてから早数日。

 本当ならば朝に返却してそのまま滞在しつつ続きを読み、夕方エイラに図書館へ来てもらって借りて帰るというのが一番良いタイムスケジュールなのだが、やはり使い魔という立場上そうも行かない。


 実際はこうしてエイラの側を必要以上に離れる事はせず、夕方主人に空き時間があれば図書館に行くというのが精一杯だった。


 とはいえこのように快適に過ごせる空間もある。

 本の供給は充分とは言えないが、読み返すことも別に嫌いではない。1度目では気付けなかった設定や伏線に気付いたり、後々分かる真実が登場人物にどのような反応をさせていたかに気付いたりと楽しむ要素は尽きないのだ。


 少し教職員室が騒がしくなる。

 誰かが勢いよく入室したようだ。そのまま足音が近づいて来る事から、私に用事があるのかも知れない。


「おっ。居た居た! お待ちかねの学園長ですよっ!」


 突如談話スペースに入って来たカトー氏が嬉しそうに私の対面へと腰掛けた。私は本を閉じると視線を向ける。ちなみにそこまでお待ちかねでは無かった。


「……あれ!? 反応薄くない!? せっかく住民票取ってあげたんだけどなあ! 僕一筆書いたんだけどなあ! これで図書館利用し放題なんだけどなあ! チラッチラッ!」


 そう言いながら手にした封筒を強調する。

 ふむ、こちらの世界ではスクロールではなく封筒が主流らしい。本もそうなのだが製紙技術は私の世界よりも上のようだ。学んで持ち帰るというのも悪くない。


「ちょっと! 絶対別の事考えてるよね!? 無視しないで!?」


 さすがは学園長。大した洞察力である。




 ◇ ◇ ◇




「――ではカトー氏。条件とやらの詳細を教えて欲しい。住民票を受け取るのはそれを聞いてからの方が良さそうだ」


 私は本をサイドテーブルへ置き、意識を完全にカトー氏へと向けた。

 リーゼロッテ曰く私をギルドでこき使う為ではないか、とのことだがそれは単なる勝手な予測に過ぎない。私を使うにしてもやはりそれなりの理由があるはずだ。


「えっ。受け取らない選択肢あったの!? ま、まぁいいや」


 カトー氏は少し驚きを見せるも持ち直し、身を乗り出すと口角を上げ悪どい笑みを浮かべる。


「実はね、どうしても必要なアイテムがあるんだ。それを君に取って来てもらいたい」


 別に小声で言う内容でも無かろうに抑えた声である。

 そして内容的に住民票が必要になるとも思えない。


「ふふふ。訝しげな顔だね……。そのアイテムはとある森の中でしか採れなくてだね。その森はギルドランク7以上でないと立入禁止なわけだ」


 なるほど、話が見えて来た。


「まずはギルドに赴きランクを7以上に上げる事から始めて欲しい。手間は掛かるが、君なら簡単だろ?」


 簡単かどうか基準が分からない。

 私はカインズ氏から奪った知識を検索する。

 ギルドランクは1から3が下級。

 同じく6までが中級。9までが上級。10以降は帝級ランクと言われ普通は取得できないらしい。最大は12で、取得できるのは世界最強の人物のみということだ。


「つまり私に上級冒険者になれ、という事だな。不可能とは言わないが、回りくどいな。自身で行けば良かろう?」


 軽薄な口調だがカトー氏は強い。

 足音、呼吸、目線、何気ない手の位置、座る位置、足の開き具合、顔の向き、全てが物語っている。

 卓越した体術に恐らく魔法が加わるのだからその強さは推して知るべし、である。その彼が取りに行けない理由とは何であろうか。


「いやいや、気持ちは分かるよ。エイレリア君の側を離れるのは心配だよね。でもこの学園に居るからには安全さ。僕が守ってあげると約束しよう。もちろんエイレリア君に限らず僕の愛する生徒たち全員だよ」


 確かにそれも気掛かりではあるが、その心配はあまりしていない。この学園に居る限りは危険など無かろう。最近は適量の魔力しか使用しない事に慣れて来たようであるし。


「そうではない。あなたが自身で行かない理由を訊いている」


「えっ。公務員は副業禁止だから僕ギルドランク持ってないよ」


 ……ああ。なるほど。




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