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気が付けば教室の窓からは夕日が射し込んできていた。
かなり長く話し込んでしまっている。
そうか、もうそんな時間なのだな。
教師から奪った知識を検索すると、こちらの世界には太陽が1つ、そして月は3つある。1日が24時間に区分されている所までは私の世界と同じだが、1時間の長さはややこちらの世界の方が長いようだ。
現在の時刻は日没前なので17時付近であると予想される。
私は遠くに見える山へと近付いていく太陽を眺め、初めてそちらが西である事を確認できた。
この世界に於ける『西』は私の世界の『西』に翻訳される方位のことを指すわけだが、本当に私の世界の『西』と同じ感覚で『西』と呼んでいるのかどうか、実は定かではない。
この世界に於いて日が沈む方角を西と呼称しているのか、それとも西と呼ばれる方角に日が沈んでいるのか、奪った知識からは判断できない。
この世界の夕日も赤い色をしている。
もしかすると、そういう所はどの世界でも変わらないのかも知れない。
私は元の世界で眺めた様々な夕日を思い出していた。
――いつか戻る日には、今度はこちらの世界を懐かしく思い出す事になるのかも知れない。それはきっと新鮮な感覚であろう。
私は暗くなる前にと少女達を促し、移動を開始した。
◇ ◇ ◇
「すっかり遅くなってしまったな。家まで送ろう」
先を歩く3人に声を掛けた。私が先を歩いても道に迷うだけなので少し間を空けて歩いているのだ。
エイラは振り返って少し不思議そうな顔をしたが、すぐに何かに気付いた表情で微笑んだ。
「その心配は無いわ。家から通う子も居るけど、あたし達は皆家が遠いから寮生なの」
寮。私の感覚では新兵などが自宅を用意するまでの間に短期間利用する、手狭で格安の公的な集合宿泊施設を指す言葉だ。
この場合は生徒が住居を用意して退寮する事は恐らく視野に入れておらず、利用する期間も6年間とそれなりに長い。
私の感覚が指す寮よりは規模の大きいものを予想すべきであろう。
私は短く同意を示すと、大人しく付いて行く事にした。
少女達は建物の1階まで降りると外へは向かわず、そのまま建物内を移動し始めた。建物の端まで行くと右へ曲がる。曲がった先にも建物の廊下がまっすぐに長々と続いていた。
――なるほど、この学園は正方形の並びで校舎を建てているらしい。その理由は中庭にそびえ立つ巨大な塔のせいで他に選択肢が無かったから、という可能性もあるが恐らくは何らかの理論に基づくものと見るべきだ。
中央の塔の天辺に魔力の塊の様な気配を感じるのだ。
推測するに建物の構造を利用して形成した魔力溜まりのような代物であろう。理論は分からないが周囲を漂う魔力が自然とそちらに流れて行くのが私には感知できた。魔力を放出する機会の多い人間の集まる場所だけに、さぞ効率良く魔力を集められるに違いない。
⋯⋯さて、あそこには一体何がある事やら。
今度それとなく調べてみたいものだ。
◇ ◇ ◇
寮に到着した。
驚いた事に正方形に配列された建物達の内1棟が丸々学生寮として使用されているらしい。通学に消費される時間が限りなくゼロに近く非常に効率的だ。
学生にとって閉塞感を覚えることは無いのか、一番活発そうなリーゼロッテに訊ねてみた。
「たまにあるわね。でもそんな時は中庭を突っ切って行くと気持ち良いわよ!」
なるほど。だがそれは厳密には外出した事にはならないような気もする。慎ましい事だ。
寮は、教室のあった校舎と呼ばれる建物と同じく石造りの建物だが、違いを主張するかのように内装が凝っていた。
床の中央には赤色の絨毯が敷かれ、それの無い廊下の端には台座に載せられた石像が一定間隔に並べられている。その石像達に挟まれた中央にそれぞれ扉があり、その扉は廊下の左右で石像との配置が互い違いになるようになっているのだ。
つまりどの部屋から出た際も眼前にあるのは扉ではなく石像というわけだ。扉を開けた瞬間に部屋の中を見られる心配が無い設計になっているのか、また石像に何らかの意味があるのかは不明だがとても規則的な内装である。
◇ ◇ ◇
頭上には一定間隔に明かりの魔術が灯されている。その燭台の役割を果たす魔術媒体は、それぞれ違う動物の形をしていた。
そこまで凝っているのは良いのだが、輝いているため何の動物なのか輪郭の細部までは分からないのが難点である。ぜひ昼間にもう一度確認したい所だが、同時に果たして昼間に薄暗い天井を眺めるなどという事をわざわざ思い出すかどうか自信が無い所である。
私達は建物の中央に位置する階段を上り寮の3階へと到着した。
1階が男子生徒、2階が女子生徒と分かれており、3階は特別な身分や事情の生徒が使用する個室区画となっているそうだ。彼女たちは特別な身分らしい。
「リーゼは地方領主の娘、フェリシアは下院議員の娘なのよ」
そういうエイラの事情を聞いてみたのだが、言葉を濁してしまう。リーゼロッテが小さく笑いながら教えてくれた。
「エイラは商人の娘よ。入学検査の時仲良くなった私達と近くの部屋になりたい、って理由でちょっと料金の高い3階に入ったのを引け目に感じてるみたいなのよ。あまり深く突っ込まないであげて?」
――なるほど。金で貴族の身分を買った、という話に近い。
実際は高めの家賃の部屋を親にねだった程度の我儘なわけだが、確かに胸を張って話せる話でもないわけだ。
しかしその甲斐あってか学園側の計らいか、3人の部屋は固まった範囲の場所に三角形を描く形に配置された様だ。夕食時に再び集まる約束をし、それぞれの部屋へと入って行った。
◇ ◇ ◇
「ねぇ、ポン。あなたを呼び出すにはどうすれば良いの?」
エイラは部屋へと入るなり寝台に飛び込みしばらく動かなかったが、大きく息を吐くと私の方へと向き直り質問を発した。
部屋の中は寝台と机、衣類用の収納程度しか家具が無い。部屋の隅に折り畳み式のティーテーブルと椅子を数脚追加で発見できたが、それ位が広さ的にも限界のようだ。
女性の部屋ならば鏡がありそうなものだが、男性が使う可能性もあるから常備されていないのか、そもそもこの世界に鏡が無いのかどうかの判断は難しい所である。
私は折り畳み式の椅子を持って来ると、入口の扉と寝台を結ぶ直線上から少し外れた位置に椅子を広げて座った。
立って居ても疲れるという事は無いのだが、私が立ったままではエイラが落ち着かないだろうという判断である。
「――まずは質問の意図を聞こう。私には残念ながらこの世界での常識が無い。呼び出すのは術者の役割だと認識しているのだが、それを私に尋ねるという事はそれ以上の相互的な何かが必要だということなのだな?」
私は腕を組むと続いて足も組む。エイラが言う『呼び出す』とは恐らくロクローやクロウルが出現したり帰還したりしていたあの一連の流れの事を言っているのだろうが、私にはああいう芸当を自力で行う事は出来ない。
正確に言うと、予め準備を整えておいた定点同士ならば不可能とまでは言わない。いつでもどこでもとは行かないのだ。
◇ ◇ ◇
「そうよ。リーゼの腕輪やフェリシアの指輪を見たでしょ? アレが主人側の契約印みたいなもので、呼び掛ければいつでも契約した使い魔を呼び出せるようになるの。普通は契約した時に貰えるものなんだけど、無いの?」
フェリシアの指輪は注視していなかった。後で見てみよう。
私は頭を振りつつ無いと回答した。
彼等は一体どこからそんな道具を用意したのだろうか、魔力物質化はそれなりに高度な技である。しかもそれに2種類の機能を付与する魔化を行うとなると大変な技術と労力だ。
――と、なると用意するのはやはり術者という事になる。
契約した時に貰えるという事は契約の術式に組み込まれていると考えるのが自然だ。私はエイラを見つめ問う。
「念のため確認だが、契約の術式の文言を省略したりしてはいないだろうな?」
エイラはついと視線を逸らした。
さては丸暗記できず一部省略したのだな。
分かりやすい子である。だがそれでは結局不便でしかない。
私は左手の中で飾り気の無い銀の指輪を作成するとエイラの目の前に放った。それは狙い通り寝台に寝転ぶエイラの前に着地する。
「今作った普通の指輪だ。話し掛ければ私に伝わるよう仕掛けを施してあり、私の方からもお前の位置が分かる。だが空間を渡り呼び出す機能までは無い。私を呼べば徒歩で向かう」
「徒歩かぁ……イマイチ締まらないわね……」
そう言ってエイラは寝台に突っ伏した。
本物に比べたら劣化版に感じるのも仕方ないが、一応それなりに高等技術であることに気付いて欲しいものだ。
◇ ◇ ◇
「あーっ! エイラその指輪もしかして?」
再び廊下に集合した際、目ざとくリーゼロッテがエイラへと近寄ってきた。エイラは少し慌て、反射的に右手の中指に付けた指輪を隠してしまった。隠さずとも良かろうに。
私の内心の衝撃を他所に少女たちははしゃいでいる。やはり女性だけに装飾具には敏感な様だ。こんな事ならばもう少し飾り気のある形にすれば良かったかも知れない。
私の反省を他所に、見せるようせがむリーゼロッテと見せる程のものではないと焦るエイラの争いはリーゼロッテに勝利の旗が掲げられたようだ。
「ううっ。ずっと隠し通すのは無理ね……観念するわ」
「そんな大袈裟な。あら、確かにシンプルだけど可愛いじゃない。服に合わせるのが楽そうで羨ましいくらいだわ」
私なんて鬼面よ、と言いながらリーゼロッテは袖を捲り腕輪を見せた。
確かに可愛いさと縁遠い造形をしているのが私にすら理解できるのだから、この年齢の女の子にとっては死活問題と言えるだろう。
それを聞いたエイラは納得したのか、指輪に対する恥ずかしさが薄れた様子である。集合場所の獅子魔獣像横で楽しげに眺めていたフェリシアも近寄って来た。
「指輪、お揃いだね!」
エイラに右手の甲を向け、フェリシアはその中指に収まった銀色の指輪を見せる。エイラのものよりやや幅広で、宝飾が無い代わりに線で描いたような彫刻が入っているのが見えた。子細は分からないが恐らくは鳥の彫刻であろう。
エイラは頬を染め、嬉しそうに頷いた。
気に入って貰えた様で何よりである。
◇ ◇ ◇
食堂に到着した。
この寮の食堂は1階にある、恐らくは食材搬入の利便性等が考慮された結果の配置なのだろう。
各部屋とは違い入口に扉の無い開放感のある造りになっている。その入口の上部には『食堂』という意味の文字が書かれているが、その文字を知識として仕入れたばかりの私にはまだ『意味の分かる不慣れな文字』でしかないようだ。
入口の枠の部分には意匠を凝らした、とは言い難い程度の装飾が施されている。
近付くにつれてそこから感じられる魔力を分析すると、空気に何らかの作用を及ぼす魔術の類いが付与されていると判断できた。
――なるほど、くぐり抜けた瞬間やや気温が下がり周囲から料理の香りが漂って来た所を見ると、食堂と外部を遮断する空気の壁を形成している様だ。匂いに対する配慮だけでなく、火災時に於ける煙の流出への対策も兼ねているのであろう。
「リーゼ! エイラ!」
大声と表現するにはやや抑えられた声量で少女たちを呼ぶ声がする。
見ると数多ある多人数用のテーブルの一角から笑顔で手を振る男子生徒の姿があった。その周辺にはその男子生徒を含めて2名しか座っておらず、あれが知り合いならば食事する場所を探す手間は省けそうである。
片方の少年には見覚えがある。リーゼロッテと共に私へ迷わず攻撃を仕掛け、同じく蹴り転がされた金髪の少年だ。確かアランと呼ばれていたはずである。
今は満面の笑みで手を振っている所を見るに、あの一件を気にしてはいないようだ。
もう片方の少年は食事を中断する気がないらしく、短く切り揃えられた黒髪の後頭部しか見ることができない。
姿勢を正したままゆっくりと食事を続けている様子から、食事に没頭しているわけではなく手を振る必要性を感じていないだけなのだろうという印象を受けた。物静かな性格なのだろう。
手を振る少年に、リーゼロッテとフェリシアは笑顔で手を振り返す。エイラはと見ると少し引きつった笑顔で疲れたような表情をしていた。
◇ ◇ ◇
「別にそんなんじゃないわ。ちょっとあのテンションに付いて行けないだけ。アランは良い奴よ」
苦手な人物なのか問う私に、エイラは溜め息混じりにそう回答した。それを苦手と呼ぶのではないかと感じたが、仲良くする努力をするつもりである彼女の決意に水を差すのは野暮というものだろう。
私はただ頷き黙っておく事にする。
3名の少女たちは食堂と調理場とを隔てるカウンターへ向かい今日の夕食を確保した。見回すにメニューのようなものは無いため、各自が好きなものを注文するスタイルではなく決まった品目を配膳されるシステムであることが窺える。
なるほど。確かにその方が分量の計算が容易でかつ無駄が少ない。
ただし今日のフェリシアとエイラのように魚料理が苦手な生徒には辛いものがあるようだ。2人とも見て分かるほどに気落ちしている。
「やあ! 先程は斬り付けてしまって申し訳なかったね」
アランたちの元へと辿り着くと、金髪の少年は立ち上がりそう言って右手を私へ差し出した。輝く瞳には一点の曇りも無い。打算などでは無く心からそう思っているのだろう。
「構わない。あの程度の攻撃ならば特に問題無い」
私は謝罪を受け入れ、右手を握り返した。私に物理攻撃が効果を及ぼさない事までは念のため言及しないでおく。私の特徴を開示するには周りに人が多すぎる。
◇ ◇ ◇
「アランの紹介は要らないみたいね。無口な方はキュリオよ」
リーゼロッテがアランの正面に着席しつつ紹介してくれた。紹介された当の本人はちらりと私に視線を向け軽く会釈したのみである。
その僅かな隙に、キュリオの隣へ着席したフェリシアが彼の皿に魚を移したのが私の方からは見えた。同じく目撃したエイラが悔しげな表情に変わる。
――いや、悔しいというよりは羨ましいというのが正解か。キュリオの正面に着席してしまったエイラにはその芸当は難しいようだ。
魚を押し付けられた少年は状況の変化に一瞬硬直したが、やはり一瞬ちらりとフェリシアの皿を眺めると状況を理解したのか黙々と食事を再開する。特に異論は無いらしい。
「そういえばポン。あなた食事は?」
頭上に暗雲が浮かびそうな表情をしていたエイラが、名案を思い付いたようだ。目を輝かせ私に質問を投げ掛ける。だがその質問はもっと早く行うべきだ。
「見れば分かろう。必要無い」
私はエイラの更に奥の席へと座り、腕を組んだ。怒っているわけではなく手持ち無沙汰なだけである。
「食事という行為の真似事は可能だ。しかし食材を分解し魔力へと変換しなければ吸収する事ができない。その工程に必要な魔力の量は、得られる魔力よりも多い。つまり意味が無い」
私はゆっくりと頭を振った。要は魔力物質化の逆回転である。その方法で魔力が得られるのならば、私は世界を喰い潰してしまっていたかも知れない。世の中上手く出来ている。
――ちなみに私の肉体には味覚も備わっているが、食事の喜びが無いせいか味音痴である。と、いうよりもどの味を美味いと感じれば良いのかの基準が上手く理解できないのだ。
以前手料理に挑戦した事があるのだが「食材に対する冒涜だ」という辛辣な評価を受けた。
それ以来無理はしない事にしている。
◇ ◇ ◇
「大事なのは意味があるかどうかじゃないわ。それが可能ならばやるべきだと思うの!」
エイラは力説する。今までで一番瞳に力がみなぎっているのが非常に残念だ。そんなに魚が嫌いなのだろうか。
「うむ。お前の言う通りだ」
私は組んでいた腕を解く。
「白身魚は良質なタンパク質で体に良い。育ち盛りのお前たちはそれが可能である以上食べるべきだ」
何なら私が食べさせてやろう、と手を伸ばすも真っ青になったエイラの激しい抵抗に遭う。
「……そんなに嫌いなら貰うわよ」
とエイラの隣に座るリーゼロッテが救いの手を差し伸べた。太ったらエイラのせいだからね、と目を細めているが元々魚が嫌いではないためかその手付きは軽やかだ。
使い魔の離反に遭った憐れな主人は、与えられた福音に目を輝かせ祈りを捧げる。捧げられたリーゼロッテは「大袈裟ねぇ」と少し困惑している様子だ。
魚問題が解決した様なので、私は視線を正面に座る2人へと移動させた。フェリシアとキュリオである。フェリシアは確か下院議員の娘であったが、自分の苦手なものを断りもなく押し付けるような図々しい女性ではないと思われる。
――と、なればキュリオとは恐らく親しい間柄なのだろう。2人とも黒髪である事を関連付けるのは強引であろうか。
「んー。キュリオはフェリシアの家の使用人の息子なのよ。良く言えば幼馴染だけど、見た感じボディガードに近いわね」
口一杯に魚を詰め込みながらリーゼロッテが解説してくれる。その状態でよく流暢に喋れるものだ。
「この男子2人とよく連んでいるのもソコ繋がりなの。フェリシアの居る所にはキュリオが絶対居るし、そのオマケでアランが付いて来るってわけ」
「僕はそう思われていたのか……」
明かされた新事実にアランは少なからず衝撃を受けたようだ。咀嚼していた魚を嚥下し終えたリーゼロッテは、右手のスプーンを指揮棒の様に振りながら胸を張る。
「あら。意外と自信家なのね。うふふ、今からでも遅くないわ。何でも良いから役に立ってみせるのね」
アランは頭を抱えてしまった。そこで怒り出さず真面目に悩み始める辺り、彼の善良な人柄を窺わせる。親近感と同情を禁じ得ないところだ。




