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「では聴取を終了しよう。長々と引き留めて悪い事をしたね」
そう言ってカトー氏は微笑む。この教育機関の責任者を務める人物だ。学園長という役職名らしい。
私が魔王級の魔物であると表明した次の瞬間、あの場は大騒ぎになってしまった。
教員達が全員命を賭けた戦いに挑む戦士のような形相で闘技場へと殺到し、エイラは女性教員2名に両脇を抱えられると抵抗虚しく避難させられ、私は無抵抗ではあったが取り押さえられたというわけである。
彼等にしてみれば、私がもし悪者ならば国が複数滅ぶかも知れない程の未曾有の危機だったわけだ。
「構わない。むしろ良い反応だった。優秀な教員達を抱えているのだな。――軽率な発言だったと私が反省すべきところだ」
「それを皮肉でなく本心で言っている所が君の凄い所だよね」
そう言ってカトー氏は笑う。
初老に差し掛かろうかという年齢を感じさせない力強い笑い声である。ひとしきり笑うと眼光鋭い長としての表情へと戻った。
彼は白髪の混ざり始めた黒髪を2、3度左手で撫で付けると、その手で私を指差す。
「うん。君の滞在を許可しよう。エイラ君の使い魔として私達も認識する。ただ、君への警戒がゼロになるわけではないという事を君も認識していて欲しい」
私は頷く。私の生き方や考え方を説明し理解して貰えたとは思っているが、それが本当であると証明する事は難しい。
ここを滅ぼす気ならばとっくに実行している、などというのは目的が破壊でない可能性を考慮した場合、何の証明にもならないのだ。
「私は人との交流を欲している。共に生き、共に歩むことを欲している。魔物の身でありながらもそう望むことこそが、魔物としての私のワガママだ」
こう言えば一番説得力があるであろうという説明は、彼の心に届いただろうか。
カトー氏は可笑しそうに再び大きく笑った。
◇ ◇ ◇
「ああっ! 良がっだ! 無事解放ざれだどね!」
エイラが涙と鼻水に覆われた顔で飛び付いてきた。
学園長室から解放され、私はエイラの居る『教室』と呼ばれる部屋へと向かったのだ。
教えられた道順を間違えずに到着できたようで、引き戸を開けた私を見るや顔を輝かせ、即座に輝かせたそれを体液まみれにさせつつ走り寄る主人と遭遇できたわけだ。
私は優しく抱き留めてやる。
――この子は泣き顔ばかりだな。
少し茶色の入った赤毛を撫でていると、今まで彼女を励ましていたのであろう女生徒達2名と目が合った。
片方は見覚えがある。私に剣を突き刺し、私に蹴り飛ばされた金髪の少女である。確かリーゼと呼ばれていたはずだ。
もう片方も観客の中には居たのであろうが見覚えはない。物静かな印象を与える顔立ちをした黒髪の少女だ。
2人とも心配そうに。いや、どちらかと言えば顔をしかめているように見える。
目線を追うに、心配しているのはエイラが顔を埋めている私の上衣のようだ。
よく気の回る子たちである。エイラは良い友達を持っている。
「――すまない。心配を掛けさせてしまったな」
詫びる私に、エイラは上衣に顔を押し付けたまま頭を振った。
「いいの。ちゃんど帰っで来でくれただげで充分だわ」
これは懐かれたものだ。
主人と使い魔としての信頼関係構築は順調な滑り出しを見せているようだ。
「エイラ。私に友人を紹介して欲しい。主人の人間関係の把握は早い方がより良いと思うのだ」
私の上衣を心配する余り少し腰の浮いている彼女たちの心労の為にも、話の転換は早い方がより良さそうである。
私は手拭いを取り出すとエイラを少し引き離し、腰を屈めて顔を拭いてやった。今日だけで裏と表の両面を使ってしまった事になる、洗濯する場所があれば良いのだが。
◇ ◇ ◇
「彼の名前はポン。私の使い魔よ!」
私に促され友人達の近くに到達すると、エイラはそう言って胸を張る。
エイラが友人の方を見ている隙に、私は上衣に染み始めている涙と鼻水をさりげなく拭うことに成功した。
「使い魔契約を結んだ魔物、ポンだ。希少種ゆえ『種族』と言うと語弊があるのだが『吸魔』という魔物に分類される。魔力を糧とし、吸収する事で命を繋ぐ魔力生命体だ。ゆえに魔力を伴わない物理攻撃は私には全く効果がないという特徴がある」
そう言って一礼する。
後半部分は本来不必要だが、近寄る私達を見て気まずそうな様子を見せた金髪の少女、リーゼへのメッセージとして付け加えておいた。
気にするな、という意味である。
「私はリーゼロッテ=クルーガー、それを聞いて安心したわ。次の機会があれば魔法を込めた剣が良さそうね」
リーゼはそう言って悪戯っ子の様に小さく笑った。
中々冗談が上手い。私も見習いたいものだ。
握手をする私達の横で、今度は黒髪の少女が口を開いた。
「わ、私はフェリシア=ランバートです。よ、宜しくお願いします!」
黒髪の少女は勢いよく頭を下げる。
その勢いが強すぎて長い後ろ髪が前に来てしまい、前が見えなくなった為慌てる一幕を挟んだが無事に復帰した。
◇ ◇ ◇
そこから彼女たちの現状について色々と聞いたのだが、話が頻繁に脱線するため聞くのに苦労した。
まとめると以下の内容になる。
彼女らは此処『リステリア国立 魔法学園』の2年生なのだそうだ。
数ある教育機関の中でも魔法を専門的に学ぶ施設は、このリステリアという国の中に1つしか無く、それがこの魔法学園なのだという。
種族、年齢を問わずに入る事ができるが、大概は義務教育を終えてから進学先に選択するため13歳から18歳までの者が大半を占める6年制の学校だ。
講義の内容は専門性が高く、卒業後は国の軍部に所属する事が約束されているとのことで、どちらかと言えば学校という名前の職業訓練所に近い印象である。
もちろん軍部に入らない選択をする事も可能だが、それで生活できるような実力者は一握りしか居らず、当然そのような者は重用されるため殆ど居ないそうだ。
しかし魔法の素質を持った人間は少なく、毎年募集を掛けた人数よりも入学する人数の方が少ない。それゆえ入学試験は魔法の適性を確認するだけなのだそうだ。
リーゼロッテは武器戦闘が得意で魔法は初級程度、理論が苦手。
フェリシアは理論と魔法が得意だが運動全般が絶望的。
エイラは理論と武器戦闘が平均以下。魔法は発動時に必ず杖が砕け散るため、魔力があり素質もあるのだがまともに使えた試しが無いのだという。
2年生になったばかりの少女達は、早速のイベントである使い魔召喚を終えた所というわけだ。
◇ ◇ ◇
「2人はどのような使い魔と契約したのだ? 差し支えなければ会わせて欲しい。興味本位と主人の安全確認が目的だ」
私の頼みに2人の少女は頷いた。
先に動いたのはリーゼロッテの方だ。彼女は角の生えた魔物をかたどった腕輪を右手首に装着していたが、それに口付けし頭上に掲げる。
「来て。山城六郎兼義」
リーゼロッテの言葉に反応し、銀に縁取られた赤い腕輪は柔らかく光る。それが収まると、そこには見慣れない形の鎧を纏い、手には片刃の大剣を構えた戦士が立っていた。
出現して早々に臨戦態勢とは感心だ。
「敵はお主か」
兼義という名前らしい戦士は私を見咎め、構え直す。
腕輪に付いていた魔物とよく似た造形の覆面兜を被っており視線は分からないが、構えと動きに隙は無い。
「違うわロクロー。あなたを呼んだのは戦いじゃなくて紹介するためなの。いけなかった?」
リーゼロッテは眉を寄せ、困った様子だ。
まだ使い魔の機微を把握していないのだろう。何に対して不快感を覚え、何に対して喜びを感じるのか分からないのだ。
ロクローと呼ばれた魔物は構えを解かないまま少女の方に兜を少し傾ける。そして周囲の気配を探るような仕草をした後、やっと構えを解いた。
「是非も無し。我が命は既にして姫に捧げられしもの。我が使命は姫を守る事なり。其は戦いのみに非ず」
そう言いながら握っていた大剣を背に納め、腕を組む。
攻撃の意思は無いようだ。
◇ ◇ ◇
ロクローは立ち姿ですら隙が無い。
背に納められているはずの大剣さえも存在感を放っている。
あの大剣は私の世界で刀と呼ばれる武器に似ているが、それを大剣サイズまで大きくしたような形状をしている。
重量は相当なものだろう、普通の人間ならば構えることすら困難であると予想される。
切れ味ではなく、とにかく長時間殺傷力が落ちない事を重視した武器なのであろう。
――それよりも、私よりも堅い口調の者に出会えるとは驚きだ。
上には上が居るものである。
「我が名は山城六郎兼義。国破れ我が身山河となりし年月に、姫よりの招聘を受け終わりを告げし者なり」
……うむ。分からん。
姫というのは恐らくリーゼロッテの事だろう。
それ以外は身の上話が混ざっているのか背景を知らねば分からない話のようだ。
私はリーゼロッテを見る。
「ロクローはアンデッドサムライマスターなの。昔在った国で戦士をしていたらしいのだけれど、戦争で負けて国が滅びてしまった時にアンデッド化したらしいわ。今は私を主人と定めて全力で守ってくれる約束なの。安心して背中を預けられる相棒だと思っているわ」
そう言ってリーゼロッテは微笑んだ。
確かに実技が得意で前線に突撃する機会の多いであろう彼女には、背中を守る使い魔が最適だと思える。エイラに対する危険も無さそうだ。
◇ ◇ ◇
「次は私ですね。おいで――クロウル」
フェリシアは両手を差し出す。
その両手に挟まれた空間から1羽の鳥が飛び出し、彼女の肩に止まった。
フェリシアの髪と同じ真っ黒な体毛を持つ、丸い体型のやや大きい鳥だ。フクロウに見えるが、黒い種類は私の世界には居なかった。おそらくこの世界独特の固有種であろう。
フェリシアが肩当てにマントという格好なのは使い魔の止まる場所を確保するためだったわけだ。寒がりなのだな、とは思っていたが違ったようである。
「クロウルは『森の観察者』とも呼ばれるクロフクロウです。クロウルの目に映るものは全て、その本性が暴かれ私へと伝えられます。何が得意か、何が苦手か、何が追い風となるか、何が弱点となるか、全てを見通す目をクロウルは持っています。あとは私がそれを活かせるかどうか、ですね」
なるほど。一見凄い能力のように聞こえるが、例えば火属性の魔法が使えないのに「火が弱点だ」と分かってもあまり意味がない。いかに平時より有事に備えられるか、が大事になってくるわけだ。
「感謝する。少なくともエイラに危険が及ぶ可能性は無さそうだという事がよく分かった」
少女達は嬉しそうに微笑むと、それぞれ使い魔を元の場所へと送り返した。
呼び出しにも送還にも魔力の消費が見られるようだ。
ならば呼び出したままにしておいた方が良さそうなものである。私はその疑問をぶつけてみた。
「そうですね。使い魔の維持にも魔力を消費しますので、効率としては都度送還した方が良くなります」
「へぇ、そうなんだぁ」
フェリシアの回答に感心するリーゼロッテ。
どうやらリーゼロッテは何となく送還していたようだ。
ふむ。――私がここに居続けることはエイラにとって負担になるという事になるわけだが……。
私はエイラの様子を窺ってみた。
魔力視覚でも確認してみたが、やはりエイラから私に魔力が供給されている様子は無い。
◇ ◇ ◇
「私の場合エイラから魔力が供給されていないようなのだが、これはどういう状況なのか分かるだろうか?」
私の質問に、少女達は一様に驚きの表情を見せる。
フェリシアは歩み寄ると私の左手を取って眺めた。
「その事例は聞いた事がありませんね。使い魔は呼び出された時点でステータスがかなり増強されます。その底上げと維持に魔力を消費する、というのが理論になります」
左手に貼り付いた魔方陣を詳細に検分しながら彼女は続ける。
「契約印に異常は無さそうですね……。うーん分かりません。予測になりますが、魔力の供給が為されていないという事はステータスの増強も為されていないという事になります。つまりポンさんには増強が必要無いということなのではないでしょうか?」
ふむ、確かに私の留居に魔力が必要ならば私を異世界まで送還せねばならなくなる。そんな事を日常的に行えば術者の命に関わって来るであろう。
それを防ぐための措置が術式に組み込まれていた、と考えるのが自然である。
あの不完全な術式にそこまで高度な条件選択が組み込まれていたとは違和感を禁じ得ないが、今はそれで納得しておこう。むしろ自由に動き回れる分好都合である。
「ありがとう、大体把握した。私の活動に制限は無さそうだということだな」
フェリシアに握られていた左手を引き寄せ、自身でも眺めてみる。
この世界の魔術体系は分からないが、魔法と呼ばれるからには様々な法則があるのだろう。
それを学ぶというのも面白そうだ。
◇ ◇ ◇
「いいえ! 制限ならあるわ!」
私の台詞に異を唱えたのはエイラである。
少し怒っているように見える。
「魔王級の使い魔が好き勝手に動き回れると思っているの? 私の側を離れたらダメよ。当たり前じゃない」
そう言って顔を赤くする。
管理責任がある、という内容のはずだが独占欲の主張のような言い回しになってしまい照れているのであろう。
私はエイラに笑顔を向けた。
「ああ、分かっている。お前を助ける為に私はここに居るのだ。お前に出来ない事があれば私が補助しよう。お前に敵が居るならば私が滅してやろう。お前に喜びがあれば祝福してやろう。お前と契約した時から、私にとってそれは決定事項なのだ。――忘れないで欲しい。私はいつでもお前の味方だ」
エイラは顔を真っ赤にしている。
少し茶色の入った赤毛と同じくらいの色合いである。
私の誓約とも取れる発言を聞き完全に動揺していた。
「ななな何を言っているのよ。あ、あ、当たり前でしょ! あなたはあたしの使い魔なんだからそれで普通なのよ……。ああもう驚いたじゃないのよ。やだやだ」
そう早口でまくし立てると背中を向けてしまった。
顔を手で扇いでいる辺りが実に微笑ましい。




