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体が次元の壁を越えた瞬間、私は自分で次元の裂け目を閉じる。
私が帰還する為には少し空いている位が丁度いいのだが、この不完全な術式では接続を固定できず、恐らく世界に悪い影響を与えてしまうであろう。それを防ぐにはこうするしか無いのだ。
代わりに次元の座標を記憶しておく。
本当ならメモでも取りたい所だが、残念ながら既に物理法則の乱れが発生しているため断念した。
それにしても引っ張る力だけは強い術式だ。私が色々と後始末をしている内にもお構いなしに引きずって行こうとする。
これは果たして故意に行っているのか、それとも術式の仕様なのかは分からないが、故意に行っているならば不完全さから見てまともな性格の術者であるとは思えないし、仕様ならば術式の練度が低すぎるという事になる。
私がまだ見ぬ術者に思いを巡らす内にも次元間の移動は続く、思っていたよりも距離があるようだ。
――草木一本生えていない滅びた荒野、逆に金属の塊が幾何学的な組み合わせで組み上げられた文明、足が6本ある動物に乗って戦争をしている男達とそれを率いる女性の姿、などなどここから垣間見える世界達は見ていて飽きさせない。今度次元を渡り訪ねて行くのも一興なのかも知れない。
尤も、私の生命の源たる魔力が存在する世界であることが第一条件ではある。
そういえば今向かっている先には魔力があるのであろうか。術式を用いている事から魔力とその活用法に長けているとは考えているが、何かしらの道具と素材で術式のみを発動させている可能性も無いわけではないのだ。心の準備はしておくに越したことはなさそうだ。
引き寄せる力が強くなってきた。
それは術式の発生源に近付いたという事。
――出口が近い様だ。
◇ ◇ ◇
――光が見える。
それは新たな世界より歓迎の祝福を受けているかの様な錯覚を受けてしまうような神々しい光だ。実際は次元の狭間にある光源が術式の空けた穴しかない事に起因するわけだが、それでは些か味気ない。
成り行きに任せたとは言え、何らかの理由により喚ばれたのだ。歓迎される可能性は低くない。
私はそう思う事にして導かれるまま光の扉を抜けた。
光を抜けると、そこは舞台の上だった。
足元には石畳が敷かれ、眼前には取り巻く観客達が見える。
私の知る舞台とは違い階段は中央にしか存在せず、人の身長ほどの高さの階段を下りた先は靴の半ば程までの丈の短い草が密植されていた。
私は見世物として呼ばれたのであろうか、できる事ならばそれは御免被りたいものだ。
――観客達にどよめきが走る、見世物としての掴みは上々の様だ。
そして正面からだけでなく両側や背後からも観客の声が聞こえて来ることに気付く。
なるほど、これは舞台ではないらしい。
足元の石畳は良く見ると正方形の広場を形成しており、闘技場である可能性を示唆している。
見渡すと四辺の中央にそれぞれ階段が設置してあった。
先ほど私が見たものはその内の一つに過ぎなかったわけだ。
◇ ◇ ◇
闘技場であるという事は、則ち闘う相手が居るはずである。
当然不本意だが襲い掛かられるのは余り好きではない。相手の認識と警戒くらいはすべきであろう。
――相手はすぐに見付かった。
視線を下げると、なぜか足を投げ出した状態で石畳に座る少女の姿があったのだ。恐らくは彼女が術者だ。
なるほど、不完全な術式による世界への干渉は大きな反動を伴ったのであろう。さぞや尻が痛いに違いない。
「エルナ。サーバ! フェンテアロッツエミリカ!」
うむ。言語が理解できない。
少女は座ったまま私を指差し何事か言ったようなのだが、残念ながら私の知るどの言語とも一致しない。
元の世界ならば各国の公用語に不自由しない程度の語彙力を持つ私だが、さすがに異世界ともなると言語形態の一致は望むべくもなかった。
――まずは意思疎通をせねばなるまい。
私は魔力を介し念話をする技術を有しているが、その応用として相手の考えている事を読み取る事が可能だ。繊細な作業の為動いている相手には使えないという欠点はあるが、その技術にはさらに応用が可能という利点がある。
言語の取得である。
相手の思考回路、呼び掛けに対する回答など、相手の頭の中を一通り読み取ることで、話せない言語を我が物とする事が可能なのだ。
◇ ◇ ◇
私は周囲を見渡した。
足元の少女から言語を取得する事も考えたが、以前女性から取得した言語を使用した際に女性口調になってしまった失敗があるため、男性の姿を探す。
観客の大部分は少年少女の様だ。
全員が似通った服装をしている事から、何らかの教育機関なのではないかという推測が成り立つ。軍隊である可能性は現状低い。
子供たちの間にいる数名の大人は教員であろう。教員の男女比は半々程度、精神的な文明度は低くなさそうだ。
私は男性教員の一人に目を付け、階段を降りるべく移動を開始した。
階段に近付いて分かったのだが、石畳の縁に沿って透明な障壁が設置されている。触れてみると、物理障壁と魔力障壁を格子状に編んだものであることが分かった。
――なるほど、これを作成した者は腕が良い。
調査をする私の背中を指差し、またもや少女は何かしらを叫んでいるようだ。そして、それを見て観客たちは笑い声を上げる。返答してやりたいが、分からなくては手段が無い。
申し訳ないが身振り手振りは余り得意ではないのだ。
◇ ◇ ◇
障壁の調査を終える。
障壁を破壊するのはあまり得策ではなさそうだ、破壊には強度を上回る力が必要なわけだが、障壁を破壊するよりも石畳を割った方が少ない労力で済みそうである。そして固定する対象は空間ではなく石畳に設定されている様だ。
私は障壁と石畳の継ぎ目に両手の指先を当て、魔力を浸透させる。
障壁と石畳が癒着している部分を瞬間的に破砕させると同時に障壁の下に指を差し込み、一気に持ち上げた。
――例えるなら『被せられた箱からの脱出』だろうか。
少し重かったが、自身で作成したこの肉体に筋力の限界というものはそもそも存在しない。肉体が砕けてしまう物理的な限界ならば存在するが、この程度ならば問題ない。
障壁を潜り抜け手を離す私の背後から、地響きを伴う大きな音がした。
その音源である障壁に少女は取りすがり、必死に何かを語り掛けて来るのだが、やはり良く分からない。閉じ込められた事に対する苦情なのかも知れない。
閉じ込められるということは余り気持ちの良い経験ではない。私も地下や洞窟など崩れるような場所は確かに好んで入ろうとは思えないため、必死に呼び掛ける彼女の為にも早く意思疎通が出来るようになるべきだと感じた。
◇ ◇ ◇
予め目を付けていた男性教員に近付く。
男は一瞬逃げ腰になったが、周囲の子供たちを横目で見遣ると決意の表情で手に持った杖をこちらに向けた。しかしその動きは戦闘慣れしている風には全く見えない。
魔術を操るのに杖を持つ必要は必ずしも無いはず、つまり杖とは護身術として杖術の心得がある証なのだ。護身術は杖である必要も無い。『刃物を扱う野蛮な者たちとは一線を画す存在なのだ』と主張するための杖だと私は認識している。
だがこの男性には杖術の心得は無かったようだ。
不用意に突き出された杖は私に掴まれ、敢えなく奪われると放り捨てられる。一体何のための動作だったのか。
私はさらに2歩進み、男性の頭を掴んで動きを止めた。
情報取得の対象座標は動かない方が都合が良いのである。
即座に言語取得を開始した。
「があぁぁぁああぁぁあうああぁ!」
同意を伴わない急速な言語取得は苦痛を伴う。
同意を得ようにも意思疎通の手段がそもそも無いのだ。
そして例え言語が決定的に違っていても、悲鳴というものはなぜか共通しているものだ。彼の苦痛の意思だけは私に明白に伝わった。
――彼が異界の者で初めて意思疏通に成功した、というのは皮肉にすぎる話だろうか。
言語の取得を完了する。
私の世界の基準では10秒と呼ぶ長さだったが、この世界では9秒とカウントする長さだったようだ。もしかするとこの世界の住人は気の長い性質の者が多いのかも知れない。
◇ ◇ ◇
「いや! やめて! あたしの――!」
その台詞は最後まで言い切られることなく中断された。
私を召喚したであろう少女の台詞である。
それを中断させたのは、その目に映る衝撃的な映像。
つまり3本もの剣を突き立てられた私の末路を目にしたからに違いない。
――前言撤回、この世界の住人にも気の短い者が居るようだ。
私としては『あたしの』の先が気になるのだが、どうやらそれを聞けるような雰囲気ではなさそうである。
私に危害を加えたのは2名の少年少女だった。
少年の方は片手剣を両手で握り私の左脇腹を、少女の方は細剣を2本ともに違う角度から右脇腹に差し込み心臓の位置で交差するよう深々と突き刺している。
少年の方も致命傷だが、少女の方は容赦が無い。確かに男性教員に苦痛を与えはしたが、何も確実に殺しに来る事はなかろうに。
――私でなければ死んでいる所である、何事もやりすぎは良くないというものだ。
死というものは意外と身近にある。その事を意識していないからこそ人は大胆になれる。しかし意識のどこかにないと、人は簡単に命を失ってしまうものなのだ。
◇ ◇ ◇
私は両脇に居る子供たちの首を両手でそれぞれ掴んだ。
2人が逃れようと抵抗する動きを利用し、指が頸動脈を圧迫するよう掴み直した。
その事に気付いたのであろう、右手に掴んだ少女の表情が変わる。
確かに致命傷を与えたはずの相手から受ける、命に関わる攻撃に動揺したのか、視線が突き立てられた細剣へと一瞬移動したのが分かる。
現状が信じ難いのだ。そして揺るがぬ現実を再認識した頃には早くも意識が混濁し始めるわけだ。
戦闘技術の高さが『死ににくさ』に直結しない良い例である。
もちろん私は殺す気など無い。2人を解放すると即座に蹴り転がし、続いて2人の剣から私自身を解放する。
一連の動作は静寂の中で行われた。周囲の者たちは全員言葉を失ったかのようだ。
体内から除いた剣を放り捨て、私はゆっくりと階段を上る。
障壁を持ち上げて闘技場内へと帰還すると、中央まで歩いて向き直り、泣いていたのか涙で乱れ切った表情のまま座り込む少女へと語り掛けた。
「さて、言葉が通じるようになっただろうか? 聞きたい事も言いたい事も山ほどあるのだが、まずは順を追って話をしよう。私を喚んだ術者はお前か?」
少女は数秒呆けたように私を見つめ、何かに気付いたかの様に瞳の光を取り戻すとやおら立ち上がり胸を張った。
「そうよ! あたしが主人よ! あたしと契約なさい!」
ふむ。色々と補足説明が欲しい所だ。
召喚された者は通常、術者と主従契約を結ぶのだろうか。
◇ ◇ ◇
彼女が術者であるのならば、4通りの考え方ができる。
彼女と周囲の観客の反応を見る限り、召喚の術式により召喚されたものは主従契約を結ぶのが通常のようだ。その際に闘いが発生することもあるのであろう、その為に闘技場と障壁が用意されているわけだ。ここまでは良い。
1つ、素直に主従契約へと至らないのは術式が不完全であったから。というもの。
1つ、素直に主従契約へと至らないのは私の方が規格外な存在だから。というもの。
1つ、その両方である。というもの。
1つ、そもそも素直に主従契約へと至るケースは少ないが、障壁を抜け出すような被召喚物は稀で、眼前の少女の態度は虚勢である。というもの。
うむ。現状を整理すると、どう転んでも少女は被召喚物との契約に失敗し掛かっているということになる。
原因は分からないが不憫なことである。
「――済まないが、私も暇ではない。別の者を喚び出し、契約を行ってもらえないだろうか」
日々村人との交流を楽しみ、読書に時間を費やすのは少なくとも私の基準では暇とは呼ばない。
語り掛ける私の台詞に、少女のやや茶色がかった瞳は絶望の色を浮かべた。
◇ ◇ ◇
「ダメ、ダメなの! 使い魔召喚の儀式は一生に1回しかさせて貰えないの!」
少女は必死に訴え掛ける。
つまり可能ではあるが一生に1回のみ、という意味であろう。
複数回可能ならば、個人が大きな戦力を持つ事ができる。恐らくそれを未然に防ぐ為の法律の類いが存在するのだ。
ふむ。なるほど。
「契約できなかった術者は、その後どのような扱いをされるのか訊いても良いだろうか」
少女の顔が見る見る蒼ざめていく、その可能性の高さと末路が思考内で繋がり恐怖を覚えたのだろう。その顔を見ただけでも大体の予測はできる。
「――魔抜けよ。魔抜けと呼ばれるの……」
少女は自身の肩を抱き締めた。
使い魔の欠けた術者、という意味であろう。それほど使い魔との契約成功率は高く、失敗は侮蔑の対象となり得る様だ。
少女は顔を上げると私をにらみつける。
「なんでよ!」
それは私が訊きたい。どれに対する質問なのだろうか。
恐らく自身の未来を想像し、その理不尽さに腹が立ってきたのであろう。そうならば愚痴の1つも言いたくなるものだ。
瞬きの頻度が増え、少女の目の端からは涙が頬を伝い始めた。
私は何か回答しようか迷ったが、待つことにする。
少女の感情は昂ぶっているようだ。判断の材料は自ずと少女の口から出てくるに違いない。
◇ ◇ ◇
「何であたしばっかり! 自分に合ったものが召喚されるはずなのに! あんた何なのよ! 勝手にウロウロしたと思ったらカインズ先生に攻撃するわ刺されるわ平気そうだわアランとリーゼ吹っ飛ばして帰って来るわ……もう最悪よ! どう転んでも最悪よぉ!」
被召喚物の行動の責任は術者にあるのだろうか。
契約成立の前後にもよるとは思うのだが、被害者の怒りの矛先を確保する視点で法整備されているならば有り得る話である。
そして『あたしばっかり』『自分に合った』という台詞から、少女の普段の成績が窺えた。
しかし、それには矛盾が存在する。
自身の素養に合ったものが召喚される仕様ならば、成績の振るわない少女に対し私が召喚されるとは思えない。
確かに私は半ば自分から扉を開いたが、狙いは私で間違いないだろう。使い魔として魔物ではない人間の司書が対象になるとは考えにくい。
私は興味が湧いた。
成績の振るわない少女と、それに『合った』この私。
本当にそうなのか確かめてみる必要がある。
顔中から体液を放出して大変な事になっている少女に近付き、私は膝を折ると目線を合わせた。
「――いいだろう」
「えっ!?」
意図は伝わらなかったようだ。
私は腰の後ろから手拭いを取り出し少女の顔を拭いた。
少女にとっては乱暴だったようで多少の抵抗に遭うが、無事に元の顔に戻った。
◇ ◇ ◇
「使い魔として契約しても良いと言っている」
手拭いを腰に通したベルトへと挟み直しながら、私は分かりやすく説明してやった。
絶望に沈んでいた少女の目元に生気が戻り、顔中にゆっくりと理解の色が広がる。そして見開かれた眼は泳ぎ始めた。どうやら歓喜を通り越し混乱を始めた様だ。
「えっ、あっ、な、なななんでよ!」
やっと少女の口から出てきたのは質問である。
「だ、だって試練とか承認とか手順が1つもクリアされてないのに契約してもらえるの?」
なるほど。手順があったのか。残念ながら初耳である。
私は頭を振ると回答した。
「お前たちの世界の基準は知らない。知らないが故に知ろうと努力し、検討した結果を述べたまでだ」
少女の動きが固まる。
ざわついていた観客たちも一様に静まり返ってしまった。
何であろうか? 聞き捨てならない台詞であったろうか。
少女を見遣ると、恐る恐るといった様子で口を開く。
「――今、『お前たちの世界』って、言わなかった?」
「ああ、言った。私が居た世界とこの世界は、次元の壁を隔てた場所に存在するという意味だ」
召喚した張本人が何と間の抜けた質問をするのだろう。
いや、それはつまり次元間の召喚は通常では有り得ないということではないだろうか。確かにそれならば、術式が次元の壁に干渉した際乱暴だったことの説明が付く。
私の仮説を裏付けるように、少女の目は再び驚きに見開かれる。
◇ ◇ ◇
「異世界ですって!? な、何ていう世界よ!」
どうやら半信半疑の様だ。
常識という天秤で量れない事を説明するのは常識ではない以上非常に難しい。説明しても理解できないからである。
私はゆっくりと頭を振る。
「落ち着け。世界は、世界だ。国名ならばともかく世界に名前が付いているはずがなかろう?」
名前というものは識別する為の記号だ。
つまり識別する必要の無い、1つしか無いものに対して命名されることはまず無い。次元間での移動が可能な存在が次元の狭間でのみ考える必要が出てくる問題なのだ。
どの文献を見ても残念ながらその視点に立って話をする論者は居らず、従って命名などされていないのが現状だ。
「そう? この世界はイロンレイアというのよ」
なんだと……。
命名した者はさぞ奇抜な精神性を持つ者に違いない。
賛同者など望むべくも無い、世界という大きな対象の命名をやってのけたのは大した胆力だ。羨ましいものである。
私は気を取り直し、生じた疑問をぶつける。
「異世界からの召喚とは珍しいものなのか?」
少女は勢い込んで答える。
先ほどまで見苦しい程に号泣していた子と同一人物とは信じがたいが、未だ真っ赤な目尻がその名残りを示していた。
「当たり前じゃない! 異世界からの使い魔召喚に成功した方々は、例外無く偉大な魔法使いになっているのよ!」
少女は自然と両手を胸元で組み、視線を中空へと彷徨わせるとほう、と大きな溜息を吐いた。
大方『偉大な魔法使い』とやらになった自身の姿を想像しているのであろう。
◇ ◇ ◇
「ふむ。大体把握した。契約の締結を行おう」
言って立ち上がる私の姿を少女は数秒呆けたように見つめ、大事なことを思い出したのであろう。表情を引き締めた。
「そ、そうね。――手を出しなさい」
素直に左手を差し出すと掴まれ、裏返される。
むう、手の甲を出すのが正解だったか。
少女は私の左手の先を自身の左手で掴んで固定し、残った右手で腰の後ろを探る。恐らく何らかの道具を使用するのだ。
――取り出したのは短い棒だった。
右手に持ったそれを私の手の甲に当てると、神の言語で魔力に対し語り掛け始める。人間が魔術の使用に際し扱うには、やや直接的過ぎる媒体だ。現実に対する干渉力が強いはずである。
少女の体内で魔力が練られていくのが見えた。しかし妙に不安定に見える。原因は神の言語の使用にもあると思われるが、練られる過程で速度が高い部位と低い部位があるのを見るに、何らかの別の要因もあるようだ。
やや練りすぎだと感じる魔力が一気に棒へと殺到した。
「――きゃあ!」
なるほど、握った棒は魔力に指向性を持たせる為の道具らしい。練られすぎた魔力を受け止めきれず、弾けるような音を立てて折れてしまった。
「ああっ! どうしよう! こんな時に失敗するなんて……」
折れてしまった棒を手に、途方に暮れた顔をする。
儀式に必要なものだったのだろうか。
◇ ◇ ◇
「その棒は儀式に対しどのような役割を果たすのだ?」
――動きを止めてしまった少女に問い掛ける。
もしかすると代用品があるかも知れない。
「役割も何も、杖が無くちゃ魔法は使えないわ」
何と、その棒はこの世界では杖と呼ぶようだ。
私の知る杖術の型をあの棒で繰り出すのはどう考えても難しいと思うのだが、これも文化の違いというものだろう。
そして魔力の流れを見る限り、棒は単なる通路だ。
私は右手を少女の前に持って行き、人差し指を立てた。
――そして指先に火を灯す。
「見ろ。杖など無くとも魔力は扱える。使わなければ良いだけの話であろう? 何を落ち込んでいる」
杖無しに魔法を使うなど考えたことも無かったのか、驚愕の表情で硬直する少女の右手から杖の残骸を取り除く。
そしてそのまま右手の人差し指と中指を広げさせ、私の左手の甲へと導いた。
「先ほどの術式をもう一度試してみるのだ。杖の代わりに私が微調整を担当しよう」
少女は手元と私の顔を交互に見つめ数秒迷っていたが、やがて決意の瞳を私へと向ける。そして目を閉じると神の言語を唱え始めた。
「其処は此処へ。此処は其処と歩まんとす。なれば其処は此処に従うべし。其処は此処の使いとして此処に仕える契約を結ぶべし」
少女の体内で練られた魔力が意思の下で現実へと干渉する力に変換されて行く。
私はそれらが出口を求め乱れようとする動きを宥め、右手へと優しく導いた。
私の左手の甲が発光を開始する。光はうねりねじれると、やがて見たことの無い形の魔方陣へと変化し甲へと貼り付いた。
なるほど、これが契約印というわけだ。
◇ ◇ ◇
光は収まり、練られた魔力もその全ての消費を終えるのが見えた。どうやら契約の儀式は終わったようだ。
「嘘みたい。あたしがちゃんと魔法を使えるなんて……」
私にとっては大したことをしていないのだが、少女にとっては貴重な体験だったようだ。これが彼女の成績向上に繋がる事を願うばかりである。
「さて、早速で悪いのだが名前を教えてもらえないだろうか」
私は手を離し1歩後退すると、改めて少女に問い掛けた。
良く考えると聞く時機が遅いような気もする。
それは少女も同意見だったようで、私の台詞に笑い出した。
「あはははは! それを今聞く? 遅すぎよ! でもまぁいいわ、よく考えたらあたしもあなたの名前聞くの今まで忘れてたもの!」
少女は目の端の涙を拭うと衣服の埃を叩き、居住いを正す。
「あたしの名前はエイレリア=ノールド。エイラで良いわ」
そう言って彼女は右手を差し出した。
異世界の風習が握手である可能性は五分五分だが、向けられた手の向きを見る限り恐らく正解だ。
私は差し出された右手を握り返し、名乗る。
「私はこことは異なる世界に自然発生した魔物。魔力を生命活動の根幹とする吸魔と呼ばれる存在だ。周りの者からはポンと呼ばれている。エイラもそう呼ぶと良い」
私の説明に眉根を寄せるエイラ。
私の様な種族名を聞いたことがないのであろう。元の世界でも稀有な存在だったのだから仕方あるまい。
「ポン……覚えやすいわね。ところでポン。あなたの強さは何級に当たるの? 人型だから強いんでしょ?」
『人型だから強い』の部分が理解不能である。
恐らくこの世界の基準として、使い魔を強さによって◯◯級という単位で区別しているのであろうが、自分がそれのどれに当たるのか分かろうはずもない。
いや、待て。引っ掛かる語彙がある。
これは男性教員から奪った知識の中から回答可能なようだ。
世界の興滅に影響を与え得る、は言い過ぎだ。
複数の国家の存亡に影響を与え得る、辺りが妥当だろうか。
「私の強さは――。魔王級だ」
祝福ムードに沸いた周囲の表情が凍り付くのが分かった。




