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――昼下がりの柔らかい陽光が家々の壁を揺らしている。
春を迎えようかというこの時期ならではの少し強い風も、私の歩みを止めるではなく心地よさを与えてくれた。
住んでいる村の中央を走る道は整備されているとはお世辞にも言い難いが、歩く上で支障があるほどでもない。毎日の様に通う私の愛する道だ。
目的地は程なく見えて来た。
木造の多い村の中でも珍しい煉瓦による建造物、緑色の屋根が特徴的な図書館である。
「あら、ポンさんこんにちは。今日は少し遅い時間なのですね」
扉を開けると、司書のメリッサがいつもの様に微笑み掛けてくれる。彼女は分け隔てなく接してくれる村人の一人だ。私を、と言うよりも本が好きな者に対して偏見が無いのであろう。
「ああ、君のお奨めはとても良かったが、読むのに少し時間が掛かってしまった」
彼女は口元に手を遣り楽しそうに笑うと、苦笑しつつ本を差し出す私の手から返却物を受け取った。
「そうそう、魔術関連の棚に新刊が入ったんですよ」
今日のお奨めを尋ねる私に、メリッサは音の鳴らないよう軽く手を叩きつつそう答えた。
図書館だけに騒音には気を遣っているようだが、残念ながら私達以外に利用者は居ない。
恐らく癖になってしまっているのであろう。
受付のカウンターへと本を置き返却処理を始めた彼女に礼を言い、私は得た情報を元に魔術関連の棚へと向かう。そう大きくない図書館だけに迷うようなことはない。
――魔術を得意とする私だが、それは生まれつき魔術が使えるというだけであり魔術の知識を得られる場所というものは意外と少ないのだ。
例外なくここの棚も既に網羅している。そしてそこに新刊が入ったと言うのならば、見逃す手は無いのである。
◇ ◇ ◇
『呪術入門』
『飛行魔術の世界』
『おいでよ! 焼こうよ! 火属性の魅力』
様々な表題が目を楽しませる。
それが図書館の醍醐味だと私は思っているのだが、残念ながらなぜか今まで賛同者が得られた試しは数えるほどしか無い。
所狭しと並ぶ本棚には法則性がある。
生活関連の書物は入口に一番近い列に、次の棚は学術書、そして子供向けの本を挟んでさらに奥は物語系の書籍が続く。
――魔術関連の棚は学術書に属するため比較的近い場所にあった。
音順に並べられているのは既刊のみ、新刊は通路に一番近い棚へと一定期間置かれるのだ。
私は迷う事なく目的の棚へと到着した。
魔術関連の新刊は、どうやら魔力の物理変換理論に関する詳細な解説書のようだ。
私がこの体を作成する際にどのような事が起こっているのか、文字で説明して貰えるのはきっと新鮮な感覚に違いない。
私は迷わず手に取り、再び司書の元へと向かった。
◇ ◇ ◇
「新刊なので、貸し出しは一泊となります」
もはや聞き慣れた台詞だ。
メリッサはいつも通りの鮮やかな手付きで処理を終えると、微笑みと共に本を差し出した。
本との出会いを共有できるこの瞬間が堪らなく愛おしいのだと語った彼女の台詞に、疑う余地を感じない表情である。
それは例え愛情を向ける対象が本であったとしても、人ならざる私に対しての許容の一形態である事に変わりはなく、また彼女に魅力を与える要因であるとも言えよう。
――それは突然起きた。
形容するならば『建て付けの悪い扉を無理に開けようとしている』とでも表現すべきであろうか、次元の壁に対する不完全な干渉が図書館全体を小刻みに揺らしているのだ。
「地震? 珍しいですね。大きくならなければ良いのですが」
不安気に見回す彼女の手元を私は指差した。
「メリッサ。済まないがその本を棚に戻しては貰えないだろうか」
このままでは次元の壁が破壊され、異質がこの空間を共有するであろう。
すなわちそれは図書館のみならず書籍の変質を意味し、読めるような状態では無くなってしまうのだ。
そして何よりメリッサには命の危険すらある。
◇ ◇ ◇
私は即座に次元の壁への干渉を開始した。
強い力で無理にこじ開けようとしてくるならば、正しい手順でこちらから開いてやれば良いのだ。
私の意図を汲み取る事が出来ず小首を傾げたメリッサの表情が驚愕に見開かれた。
「ポンさん! 足が消えてます!」
残念ながらそれは正確な表現ではない。
私の体は地面に沈む形で徐々に次元の壁の向こう側へと移動し始めていたのだ。恐らく不完全な干渉は召喚の術式の一種なのであろうと予測できる。
掛けた眼鏡が整った鼻梁からずれ落ちる勢いで立ち上がるメリッサを右掌を向けることで制し、私は軽口を叩いた。
「どうやら一泊では返却できそうにないのでな」
肩を竦める私を司書は一瞬呆れたように見つめ、続いて表情を笑顔に変えて見送ってくれた。
「はい。またのお越しをお待ちしております!」
ああ――私もここに戻って来たいものだ。
折角の新刊をまだ1ページも読んでいないのだから。




