第三十二話 魔導塔襲撃
王城最上階――魔導塔。
砕け散った窓ガラスから冷たい風が吹き込み、黒い羽根が部屋中を舞っていた。
黒い仮面をつけた男が窓枠に立ち、その背後には十数人の黒装束の暗殺者たちが控えている。
「見つけたぞ。」
「ナザール・パルネリック。」
男の低い声が塔内に響いた。
アーマルは一歩前へ出て、ナザールを背中にかばう。
「ナザール様、私の後ろへ。」
「ですが……。」
「護衛の仕事です。」
優しく微笑むアーマルに、ナザールは頷くしかなかった。
「……分かりました。」
エルオーニは剣を抜く。
「王城で襲撃とは、ずいぶん大胆だな。」
王国最高魔導師オルフェウスも静かに杖を構えた。
「ここは王都の中心。」
「逃げ場はないぞ。」
しかし仮面の男は不敵に笑う。
「逃げるつもりはない。」
「任務はただ一つ。」
男はゆっくりとナザールを指差した。
「ナザール・パルネリックを連れ帰る。」
その言葉に、部屋の空気が張り詰める。
「連れ帰る……?」
ナザールは戸惑った。
「私を殺すのではないのですか?」
「命令は生け捕りだ。」
「生きている価値があるらしい。」
男は淡々と答えた。
アーマルはその言葉を聞き逃さなかった。
(やっぱり……。)
(狙いは命じゃない。)
(ナザール様自身に何か秘密がある。)
考える間もなく、仮面の男が手を振り下ろす。
「やれ。」
十数人の暗殺者が一斉に飛び込んできた。
「守れ!」
エルオーニの号令とともに騎士たちが迎え撃つ。
鋼と鋼が激しくぶつかり合い、魔導塔に火花が散る。
アーマルの前にも二人の暗殺者が迫る。
「はぁっ!」
一人目の拳を紙一重でかわし、腕をつかんで投げ飛ばす。
ドォン!
そのまま二人目の懐へ踏み込み、掌底を胸へ打ち込んだ。
「ぐはっ!」
二人まとめて床へ倒れる。
「な、何だこの娘!」
「速すぎる!」
暗殺者たちは驚きを隠せない。
前世で鍛え抜いた武術は、この世界でも圧倒的だった。
一方、ナザールのもとへ三人の暗殺者が迫る。
「そこだ!」
だが次の瞬間。
「ワオォン!」
ノワールが飛びかかり、一人を押し倒した。
「ぎゃあっ!」
残る二人へも牙を向ける。
完全に仲間となったノワールは、アーマルだけでなくナザールも守ろうとしていた。
「ありがとう、ノワール!」
ナザールは思わず叫ぶ。
その時だった。
仮面の男が懐から小さな黒い水晶を取り出した。
「試してみるか。」
水晶が黒く輝き、魔力が塔全体へ広がる。
オルフェウスの表情が変わった。
「まずい!」
「全員、耳を塞げ!」
しかし間に合わない。
ギィィィィン!!
耳をつんざくような高い音が響き渡る。
騎士たちは膝をつき、苦しみ始めた。
「ぐっ……!」
「頭が……!」
ナザールも胸を押さえ、その場に崩れ落ちる。
「ナザール様!」
アーマルが駆け寄る。
しかし彼だけではない。
黒い水晶の魔力は、ナザールだけに強く反応しているようだった。
仮面の男は確信したように笑う。
「やはりそうか。」
「間違いない。」
「お前の中には、まだ”王家の血”が眠っている。」
「……え?」
ナザールは苦しみながら目を見開く。
「何を……言って……。」
エルオーニも驚愕していた。
「王家の血だと……?」
仮面の男はそれ以上語ろうとしなかった。
「知りたければ生き延びろ。」
「その時、お前自身が真実を知ることになる。」
「そこまでだ。」
オルフェウスが杖を掲げる。
巨大な魔法陣が塔全体を包み込んだ。
「聖光結界。」
眩い光が暗殺者たちを包み込み、黒い魔力を打ち消していく。
「ぐっ……!」
仮面の男は舌打ちした。
「撤退する。」
暗殺者たちは煙玉を投げつける。
視界が真っ白になった。
煙が晴れた時には、彼らの姿は跡形もなく消えていた。
静寂が戻る魔導塔。
ナザールはようやく立ち上がる。
「私は……。」
「王家の血……?」
エルオーニは静かに弟の肩へ手を置いた。
「私も初耳だ。」
オルフェウスは窓の外を見つめながら呟く。
「ついに奴らも動き始めたか。」
アーマルは拳を強く握る。
(どんな秘密があっても関係ない。)
(私はナザール様を守る。)
その決意とともに、左手のマランナが優しく光を放った。
誰にも気づかれないその光は、まるで彼女の覚悟に応えるように輝いていた。
そして王城の地下深く――。
ゼルヴァンは報告を聞き、不敵な笑みを浮かべる。
「確認できました。」
「ナザールの中に眠る力は本物です。」
玉座の人物は静かに立ち上がる。
「ならば次は、羊姫とナザールを引き離せ。」
「二人が共にいる限り、計画は成功しない。」
闇の中で、新たな陰謀が静かに動き始めていた。




