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最強OL、羊に転生する。  作者: 月羽めい
雨の日の羊姫編
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第二十八話 黒狼の恩返し

ゼルヴァンが黒い霧とともに姿を消した後、レインベルの広場には静寂が戻っていた。


 町の人々は恐る恐る避難場所から姿を現し、無事を確かめ合っている。


「終わったの……?」


「助かった……。」


 騎士たちは広場の安全を確認し、エルオーニは剣を鞘へ納めた。


「被害状況を確認しろ。」


「負傷者を優先して手当てするんだ。」


「はっ!」


 その間にもアーマルは黒狼の傍らに膝をついていた。


 首輪にはまだひびが残っている。


 しかし先ほどまで感じていた禍々しい魔力は、ほとんど消えていた。


「もう大丈夫だからね。」


 優しく頭を撫でる。


 黒狼は安心したように目を細めると、アーマルの手へ鼻先を寄せた。


「クゥ……。」


 その仕草は、まるで礼を言っているようだった。


 その時だった。


 首輪が淡い音を立てて崩れ始める。


 パリン……。


 黒い首輪は細かな粒子となり、風に乗って消えていった。


 黒狼の身体を包んでいた黒い靄も消え去る。


「助かったんだ……。」


 アーマルはほっと息をついた。


 黒狼はゆっくり立ち上がると、一度だけ空へ向かって遠吠えを響かせた。


「ウォオォーーン!」


 その声は先ほどまでとは違い、力強く澄んでいた。


 町の人々から自然と拍手が起こる。


「よかった!」


「本当に元へ戻ったんだ!」


 黒狼はゆっくりアーマルへ近づく。


 そして突然――


 ペロッ。


「きゃっ!」


 頬を舐められ、アーマルは思わず尻もちをついた。


 広場に笑い声が響く。


「恩返しみたいだな。」


 エルオーニが微笑む。


 ナザールも思わず吹き出した。


「ふふ……。」


「どうやら、とても懐かれてしまいましたね。」


 アーマルは頬を押さえながら笑う。


「びっくりした……。」


「でも、ありがとう。」


 黒狼は嬉しそうに尻尾を振った。



 その時、一人の老人が杖をつきながら近づいてきた。


 レインベルの町長だった。


「辺境伯様。」


「その狼は、昔からこの森を守ってくれていた守護獣なのです。」


「守護獣?」


 ナザールが驚く。


「はい。」


「旅人が魔物に襲われれば助け、迷子になった子どもを町まで送り届ける優しい存在でした。」


「数日前に突然姿が変わり、人を襲うようになってしまったのです。」


 アーマルは黒狼を見つめた。


「だから苦しそうだったんだね。」


 黒狼は小さく頷くように鳴いた。


「クゥ。」



 その日の夜。


 一行は宿へ戻り、夕食を囲んでいた。


 しかし食卓の空気は、いつものように明るくはない。


 エルオーニが静かに口を開く。


「今回の件で、一つはっきりした。」


 全員の視線が集まる。


「敵の狙いは偶然ではない。」


「最初の盗賊も、今回のゼルヴァンも……。」


「目的はナザールだった。」


 ナザールは目を見開く。


「私……ですか?」


「おそらくな。」


 エルオーニは頷いた。


「盗賊は最初からお前を捕らえようとしていた。」


「ゼルヴァンも、お前がいる場所を狙って現れた。」


 アーマルも思い返す。


 確かに盗賊は「ナザールを捕らえろ」と叫んでいた。


 ゼルヴァンもナザールへ何度か視線を向けていた。


「でも……。」


「なぜ私なんでしょう。」


 ナザールは首を傾げる。


 エルオーニは少し考え込んでから答えた。


「今のところ断定はできない。」


「だが、私に子がいないことは王国中が知っている。」


「いずれお前がパルネリック家を継ぐと考えている者も多い。」


「……。」


「辺境伯家の力を恐れる貴族や敵国が、お前を狙っていても不思議ではない。」


 重苦しい空気が流れる。


 その沈黙を破ったのはアーマルだった。


「なら、なおさらです。」


 彼女は真っすぐナザールを見る。


「私は必ずナザール様を守ります。」


 その瞳には迷いがなかった。


 ナザールは少し照れたように笑う。


「ありがとうございます。」


「でも、あなたまで危険な目に遭うのは……。」


「護衛ですから。」


 アーマルはにっこり笑った。


「それに、守りたい人を守るためなら、私は何度でも立ち上がれます。」


 その言葉に、ナザールの胸は温かくなった。


 彼はまだ気づいていない。


 その少女が、自分の大切にしている白い羊・アルマと同一人物であることを。



 翌朝。


 一行が出発の準備をしていると、黒狼が宿の前で待っていた。


 そしてアーマルの前へ歩み寄ると、静かに頭を下げる。


「一緒に来たいの?」


「ワフ。」


 黒狼は力強く頷いた。


 エルオーニは穏やかに笑う。


「恩人を守りたいのだろう。」


「なら歓迎しよう。」


 アーマルは嬉しそうに黒狼の首を撫でた。


「今日から仲間だね。」


「あなたの名前は――ノワール。」


「ワォン!」


 新たな仲間を迎えた一行は、王都への旅を再開する。


 しかし遠く離れた王都では、ゼルヴァンが誰かへ報告していた。


「計画は順調です。」


「羊姫は予想どおり、ナザール・パルネリックを守るためなら命さえ懸けます。」


 暗闇の奥から低い笑い声が響く。


「ならば利用できる。」


「ナザールを狙えば、羊姫は必ず姿を現す。」


 闇の中で、一対の黄金色の瞳だけが静かに輝いていた。


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