第二十七話 七魔将《呪縛》のゼルヴァン
宿場町レインベルの広場。
黒いローブをまとった男――七魔将《呪縛》のゼルヴァンは、屋根の上から静かにアーマルを見下ろしていた。
「君がマランナに選ばれた継承者か。」
その声は穏やかだった。
だが、底知れない冷たさを含んでいる。
アーマルは黒狼を庇うように立つ。
「この子を利用したのは、あなたね。」
「利用?」
ゼルヴァンは肩をすくめる。
「少し呪いをかけただけだ。」
「命とは実に便利な実験材料だからね。」
その一言で、アーマルの瞳から笑みが消えた。
前世――田辺ミオだった頃も、彼女は弱い者を踏みにじる人間が大嫌いだった。
命を軽んじる者だけは、決して許せない。
「あなたには分からないでしょうね。」
静かな声で言う。
「守りたい相手がいる人の気持ちは。」
ゼルヴァンは興味深そうに笑った。
「面白い。」
「では、その信念ごと試してあげよう。」
彼が指を鳴らす。
パチン、と乾いた音が広場に響いた。
その瞬間、ひび割れていた黒狼の首輪から再び黒い魔力が溢れ出す。
「グアアアアッ!」
黒狼は苦しそうに地面を転げ回った。
「やめて!」
アーマルは駆け寄る。
しかし、その行く手を黒い鎖が塞いだ。
地面から伸びた鎖は生き物のようにうねり、アーマルの足首を狙う。
「っ!」
彼女は軽やかに跳び上がり、空中で一回転。
鎖をかわすと同時に、近くの石柱を蹴ってゼルヴァンとの距離を一気に詰めた。
「速い。」
ゼルヴァンは感心したように呟く。
アーマルの拳が一直線に放たれる。
だが――
ゴンッ!
見えない壁に弾かれた。
「魔法障壁……!」
「その通り。」
ゼルヴァンは余裕の笑みを浮かべる。
「力だけでは私には届かない。」
「なら!」
アーマルはすぐさま蹴りへ繋げる。
回し蹴り、肘打ち、掌底。
前世で極めた武術を次々と繰り出す。
しかし、すべて障壁に防がれてしまう。
「無駄だ。」
ゼルヴァンは一歩も動かない。
「面白い拳だ。」
「だが、それでは世界は変えられない。」
その時だった。
「アーマルさん!」
ナザールの声が響く。
振り向くと、小さな女の子が逃げ遅れていた。
黒い鎖が少女へ迫っている。
「危ない!」
アーマルは迷わなかった。
ゼルヴァンへの攻撃を中断し、一直線に少女へ飛び込む。
少女を抱き寄せ、そのまま地面を転がる。
直後、黒い鎖がさっきまでいた場所を貫いた。
「お姉ちゃん……。」
「もう大丈夫。」
アーマルは優しく笑う。
「お母さんのところへ行こう。」
少女は泣きながら頷いた。
その様子を見ていたゼルヴァンは、小さく笑った。
「やはりそうか。」
「君は敵よりも人を守ることを選ぶ。」
「甘い。」
「でも、その甘さこそ君の強さでもある。」
そう言うと、ゼルヴァンは空へ手をかざした。
黒い魔法陣が広がる。
「今日はここまでにしよう。」
「まだ本気では戦えないからね。」
エルオーニが剣を向ける。
「逃がさん!」
騎士たちも一斉に駆け出した。
しかし、ゼルヴァンの身体は黒い霧へと変わり始める。
「また会おう。」
「羊姫。」
「その時まで、マランナを失わないことだ。」
最後に意味深な笑みを残し、ゼルヴァンは完全に姿を消した。
広場には静寂が戻る。
アーマルはすぐに黒狼の元へ駆け寄った。
首輪のひびは残っているものの、呪いは先ほどより弱まっていた。
「もう少し……。」
「もう少しで助けられるから。」
黒狼は苦しそうにしながらも、小さく「クゥ……」と鳴いた。
その時、ナザールが近づいてくる。
「アーマルさん!」
「怪我はありませんか?」
「私は大丈夫です。」
アーマルは笑顔を作る。
だが、呪いに触れた左手は赤く腫れ、わずかに震えていた。
それを見たナザールは、そっと彼女の手を両手で包む。
「無茶をしすぎです。」
「あなたに何かあったら……私は。」
言葉を飲み込む。
アーマルは優しく微笑んだ。
「心配してくださって、ありがとうございます。」
二人はしばらく見つめ合う。
その様子を見ていたバーバラは、小さく微笑んだ。
「ふふ……。」
エルオーニも静かに頷く。
「少しずつ、距離が縮まっているな。」
しかしその頃、王都の地下深くでは――。
巨大な水晶の前に立つゼルヴァンが、誰かへ報告していた。
「確認しました。」
「マランナは完全に目覚めつつあります。」
暗闇の奥から、静かな声が響く。
「ご苦労。」
「羊姫は予定どおり王都へ導け。」
「すべては、千年前の契約を果たすために。」
その言葉とともに、水晶の中へ一人の少女の姿が映し出される。
白い髪。
桃色の瞳。
それは、眠るような表情を浮かべるアーマルだった。




