第二十五話 宿場町レインベル
街道での襲撃を退けた一行は、その日の夕暮れ前、予定どおり宿場町レインベルへ到着した。
レインベルは王都へ向かう旅人や商人たちで賑わう町だった。
石畳の通りには露店が並び、焼きたてのパンや串焼きの香ばしい匂いが漂っている。
「わぁ……。」
アーマルは思わず声を漏らした。
異世界へ転生してから、これほど大きな町を見るのは初めてだった。
「すごい……!」
目を輝かせながら、きょろきょろと辺りを見回す。
「アーマルさん。」
隣を歩くナザールが笑う。
「迷子にならないでくださいね。」
「なりません!」
そう答えた三秒後。
「……あれ?」
「宿ってどっちでしたっけ?」
「ほら。」
ナザールは苦笑しながら肩をすくめる。
「もう迷っています。」
「うぅ……。」
アーマルは顔を真っ赤にした。
その様子を見ていた騎士たちから笑いが起こる。
「さっきまであんなに頼もしかったのに。」
「町では方向音痴か。」
「戦闘最強、でも道には最弱。」
「聞こえてますよー!」
アーマルがぷくっと頬を膨らませる。
その仕草が可愛らしく、さらに笑い声が広がった。
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一行は町で一番大きな宿『金麦亭』へ宿を取った。
夕食まで少し時間があったため、エルオーニは皆へ告げる。
「一時間だけ自由行動とする。」
「ただし二人以上で行動し、時間は厳守だ。」
「「はい!」」
騎士たちは町へ繰り出していく。
ナザールはアーマルへ微笑んだ。
「約束どおり、一緒に町を歩きませんか?」
アーマルの心臓が跳ねた。
「は、はい!」
(デート……。)
(いや違う!)
(護衛! これは護衛!)
心の中で必死に言い聞かせる。
しかし頬は正直だった。
真っ赤になっている。
ナザールはその理由に気づくことなく歩き始めた。
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通りには様々な店が並んでいた。
雑貨屋、鍛冶屋、菓子店、花屋。
アーマルは見るものすべてが新鮮だった。
「このお菓子、おいしそう……。」
焼き菓子の前で立ち止まる。
ナザールは店主へ声をかけた。
「二つください。」
「はいよ!」
店主から紙袋を受け取ると、一つをアーマルへ差し出した。
「どうぞ。」
「えっ!」
「でも……。」
「初任給が入ったとはいえ、今日は私が誘ったので。」
アーマルは少し遠慮したが、ナザールの優しい笑顔に負けた。
「……ありがとうございます。」
一口かじる。
外はさくさく、中は甘い木の実の餡がたっぷり入っていた。
「おいしい!」
幸せそうに笑うアーマルを見て、ナザールも嬉しそうに笑う。
「気に入ってもらえてよかった。」
その時だった。
近くを歩いていた小さな男の子が、泣きながら二人へ駆け寄ってきた。
「おねえちゃん!」
アーマルはしゃがみ込む。
「どうしたの?」
「お、お母さんとはぐれちゃったぁ……。」
涙をぽろぽろ流している。
アーマルは優しく頭を撫でた。
「大丈夫。」
「絶対に見つけてあげる。」
ナザールも落ち着いた声で尋ねる。
「お母さんはどんな人?」
「青い服で、長い茶色の髪……。」
二人は手分けして周囲を探し始めた。
すると数分後。
「ルーク!」
女性の叫ぶ声が聞こえた。
「お母さん!」
男の子は勢いよく母親へ飛びつく。
「ごめんなさい、ごめんなさい!」
母親は涙を流しながら何度も頭を下げた。
「ありがとうございました!」
「いえ。」
ナザールが優しく微笑む。
「無事で何よりです。」
親子は何度も礼を言いながら去っていった。
その背中を見送りながら、アーマルはぽつりと呟く。
「ナザール様は、本当に優しいですね。」
「え?」
「さっきも、私より先にあの子を安心させようとしていました。」
ナザールは少し照れたように笑う。
「困っている人を助けるのは当然ですよ。」
その言葉に、アーマルは前世の自分を思い出した。
ホームから落ちた少女を助け、自分は命を落としたあの日。
(やっぱり。)
(この人を好きになってよかった。)
そう思った、その時だった。
町の広場の方から悲鳴が響いた。
「きゃあああ!」
「魔物だ!」
人々が一斉に逃げ始める。
広場の中央では、一頭の巨大な黒い狼が唸り声を上げていた。
普通の狼の倍以上ある巨体。
赤く光る瞳。
そして首輪には、不気味な黒い紋章が刻まれている。
アーマルの表情が一変した。
「あれは……。」
ナザールを庇うように一歩前へ出る。
「ナザール様。」
「私の後ろへ。」
黒狼は鋭い牙をむき、二人を見据えた。
しかしその瞳には、まるで誰かに操られているような悲しみの色が宿っていた。




