第二十四話 街道の襲撃者
パルネリック辺境伯領を出発して二日目。
一行は王都へ続く街道を順調に進んでいた。
街道の両脇には黄金色の麦畑が広がり、遠くには風車がゆっくりと回っている。
のどかな景色に、旅の緊張も少しずつ和らいでいた。
馬車の中では、ナザールが地図を広げていた。
「この先にあるレインベルという町で、今日は宿泊する予定です。」
「レインベルですか。」
アーマルは地図を覗き込む。
「どんな町なんですか?」
「街道沿いでは一番大きな宿場町ですよ。」
「料理も美味しいんです。」
「それは楽しみです!」
アーマルの目がきらりと輝く。
「前から思っていたんですが……。」
ナザールが苦笑する。
「アーマルさんって、食べ物の話になると目が輝きますよね。」
「えっ!」
図星だった。
前世でも食べ歩きが趣味だった田辺ミオの記憶は、転生後も健在である。
「そ、そんなことありません!」
「本当ですか?」
「……少しだけです。」
二人は顔を見合わせて笑った。
⸻
その頃、先頭を進むエルオーニは街道の様子に違和感を覚えていた。
(静かすぎる。)
普段なら商人の馬車や旅人と何度もすれ違う道だ。
しかし今日は誰とも会わない。
鳥の鳴き声さえ聞こえない。
エルオーニは馬を止めた。
「全員停止。」
騎士たちが一斉に周囲を警戒する。
「兄上?」
ナザールが馬車から顔を出す。
「少し様子がおかしい。」
その時だった。
ヒュン!
一筋の矢が森の中から飛んできた。
「伏せろ!」
エルオーニが叫ぶ。
矢は騎士の兜をかすめ、そのまま木へ突き刺さった。
次の瞬間。
四方八方から黒装束の男たちが飛び出してくる。
「囲め!」
「一人も逃がすな!」
二十人近い敵だった。
エルオーニは剣を抜く。
「迎え撃て!」
騎士たちも一斉に武器を構えた。
激しい戦闘が始まる。
⸻
「ナザール様!」
アーマルはすぐに馬車の前へ立った。
「ここから動かないでください。」
「でも……。」
「大丈夫です。」
彼女は静かに微笑む。
「今回はすぐ終わります。」
その言葉どおりだった。
一人目が斬りかかる。
アーマルは剣を紙一重でかわし、相手の手首を軽く叩く。
「うわっ!」
剣が宙を舞う。
二人目が背後から飛びかかる。
振り向きもせず後ろ蹴り。
男は地面を転がった。
三人目、四人目。
前世で鍛えた体術が次々と敵を制圧していく。
騎士たちは思わず戦いながら見入ってしまう。
「相変わらず強い……。」
「剣より拳の方が怖い。」
しかしその時だった。
「アーマル!」
エルオーニの叫び声が響く。
アーマルが振り返る。
その隙を狙い、一人の敵が馬車へ飛び乗っていた。
「ナザールを捕らえろ!」
「しまった!」
男がナザールへ剣を突きつける。
しかし――。
「え?」
ナザールは慌てるどころか、静かにため息をついた。
「あなた。」
「後ろですよ。」
「何?」
男が振り返る。
そこには、誰もいない。
「しまっ――」
言い終わる前に。
アーマルが男の真上から飛び降りてきた。
「隙ありです。」
ドゴン!
見事なかかと落としが男の肩へ決まる。
男は馬車の屋根を突き破り、そのまま荷台へ埋まった。
荷物の藁が舞い上がる。
しばらく足だけがぴくぴく動いていた。
周囲は一瞬静まり返る。
「……。」
「……。」
一人の若い騎士が小さく呟いた。
「生きてる?」
アーマルは荷台を覗き込み、男の脈を確認する。
「大丈夫です。」
「気絶してるだけでした。」
騎士たちは胸を撫で下ろした。
「よかった……。」
「いや、よくないけど。」
ナザールは苦笑しながら馬車から降りる。
「助かりました。」
「ありがとうございます。」
「当然です。」
アーマルは照れくさそうに笑った。
「護衛ですから。」
その笑顔を見たナザールは、自然と笑みを返す。
その様子を物陰から見つめる黒装束の男が一人。
彼だけは戦いに参加していなかった。
「……なるほど。」
男は静かに呟く。
「報告どおりだ。」
「拳だけでこれほどとは。」
男は懐から黒い水晶を取り出し、小さく囁いた。
「第一部隊は全滅。」
「ですが確認しました。」
「マランナの継承者は、予想以上です。」
水晶が赤く光る。
どこからか低い声が返ってきた。
『予定を変更する。』
『もう様子見は終わりだ。』
『――“七魔将”の一人を向かわせろ。』
その言葉に、黒装束の男は静かに頭を下げた。
「御意。」
遠く離れた空で、黒い雲がゆっくりと王都の方角へ流れ始めていた。




