第二十二話 王都からの招待状
アーマルがパルネリック辺境伯家で暮らし始めてから、一週間が過ぎた。
晴れの日も雨の日も、人間の姿を保てるようになった彼女は、毎日ナザールの護衛として行動していた。
朝は一緒に朝食を取り、執務室へ同行し、午後は領内の見回りへ出かける。
そんな日々が、アーマルにとっては夢のような毎日だった。
もちろん、羊の姿にも戻ることはできる。
人目のない場所でマランナに魔力を流すと、ふわりと白い光に包まれ、元の真っ白な羊へ変身できた。
そして時々、ナザールにブラッシングしてもらうのだった。
(この時間も幸せ……。)
ブラシで毛並みを整えられながら、アルマは目を細める。
「アルマは本当にきれいな毛並みだね。」
ナザールは優しく微笑む。
「見ていると癒やされるよ。」
「メェ。」
(私も癒やされてます。)
本人には伝わらない返事をしながら、アルマは心の中で頬を緩めた。
その様子を少し離れた場所から見ていたバーバラは、小さく笑う。
「やっぱり同じ子なのよね。」
エルオーニも苦笑した。
「ナザールだけが気づいておらん。」
「本人は鋭いところもあるのに、恋愛だけは本当に鈍感ですもの。」
二人は顔を見合わせて笑った。
⸻
その日の昼過ぎ。
一頭の白馬が屋敷の正門へ駆け込んできた。
王国騎士団の紋章を身につけた伝令だった。
「辺境伯エルオーニ・パルネリック様!」
兵士たちが門を開く。
伝令は馬を降りると、一通の封書を差し出した。
「王都より急使です。」
執務室へ通された伝令は、恭しく頭を下げる。
「国王陛下からの親書でございます。」
エルオーニは封蝋を確認した。
王家の紋章。
間違いなく本物だった。
静かに封を切り、手紙を読み進める。
すると、表情が少しずつ険しくなっていく。
「兄上?」
ナザールが心配そうに尋ねた。
エルオーニは手紙を机へ置いた。
「王都へ来てほしいそうだ。」
「何かあったのですか?」
「一か月後、王城で各地の領主を集めた会議が開かれる。」
「それ自体は毎年あることだ。」
しかし、とエルオーニは続ける。
「今回は、それとは別にある人物を紹介したいと書かれている。」
「ある人物?」
アーマルも首を傾げる。
エルオーニは手紙の最後の一文を読み上げた。
「『王国最高魔導師が、辺境伯殿にぜひ会いたいと望んでいる』……か。」
「最高魔導師!?」
ナザールが驚く。
王国最高魔導師。
王家直属の宮廷魔導師を束ねる、国内最高峰の魔法使い。
滅多に人前へ姿を現さない伝説的な人物だった。
「私たちに会いたい理由が分かりませんね。」
アーマルが呟く。
エルオーニも腕を組む。
「私にも心当たりはない。」
ただ一つだけ気になることがあった。
(マランナ……。)
もし王都がマランナの存在を知っているのなら。
あるいは古代神殿で起きた異変を感知したのなら。
この招待は偶然では済まされない。
⸻
その日の夕方。
アーマルは屋敷の庭で木剣を振っていた。
前世で身につけた型を崩さないよう、毎日欠かさず鍛錬を続けている。
するとナザールが飲み物を持って近づいてきた。
「お疲れ様です。」
「ありがとうございます。」
冷たい果実水を受け取り、一口飲む。
「おいしい……。」
ナザールは少し照れくさそうに笑った。
「王都、楽しみですね。」
「え?」
「行ったことがないでしょう?」
アーマルは苦笑する。
「ええ。」
(そもそも異世界に来てから辺境伯領しか知らないし。)
「王都には大きな市場もあります。」
「珍しいお菓子や服もたくさんありますよ。」
ナザールは楽しそうに話す。
その笑顔を見ているだけで、アーマルも自然と笑顔になった。
「じゃあ……。」
少し勇気を出して尋ねる。
「時間があったら、一緒に町を歩いてくれますか?」
ナザールは即座に頷いた。
「もちろんです。」
「案内しますよ。」
「……!」
アーマルは嬉しさを隠せず、満面の笑みを浮かべた。
その様子を廊下の陰から見ていたバーバラは、小さくガッツポーズをする。
「よし。」
「一歩前進。」
エルオーニは呆れたように笑った。
「何を応援しているんだ。」
「もちろん二人の恋です。」
「……。」
「兄上も応援してください。」
「いや、私は静かに見守る。」
そんな穏やかな時間が流れる中――。
屋敷から遠く離れた王都では、一人の黒髪の青年が王城の塔から西の空を見つめていた。
紫色の瞳には、不思議な光が宿っている。
「マランナが……目覚めたか。」
青年は静かに微笑む。
「ようやく会える。」
「アルマ。」
その口ぶりは、まるで彼女を昔から知っているかのようだった。




