第二十一話 初めての晴れの日
翌朝。
昨夜までの雨が嘘のように空は澄み渡り、眩しい朝日がパルネリック辺境伯領の草原を照らしていた。
小鳥たちのさえずりが響き、爽やかな風が屋敷の庭を吹き抜ける。
アーマルは客室のベッドの上でゆっくりと目を覚ました。
「……朝?」
寝ぼけ眼のまま窓を見る。
青空だった。
雲一つない快晴。
「えっ……!?」
彼女は勢いよく飛び起き、自分の腕や足を見回した。
白く細い指。
長い白髪。
人間の身体のままだった。
「やったぁぁぁ!!」
嬉しさのあまりベッドの上で飛び跳ねる。
「晴れてるのに人間だ!」
「すごい!」
「マランナ、本当にありがとう!」
そのまま鏡の前へ走り、自分の姿を何度も確認する。
頬をつねる。
痛い。
夢ではない。
嬉しさが込み上げ、思わず鏡の前でくるりと一回転した。
「これで毎日ナザール様の護衛ができる!」
興奮しすぎて、思わず前世の癖が出る。
「よし! 今日は腕立て百回――」
そこまで言って固まる。
「……いや、メイドさんに変な人だと思われる。」
慌てて咳払いをした。
「こほん。」
誰も見ていなくて本当によかった。
⸻
身支度を整えたアーマルは食堂へ向かう。
扉を開けると、ナザールとエルオーニ、バーバラが朝食を囲んでいた。
「あ。」
ナザールが驚いたように立ち上がる。
「アーマルさん!」
「おはようございます。」
アーマルは笑顔で一礼した。
「お、おはようございます!」
ナザールは目を丸くしている。
「今日は晴れていますよ?」
「はい。」
アーマルは内心どきりとしながら答える。
「今日は体調がいいみたいです。」
「そうなんですね!」
ナザールは心から嬉しそうに笑った。
「本当によかった!」
その笑顔を見た瞬間。
(かわいい……。)
アーマルの心臓が跳ねる。
前世では恋愛経験などほとんどなかった。
こんな風に誰かの笑顔だけで胸が苦しくなるなんて、自分でも驚いてしまう。
「どうぞ座ってください。」
バーバラが隣の席を勧める。
「ありがとうございます。」
席に着いたアーマルの前へ、焼きたてのパンとスープが運ばれてきた。
「いただきます。」
一口食べた瞬間、思わず目を輝かせる。
「おいしい!」
ふわふわのパンに濃厚なスープ。
前世のパンとはまた違う素朴な味わいだった。
夢中になって食べていると、ナザールが優しく笑う。
「口元にパンくずが。」
「え?」
気づいた時には、ナザールがそっと指でパンくずを取ってくれていた。
「はい。」
「……。」
「……。」
アーマルの思考が止まる。
(近い近い近い!!)
顔が真っ赤になる。
「だ、大丈夫です!」
慌てて椅子から立ち上がろうとして――
ガタン!
「あっ!」
椅子ごと後ろへ転びそうになる。
しかし次の瞬間。
ナザールが腕を掴んだ。
「危ない!」
ぐいっと引き寄せられ、気づけばナザールの胸にもたれかかる格好になっていた。
「ご、ごめんなさい!」
「いえ、怪我はありませんか?」
「だ、大丈夫です!」
アーマルは慌てて離れる。
耳まで真っ赤だった。
その様子を見ていたバーバラは、口元を押さえて笑いを堪えている。
(青春ねぇ。)
一方のエルオーニは紅茶を飲みながら苦笑した。
(ナザール……。)
(お前は本当に無自覚だな。)
本人は助けただけのつもり。
しかしアーマルの心臓は限界寸前だった。
⸻
朝食を終えると、エルオーニが真剣な表情で切り出した。
「アーマル殿。」
「はい。」
「昨日の件で話がある。」
空気が引き締まる。
「マランナの存在は、当家だけの秘密としたい。」
アーマルも頷いた。
「私もその方がいいと思います。」
「あの力を知れば、狙う者はさらに増えるだろう。」
「はい。」
エルオーニは続ける。
「そして今日から正式に、ナザールの専属護衛として屋敷で生活してほしい。」
「えっ?」
アーマルは目を丸くする。
「この屋敷に……住むんですか?」
「もちろん部屋は用意する。」
「給金も支払おう。」
「どうだ?」
アーマルは嬉しさを隠しきれなかった。
(毎日ナザール様の近くにいられる!)
心の中では飛び跳ねている。
しかし表面上は落ち着いて一礼した。
「喜んで、お受けいたします。」
ナザールも笑顔で手を差し出した。
「改めて、よろしくお願いします。」
アーマルはその手を握る。
「こちらこそ。」
二人の手が重なった、その瞬間。
左手のマランナが、誰にも気づかれないほど淡く輝いた。
まるで二人の未来を祝福するかのように。
だが同じ頃、王都へ向かう街道では、黒いローブを纏った男が伝書鳩を空へ放っていた。
「報告しろ。」
「マランナは目覚めた。」
「──”あのお方”へ。」
男の不気味な笑みは、朝日に照らされても消えることはなかった。




