第十九話 マランナの試練
石の騎士が、大剣を振り下ろした。
轟音とともに風圧が地下神殿を駆け抜ける。
「アーマル殿!」
エルオーニの叫びが響く。
だがアーマルは慌てることなく、一歩だけ横へ踏み出した。
ドゴォォン!!
大剣は祭壇の石床を粉々に砕き、砕石が雨のように飛び散る。
その隙にアーマルは石の騎士の懐へ滑り込んだ。
「硬そうですね。」
軽く拳で胴を叩く。
ゴン、と鈍い音が返ってくる。
「……うん、すごく硬い。」
場違いな感想に、後ろの騎士たちが思わずずっこけそうになる。
「今それを言うのか!?」
「いや、見れば分かる!」
こんな緊迫した状況なのに、アーマルはどこか天然だった。
石の騎士は左腕で薙ぎ払う。
アーマルはしゃがんで回避し、その勢いのまま足払いを放つ。
しかし――
ゴッ。
「……。」
「……。」
「動きませんね。」
当然だった。
三メートルを超える石像が、人間の足払いで転ぶわけがない。
「少し恥ずかしい……。」
耳まで赤くなるアーマル。
騎士たちは思わず吹き出した。
「かわいい……。」
「いや、戦闘中だぞ!」
エルオーニも思わず苦笑する。
(強いのに天然とは……。)
その瞬間だった。
石の騎士の目が赤く輝く。
「対象解析。」
「戦闘能力……危険度S。」
「排除優先対象変更。」
ゆっくりと顔がアーマルへ向く。
「危険度……S?」
騎士たちがざわめく。
「そんな判定があるのか。」
「俺たちは?」
「危険度C。」
石の騎士が即答した。
一瞬、地下神殿が静まり返る。
「……。」
「……。」
「ちょっと待て。」
一人の若い騎士が叫ぶ。
「俺たちC!?」
「団長でもCですか!?」
石の騎士は淡々と答える。
「はい。」
「あなたもCです。」
「なんで敬語なんだ!」
騎士たちから総ツッコミが入る。
緊張感が少しだけ吹き飛んだ。
アーマルも思わず笑ってしまう。
「ふふっ。」
だが次の瞬間。
石の騎士の胸が開いた。
内部から青白い魔力が集まり始める。
エルオーニの顔色が変わった。
「まずい!」
「魔導砲だ!」
巨大な魔力弾が放たれる。
一直線にアーマルへ迫る。
逃げれば後ろの騎士たちへ直撃する。
アーマルは逃げなかった。
両足を踏み込み、拳を静かに構える。
(前世でも、こんなのは見たことない。)
(でも。)
(守るって決めた。)
彼女は深く息を吸った。
そして、放たれた魔力弾へ向かって――
正拳突き。
ドォォォォォン!!
地下神殿全体が揺れるほどの衝撃。
騎士たちは腕で顔を覆う。
煙が晴れた時。
そこには。
「消えた……。」
魔力弾が跡形もなく消滅していた。
アーマルは拳を軽く振る。
「ちょっと手が痺れました。」
騎士たちは絶句する。
「殴って消した……。」
「魔法を拳で……?」
「そんなのありか!?」
エルオーニは額へ手を当てた。
(もう驚くのをやめよう。)
(この娘は規格外だ。)
その時。
祭壇の中央に置かれたマランナが、一際強く輝き始める。
地下神殿全体へ、美しい女性の声が響いた。
『試練を乗り越えし者よ。』
『最後の問いに答えなさい。』
石の騎士の動きが止まる。
すべてが静まり返った。
声は優しく問いかける。
『あなたは何のために、この力を望みますか。』
エルオーニも騎士たちも息を呑む。
財宝のためか。
名誉のためか。
権力のためか。
様々な答えが頭をよぎる。
しかしアーマルは迷わなかった。
「私は……。」
少しだけ照れくさそうに笑う。
「好きな人と、一緒にいたいんです。」
一同がぽかんと口を開ける。
「え?」
アーマルは頬を赤くしながら続けた。
「その人を守って、笑顔でいてほしくて。」
「だから、人間の姿でずっと隣にいたい。」
「それだけです。」
沈黙。
数秒後。
マランナが眩い光を放った。
『――合格。』
その瞬間、石の騎士は静かに剣を下ろし、片膝をついた。
そして祭壇の上の銀色の指輪が、ふわりと宙へ浮かび、ゆっくりとアーマルの左手へ飛んでいく。
まるで何百年も前から、その手を待ち続けていたかのように。




