第十八話 封印された地下神殿
黒装束の集団が退却したあとも、霧深き森には静かな雨が降り続いていた。
神殿の前では負傷した騎士たちの手当てが行われ、兵士たちは周囲の警戒を続けている。
エルオーニは地下へ続く石階段の前に立ち、深く息を吐いた。
「全員、慎重に進む。」
「罠がある可能性も高い。」
「「はっ!」」
騎士たちが松明に火を灯す。
アーマルも一歩前へ出た。
「私が先頭を歩きます。」
エルオーニは少し驚いたような顔をした。
「危険だぞ。」
「だからです。」
アーマルは穏やかに笑う。
「一番丈夫なのは私ですから。」
その言葉に騎士たちは苦笑した。
「否定できない……。」
「さっき七人まとめて倒してたしな。」
緊張した空気が少しだけ和らぐ。
エルオーニも笑みを浮かべた。
「頼もう。」
⸻
地下へ続く石階段は、百年以上誰も歩いていないように埃をかぶっていた。
湿った空気が肌にまとわりつく。
水滴が天井から落ち、静かな音を立てる。
松明の明かりだけを頼りに、一行はゆっくりと地下へ降りていった。
やがて階段の終わりに、大きな石扉が現れる。
高さは四メートルほど。
表面には無数の古代文字が刻まれ、中央には円形の紋章が描かれていた。
アーマルはその紋章を見た瞬間、胸がざわついた。
(どこかで見た……。)
記憶をたどる。
昨日、書庫で見た本。
そこに描かれていた指輪――マランナ。
中央の宝石を囲む蔦模様と、まったく同じ紋章だった。
(間違いない。)
この遺跡はマランナと関係がある。
エルオーニも紋章を見つめる。
「読める者はいるか?」
誰も首を横へ振る。
古代文字を理解できる者はいない。
その時だった。
アーマルの頭の奥に、不思議な声が響いた。
――《資格ある者よ》
「え……?」
思わず声が漏れる。
騎士たちが振り返った。
「どうしました?」
「い、いえ……。」
気のせいだろうか。
しかし再び声が響く。
――《我に触れよ》
アーマルの身体が、まるで導かれるように石扉へ近づいていく。
「アーマル殿?」
エルオーニが呼び止める。
だが彼女は聞こえていないようだった。
ゆっくりと右手を伸ばす。
そして紋章へ触れた瞬間――。
ゴォォォォン!!
地下神殿全体が大きく揺れた。
「な、何だ!?」
「地震か!?」
兵士たちが慌てて身構える。
石扉に刻まれた古代文字が青白く輝き始め、一文字ずつ光を放つ。
やがて重々しい音とともに、数百年間閉ざされていた扉がゆっくりと開いた。
誰も言葉を失う。
「開いた……。」
エルオーニが呟く。
「鍵も使わずに……。」
アーマル自身も驚いていた。
(私が開けたの……?)
中から冷たい風が吹き抜ける。
その奥には、巨大な円形の祭壇があった。
祭壇の中央には石の台座。
そして、その上に一本だけ。
銀色に輝く美しい指輪が置かれていた。
乳白色の宝石を宿したその姿は、書物に描かれていた挿絵と寸分違わない。
「マランナ……。」
アーマルは思わずその名を口にした。
その瞬間。
指輪が眩い光を放ち始める。
まるで彼女を待っていたかのように。
しかし同時に、祭壇の床へ巨大な魔法陣が浮かび上がった。
ギィィィ……!!
地響きとともに、祭壇の奥の石像が動き始める。
高さ三メートルを超える石の騎士。
両目には赤い光が灯り、大剣を握りしめていた。
「侵入者……排除スル。」
低く響く機械のような声。
騎士たちの顔色が変わる。
「石像が動いた!」
「魔導ゴーレムだ!」
エルオーニが剣を抜く。
「全員、戦闘準備!」
しかしアーマルは祭壇の上の指輪から目を離せなかった。
胸の奥で何かが強く脈打っている。
――《来て……アルマ》
今度ははっきりと聞こえた。
“アーマル”ではない。
“アルマ”と。
羊として生まれ変わった、今の自分の本当の名前を呼ぶ声だった。
アーマルは静かに拳を握る。
「……あなたが、私を呼んでいたの?」
次の瞬間、石の騎士が轟音とともに大剣を振り上げた。
その一撃は、祭壇ごとアーマルを叩き潰そうとしていた。




