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最強OL、羊に転生する。  作者: 月羽めい
雨の日の羊姫編
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第十七話 戦乙女アーマル

霧深き森。


 激しい雨が木々を打ちつけ、地面はぬかるみに変わっていた。


 崩れかけた古代神殿の前では、エルオーニ率いる調査隊が黒装束の集団に包囲されている。


 騎士たちは肩で息をし、鎧には無数の傷が刻まれていた。


 それでも誰一人として剣を手放してはいない。


「まだ立つか、辺境伯。」


 黒装束の男が嘲るように笑う。


「降伏するなら命だけは助けてやろう。」


 エルオーニは剣先をゆっくりと持ち上げた。


「断る。」


 その一言だけだった。


 辺境伯として、領民を守る者として。


 ここで膝をつくことなどできない。


「そうか。」


 男は剣を構える。


「では死ね。」


 その瞬間――。


「その人に、指一本触れさせません。」


 澄んだ少女の声が森に響いた。


 全員が振り返る。


 雨の向こうから、一人の少女がゆっくりと歩いてくる。


 雪のように白い髪。


 雨に濡れてなお輝く桜色の瞳。


 その姿に、エルオーニは目を見開いた。


「アーマル殿!」


「間に合ってよかったです。」


 アーマルは穏やかに微笑みながら、エルオーニたちの前へ立つ。


「ここからは私が引き受けます。」


 黒装束の男が鼻で笑った。


「小娘一人で何ができる。」


「……そうですね。」


 アーマルは少しだけ首を傾げる。


「試してみますか?」


 その言葉と同時に、男が剣を振り上げた。


「舐めるなぁっ!」


 鋭い斬撃がアーマルへ迫る。


 しかし。


 彼女は半歩だけ前へ出た。


 そして男の手首を軽く掴み、その勢いを利用して身体を回転させる。


「え?」


 男の身体が宙へ浮いた。


 次の瞬間。


 ドォン!!


 背中から地面へ叩きつけられる。


 一本背負いだった。


 あまりにも鮮やかな投げ技に、周囲の騎士たちは呆然とする。


「な……。」


「今、何をした?」


 黒装束の男は起き上がろうとするが、呼吸ができない。


 肺から空気が押し出され、身体が言うことを聞かなかった。


「柔術です。」


 アーマルはさらりと言う。


「力が強い相手ほど、よく決まるんですよ。」


 もちろん、この世界に柔術という概念はない。


 誰も意味が分からなかった。


「化け物め!」


 別の男が横から短剣を突き出す。


 アーマルは身体をわずかに捻り、攻撃を避ける。


 そのまま男の腕を取り――。


 バキッ!


「ぎゃあああ!」


 肩関節を外された男が悲鳴を上げた。


「安心してください。」


 アーマルは落ち着いた声で言う。


「ちゃんとはめ直せば治ります。」


「安心できるか!」


 騎士たちが思わず心の中で突っ込む。


 緊迫した戦場にもかかわらず、妙な空気が流れた。


 その隙を突いて、残る敵が一斉に飛びかかる。


「囲め!」


「数で押せ!」


 七人の男たちが同時に襲いかかる。


 エルオーニは叫んだ。


「アーマル殿!」


 しかし。


 アーマルは静かに息を吸い込んだ。


(前世では十人相手の組手も日常だった。)


(落ち着いて。)


 男が剣を振る。


 避ける。


 拳を放つ。


 一人。


 蹴りで足払い。


 二人。


 肘打ち。


 三人。


 投げる。


 四人。


 後ろ回し蹴り。


 五人。


 手刀。


 六人。


 最後の一人が恐怖で足を止めた。


「ば……化け物だ……。」


 その言葉に、アーマルの動きが止まる。


 胸が少しだけ痛んだ。


 前世でも、何度も言われた言葉だった。


 強すぎる。


 女らしくない。


 怖い。


 だから誰も近寄らなかった。


 その記憶が一瞬だけ脳裏をよぎる。


 しかし――。


「違います。」


 アーマルは静かに首を横へ振る。


「私は、大切な人を守りたいだけです。」


 その瞳はまっすぐだった。


 迷いはない。


 最後の男は剣を捨て、震えながら後ずさる。


「ひ、引け!」


「退却だ!」


 黒装束たちは仲間を抱え、森の奥へ逃げ去っていった。


 静寂が戻る。


 雨音だけが森に響く。


 騎士たちはしばらく動けなかった。


 目の前で起きたことが信じられない。


 王国屈指の実力者である自分たちが苦戦した敵を、一人の少女が数分で退けてしまったのだから。


 エルオーニは剣を鞘へ納めると、深く頭を下げた。


「……また助けられた。」


「ありがとうございます。」


 アーマルは慌てて両手を振る。


「頭を上げてください!」


「当然のことをしただけです。」


 エルオーニは静かに微笑む。


「いや。」


「君は我がパルネリック家の恩人だ。」


 その言葉に、アーマルは照れくさそうに頬を赤らめた。


「そんな大げさですよ。」


 その時、一人の騎士が神殿の奥から駆けてきた。


「辺境伯様!」


「遺跡の最奥で地下へ続く階段を発見しました!」


 エルオーニの表情が引き締まる。


「地下だと?」


「はい。」


「しかも扉には古代文字が刻まれています。」


 アーマルの胸が高鳴る。


 昨日、本で見た伝説。


 『マランナ』。


 もしかすると、この遺跡の奥に眠っているのかもしれない。


 雨はまだ降り続いている。

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