第十五話 霧深き森への調査
翌朝。
辺境伯家の中庭には、十名ほどの騎士と兵士が整列していた。
鎧の点検を終えた騎士たちは、それぞれ剣や槍を携え、森への出発を待っている。
エルオーニは全員を見渡し、静かに口を開いた。
「今回の目的は討伐ではない。」
低く落ち着いた声が響く。
「霧深き森に残された足跡と遺跡の調査だ。不審者を見つけても無理に追うな。まずは情報を持ち帰ることを優先しろ。」
「「はっ!」」
兵士たちが一斉に返事をする。
その様子を、少し離れた場所からナザールが見つめていた。
「兄上……。」
本当は自分も行きたい。
だが、兄の言うことは正しい。
今の自分では足手まといになるだけだ。
エルオーニは弟の肩を軽く叩いた。
「留守は任せたぞ。」
「……はい。」
ナザールは笑顔を作ったが、その表情には悔しさが滲んでいた。
⸻
一方、羊小屋では。
「メェェ……。」
アルマは柵の中をぐるぐると歩き回っていた。
(行きたい……。)
森の遺跡。
マランナが眠っているかもしれない場所。
それなのに今の自分は羊。
何もできない。
もどかしさで前脚を地面へ打ちつける。
「メェッ!」
「おや?」
羊小屋の前を通りかかったバーバラが、不思議そうに首を傾げた。
「アルマちゃん、今日は元気いっぱいね。」
アルマは慌てて大人しく草を食べ始める。
(危ない危ない……。)
危うく羊らしからぬ行動を取るところだった。
バーバラはクスリと笑う。
「ナザールに会えないから寂しいのかしら?」
「メェ!?」
図星だった。
思わず固まるアルマを見て、バーバラは楽しそうに微笑む。
「ふふっ。本当にナザールのことが好きなのね。」
(好きです! 大好きです!)
心の中では全力で頷く。
もちろん声にはならない。
その可愛らしい反応に、バーバラはすっかり癒やされていた。
⸻
その頃、霧深き森では――。
エルオーニ率いる調査隊が慎重に森の奥へ進んでいた。
昼間にもかかわらず薄暗い森は静まり返り、鳥の鳴き声すら聞こえない。
「辺境伯様。」
一人の兵士がしゃがみ込む。
「足跡です。」
湿った土には、いくつもの靴跡が残っていた。
しかも最近ついたものだ。
エルオーニは跡を調べながら呟く。
「五人……いや六人か。」
「盗賊でしょうか?」
「分からん。」
しかし違和感があった。
歩幅が揃いすぎている。
隊列を組み、規律正しく行動していた形跡だ。
(素人ではない。)
その時だった。
先頭の騎士が声を上げる。
「見えてきました!」
木々の向こうに、巨大な石造りの神殿が姿を現した。
何百年も風雨にさらされながら、なお威厳を失わない古代遺跡。
壁には見たこともない文字が刻まれ、巨大な柱は今にも崩れそうだった。
「ここが……。」
エルオーニはゆっくりと神殿へ足を踏み入れる。
その瞬間だった。
足元に何かが光る。
「これは?」
拾い上げたのは、小さな銀色の欠片だった。
指輪の一部のようにも見える。
だが、中央から綺麗に割れている。
「辺境伯様。」
兵士が顔を青ざめさせて叫んだ。
「こちらをご覧ください!」
神殿の奥。
石畳には新しい血痕が残されていた。
さらにその先には、壁へ深く突き刺さった一本の短剣。
誰かがここで戦ったのは間違いない。
「警戒しろ。」
エルオーニが剣へ手をかける。
「まだ近くにいるかもしれん。」
騎士たちが武器を構えた、その時――。
神殿の奥から、不気味な笑い声が響いた。
「ククク……。」
全員が一斉に振り向く。
しかし、そこには誰もいない。
ただ、冷たい風だけが神殿を吹き抜けていった。
⸻
一方その頃。
屋敷では空一面を黒い雲が覆い始めていた。
ナザールが窓の外を見上げる。
「……雨?」
ぽつり、と一粒の雨が庭へ落ちる。
羊小屋ではアルマが空を見上げ、大きく目を見開いた。
そして思わず笑みを浮かべる。
(来た……!)
白い光が、静かに彼女の身体を包み始めた。




