第十四話 森に眠る魔道具
パルネリック辺境伯領の南西には、『霧深き森』と呼ばれる広大な森林が広がっていた。
昼間でも木々が陽光を遮るため薄暗く、奥地には古代魔導文明の遺跡が点在していると言われている。
そのため、領民たちは決して森の奥へ近づこうとはしなかった。
魔物が棲むという噂もあり、古くから「神々の眠る森」と恐れられている場所だった。
その森の最深部――。
崩れかけた石造りの神殿で、一人の老人が静かに石碑の前へ跪いていた。
全身を黒いローブで包み、その顔は深く被ったフードに隠れて見えない。
老人は土の中から銀色の指輪を拾い上げると、懐かしそうに目を細めた。
「三百年……。」
掠れた声が神殿に響く。
「ようやく見つけたぞ……マランナ。」
指輪の中央に埋め込まれた乳白色の宝石は、老人の手に触れた瞬間、淡く光を放った。
まるで持ち主を探しているかのような優しい光だった。
しかし老人は眉をひそめる。
「まだ目覚めてはおらぬか。」
そのまま指輪を指にはめようとする。
だが――。
パチッ!
青白い火花が散り、老人の手が弾かれた。
「ぐっ……!」
老人は数歩後ろへよろめく。
指輪は石畳へ転がり、再び静かに光を失った。
「選ばれし者でなければ触れることすら許されぬか……。」
老人は悔しそうに拳を握る。
それでも口元には不敵な笑みが浮かんでいた。
「構わぬ。」
「器となる者を見つければいいだけの話だ。」
その瞳には、どこか狂気にも似た執念が宿っていた。
⸻
一方その頃、パルネリック辺境伯家では。
「アルマ、今日も元気だね。」
ナザールが羊小屋でブラシを動かしていた。
アルマは気持ちよさそうに目を細めながらも、頭の中では昨日聞いた話を繰り返している。
(マランナ……。)
姿を自由に変えられる魔道具。
もし本当に存在するなら。
もし自分がその指輪を手に入れられたなら。
晴れの日でもナザールの隣に立てる。
護衛として働ける。
そして――。
(恋人にも……なれるのかな。)
そこまで考えてしまい、アルマは慌てて首を振った。
「メェッ!」
「どうしたの?」
ナザールが心配そうに顔を覗き込む。
「メェ……。」
アルマは誤魔化すように頬をすり寄せた。
ナザールは優しく笑う。
「君は本当に甘えん坊だね。」
(あなただからだよ。)
心の中で呟く。
その言葉が届かないことが、少しだけ切なかった。
そこへ、エルオーニが羊小屋へ姿を見せた。
「ナザール。」
「兄上。」
「少し話がある。」
兄の表情はいつになく真剣だった。
「昨夜、森の見回りをしていた兵士から報告があった。」
「何かあったのですか?」
「霧深き森の奥で、人の足跡が見つかった。」
ナザールは驚いた。
「あの森に?」
「ああ。」
エルオーニは頷く。
「しかも一人や二人ではない。」
「誰かが遺跡を探しているようだ。」
その言葉に、アルマの耳がぴくりと動く。
(遺跡……。)
胸がざわついた。
昨日聞いたマランナの伝説。
そして今日の遺跡の話。
偶然とは思えなかった。
「調査隊を出そうと思う。」
エルオーニは続ける。
「私も行きます。」
ナザールが即座に答えた。
しかしエルオーニは首を横に振る。
「駄目だ。」
「兄上。」
「お前が狙われている可能性はまだ消えていない。」
「危険すぎる。」
ナザールは悔しそうに唇を噛む。
何もできない自分が歯がゆかった。
その様子を見たアルマは、静かに決意を固める。
(私が行く。)
まだ護衛として正式に働けてはいない。
それでも、誰よりも強い自信があった。
森の調査なら、自分が必ず役に立てる。
そのためにも――。
(早く雨が降って。)
空を見上げる。
青空はどこまでも高く、雨雲一つ見当たらない。
アルマは少しだけ肩を落とした。
しかしその時、遠くの空に小さな黒い影が現れる。
一羽のカラスだった。
カラスは屋敷の上空を旋回すると、何かを見つけたように森の方角へ飛び去っていく。
その足には、小さな銀色の羽根飾りが結ばれていた。
それは、盗賊たちが使っていたものと同じ印だった。
誰かが、この屋敷を監視している。
その事実に気づいている者は、まだ誰もいなかった。




