01 供えよ巫女
「お父さん、なんで鍋がこんなに続くの?」
ゴールデンウィーク三日目の夜。
幼い私は初めて自分の意思ではっきりと両親に不満をぶつけた。
ぐつぐつと煮える音が、さらに私を蒸し暑くする。
「悪いね。七日続けなければいけないんだ」
父はそう言うと、白菜をつまみ上げた。
せめてもの償いのつもりか、母が季節外れのシャンメリーをポンと開けると私のマグカップになみなみと注ぐ。
その年の連休、我が家は、ただ鍋を食べ続けた。
翌朝、私がお鍋の雑炊を冷ますためにフーフーと息を吹きかけていると、テレビから声が聞こえてきた。
画面のなかでは、金髪のきれいな外国のお姉さんがマイクを握りしめ、バシャバシャと激しい大雨のなかでレポートをしていた。画面が切り替わると、「これで小麦の値段も落ち着きそうですね」と、大人たちがうなずき合っている。
「間に合ったね」
父はそう言うと雑炊のおかわりをした。
「なにが?」
「ごはんだよ」
父が七味を振りながら言った。
***
「はい、これ」
父は私の給食の献立表を受け取ると真剣な顔で眺めていた。
書斎の机には全国の小学校の献立が並べられている。
「優子の給食を把握しなきゃいけないんだ」
父は分厚い紙束をめくった。
「今月は『世界の料理の日』が増えているね。我が家のスパイスの配分も増やさないと……」
そして突然、指が止まった。
「うずまきパン……?」
父の顔が凍り付く。
「出会いと別れを……層状にしているというのか……?」
父には何が見ているのだろう?
そんな父を、私は黙って見ていた。
幼稚園の頃、友達の家で聞いた会話。
この会話で私は我が家が「変だ」と気づいた。
「お母さん、今日のご飯はなんなの?」
その当たり前の会話は、我が家には存在しない。
献立は、すでに決まっているものだ。
我が家には先祖代々受け継がれてきた分厚い紙束がある。
誰と食べるか。何を食べるか。
過去のページも、未来のページも。
古いページを開くと、そこにはこう書いてあった。
***
牛の肉をいと細やかに捏ねたるもの焼く。
(牛を食ふとは、いとあやしう)
らいすといふ名の米と青き菜。
塩はいと多く、黒うて辛き木の実を砕くべし。
心寄せたる人と、二人して食ふ今宵かな。
***
この献立の翌年に私は生まれた。
そして、今日の献立もまた、冊子の通りだ。
『ハンバーグ 家族で食べる』
食器を流しに運んだ私は、何気なく次の頁をめくってみた。
『供える者——あちらで食べる』
その横には、読めない文字が書かれていた。




