運命を変えろ
どれくらい泣いていただろうか? 時間感覚が分からない。感情のままに泣き叫んで、吐き出したい鬱憤を全部出し切って、ようやく冷静になった。
で、急に恥ずかしくなった。
「悪い⋯⋯情けないところ、見せちゃったな」
一言謝ってから啓吾から離れる。よくよく見ると、啓吾が着ていた制服に俺の涙やら鼻水がついてしまっている。
罪悪感で固まっていると、俺の視線の先に気付いた啓吾が『気にすんな』と笑い飛ばしていた。
「オレは何も聞いてないし、見てないぞ⋯⋯制服は後で拭くものくれ」
「いま、渡すわ」
啓吾の気遣いが少し心苦しかった。
少し待っててくれと、啓吾に声をかけて脱衣場にあるタオルを二つ持っていく。一つはあらかじめ水に濡らしておいて、鼻水やらを拭き取りやすくしておいた。
「本当に悪い」
「はははは!気にすんな!それより気分は晴れたか?」
俺からタオルを受け取った啓吾が制服についた汚れを拭きながら笑いかけてくれている。それだけで俺の胸はいっぱいだった。
本当に良い親友をもった。もっと早くに相談しておけば良かったって今更ながら後悔しているくらいだ。
「ありがとう、啓吾。お陰でスッキリした」
「そうか。ならこのタオル置いてくるついでに、顔洗ってこいよ。なんでか知らないけど酷い顔だぞ」
「分かった」
啓吾からタオルを受け取って再び脱衣場へと戻る。洗濯カゴにタオルを投げ入れて、洗面台の鏡を見ると泣き腫らした顔の女の子がいた。
酷い顔だ。
可愛くないわけじゃない。けど、泣きすぎて目が赤くなってて⋯⋯可愛いより可哀想が先にくる。そんな顔だ。
「⋯⋯ありがとう」
今の俺はどう見ても別人。男じゃない。女の子だ。そんな俺を見て⋯⋯いつもの俺のように接してくれる。それが何よりも嬉しい。
また、感極まって泣きそうになった。慌てて水で顔を洗って感情を沈める。
女の子になって涙腺が緩くなってる気がするな。気のせいか? 男だった時はこんな簡単に泣いたりしなかったんだけどな⋯⋯少し恥ずかしい。
タオルで顔を拭いて洗面台の顔を見ると先程よりはマシな顔になった女の子がいる。目元はまだ腫れてはいるな⋯⋯けど、感情が顔に出てないから先程よりはずっとマシだ。
さて、早く戻ろう。啓吾を待たせるのは申し訳ない。逸る気持ちのまま、小走りでリビングまで戻ると啓吾がバナナを食べながら俺を出迎えてくれた。
そのバナナ⋯⋯俺のお見舞い用に買ってきたやつだな。まぁ、風邪じゃないからお見舞いの必要なんてないけど。
「悪い⋯⋯腹減ってさ」
「あー、もうそういう時間か」
時計を見たら18時を回っている。長いこと俺の話を聞いて貰っていたんだな。どれくらい泣いていたかも分からないし、申し訳ないことをしたな。
「腹減ってるなら、何か作るぞ」
「マジで!じゃあ久しぶりにチャーハン食いたいわ」
「任せろ、俺の得意料理だ」
ちょうど俺も腹が減ってたし、啓吾と一緒にご飯を食べよう。
キッチンの近くにキャスター付きのワゴンが置いてあり、そこに置かれていたエプロンを身につける。女の子になったから買ったやつではないな。男の時から料理する時はエプロンをつけていた。
白い服に焼肉のタレとかが、飛び跳ねてシミになったのが凄い嫌な思い出だったからな。エプロンって偉大だぜ。
「料理中に聞いていいのか分からないけど、純平は男に戻りたいよな」
玉ねぎを切っていると、二本目のバナナを食べながら啓吾が近寄ってきた。男に戻りたい? そんなの決まってるじゃないか。
「当然だろ。お前なら分かってくれると思うけど⋯⋯チ〇コがなくなったのはつれぇよ!」
「わかるぜ!!相棒だもんな!これまでずっといた大切な存在が急にいなくなったら⋯⋯玉がヒュンッとする気分だ」
「俺にはもう、その玉すらないんだぜ」
「やめろ!辛すぎる!!」
二人して笑う。そんな些細なやり取りすら楽しくて仕方ない。
「オレの能力で男に戻ることは可能か、聞いてみてもいいか?」
「そんなことできるのか!?」
「なめんなよ、オレの能力ほど万能で優れたものはないぜ」
「ちなみに聞くけどさ、テストとかでその能力使ってたりする?」
あ、凄い勢いで顔を逸らした。こいつ!!テストで能力を使ってズルしてやがる!
やけに点数がいいなとは思ってはいた。授業中に二人して悪ふざけしている時があったし、授業を真面目に聞いている感じではなかったけど、勉強ができる奴なんだなって感心してたのに!
「お前!」
「おっと待て、それより重要なことが返ってきた」
文句を言おうとする俺を手で制して、真面目な顔を作る。
「オレの能力によると、お前は男に戻れるらしいぞ」
「うそだろ!?」
信じられない答えだ。正直、もう男には戻れないと思っていた。魔法少女になったらもう姿は変わらない。元には戻らないってあの害獣が言っていたからな。
あの野郎、俺に嘘を吐いていやがったのか!後で絶対ぶっ飛ばす。
「どうやら世界樹さまってやつに頼めば男に戻れるらしい」
「世界樹さまが?」
そんなに重要なポジションのやつだと思ってなかったな。悪魔にザーメンをかけられてる可哀想なやつって印象しかなかった。
でも、改めて考えると納得はできる。世界樹は妖精たちの王だ。妖精の力で魔法少女に人を作り替えるなら、逆もできる筈なんだ。ミューにそれが出来ないだけ!
「となると世界樹さまが悪魔の手に落ちる前に助けないといけないか」
「そうなるな⋯⋯」
急がないといけない。けど、希望が見えてきた。
男に戻れるなら、俺は以前と同じ生活を送れるかも知れない!また、以前のように啓吾と学校で笑い合える日々を送れるかも!
その為に悪魔をぶっ倒して、世界樹さまを救う!『アビリティ・ストライク』の原作を見るのと同じくらい、意欲が湧く目標ができた。
「あー、うん」
「どうした?」
啓吾のお陰で希望が見えた。ありがとうって伝えようとしたら、啓吾の顔が曇ってる。言いにくそうな顔をしているな。
「いやさ、嫌な予感がしたから別の質問をしてみたんだ。純平は元の姿に戻れるのかって」
「なるほど?⋯⋯でも、男に戻れるんだよな?」
「心して聞いてくれ。オレの能力はこう返してきた。元には戻れない。男には戻れるが、それは今の姿のように全く別人だそうだ」
「くそっ!!!」
───目の前がまた、真っ暗になるような感覚だ。希望が見えた⋯⋯その筈なのに、それが崩れ落ちていく。
嗚呼⋯⋯そう言えばミューが言っていたな。
『無理ポヨ。一度体を作り替えたら元には戻らないポヨ。ボクはそう言ってたポヨね」』
あいつは何一つ嘘は言っていない。あいつ自身の力では男には戻せない、それは本当だ。そして元には戻らないと、ちゃんと言っていた。
ふざけた話だ。
「男に戻っても、意味はないか」
「股の下に相棒は戻ってくるぜ」
「けど、そこにいるのはかつての相棒じゃない!太さも長さも!カリの高さも違う!もしかしたら包茎かも知れない!」
「お前の自慢の相棒はもう戻ってこない⋯⋯か」
俺のチ〇コはもう戻ってこない。
いや、チ〇コの話はどうでもいいんだ。どうでも良くはないけど、優先度で言えば高くない。
重要なのは男に戻っても純平じゃないってこと。結局、女の子の時と同じように社会で生きていけない可能性が高い。上手い言い訳で整形をした、なんて逃げ道もあるが⋯⋯どういう姿になるか想像も出来ないので、それが怖くて仕方ない。
───希望は潰えた。
俺は、もう女の子として生きていくしかない。
「悪い方向ばかりで考えるのはやめにしようぜ純平⋯⋯」
「けど!」
「大丈夫だ。オレたちが話しているのは明日明後日の話じゃない。まだ時間はあるんだ、二人でゆっくり考えようぜ」
「そうだな⋯⋯」
男に戻れても元の姿には戻れない。正直ショックだけど、人生そのものはまだ詰んでいない。啓吾が傍にいてくれるだけで⋯⋯俺はまだ、生きていける。
「大丈夫だよ!オレたちで思いつかない解決策もオレの能力が導いてくれる」
「万能すぎるだろその能力」
なんでこんな能力を持ってて主人公に負けるんだよ。主人公補正とか言ったらそれまでだし、雲雀が強いのはよく知ってる。
相手が悪かった、としか言いようがない⋯⋯か。
「っ───!」
「どうした?」
思い出した。いや、正確にいえば頭の処理が追いつかないから後回しにしていた。
啓吾はソルシオンだ。原作に出てくるキャラクターだ。そんでもって主人公である雲雀の敵として登場する!
初めての幹部戦として雲雀と戦い、『Los Lobos』の脅威を嫌というほどに教えた。この戦いを経て雲雀はまた一つ成長する。
その後は?
雲雀との戦闘が終わった後、ソルシオンは原作に登場しない。何故?
雲雀がソルシオンを殺したからじゃない。雲雀は週刊少年漫画の主人公らしく無闇な殺生はしない。ソルシオンは雲雀に敗れたが、命までは取られなかった。
じゃあ、何故ソルシオンは原作から消えた?
俺は知っている筈だ。ソルシオンは⋯⋯啓吾は⋯⋯雲雀に負けた後、『Los Lobos』のボスに殺される。
使えない部下はいらない、そんな理由だったか? チート能力持ちの有能な部下を短絡的な理由で殺したとかで、ラスボス(笑)でネタにされていた。俺も同じようにバカにして笑っていたな。
───笑えるかよ!
原作通りに進めばソルシオンは、啓吾はラスボスによって殺される。
啓吾が死ぬ?
俺のかけがえのない親友が?
啓吾がいない未来を俺は想像できない。啓吾がいない未来で俺は笑ってはいない。きっと⋯⋯原作を最後まで見送ったら啓吾の後を追う⋯⋯それくらいはするだろうな。
───殺させない⋯⋯。
原作介入をする気はなくなっていた。前世のようにファンとして、読者の一人として原作イベントを見守るつもりだった。けど、やめだ。
俺は啓吾を救うために、原作に介入する!
必ず───啓吾の運命を変える!
俺はきっと⋯⋯その為に、魔法少女になったんだ。
「なぁ、啓吾」
「なんだよ⋯⋯」
絶対に失わせない。もう二度と俺から奪わせない。
「これからも俺の親友として、傍にいてくれるか?」
啓吾が笑う。
「当たり前だろ!お前が嫌がっても離れるかよ」
「嫌がったら離れてくれよ」
「嫌だね」
───俺が、必ず救うから。これからもずっと、俺と一緒に笑っていて欲しい。
TSものの男友達は関係性が最強!
ところで、曇らせっていいよね?




