涙
声が似ているな、とは思ってはいた。
けど、声が似ているくらいの奴なら前世でも普通にいた。声優の声に近い、声真似がうまいをウリにする配信者がいたくらいだ。
啓吾の声を聞いて、ソルシオンと同じ声だ!啓吾はソルシオンに違いない!なんて普通は思わない。
あらかじめこの世界が『アビリティ・ストライク』の世界だと分かっていれば、そういう目線で探していたかも知れないが、俺がこの世界について気付いたのはつい最近だ。
加えて、原作に出てくるソルシオンは組織のコードネーム以外が明かされていない。顔はフルフェイスのヘルメットで見えず、他の幹部のように回想が挟まれる事もなくボスに殺された為、本名も明かされていない。
分かっているのは能力とアニメの声優くらいだ。ついで言うと俺と啓吾は幼い頃からの付き合いだが、俺が会った時は子供らしい高い声をしていた。
中学生の頃に声変わりがおき、今のような特徴的な良い声になり⋯⋯『お前声優目指せよ!』『なれるか!』キャキャみたいなやり取りがあった。
何が言いたいかと言うと、啓吾が原作キャラだって気付くのは無理がある。付き合いが長すぎて余計に気付けない。
正直、驚きすぎて事実を飲み込めないでいる。それに関しては俺の前にいる啓吾も同じか。親友が女の子になっていた、なんて当たり前に受け入れるのは難しい。
「とりあえず、中に入れよ。ここだと話せないこともあるし」
「分かった。あと、その様子だと風邪ではないよな⋯⋯これ、無駄か?」
そう言って見えるように上げた右手にはスーパーの袋が握られており、フルーツやスポーツドリンクが入っているのが見えた。
「悪い⋯⋯」
「謝らなくていいわ。純平が元気ならそれでいい」
ダメだな⋯⋯啓吾にこうして優しくされると、泣きそうになるわ。嘘をついた事の罪悪感も押し寄せてくるしな。
「なら、お礼を言わせてくれよ。来てくれてありがとう⋯⋯本当に、会えて良かった」
「純平⋯⋯」
ずっと不安だったからこそ、女の子になった俺を見て純平って呼んでくれて⋯⋯それで心が救われた。
良かった。俺にはまだ、理解者がいる。心の底から安堵した。
って、湿っぽくなっていつまで玄関でやり取りしている場合じゃないな。付いてこいよって啓吾に声をかけて家の中に入る。
俺も啓吾もお互いの家にそれこそ数え切れないほど遊びに行っている。泊まった回数も一度や二度ではない。
今更、案内なんて必要ないので先にリビングに入りまだ床に転がっていたミューを蹴り飛ばしておく。
我ながら素晴らしいコントロールだ。中学の時にサッカーをしていたお陰か、俺が蹴ったミューは壁や天井に何度かぶつかった後ゴミ箱の中にINした。一点を先取した気分だな。
「スポーツドリンクとかは冷蔵庫入れておいていいか」
「適当に入れておいてー」
啓吾が買ってきたスポーツドリンクだったり、口に入れやすいゼリーだったりを冷蔵庫に入れてくれている間に机の上を片付けしてから、布巾で拭いておく。
さっきまでダラダラお菓子食ってからな。見られても別に恥ずかしいものではないけど、これからする大事な話を前に綺麗にしておきたい気分だった。
「冷蔵庫に入ってた麦茶、二人分勝手に入れたけど良かったよな」
「中に入ってるやつは好きにしてくれていいぞ、別に」
「おっけー」
啓吾が俺が綺麗にした机の上に麦茶を置いて、普段は邪魔なのでリビングの隅においてある椅子を引っ張ってきていた。
その間にお菓子の袋だったり、ゴミだったりを処理しておく。ゴミ箱の中のミューが悶えていたので、啓吾に聞こえないように顔を近付けて囁いておく。
「今から大事な話をするから、そこから一歩も出るなよ。声も出すなよ。俺の言葉を破ったら⋯⋯分かるな?」
本当に小さな声で『分かりましたポヨ』と言っていたので、ひとまずミューは放置で大丈夫だな。
「それで、何があったんだお前」
俺が普段の定位置となっている椅子に腰掛けると、そのタイミングで啓吾が話しかけてきた。何があったか⋯⋯色々あったとしか言いようがないな、うん。
「色々だな⋯⋯本当に色々あった」
「性別が変わるくらいだもんなー」
お互いになんて切り出していいか、分かっていない感じだな。こんな特殊な状況なんてそうそうにない。
「一つ聞いていいか」
「なんだ?」
「なんで、俺だって分かったんだ? 見た目⋯⋯全然違うだろ?」
既に答え合わせを経ているので、啓吾が俺に気付いた理由は知っている。けど、これについて追求しておかないのは不自然だ。
分かりきっている解答を聞くための質問に、啓吾は口元に手を添えて少し悩んでいる様子だった。
「話せないことか?」
「話していいことか、正直悩んでる。話せば嫌でも巻き込む事になるからな⋯⋯けど、もしお前の身に起きたことがオレの知っている現象なら遅かれ早かれだ」
正直に言うと原作の啓吾───ソルシオンの能力がどのくらいの精度か、俺には分かっていない。登場回が他の幹部に比べると明らかに少ないから能力の開示があまりないんだよな。
女の子になった俺を見て一目で俺だって解ったのは、能力によるものなのは間違いない。そうじゃなければ普通は分からない。
その能力を使えば俺が魔法少女になった理由やきっかけまで分かるんだろうか? いや、啓吾の様子を見る限りだと⋯⋯分かってはいないように見えるな。そこまで万能ではないのか?
「純平は『能力』って言葉を耳にしたことはあるか?」
「聞いたことはある」
「なら、話は早い。オレは所謂、能力者ってやつだ。驚いていないところを見るとオレ以外の能力者に会ってるな? あー、言わなくてもいい、答えは解るから」
こめかみの部分に手を添えて、ふむふむと呟く。
「四人⋯⋯会ってるようだな」
雲雀と雀⋯⋯それから二人が倒した『Los Lobos』の刺客でちょうど四人。俺が話した訳ではないけど、ピッタリ当ててきている。
「驚いたか? オレの能力は簡単に言えば、オレが求める質問に答えを得るって能力だ」
「それで俺だって解ったのか?」
「そうだな。この女の子は誰だって能力を使って質問して、その答えが純平だった。正直驚いたよ。オレの能力が外れる事はないからな⋯⋯そのせいで余計に混乱した」
質問に関しては声に出す必要はない感じだな。原作を思い出す限りだと、質問してから答えを得るまでがノータイムに近い様子だった。とにかく早い、その上精度も高い。
めちゃくちゃ便利な能力だな。こんな能力を持っていながら最後は慢心が理由で主人公に敗れた。自信満々に能力について話す啓吾を見ていると原作で負けた理由がわかる気がするわ。
「で、だ。今⋯⋯能力を使って純平がオレと同じ境遇か聞いてみた」
「結果は?」
「違うって返ってきたよ。なんだったら⋯⋯オレよりも酷いって。だから聞かせろ⋯⋯何があった?」
啓吾の顔つきが変わった。
真剣な表情、それでいて俺のことを心配しているのが分かる優しい目。
こうなった啓吾が頑固なのを俺は知ってる。俺が答えないと帰らない!なんて言い出すかも知れない。それはそれで構わないけどな。
「能力で聞けば、解る事じゃないか?」
「オレはお前の口から聞きたいんだ。能力を使えば確かに解るけどそれはただの結果だ。オレが聞きたいのは結果じゃない、お前の想いだよ純平」
「啓吾⋯⋯」
「顔を見れば分かる。ずっと自分一人で抱え込んで、耐えていたんじゃないか? 話せよ⋯⋯オレたち親友だろ」
啓吾の浮かべる笑顔があまりに優しくて、その言葉を聞いて⋯⋯俺も、もう我慢しなくていいんだってようやく思えた。
「長くなるけど、聞いてくれるか?」
「いくらでも付き合うぜ」
それから自分の身に起きた事を啓吾に話した。魔法少女のこと、妖精のこと、悪魔のこと、世界のこと、色々だ。
話しているうちに目を逸らしていた現実を直視して、感情的になって喋っていたな。啓吾も俺と同じように怒ったり、泣いたりしてくれた。それが何より嬉しかった。
───分かってた。
魔法少女になったことでたくさんのものを無くして、俺が俺として生きていく未来すらあやふやなものになったって。
ぶっちゃけ、俺の人生は半分以上詰んでいる。これまでのように自由になんて生きていけない。それ以前に、悪魔との戦いに負けたら、もっと悲惨な結果になる。
戦うしかない。けど、戦った先に⋯⋯俺は生きていく意味を見出すことができるのか?
今の俺を動かしているのは『アビリティ・ストライク』の原作だ。この世界の結果を見たい、ただその想いで辛い現実すら乗り越えてきた。その結末を見送ったら?
その先の未来を考える事が出来ない。
どうしているんだろうな、俺は。
「オレがいるじゃん、純平」
急に何を言ってるんだ、こいつ。
「どういうことだ?」
「辛いことを一人で抱え込むなよ。一人でなんでもしようとするから辛いんだ、悲しいんだ。お前は一人じゃないだろ?少しは親友の事を信じろよ、頼れよ!未来だって一緒に考えてやるからさ」
やめろよ、くそ。そんなに優しくするなよ。そんなこと言われたら、俺⋯⋯。
「⋯⋯くそっ⋯⋯っ⋯⋯悪い⋯⋯」
我慢しようとしているのに、涙が込み上げてくる。悲しくない筈なのに⋯⋯自分でもよく分からない感情に、心が振り回されている。目が熱い。泣きたくない。
「⋯⋯胸貸してやるから、好きなだけ泣け。泣き顔も声も、今日みたものは全部忘れるからさ⋯⋯」
「うああああああ!!!」
───啓吾の胸に顔を埋めて、それこそ女の子のように、俺は⋯⋯泣いてしまった。
尚、この親友原作で死ぬもよう




