第99話「三位一体の舞」
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左翼、私の担当だ。
ダイアウルフの群れが向かってきた。穢れを取り込み、牛ほどに巨大化した狼。十五体ほどが、扇状に大きく広がって私を包囲しようとしている。犬科特有の高い知能で、単純な正面突破ではなく、獲物を囲い込んで確実に仕留める狩りの陣形だ。
私は、梓弓を静かに正面に構えた。
狙うは、先頭の一頭。最も体が大きく、群れの動きを統率している首領の個体。あれを落とせば、群れの連携は崩れる。
距離、五十メートル。走りながら不規則にジグザグと軌道を変え、狙いを定めさせまいとしている。だが、犬科の走りには一定の力学的なリズムがある。四肢が地面を完全に離れる瞬間、体が最も伸び切ったその一瞬だけは、空中で絶対に軌道を変えられない。
澄んだ弦音を鳴らした。
矢が、空中に伸び切ったダイアウルフの額のど真ん中を正確に貫き、巨体が前のめりに激しく土を削って沈降した。
群れの足が、一瞬だけ止まった。首領を失った動揺。
だが、さすがは上位の魔物。すぐに殺意を取り戻し、散開して四方から一斉に距離を詰めてくる。
二射、三射。
弓返りをさせながら次々と矢を放ち、左右から迫る個体の前脚を射抜いて機動力を削ぐ。だが、残る十頭が一斉に牙を剥いて飛びかかってきた。
弓を捨てるわけにはいかない。だが、この距離ではもう矢を番える暇はない。
私は、懐から筆を抜いた。
迫り来る鋭い牙を前に、空中に一息で文字を走らせる。
『天雲吹放 科戸風』
マルタに渡した風を起こす祝詞。だが、込める神気の桁が違う。
翠色の光が爆発的に膨れ上がり、竜巻のような烈風が私を中心に四方へ吹き荒れた。
空中に飛びかかっていた巨大なダイアウルフたちが、見えない巨大な壁に激突したかのように風に巻かれ、木の葉のように遥か後方へ吹き飛ばされていく。五体が地面に激しく叩きつけられて骨を折り、三体が太い樹木に激突して絶命した。残る数体が、未知の力に恐怖して尻尾を巻き、後退する。
間髪入れず、梓弓を構え直し、逃げる個体の背中に次々と矢を突き立てていく。
十五体。掃討完了。
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戦場は、完全に乱戦の様相を呈し始めていた。
中央の騎士たちの鋼の壁は、いまだ一歩も引いていなかった。ヴァレリオの大盾がゴブリンの波を粉砕し、アレッシオの槍が正確に急所を貫き、従士たちが連携して小さな隙間を完全に埋めていく。
ファルコが「左から三十体のオーク!」「右上からハーピー五体降下!」と矢継ぎ早に情報を飛ばし、ジャコモが「トロルの弱点は頸動脈の裏側! 鱗状の皮膚が唯一薄い箇所です!」と即座に解を提示する。
後方では、壁を抜けてきた個体をカイルたちが確実に処理していた。カイルの大剣がオークを軽々と一刀両断し、セラの双剣がゴブリンの群れの中を舞うように切り裂く。ピートの放つ矢が飛来するハーピーの翼を射抜いて墜落させ、ヨルンの魔術が炎の壁を作って小型魔物の突破を阻んでいる。
右翼では、グラキウスが六枚の浮遊する光の刃を従え、たった一人で戦線を支えていた。
トロルの巨体が丸太のような棍棒を振り下ろす。グラキウスが白翼の剣でその一撃を片手で弾き飛ばし、同時に六枚の刃がトロルの四肢をあっという間に細切れに変える。リザードマンが十体で突進してくる。グラキウスが一歩踏み込むだけで三体が斬り伏せられ、残りを浮遊する光の刃が蜂の群れのように追い散らして切り刻む。
そして左翼では、私が弓と符と太刀による三位一体の舞で、次々と怪異を祓滅していた。
ジャイアントスパイダーが八本の脚を広げて襲いかかってくる。粘着性の糸を吐いて私の動きを封じようとした瞬間、筆を走らせ、空中に『布都御魂 断火焼穢』。
掌から噴き出した神聖な浄化の炎が、迫る糸を瞬時に焼き尽くし、そのまま蜘蛛の分厚い甲殻を灼き焦がして粉砕した。
トロルが二体、咆哮と共に正面から迫る。巨大な棍棒を頭上から振り下ろしてくる、私は足捌きだけで一体目の棍棒を紙一重で躱し、そのまま懐の死角へ滑り込む。帯から小狐丸を抜き放ち、下からすくい上げるような太刀の一閃がトロルの膝裏の腱を両断した。
崩れ落ちる巨体の横を流れるように駆け抜けながら、筆で虚空に『建御雷 神鳴降閃』。
天空から落ちた一条の雷が二体目のトロルの脳天に直撃し、灰色の巨体が激しい白煙を上げて炭化し、倒れた。
空からハーピーが急降下してくる。鋭い鉤爪が私の眼球を狙っている。梓弓を構え直す暇はない。小狐丸を瞬時に逆手に持ち替え、急降下の軌道を読んで半歩だけ横に体を逸らす。私の頭上を掠めていったハーピーの柔らかい腹部を、小狐丸の鋭利な切先が深々と一直線に裂いた。
遠ければ、弓。中間なら、符術。近ければ、太刀。
三つの手札を、呼吸をするように切り替えていく。そしてどの距離にいても、歩法と体捌きで決して攻撃を体で受けない。当たらなければ、魔物の規格外の膂力もただのそよ風でしかない。




