第90話「聖旗と侯爵旗」
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広場の中央に、再び二つの巨大な権威が姿を現した。
金糸で太陽を染め抜いたソル・デウス教の聖旗。
赤と金の豪奢な意匠を施したアルトワ侯爵家の領主旗。
ルシアン・アルトワが白馬から優雅に降り立ち、七日前と寸分違わぬ、完璧に計算された貴族の所作で村の土を踏みしめた。その背後には、抜き身の槍を構えた白銀の神殿騎士が八人。ヴィヴィアンが、今度こそこの不愉快な村が灰になるのを確信したような、歪んだ喜悦の笑みを浮かべて控えている。
ゴルドが、重い足取りで広場の中央へ進み出た。
額に濃い脂汗を浮かべ、太い両手はかすかに震えている。だが、その足取りに後退の意志はなかった。その背後に、私とカイルが並び立つ。さらにその後ろで、セラが剣の柄に手をかけ、ピートが矢を番え、ヨルンが杖を構えている。
遠巻きに、村人たちが息を殺して見守っていた。ブルーノの弟子たち、ソフィア、ダリオ、ロザ、エリオ。リーナはマルタに背中から強く抱きすくめられ、集会所の入り口からこちらをじっと見つめている。
逃げた者は、誰一人としていなかった。
「さて、村長殿」
ルシアンの声が、春の陽だまりのように穏やかに響いた。
「約束の七日が経ちました。答えを聞かせていただきましょう。あの異端の門は撤去されましたか。あの忌まわしい建物は解体されましたか。そして、藤原春暁の身柄を異端審問にかけるため、こちらへ引き渡す準備はできていますか」
ゴルドが、さらに一歩、ルシアンの目前へと進み出た。
七日間、血を吐くような思いで考え続けたゴルドの顔には、もう一切の迷いはなかった。声は低く震えていたが、それは恐怖からくるものではない。腹の底から煮え滾る怒りを、必死に理性で押さえつけているための震えだった。
「…お答えいたします、司祭様」
ゴルドは、深く、痛々しいほど深く頭を下げてから、ゆっくりと顔を上げた。
「鳥居は撤去しておりません。社殿も壊しておりません。そしてハルさんをあなた方に引き渡すつもりも、絶対にございません!」
背後で、ヴィヴィアンが耳をつんざくような金切り声を上げた。
「この期に及んで、まだ教会の名代に逆らうというの!? 愚かな野蛮人どもめ! 異端の罪で村ごと焼き払われても文句は」
「ヴィヴィアン」
ルシアンが、白手袋の右手を軽く上げて遮った。その瞳には、怒りすらなかった。ただ、出来の悪い虫けらを見るような、果てしなく冷たい失望だけがあった。
「村長殿。本当に、心から残念です。あなたには、主の慈悲にすがる最後の機会を差し上げたつもりでしたが。…これ以上、神の光を汚すわけにはいきません。やむを得ない」
ルシアンが、白手袋に包まれた右手を、ゆっくりと、天に向かって高く掲げた。神殿騎士たちが一斉に槍の石突を地面に叩きつけ、殺気を膨れ上がらせる。カイルが大剣をわずかに鞘から抜いた。
「教会法に基づき、これより強制執行を…」
ルシアンのその冷酷な宣告が、最後まで紡がれることはなかった。
地面が低く鳴動し始めたからだ。




