第86話「異端の烙印」
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ヴィヴィアンの軽蔑に満ちた視線が、広場を横切り、そびえ立つ鳥居の前でピタリと止まった。
極上の黒漆が塗られた二本の柱。その上に渡された貫と笠木。そして、風に揺れる真新しいしめ縄と白い紙垂。
ソル・デウスの神聖な十字とも、荘厳な聖堂の尖塔とも、この大陸に存在するいかなる宗教建築とも全く文脈が異なる構造物。
「…あれは…何?」
ヴィヴィアンの甲高い声のトーンが、唐突に変わった。先ほどまでの見下した嘲りではない。未知の毒蛇を見つけたような、純粋で鋭い警戒と嫌悪。
「鳥居です」
私が、竹箒を持ったまま静かに答えた。
ヴィヴィアンの青い目が、ギョッとして私を射抜いた。真っ白な白衣に、足首までを覆う紫の袴。彼女にとっては、想像すらしたことのない衣服だろう。
「あなたは何者?」
「藤原春暁と申します。この社殿の、神主です」
「神主? 聞いたこともない不気味な響きね。ソル・デウス様の司祭ではないのね?」
「違います。私は…」
「なら、異端ね」
即断だった。話の続きを聞く気など、最初から少しも存在しなかった。
「あの気味の悪い門も、その後ろの粗末な小屋も、あなたのその奇妙な服装も、全てがソル・デウス様の神聖な教えに反しているわ。巡回司祭様がこの地にお見えになる前に、あの忌まわしい門を跡形もなく撤去し、この建物を完全に解体しなさい。教会の名において、強く勧告します」
広場から、一切の物音が消え去った。
建設現場で木を削っていた男たちが手を止め、子供たちが息を殺し、全員が凍りついたようにこちらを見つめている。
「お断りします」
私は、竹箒の柄を握り直し、どこまでも静かに答えた。
「あの鳥居は、この村の守りであり境界です。撤去する理由は、どこにもありません」
ヴィヴィアンの白い顔が、一瞬にして茹で上がったように赤く染まった。
「拒否するですって!? ソル・デウスの教会の絶対的な勧告を、こんな辺境の泥にまみれた…何者とも知れない薄汚い男が拒否するですって!?」
金切り声がヒステリックに跳ね上がった。
その声に呼応するように、両脇の神殿騎士二人が、ガシャンと重い金属音を立てて腰の長剣の柄に手をかけた。
その瞬間、カイルが滑るように私の横に並び立った。
剣の柄に右手を添え、重心をスッと落とす。歴戦のAランク冒険者が放つ、実戦特化の濃密な殺気が、二人の神殿騎士に真正面からぶつかった。
空気が張り詰め、一触即発の火花が散る。
「カイルさん。大丈夫ですよ」
「…」
カイルは剣から手を離さなかったが、それ以上は踏み込まなかった。
ヴィヴィアンは、カイルの殺気に一瞬怯んだものの、大きく深呼吸をして、かろうじて貴族としての見栄を取り繕った。
「いいわ。あなたのその傲慢な返答は、巡回司祭様に一言一句違わず報告させてもらいます。…せいぜい震えて待っていなさい。ルシアン様は、あなたたちのような神を冒涜する異端の汚物に対して、決して、決して寛容ではないから!」
三人が乱暴に踵を返し、来た時よりも足早に戻っていった。
純白の法衣と白銀の鎧が、春の陽光の向こうへと完全に消え去る。
広場には、木槌の音一つしない、重く冷たい沈黙だけが取り残された。




