第85話「教会来襲」
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それは、春の陽光が降り注ぐ、穏やかな午後のことだった。
新しい住居を組み上げる男たちの木槌の音と、広場を駆け回る子供たちの笑い声が入り混じる平和な空気を切り裂くように、リーナが息を切らして走り込んできた。
その小さな顔は、見たこともないものに対する戸惑いで引きつっている。
「ハルさん! 南から、変な人たちが来てる! 白い服を着て、ピカピカの鎧を着た人が二人一緒に歩いてる!」
私は動かしていた竹箒を止め、交易路の方角へ視線を向けた。
芽吹き始めた森の緑を背景に、三つの異質な人影が土埃を立てて近づいてきていた。
中央を歩くのは、泥の跳ね返りを極端に嫌うように裾を持ち上げた、純白の法衣を纏った人物。その両脇を、頭から足先までを分厚い白銀のプレートアーマーで覆った二人の大男が、物々しく護衛している。その鎧の胸元には、太陽の意匠が深く刻み込まれていた。
薪割りをしていたカイルが、斧を放り出して私の横に並び立ち、鋭く目を細めた。
「…来たか。先触れだ。ご丁寧に神殿騎士まで一緒かよ」
迎賓館で商人と打ち合わせをしていたゴルドも、只事ではない気配を察して広場の中央に出てきた。グラキウスが辺境伯の元へ旅立ってから、まだ二十日あまり。来るのが早すぎる。いや、グランヴェルの大聖堂から直行したのだとすれば辻褄は合う
三人の闖入者が、広場の入り口でピタリと足を止めた。
中央の人物が、忌々しそうに法衣のフードを跳ね除けた。
若い女性だった。二十代の前半。手入れの行き届いた金色の巻き毛が肩まで流れ、整った顔立ちには、生まれながらに他人の上に立つことを約束された、貴族特有の冷たく人工的な美しさがある。
だが、その青い瞳には、土にまみれて働く村人たちをゴミ虫でも見るかのように見下す、純度の高い傲慢さが隠しようもなく浮かんでいた。
「この村の長はどこ」
第一声から、鋭い命令口調だった。挨拶もなければ、名乗りもない。家畜に声をかけるのと同じトーンだ。
ゴルドが、太い皺の刻まれた顔を硬くして、一歩前に出た。相手が何者であれ、村を守る長として無用な波風を立てるわけにはいかない。彼は精一杯の敬語を絞り出した。
「…私が村長のゴルドですが。どちら様で?」
言葉が終わるか終わらないかのうちに、女性の脇に控えていた騎士の一人が、ガシャリと重い金属音を立てて前に踏み出した。
「頭が高い!」
怒声と共に、白銀のガントレットに包まれた騎士の剛腕が、ゴルドの胸倉を乱暴に突き飛ばした。
屈強なゴルドの巨体が無残によろめき、土の地面に膝をつく。遠巻きに見ていた村人たちから、短い悲鳴が上がった。カイルが反射的に剣の柄に手をかける。
「貴様のような泥にまみれた平民が、立ったまま気安く口を利いて良い御方ではない! こちらにおわすのは、ソル・デウス教グランヴェル大聖堂付き助祭にして、ルージュ男爵家が息女、ヴィヴィアン様であられる!」
突き飛ばされ、泥にまみれたゴルドを、ヴィヴィアンは止めるでもなく、ただ冷たく鼻で笑って見下ろしていた。
「よいのです、騎士よ。このような辺境の野蛮人ですもの。貴族に対する礼儀作法を知らないのも無理はないわ」
男爵家。王都の貴族社会では末席かもしれないが、辺境の農民にとっては顔を上げることすら許されない絶対的な権力者だ。ヴィヴィアンは、土に膝をついたゴルドを見下ろしたまま、扇子を広げるような優雅な仕草で言葉を続けた。
「巡回司祭様が、近日中にこの村を訪問されます。村長、直ちに出迎えの準備を整えなさい。まず確認するけれど、この村にソル・デウス様の教会はあるの?」
泥にまみれたゴルドが、太い拳を震わせながら、血の滲むような思いで声を絞り出した。
「…ございません」
「ない? では、この教区を管理する司祭は?」
「…おりません」
「洗礼の記録は? 婚姻の記録は? 葬儀の記録はどうなっているの?」
「…何一つ、ございません。二十年前から、教会からはどなたも、この村にはお見えになりませんでしたので…」
ヴィヴィアンの目が、信じられない汚物を踏んだように吊り上がった。
「信じられない。二十年も放置されていたですって? あなたたち、二十年間もソル・デウス様の教えから完全に切り離されて、獣のように暮らしていたというの? 洗礼すら受けていない赤子がいるということ? それは、ソル・デウス様の御前において、自ら魂の救済を拒否し、地獄へ落ちることを望んでいるのと同じことよ!」
ゴルドの日に焼けた太い首筋が、一気に赤く染まった。
怒りか、それとも長年見捨てられていたことへの屈辱か。だが、相手は巨大な宗教権力を背負った聖職者であり、貴族だ。この世界の絶対的な常識において、少しでも反抗的な態度を見せれば、村全体が「異端」として焼き払われかねない。
ゴルドは、ギリッと奥歯を噛み鳴らし、泥に塗れたまま、ただ深く頭を垂れて沈黙するしかなかった。




