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転生神主の日常 〜掃き清めた地が国となるまで〜  作者: 秋澄しえる


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84/104

第84話「しがない居候」

◆◇◆◇◆


 翌日から、グラキウスはロッカグァルディアの城に滞在し、アルベルトの側近たちと具体的な取り決めの詰めに入った。


 税の額、納税の時期、村の自治の範囲。

 アルベルトは、村の自治を最大限に尊重する方針を示した。代官は派遣しない。村長であるゴルドの裁量をそのまま全面的に認める。ただし、辺境伯領の一部である以上、他国との有事の際には辺境伯の軍事指揮に従うことを条件とした。


 騎士の人選も迅速に進められた。

 選ばれた六騎は、騎士団の中でも特に実戦経験が豊富で口の堅いベテランばかりだった。従士十二名を含めた十八名が、直ちにルーテ村への常駐を命じられた。


 三日目の夜。城の奥の私室で、アルベルトと二人だけで酒を酌み交わしていた。


「グラキウス卿。一つ聞きたいのだが。あの村の者たちは、あなたの本当の正体を知っているのか」

「知らん。わしはただの、路銀の尽きた『しがない居候』で通しておる」

「かつての聖騎士団の元団長が、しがない居候…」

「そうだ。そのままにしておいてくれ。あの村の者たちに、わしの血生臭い過去は必要ない。今のわしは、あの清浄な村の片隅に置かせてもらい、飯を食らい、薪を割り、時々村の爺さんと麦酒を飲むだけの老いぼれだ。…それで、十分なのだ」


 アルベルトが、ひどく複雑な表情で杯を傾けた。


「…いつまで隠し通せるか」

「知らん。だが、今はまだ、その時ではない」

「分かった。わしの口からは、何も漏らさん。同行する騎士たちにも厳命しておく。…だが、いずれ時が来れば、あなた自身の言葉で彼らに語るべきだ。あの村の者たちは、あなたの真実を真っ直ぐに受け入れるだけの器を持っていると、わしは思うがな」

「…買い被りすぎだ」

「何を今更遠慮しておるのやら…」


 グラキウスが無言で杯を空けた。アルベルトが、何も言わずに静かに注ぎ足した。


 二人の老兵の間に、言葉にする必要のない深い信頼が、酒の香りとともに静かに満ちていた。


◆◇◆◇◆


 五日目の朝。グラキウスは十八騎の精鋭を率いて、ロッカグァルディアの城門を発った。


 アルベルトが自ら見送りに立った。


「グラキウス卿。何かあれば、すぐに早馬でわしに知らせろ。教会であれ、南の侯爵であれ、何者があの村に手を出そうと、わしは全力であなたの味方をする。それだけは約束する」

「…感謝する、アルベルト」

「感謝はいらん。ずっと返せなかった借りを、今ようやく返せるだけだ」


 グラキウスが馬の腹を蹴った。

 その背後に、完全武装の六騎の騎士と大量の荷物を抱えた十二名の従士が一糸乱れぬ動きで続く。辺境伯の『山と剣』の紋章を掲げた旗が、朝風を受けてバタバタと力強くはためいている。


 帰路の行軍は、来た時とは比較にならないほど速かった。

 同行する騎士の一人がこの地域の地理に極めて精通しており、太陽の位置と地形から最短の道を正確に割り出し、一切の迷いなく案内してくれたのだ。


「…わしが先頭を歩かん方が、はるかに速いということだな」


 グラキウスが馬上から自嘲気味にこぼしたが、案内役の騎士は「滅相もございません」と丁重に否定した。否定はしたが、絶対に先頭のポジションだけは譲らなかった。


 十日ほどで、見慣れた丘陵地帯が見えてくるはずだ。

 その森の奥に、あの漆黒の鳥居が立っている。


 教会の影が迫る中、間に合うか。


 …いや、絶対に間に合わせる。


 老人は栗毛の馬の首を優しく撫で、春の風を切って、静かに進路を南に向けた。

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