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転生神主の日常 〜掃き清めた地が国となるまで〜  作者: 秋澄しえる


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81/102

第81話「月夜の誓い」

◆◇◆◇◆


 その夜。社殿の前に立ち、私は一人で板壁に並んだ六枚の御札を見上げていた。


 教会が来る。おそらく、そう遠くない日に。


 カイルの表情は、冗談を言う時のそれではなかった。教会が来ることは、この村にとって本当に危険なことなのだろう。彼がそう言うのだから、間違いはない。


 だが、正直に言えば、私にはその危険の本質がまだ掴みきれていない。


 私は、ただこの土地の神々に感謝し、穢れを祓い、村の平穏を祈っているだけだ。ソル・デウスを否定したことは一度もない。村人たちにソル・デウスの信仰を捨てろと言ったこともない。ゴルドもマルタも、ソル・デウスの名を口にしながら、同時にこの鳥居に感謝している。両立しているのだ。何の矛盾もなく。


 なぜ、それが問題になるのだろう。


 神は一柱ではない。この世界にも、かつて多くの土地の神がいた。布可母利久爾多摩命がそうだったように。人々がそれぞれの土地の恵みに感謝し、それぞれの神に祈りを捧げる。それが当たり前の姿ではないのか。


 カイルは「唯一神以外の信仰は認められない」と言っていた。その言葉の意味は頭では分かる。だが、胸の底では…どうしても腑に落ちないのだ。なぜ、一柱の神を祀ることが、他の全ての神を否定することに繋がるのか。


 分からない。だが、分からないからといって、脅威がないわけではない。カイルの目は本気だった。


 グラキウスは今、辺境伯のもとに向かっている。辺境伯の庇護があれば、教会も慎重にならざるを得ないとカイルは言った。だが、間に合わなかったら。


 考えても仕方がない。来るものが来た時に、正面から向き合うしかない。


「ハルさん」


 背後から、リーナの小さな声がした。振り返ると、社殿の戸口から、寝巻き姿の彼女が顔を覗かせていた。


「まだ起きてたんですか」

「ハルさんが、すっごく難しい顔して外に立ってるから、気になっちゃった」

「…大丈夫ですよ。明日の掃除の段取りを考えていただけですから」

「嘘。ハルさん、嘘つく時、ちょっとだけ目が泳ぐんだよ」

「…」

「何があるの?」


 十歳の少女の、真っ直ぐで濁りのない瞳。誤魔化すのは無意味だと悟った。


「遠くの街から、お客さんが来るかもしれないんです。ちょっと、面倒なお客さんが」

「面倒な人なら、グラさんに追い払ってもらえばいいじゃん。この前の、ヒャッハーって叫んでた人たちみたいに」

「グラキウスさんは、今お使いに出ているでしょう」

「じゃあ、カイルさんに」

「カイルさんたち冒険者の力では、剣で追い払うことができない種類のお客さんなんです」

「じゃあ…ハルさんが何とかするしかないね」

「…ですね」


 リーナが、三日月の下で、太陽のようににっこりと笑った。


「ハルさんなら、絶対できるよ。だって、ハルさんはいつも、すごいこと全部『何とかしてる』もん!」


 少女の、あまりにも無邪気で絶対的な信頼が、春の夜風と共に胸の奥深くまで沁み込んでいった。

 何とかしている、か。私自身は、目の前の汚れを掃除して、何とかせざるを得なかっただけなのだが。彼女の目には、私が頼もしい魔法使いのように映っているのだろう。


「…ありがとう、リーナ。もう寝なさい。明日も朝が早いですよ。ピートさんの弓の稽古もありますし」

「はーい。おやすみなさい!」


 リーナがパタパタと足音を立てて社殿の中に消えていった。


 春の夜空には、数え切れないほどの星が瞬いている。漆黒の鳥居の柱が、月光を静かに吸い込んで、圧倒的な存在感を放って立っていた。


 何とかする。何とかするしかない。


 この村の人々の笑顔と、この鳥居と、この六柱の神域を守るために。

 ただの神主として、やるべきことをやるだけだ。

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