第80話「約束の弓」
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翌日の午後。
村の外れの、新しい牧草地。
抜けるような青空の下で、私はようやく、ピートとの約束を果たしていた。弓の指導だ。
彼は凄腕の弓使いだが、彼が使うのは短い狩猟弓だ。弓のちょうど中央を握り、三本の指で弦を引いて頬に寄せる。
対して、私の梓弓は全く異なる。二メートルを超える長大な弓の下から三分の一という極端に偏った位置を握り、親指に弦を引っ掛けて引き絞る。正面で頭上に構え、そこから左右に大きく開きながら下ろしてくる。矢を番える側すら逆だ。
弓という同じ名前の武器でありながら、射法の根本的な思想が完全に異なっているのだ。
「ピートさん。まず、握る位置が違います。ど真ん中ではなく、ここ。ずっと下の方です」
「えっ、こんな下を!? 上が長すぎて、バランスがめちゃくちゃ変じゃないですか?」
「そう感じるのは、あなたの弓と構造が全く違うからです。この弓は上下が非対称で、上が長く、下が短い。だから握りの位置が自然と下に寄るんです」
ピートが恐る恐る私の梓弓を受け取り、構えようとした。だが、無意識のうちに三本指で弦を引こうとする、いつもの癖が抜けていない。
「指三本ではなく、親指の付け根で弦を引いてください。親指を弦にかけて、その親指を人差し指と中指で上から押さえ込むんです」
「お、親指!? 親指だけで引く弓なんて、初めて聞きましたよ!」
「私の故郷では、これが基本なんです。さあ、引いてみてください」
最初の一射。
放たれた矢は、凄まじい勢いで的の三メートル右の地面に突き刺さった。
次は五メートル上空を飛び越えて森に消え、その次は、弦がピートの腕をパチンと弾き、矢は足元の泥に情けなく突き刺さった。
構えの基本が、彼の知る弓と根本的に異なるため、ピートの体に染みついた高度な射法の癖が、ことごとく強烈な裏目に出ているのだ。
「い、痛ぇ! ハルさん、この弓、俺の知っている弓の常識と何もかも違いすぎますよ!」
「違うんです。でも、呼吸と姿勢を整え、的と自分の間の空間を一直線に見るという本質は同じですよ。体が新しい重心を覚えるまで、ひたすら繰り返すだけです」
腕をさすって涙目になっているピートに見かねて、私が梓弓を受け取り、一射の手本を見せた。
正面に構え、弓を静かに頭上へ掲げる。
そこから、左右に均等に引き分けながら、胸を開いていく。
弦が頬に触れ、全身の力が極限まで張り詰めた静寂の瞬間。
そして、静かに弦から指を離した。
鋭い風切り音と共に、矢が三十メートル先の的のど真ん中に深々と吸い込まれる。
同時に、私の左手の中で、弦を放った梓弓がクルリと反時計回りに半回転し、弦が腕の外側に回って静止した。
ピートの目が、文字通り飛び出しそうなほど見開かれた。
「い、今! 弓が! 手の中で回りましたよね!? なのに落とさない! 何ですかあれ!」
「弓返り(ゆがえり)と言います。左手で弓を正しく捻りながら引ければ、離れの瞬間に自然に起きる現象です」
「自然に!? あんな手品みたいな動きが自然なわけないでしょう! 俺の弓でそんな真似したら、弦が腕に絡まって手首がへし折れますよ!」
牧草地の端の切り株に座っていたセラが、無言で二人のやり取りを見ていた。氷のように冷たい表情は変わらないが、口元がわずかに、本当にわずかに緩んでいる。
その隣で、ヨルンが分厚い眼鏡を指で押し上げながら、ブツブツと早口で呟いていた。「弓体の非対称性と、発射時の回転運動量、および持ち手の把持力の関係を物理的に考察すると、あれは魔力ではなく純粋な力学の…」。誰も、彼の言葉を聞いていなかった。
遠くの広場では、カイルがゴルドと深刻な顔で話し込んでいるのが見えた。教会が来た時にどう対処するか。何を言い、何を隠すか。ゴルドの顔には深い皺が刻まれていたが、その瞳は決して逃げてはいなかった。
夕方。太陽が西の山に沈みかけた頃、ピートの放った矢が、ようやく的の端の藁を掠めた。
「当たった! ハルさん、当たりましたよ!」
「端っこですけどね。でも、癖が抜けきらない初日としては上出来です」
「明日もやりましょう! 俺、この変な弓、絶対にもっとうまくなりたい!」
「いいですよ。朝の境内の掃除の後なら、いつでも時間がありますから」
ピートが、泥だらけの顔をほころばせて満面の笑みで走っていった。
約束の弓の稽古。何度も先延ばしになっていたが、ようやく果たすことができた。こういう何気ない日常の時間が、今の私にはとても愛おしく感じられた。




