第79話「カイルたち」
◆◇◆◇◆
建設の槌音が鳴り響く広場に、聞き慣れた、しかしひどく戸惑いを含んだ声が飛び込んできた。
「…おい。ここ、本当にあのルーテ村か?」
古い交易路の西側から、四人の冒険者がゆっくりと歩みを進めてきていた。
先頭を歩く大剣使いの男が、信じられないものを見るように足を止めている。荷馬車が余裕ですれ違えるほどに広げられ、川砂利が敷き詰められた平坦な道。綺麗に整備された深い排水溝。そして、重装の騎士が駆け抜けてもビクともしないほど頑強に架け替えられた真新しい木橋。
カイルだった。
彼の背後に、セラ、ピート、ヨルンが続いている。全員が長旅の証である厚い土埃にまみれ、革鎧には新しい魔物との戦闘の痕跡がいくつも刻まれていた。
「ハルさん!」
ピートが、私の姿を見つけるなり、背中の弓をガチャガチャと鳴らしながら真っ先に駆け寄ってきた。
「お久しぶりです! 弓! 弓を教えてもらう約束、絶対に忘れてませんよね!?」
「覚えていますよ。次こそは、でしたね」
「やった! 今度こそ!」
無邪気に跳ね回るピートの背後で、カイルが村の激変ぶりを、目を細めてゆっくりと見渡していた。
黒漆の鳥居と社殿を中心にして、同心円状に広がりつつある新しい村の区画。一定の規則性を持って次々と組み上げられていく真新しい住居。休むことなく走り回る、見たこともない数の職人たち。そして、極上の竹細工で壁面を飾られた、辺境にはおよそ不釣り合いな洗練された迎賓館。
五ヶ月前、彼らがこの村を去った時の寂れた限界集落の面影は、もうどこにも存在しなかった。
「…たった半年足らずで、ここまで変わるものなのか」
「いろいろありまして」
「いろいろ、で済む変化じゃないだろう。…ハルさん、あんた一体この村で何をしたんだ」
「毎朝、境内の掃除をしていただけですが」
「嘘をつけ」
カイルが、呆れたように、だがどこか嬉しそうに短く笑った。
その笑いの奥に、深い安堵が滲んでいるのがはっきりと分かった。自分たちが命懸けで守り抜いたこの辺境の村が、滅びるどころか力強く繁栄しているという事実が、彼にとっては何よりの報酬なのだろう。
◆◇◆◇◆
真新しい迎賓館のテラス。
木の温もりが香るベンチで、私とゴルドが、冷たい井戸水で喉を潤すカイルたちにこれまでの経緯を説明した。
カイルは、口を真一文字に結んだまま、黙って聞いていた。セラも、ヨルンも、先ほどまでの旅の疲れを忘れ、信じられない冒険譚を聞くような顔で静まり返っている。
ピートだけが「すげえ」「爺さん三十人も!? すげえ!」と興奮気味に合いの手を入れていたが、セラに無言で脇腹を肘で突かれ、ようやく口を閉じた。
「…盗賊の夜襲の話は初耳だ。三十人の武装した盗賊団を、グラキウスとハルさんの二人だけで追い払ったと?」
「追い払ったというか、彼らが勝手に逃げていきました。ヒャッハーと奇声を上げながら」
「…ヒャッハー?」
「ええ。そういう、ひどく騒がしい人たちだったんです」
カイルが深く眉をひそめ、記憶の糸をたぐるように無精髭の生えた顎を撫でた。
「…黒狼団か。サンテロの外れに巣食っていた、質の悪い流れ者の集まりだ。頭目のバルドは元Dランクで、ギルドの金庫に手をつけて追放された人間のクズだ。最近、酒場で『呪いの村には絶対に近づくな』と喚き散らしているという噂は聞いていたが。…あれがここだったとはな」
「呪いの村。まあ、彼らの視点から見れば、間違いではないかもしれませんね」
カイルが苦い笑みを浮かべた。
だが、その笑みは数秒で消え去り、彼を取り巻く空気が、歴戦の冒険者のそれへと急激に冷たく、重く沈み込んだ。
「ハルさん、ゴルド村長。…一つ、俺から極めて深刻な報告がある」
ゴルドが、テラスの手すりから体を離し、身を乗り出した。
「俺たちは、ここに来る前に南西の山岳地帯でダンジョン調査任務に就いていた。その帰路、グランヴェルのギルドに立ち寄って報告を済ませたんだが…そこの受付で、妙な話を聞いた」
「妙な話、とは」
「教会の人間が、ギルドの窓口に直接現れて、このルーテ村について執拗に質問していたらしい。どんな村か、何人住んでいるか、そして…最近のギルドの報告書に、この村の何が書かれているか。受付は規則に従って公開情報の範囲でしか答えなかったと言っていたが…教会の聖職者がわざわざギルドの窓口まで出向き、特定の辺境の村について嗅ぎ回るなど、絶対に普通じゃない」
春の温かい風が吹き抜けるテラスの空気が、一瞬にして凍りついた。
ゴルドの日に焼けた顔の筋肉が、目に見えて強張る。
「…教会が?」
「ああ。おそらく発端は、俺が出した調査報告書だ。俺が書いた報告の写しが、定例の情報共有という名目で教会の上層部に渡っている。それに加えて、サンテロでも商人の間でルーテ村の噂が爆発的に広まっているらしい。複数の情報源から、教会という巨大な組織に、この村の存在が完全に知れ渡っている」
私は、静かに頷いた。
「カイルさん。教会がこちらへ来るとしたら、どのような形で接触してくると思われますか」
「巡回司祭の派遣という名目だろうな。辺境の村の信仰状態を確認し、教義を授けるという建前だ。まず、教会の威光を笠に着た態度の悪い、先触れの下級聖職者が来る。その後に、権限を持った司祭本人が兵を伴って現れる。村に正規の教会があるか、教区の司祭がいるか、洗礼や婚姻の記録が正しく残されているか。そういう粗探しをしに来る」
「この村には、それら全てがありませんね」
「何一つ、ない。ソル・デウスの教会もない、司祭もいない、教会の記録もない。その代わりに、村のど真ん中に異教の黒い鳥居と社殿がそびえ立っている。…率直に言って、異端審問にかけられる最悪の状況だ」
ゴルドが、太い両手の拳を膝の上で強く握りしめた。
「…来るものは来る、か」
「ゴルド村長。グラキウスが辺境伯のところに向かっているんだろう。辺境伯という絶対的な領主の庇護が正式に得られれば、いくら教会でも簡単には力を行使できない。だが、辺境伯の使者が来るのが先か、教会の先触れが来るのが先か。間に合うかどうかだ」
「間に合わせるしかあるまい」
カイルが深く頷いた。そして、決然とした目で私を真っ直ぐに見据えた。
「俺たちは、しばらくこの村に留まる。事の顛末を見届ける義務があると思う」
「…ありがとうございます」
「俺が、あの報告書をギルドに出した結果だ。教会にこの村の決定的な情報が渡ったのは、俺の責任だ。…せめて、ここにいさせてくれ」
カイルの声に、深く、苦い自責の念が滲んでいた。
ギルドの規則に従い、見たままの事実を正直に報告書にまとめた。それは冒険者として極めて正しく、誠実な行動だ。だが、その正しさが、結果としてこの村に教会の冷酷な目を向けさせる引き金になってしまった。彼はその因果に、強い責任を感じているのだ。
「カイルさん。あなたは、冒険者として最も正しいことをしました。もしあなたがあの時、報告書を出さなかったり、嘘の報告をでっち上げていたら、あなたはご自身の誇りと、冒険者としての信頼を失っていたでしょう」
私は、自責に沈むカイルの目を真っ直ぐに見返した。
「私は、あなたが組織の規則に対して、どこまでも正直であってくれたことに、心から感謝しています」
カイルが、ポカンと口を開け、少し遅れて、信じられないものを見るように頭を掻いた。
「…あんたは。本当に、そういう時に妙なことを言う男だな」
「よく言われます」




