第8話「漆黒の鳥居」
◆◇◆◇◆
「ハルさん! カイルさんがハルさんに会いたいって! 来て来て!」
リーナに手を引かれ、半ば強引に広場まで連行された。
カイルが立ち上がり、私を真っ直ぐに見た。その瞳に、冒険者特有の鋭い観察眼が走る。
頭の先から足元までを一瞬で値踏みし、筋肉のつき方、重心の位置、武器の有無、そして呼吸の深さを読み取ろうとする、命を懸けてきた者特有の視線。
だが、私には彼らの期待するような「強者の気配」はないはずだ。
白い衣に紫の袴。腰に武器はない。手は漆で少し汚れている。剣を握り続けたマメもなく、一見したところ、戦う人間の匂いは一切しない。
「あんたが、ハルさんか」
「はい。藤原春暁(ふじわら の はるあきら)です。カイルさんですね。いつもこの村を助けてくださっているとか。お世話になっています」
穏やかに頭を下げると、カイルは明らかに面食らったようだった。
ゴルドの話から、もっと筋骨隆々とした武張った人間や、魔力に満ちた老魔術師を想像していたのかもしれない。
「…俺はカイル。こっちは仲間のセラ、ヨルン、ピート。冒険者ギルドのBランクパーティだ」
女剣士、魔術師、弓使いの若者がそれぞれ軽く頭を下げた。セラは剣の柄に手を添えたまま、私を食い入るように見ている。ヨルンは眼鏡越しに知的な探求の目を向け、ピートだけが少し緊張した面持ちでそわそわしていた。
「ゴルドじいさんとリーナから話は聞いた。十五体の魔獣を一人で退けたと。…失礼だが、本当か」
「退けたというか…境内に来られると掃除が大変になるので、出ていってもらっただけですよ」
カイルの眉がぴくりと動いた。セラが小さく吹き出したのが聞こえた。
「…冗談か?」
「いえ、わりと本気なんですが」
本気だ。穢れた獣が神域で暴れ回った後の浄化作業がどれほど骨が折れるか、流した血を清めるためにどれだけの祝詞が必要か、この人たちには想像もつかないだろう。
カイルが腕を組んだ。しばらく私の顔をじっと見つめていたが、やがて視線を外した。
「…あの黒い門を見せてもらえるか」
「ええ、どうぞ。こちらです」
◆◇◆◇◆
私が案内して鳥居の前に着くと、カイルたちの足取りが一様に遅くなった。作業を終えたブルーノの姿はもうない。
竹林を抜け、榊の大木が頭上を覆い、その奥に夕陽を受けた漆黒の鳥居が姿を現した瞬間。四人の空気が劇的に変わったのが分かった。
彼らは鳥居の周辺に満ちている高密度の「神気」を、言語化はできなくとも、肌が粟立つような圧倒的な重圧として捉えているのだ。
「…なんだ、これは」
カイルが足を止めた。鳥居から十メートルほどの距離で。
「空気が、違う。結界…いや、結界とも違う。教会の聖域はもっと硬く冷たい感じがするが、これはもっと…」
後ろでヨルンが杖を強く握り直していた。魔術師として、この場の異常性をより正確に感じ取っているらしい。彼は目を閉じ、杖の石突を地面に触れさせた。
「…カイル。これは尋常じゃない。聖域とは構造が根本的に異なる。排除ではなく『浄化』の場だ。しかも範囲が異常に広い。この門を中心に、少なくとも村の半分近くを覆い尽くしている」
「半分だと? ゴルドの話では、この門の周辺だけだと…」
「いや、薄くグラデーションのように広がっている。門の近くが最も濃く、遠ざかるにつれて薄まるが、完全には途切れていない。村の井戸のあたりまでは確実に届いている。だからあの水がうまいんだ。この村の水は、魔力の淀みが一切ない。教会の高度な浄水聖術でもここまでは無理だ」
カイルが振り返って私を見た。射抜くような視線。
「…あんたが、これを張っているのか」
「張っている、というか…鳥居を建てて毎日お祈りしていたら、こうなった、というか」
「こうなった?」
「はい」
「…勝手に?」
「はい。私もちょっと想定外で困っているんですが」
カイルが頭痛を堪えるように額に手を当てた。セラがまた肩を揺らして吹き出している。ピートは鳥居を見上げたまま口をぽかんと開けていた。
「あの、通ってみますか? 悪意がなければ普通に通れますので」
「悪意が…?」
「悪意や穢れを持つ者は弾かれます。でも、普通の人なら何も感じずに通れますよ。カイルさんたちなら大丈夫です…たぶん、おそらく、きっと」
カイルが覚悟を決めたように一歩踏み出し、漆黒の鳥居をくぐった。
何も起きない。
ただ、一歩踏み込んだ瞬間に、カイルの体がわずかに強張り、直後、深く、深く弛緩するのが見えた。まるで、何年も着込んでいた見えない鉛の鎧が、ふっと溶けて消えたかのような安堵の表情。
「…軽い。体が、恐ろしく軽くなった気がする」
「空気が清浄ですから、体にこびりついていた淀みが少し流れたんでしょうね」
「淀み?」
「冒険者の方は魔物と戦いますよね。その時に、少しずつ『穢れ』が溜まるんです。自覚がないくらい微量ですが、蓄積すると体が重くなったり、判断が鈍ったりする。この神域の中にいると、それが自然に抜けていきます」
カイルの目つきが変わった。
冒険者として、その言葉の意味する価値を即座に理解したのだ。戦い続ければ体に澱が溜まる。それを「通るだけで浄化できる」場所がある。それがどれほどの奇跡か。
「…あんた」
「はい」
「何者だ」
三度目だ。ゴルドに二度、カイルに一度。同じ質問。
私は社殿の前に立てかけてあった竹箒を手に取って、ひょいと肩にかけた。
「ただの神主ですよ、カイルさん」
カイルは降参したように苦笑した。
「…聞いていいか?」
「どうぞ」
「神主ってのは、なんだ?」
あ、そうきたか。どう説明したらいいものか…。
「うーん、神域を管理し、祈りをもって神様のお力を少しばかり借りる…教会の聖職者みたいなものですかね」
「…司祭様…なのか?」
「そんな上等なものではないですよ。ただの神主です。本当に」
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